【志苔館】残念すぎる日本の名城 第104回|津軽海峡を見つめる、道南十二館の東の守り
派手さはないのに、海風と土塁の向こうから中世北海道の息づかいが聞こえてくる——それが志苔館です。
はじめに
北海道函館市の東部、津軽海峡を見下ろす高台に、静かな土の城があります。
その名は、志苔館(しのりたて)。
「城」と聞いて思い浮かべる天守も、石垣も、きらびやかな門もありません。あるのは、海風にさらされた土塁と空堀、そして海を見渡す広い空です。

2つの石碑は、
右の碑 は志苔館跡の保存に尽くした宇賀小学校校長・留目政治をたたえる碑、
左の碑は志苔館墟碑 で館主・小林良景らを顕彰する記念碑のようです。
それでも志苔館は、北海道の中世史を語るうえで欠かせない場所です。蝦夷地に渡った和人が築いたとされる「道南十二館」のひとつであり、その中でも東端に位置した拠点でした。また、アイヌと和人の関係が大きく揺れたコシャマインの戦いとも深く関わる館として知られています。
現地に立つと、周囲には住宅があり、近くには函館空港もあります。飛行機の音が聞こえることもあり、いかにも現代の町の中に取り残された史跡という印象です。
けれど、南に目を向ければ津軽海峡。天気がよければ、遠く青森県の山並みまで見えることがあります。
土の館、海の館、境界の館。
今回は、そんな志苔館の「残念すぎる」課題と、それでもなお心に残る魅力を見ていきましょう。
1. 志苔館の歴史
志苔館は、現在の北海道函館市志海苔町・赤坂町付近にある中世城館跡です。
築城者については、小林氏によって築かれたと伝えられています。文化遺産オンラインでは、志苔館を「小林氏の築くところ」とし、西に旧志苔川、東に沢、南に海を臨む丘陵上の館跡と説明しています。南側は海に面した断崖となっており、防御に適した場所だったことがわかります。

志苔館は、蝦夷地に渡った和人が築いたとされる「道南十二館」のひとつです。14世紀ごろに和人が築いた12の館の中で最も東に位置していたとされています(函館市公式観光情報「はこぶら」より)。
道南十二館とは、現在の北海道南部に点在した和人の館群です。松前や上ノ国方面を中心に広がる和人勢力の拠点であり、交易・防御・地域支配の役割を担っていたと考えられています。
志苔館が特に有名なのは、コシャマインの戦いとの関係です。
1457年、アイヌの首長コシャマインを中心とする蜂起が起こり、道南の和人館は大きな打撃を受けました。志苔館もその舞台のひとつとして知られており、文化遺産オンラインでも「長禄元年、コシャマインの乱の主戦場として著名」と説明されています。
その後も志苔館は安定した拠点であり続けたわけではありませんでした。1512年にもアイヌの攻撃を受けて落城したと伝えられ、以後、館としての役割を終えていったとされています。現在は続日本100名城に認定され、史跡公園として整備されています(函館市公式サイトより)。
また、志苔館の近くからは大量の古銭が出土しています。「北海道志海苔中世遺構出土銭」は93種類・374,435枚にのぼり、国の重要文化財に指定されています。最も古いものは前漢時代の四銖半両、最も新しいものは明初期の洪武通宝です(文化遺産オンラインより)。
これは、志苔周辺が単なる軍事拠点ではなく、交易や流通と深く関わっていたことを示す大きな手がかりです。
志苔館は、海の向こうとつながる館でした。
そして、異なる文化が出会い、時に衝突した館でもありました。
2. 残念すぎる志苔館
2.1 天守も石垣もないので、第一印象はかなり地味
志苔館を訪れて、まず驚くのはその静けさです。
続日本100名城と聞くと、立派な城門や石垣、復元建物を想像する人もいるかもしれません。しかし志苔館にあるのは、土塁・空堀・平面表示・説明板・あずまやが基本です。
お城初心者が何も知らずに来ると、
「えっ、ここが城?」
と思ってしまうかもしれません。

ここに続日本100名城のスタンプが置かれています
もちろん、これは中世城館としては本来の姿です。けれど、写真映えする建物を期待していると、少し肩すかしを感じるかもしれません。
志苔館は、見る城というより、読む城です。
土の盛り上がりを読み、海との距離を読み、なぜここに館が築かれたのかを想像する城です。
予習なしで行くと地味。
予習して行くと、急に深い。
この落差が、志苔館の最初の残念ポイントです。
2.2 海風が強く、ゆっくり味わうには覚悟がいる
志苔館は、津軽海峡を見下ろす丘陵上にあります。
この立地こそが最大の魅力なのですが、現地では海風をまともに受けます。季節や天候によっては風が思った以上に強く、説明板をじっくり読むのも一苦労です。
春や秋でも、海からの風は体感温度をぐっと下げます。冬ならなおさらです。

