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【根室半島チャシ跡群】残念すぎる日本の名城 第100回|風の果てに残る、アイヌの聖地と砦の記憶


はじめに

「残念すぎる日本の名城」シリーズも、ついに第100回を迎えました。

記念すべき第100回に取り上げるのは、北海道根室市の根室半島チャシ跡群です。

ノツカマフ2号チャシ跡

日本100名城の「1番」に選ばれている場所でありながら、天守も石垣も城門もありません。あるのは、海を見下ろす崖、草に覆われた土の高まり、そして体を押し返すような根室の風。

一見すると「え、これがお城?」と思ってしまうかもしれません。けれど、その戸惑いこそが、この城跡の入口です。

チャシとは、アイヌ語で「柵囲い」を意味し、砦、祭祀の場、見張り場など、さまざまな役割を持っていたと考えられています。根室市内には32か所のチャシ跡があり、そのうち24か所が「根室半島チャシ跡群」として国指定史跡になっています。築かれた正確な年代は不明ですが、16〜18世紀ごろとされています。

つまりここは、ただの「何もない草地」ではありません。
北の海とともに生きた人々の、祈り、交渉、見張り、そして守りの記憶が眠る場所なのです。



1. 根室半島チャシ跡群の歴史

根室半島チャシ跡群は、北海道根室市の根室半島一帯に点在するチャシ跡の総称です。

北海道内にはチャシ跡が約500か所確認されているとされ、その中でも根室市内には32か所が残り、24か所が国指定史跡となっています。さらに、平成19年には日本城郭協会の日本100名城に選ばれ、「お城番号1番」となりました。

ヲンネモトチャシ跡(標識)

チャシは、一般には「アイヌの砦」と説明されることがあります。しかし近年では、それだけではなく、神々と交信する場所、祭祀の場、チャランケと呼ばれる談判の場、資源を見守る見張り場、そして戦いに備える砦など、多目的な場所であったと考えられています。

根室半島のチャシに多いのは、海を臨む崖上に半円形や方形の壕を巡らせた「面崖式(めんがいしき)」のものです。自然の崖を防御に利用し、陸側に壕を掘る。石垣を積む城とはまったく違いますが、地形を読む知恵という点では、まさに城そのものです。

ノツカマフ1・2号チャシ跡(標識)

現在、見学先として比較的整備されているのは、ノツカマフ1号・2号チャシ跡と、ヲンネモトチャシ跡の2か所です。ノツカマフチャシ跡はノツカマップ湾に突き出した岬の上にあり、オホーツク海を一望できます。ヲンネモトチャシ跡は温根元湾の西岸に突き出した岬の上にあり、温根元漁港から見ると「お供え餅」のように見える、形のよいチャシ跡として知られています。


2. 残念すぎる根室半島チャシ跡群

2.1 とにかく遠い。日本100名城の「最果て感」がすごい

根室半島チャシ跡群の残念ポイント、まずはやはり「遠い」ことです。

根室市そのものが北海道本島の東端にあり、根室駅からさらに納沙布岬方面へ向かう必要があります。日本100名城をめぐる人にとっては、「お城番号1番」なのに、実際には最後の難関のような存在です。

根室駅
(日本最東端の駅)

しかし、この遠さは欠点であると同時に、最大の演出でもあります。
長い道のりを進み、海が近づき、風が強くなり、空が広くなる。その先でようやく出会うチャシ跡は、まるで日本列島の端に置かれた静かな句点のようです。

根室中標津空港
(根室に一番近い空港)

ここまで来たからこそ、「なぜここに築いたのか」という問いが、体にしみてきます。

2.2 天守も石垣もないので、最初はかなり地味

根室半島チャシ跡群には、いわゆるお城らしい建物はありません。

天守もありません。石垣もありません。門も櫓もありません。
草地と土の高まり、そして壕の跡があるだけです。

ヲンネモトチャシ跡へ向かう道

そのため、初めて訪れると「どこを見ればいいの?」となりがちです。写真映えの面でも、姫路城や松本城のようなわかりやすさはありません。チャシ跡は、目で見るというより、地形を読み、風を感じ、想像で補う城跡です。

けれど、ここに面白さがあります。
派手な建築ではなく、崖、湾、壕、盛土、見晴らし——その全部を合わせて「城」と見る。根室半島チャシ跡群は、城めぐりの目を鍛えるのにこれ以上ない場所です。