「中世の館跡をしみじみ味わうぞ」と意気込んでいても、耳元でびゅうびゅう鳴る風には、なかなか勝てません。コシャマインの戦いどころか、まず自分の体温との戦いになります。
ただし、この風こそ志苔館らしさでもあります。
かつて海を行き交う船や交易の気配を見張ったであろう場所。強い風に吹かれていると、この館が海とともにあったことが、体でわかります。
残念だけど、忘れられない。
志苔館の海風は、そんな少し手強い案内人です。
2.3 函館空港や住宅地が近く、中世の雰囲気に浸りにくい
志苔館は、函館空港に近い場所にあります。アクセス面では便利で、函館旅行の最初や最後に立ち寄りやすいのは大きな利点です。
しかし、城跡としての雰囲気を考えると、少し残念な面もあります。
周囲には住宅や建物があり、近代的な町並みがすぐそこに広がっています。飛行機の音が聞こえることもあり、深い山城のように歴史の世界へ完全に入り込む感じではありません。
「ここで本当に中世の争いがあったのか」と、不思議な気持ちになります。
けれど、その不思議さこそ志苔館の面白さでもあります。
現代の住宅地のすぐそばに、中世北海道の重要史跡が残っている。
飛行機が空を飛び、海風が吹き、足元には土塁がある。
この時間の重なりが、志苔館ならではの風景です。
2.4 説明を読まないと、価値が伝わりにくい
志苔館は、見た目だけで「すごい」と伝わるタイプの城ではありません。
土塁や空堀は残っていますが、石垣のように誰でも一目で感動できるものではありません。建物跡や井戸跡も平面表示が中心なので、想像力が必要です。
コシャマインの戦い、道南十二館、和人とアイヌの関係、大量出土銭——こうした背景を知らないまま歩くと、広い公園のように見えてしまうかもしれません。

志苔館の本当の価値は、地面の下と歴史の奥にあります。
「ここに館があった」だけではなく、
「ここが和人とアイヌの接点だった」
「ここが交易の拠点だった」
「ここが二度も落城した境界の館だった」
そう知ってから歩くと、土塁の見え方が変わります。
志苔館は、説明板を読む前と後で、まったく違う城になります。
3. それでも魅力的な志苔館の見どころ
3.1 津軽海峡を見下ろす立地がすばらしい
志苔館最大の魅力は、やはり海です。
南側に立つと、津軽海峡が広がります。天気がよければ、対岸の青森県まで見えることもあります。

この眺めを見ると、志苔館がただの内陸の砦ではなかったことがよくわかります。
海を見張る。
船を見張る。
人と物の動きを見張る。
中世の志苔館にとって、海は道であり、財産であり、危険でもありました。
現地で海を見下ろすと、志苔館が「海の城」だったことが、すっと胸に入ってきます。
石垣の高さではなく、海との近さで語る城。
それが志苔館です。
3.2 土塁と空堀が、館の形をしっかり伝えている
志苔館には、土塁と空堀が残っています。
文化遺産オンラインによると、ほぼ方形の土塁をめぐらし、西面の土塁は二重、北面外側には空堀を設けていたとされています。南面は崖に臨み、要害性が高かったとのことです。
つまり志苔館は、自然地形と人工の防御を組み合わせた館でした。

現地を歩くと、土塁が館の輪郭をつくっていることがわかります。派手ではありませんが、「ここから内側が館だった」という境界が、土の高さとして残っています。
石垣の城が「積み上げる城」なら、志苔館は「土で囲む城」です。
この素朴な防御感が、中世の館らしくて味わい深いところです。
3.3 道南十二館の東端という歴史的位置が重い
志苔館は、道南十二館の中で最も東にあった館とされています。
この「東端」という位置は、とても重要です。
和人勢力の広がりの先端に近い場所——そこは安定した中心地ではなく、外との接点であり、緊張の前線でもありました。
志苔館を歩くと、「なぜここまで和人が進出したのか」「ここで何を守ろうとしたのか」「アイヌの人々からはどう見えていたのか」と、自然と考えさせられます。

道南十二館などが書かれています
日本の城めぐりでは、戦国大名の城や江戸時代の城が注目されがちです。
しかし志苔館で見えるのは、北海道における中世の境界線です。
和人とアイヌ、交易と対立、海と陸。
そのあわいに立っていたのが志苔館でした。
3.4 大量出土銭が語る、交易のロマン
志苔館を語るうえで忘れられないのが、近くで発見された大量の古銭です。
「北海道志海苔中世遺構出土銭」は93種類・374,435枚という膨大な量で、国の重要文化財に指定されています。
これほど多くの古銭が出土したことは、志苔周辺が中世の流通・交易と深く関わっていたことを示しています。
海の近くに館があり、大量の銭が出土する。
そこには、武力だけではない歴史があります。
昆布、海産物、船、商人、交易品——そうしたものが行き交う風景が、ふっと浮かびます。
志苔館は、戦いの館であると同時に、海の経済に支えられた館でもありました。
土塁だけを見て帰るのはもったいないです。
ぜひ「お金のにおいがする中世の港町」としても想像してみてください。
4. 残念ポイントを逆手に取った楽しみ方
4.1 まず海を見る。そこから館を考える
志苔館では、最初に土塁を見るより、まず海を見るのがおすすめです。
南側に広がる津軽海峡を眺めてから、館跡を歩いてみてください。
すると、なぜここに館を築いたのかが少しずつ見えてきます。
見晴らしのよさ。
海上交通への目配り。
背後の陸地と前面の海。
そして、風の強さ。
ただの高台ではなく、海を押さえる場所だったことがわかります。

函館山が見えます
志苔館は、建物を探す城ではなく、立地を読む城です。
海を見れば、館の意味が見えてきます。
4.2 土塁の上ではなく、外側から眺める
志苔館の土塁は、内側から見るだけでなく、外側から眺めると印象が変わります。
内側から見ると、ただの土の盛り上がりに見えるかもしれません。
外側から見ると、「ここを越えなければ中へ入れない」という防御の意図が伝わってきます。
特に西側・北側の空堀と土塁のラインを意識して歩くと、館の守り方がよくわかります。
志苔館は単郭のシンプルな館ですが、だからこそ構造がわかりやすいです。
複雑な巨大城郭ではありません。
小さな館が、地形を使って必死に守っている。
そう思うと、土塁の低ささえ愛おしく見えてきます。土の城は、派手さの代わりに、静かな説得力を持っています。
4.3 函館空港の近さを、旅の強みにする
函館空港に近いことは、雰囲気の面では少し残念です。
でも、旅の計画では大きな強みになります。
空港到着直後、または帰りのフライト前に立ち寄りやすく、函館市街地とは少し違う、静かな歴史散歩が楽しめます。

五稜郭や函館山のような有名観光地と比べると、志苔館は落ち着いた場所です。
短時間でも、道南十二館・コシャマインの戦い・続日本100名城という要素に触れることができます。
函館観光の締めくくりに志苔館へ立ち寄ると、旅の印象が少し深くなります。
「函館は幕末だけではない」
「北海道の城は五稜郭だけではない」
そう気づかせてくれる場所です。
まとめ
志苔館は、見た目だけで人を圧倒する城ではありません。
天守はありません。
石垣もありません。
周囲には住宅があり、函館空港も近く、海風は強い。
けれど、それでも志苔館には、ほかの城にはない重みがあります。
道南十二館の東端。
コシャマインの戦いの記憶。
和人とアイヌの接点。
津軽海峡を見下ろす立地。
そして、大量出土銭が語る交易の気配。
志苔館は、派手な城ではなく、問いかけてくる城です。
誰がここに来たのか。
何を守ろうとしたのか。
海の向こうに何を見ていたのか。
そして、この土地に暮らしていた人々は、この館をどう見ていたのか。
風に吹かれながら歩いていると、土塁の向こうから中世のざわめきが聞こえてくるようです。
残念すぎるほど地味。
でも、知れば知るほど深い。
志苔館は、北海道の城めぐりにおいて、静かに外せない一城です。
参考資料
函館市公式サイト「史跡志苔館跡」 https://www.city.hakodate.hokkaido.jp/docs/2018032900043/
文化遺産オンライン(志苔館)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/137707函館市公式観光情報「はこぶら」(志苔館)
https://www.hakobura.jp/spots/572Wikipedia「志苔館」 https://ja.wikipedia.org/wiki/志苔館
デジタル城下町「志苔館(北海道函館市)の登城の前に知っておきたい歴史・地理・文化ガイド」 https://note.com/digitaljokers/n/nd3c98e0a8934
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