2.3 風が強く、体感温度が低い

根室半島のチャシ跡を歩くと、風の存在感に驚きます。

特に海沿いの崖上では、気温の数字以上に寒く感じることがあります。春や秋はもちろん、夏でも風が冷たく感じられる日があります。体感温度は実際の気温より数度低く感じることもあり、「なぜこんな寒い場所に?」と、思わずつぶやきたくなります。

風力発電の風車が多い

しかし、その疑問こそが大切です。

寒く、風が強く、海が見える。
つまり、見張りには向いている。遠くから来る船や人の動きを早く知ることができる。自然の厳しさは、同時に防御と監視の力でもあったのです。

根室の風は、観光客には少し手ごわい相手です。けれど、チャシを理解するための名ガイドでもあります。ちょっと乱暴な先生ですが。

2.4 見学できる場所が限られている

根室市内には32か所のチャシ跡があり、そのうち24か所が国指定史跡です。しかし現在、見学先として整備されているのは、主にノツカマフ1号・2号チャシ跡とヲンネモトチャシ跡の2か所です。

「24か所もあるなら、全部めぐりたい」と思う城好きには、少し残念です。

ただし、チャシ跡は私有地や漁港、作業場に近い場所もあります。観光協会も、ヲンネモトチャシ跡見学の際は指定駐車場を使い、漁港内や私有地、作業場に立ち入らないよう注意を呼びかけています。

つまり、見学範囲が限られているのは、史跡と地域の暮らしを守るためでもあります。
残念ではありますが、「入れない場所にも歴史が続いている」と考えると、少し見方が変わります。

2.5 冬はかなりハードモード

根室市公式サイトでは、冬期間はチャシ跡群の除雪を行っていないと案内されています。

これは、遠方から訪れる人にとって大きな注意点です。冬の道東は美しいですが、チャシ跡めぐりとしては足元、風、雪、移動のすべてが難しくなります。

ただ、冬に行きにくいからこそ、訪問時期を考える楽しみもあります。
春から秋にかけて、風の強さや草の伸び方、海の色を感じながら歩く。根室半島チャシ跡群は、季節を選ぶことで印象が大きく変わる城跡です。


3. それでも魅力的な根室半島チャシ跡群の見どころ

3.1 ノツカマフ1号・2号チャシ跡の壕が語る防御性

ノツカマフ1号・2号チャシ跡は、ノツカマップ湾に突き出した岬の上にあります。

1号チャシ跡には幅5メートル、深さ約3メートルの半円形の壕があり、2基が70メートル×25メートルの範囲に連結して築かれています。壕の内側には盛土も観察できます。2号チャシ跡にも、幅約3メートル、深さ約0.5メートルの半円形の浅い壕が巡っています。

ノツカマフ1号チャシ跡
周りに壕が掘られている

この数字を知ってから現地を見ると、印象が変わります。

草に覆われた地形に見えても、そこには人の手で切り取られた空間があります。海側は崖、陸側は壕。自然地形と人工の防御が組み合わさった、シンプルで力強い縄張りです。

派手ではないけれど、理にかなっている。
まるで、無口だけれど腕の立つ職人のような城跡です。

3.2 ヲンネモトチャシ跡の美しい形

ヲンネモトチャシ跡は、温根元湾の西岸に突き出した岬の上にあります。

盛土で形づくられ、壕で区画され、頂上には平坦面が2か所つくられています。温根元漁港から見ると「お供え餅」のように見えるとされ、形のよいチャシ跡として知られています。

この「お供え餅」という表現が、とてもよいのです。

ヲンネモトチャシ跡の「お供え餅」
(傷みの防止のため階段を設置)

武骨な砦というより、どこか神聖で、海に向けて供えられた祈りの場のようにも見えます。チャシが単なる軍事施設ではなく、祭祀や神々との交信の場でもあったと考えられていることを思うと、この丸みを帯びた姿に不思議な説得力があります。

3.3 北方領土を望む、最前線の風景

ヲンネモトチャシ跡は納沙布岬に近く、周辺からは北方領土を望むことができます。

納沙布岬は、貝殻島や水晶島など北方領土を間近に見ることができる場所として知られています。

「四島のかけ橋」
納沙布岬のモニュメント

チャシ跡の上で海を見ると、そこは単なる絶景ではありません。

古くから人々が海を見つめ、船の行き来を見張り、交易や交渉、時には緊張の気配を感じていた場所です。現在もまた、北方領土を望む場所として、歴史と現代が静かに重なっています。

根室半島チャシ跡群の海は、美しいだけではありません。
見る者に、考える時間を与える海です。

3.4 日本の「城」の幅を広げてくれる

根室半島チャシ跡群の最大の魅力は、日本の城のイメージを大きく広げてくれることです。

城といえば、天守、石垣、堀、武士、城下町。多くの人はそう思います。
しかしチャシは、アイヌ文化の中で生まれた、まったく別の城のかたちです。

そこには、自然地形を読む知恵があります。
海を見張る視線があります。
神々に向き合う祈りがあります。
話し合いの場としての役割もあります。

根室半島チャシ跡群を歩くと、「城とは何か」という問いが静かに立ち上がります。第100回にふさわしい、シリーズの原点を問い直す名城です。


4. 残念ポイントを逆手に取った楽しみ方

4.1 「何もない」を楽しむ

根室半島チャシ跡群では、建物を探すより、地形を読むのがおすすめです。

どこが崖なのか。
どこに壕があるのか。
どちらから敵や来訪者が来るのか。
なぜここなら海が見えるのか。

ヲンネモトチャシ跡

そう考えながら歩くと、草地が急に立体的に見えてきます。

「何もない」のではなく、「想像する余白がある」。
根室半島チャシ跡群は、城好きの想像力を試してくる場所です。

4.2 先に資料館で学んでから行く

根室半島チャシ跡群を訪れるなら、先に根室市歴史と自然の資料館で学ぶのがおすすめです。

チャシ跡に関する資料やジオラマが展示されており、事前学習に適した場所とされています。

チャシ跡は、現地だけを見ると地味に感じることがあります。
しかし、先に役割や構造を知っておくと、壕の線や盛土の意味が見えてきます。

予習してから行くチャシは、急にしゃべり出します。
もちろん声は出しません。出したら、それはそれで別のシリーズになってしまいます。

4.3 納沙布岬・北方領土資料館と合わせて歩く

ヲンネモトチャシ跡を訪れるなら、納沙布岬根室市北方領土資料館と合わせると、旅の意味が深まります。

根室市北方領土資料館

北方領土資料館は納沙布岬にあり、戦前の北方領土の生活に関する資料を展示しています。また、そこからヲンネモトチャシ跡までは徒歩で片道約40分、2.7キロとされています。

何種類もの証明書をゲットできます

チャシ跡、岬、北方領土資料館。
この3つをつなげて歩くと、根室の歴史が一本の線になります。

古代から近世、そして現代へ。
風の強い海辺に、時間の層が重なっていることを感じられます。


まとめ

根室半島チャシ跡群は、わかりやすい名城ではありません。

天守はなく、石垣もなく、写真映えする建物もありません。
遠く、寒く、風が強く、見学できる場所も限られています。

けれど、それでもなお、ここは日本100名城の「1番」にふさわしい場所です。

なぜなら、根室半島チャシ跡群は、城とは何かを根本から問い直してくれるからです。

城は、石垣だけではありません。
城は、天守だけではありません。
地形を読み、人が集まり、祈り、交渉し、見張り、守った場所。
それもまた、まぎれもなく城なのです。

根室の風に吹かれながら、海を見下ろすチャシ跡に立つ。
そこには、派手な復元建物よりも深い、静かな迫力があります。

第100回にふさわしいのは、きらびやかな城ではなく、風の中で「城の原点」を教えてくれる場所だったのかもしれません。

根室半島チャシ跡群。
残念なほど遠く、残念なほど地味で、そして、残念なほど心に残る名城です。



参考資料

根室市公式サイト「根室半島チャシ跡群」
URL:https://www.city.nemuro.hokkaido.jp/lifeinfo/kakuka/kyoikuiinkai/kyoikushiryokan/siryoukann/6677.html

Wikipedia「根室半島チャシ跡群」
URL:https://ja.wikipedia.org/wiki/根室半島チャシ跡群

デジタル城下町「根室半島チャシ跡群(北海道根室市)の登城の前に知っておきたい歴史・地理・文化ガイド」
URL:https://note.com/digitaljokers/n/n5e4e7037d3ac



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