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タヌキが出る公園、実は世界遺産でした

日常の裂け目から、1500年の巨人が顔を出した。


仕事帰り、大阪のホテルを出て駅に向かう道で、60センチ四方のボロボロの白い看板が4枚、壁に並んでいるのを見つけた。

何気なく目をやった瞬間、度肝を抜く四文字が忽然と姿を現した。



世・界・遺・産



……えぇえええっ!?


僕は思いがけずその場で声を出し、目を丸くして二度見した。


それはなんと日本に26しかない世界遺産の一つ、「大仙陵古墳」(仁徳天皇陵)の案内看板だったのだ。


日本史の教科書でしか見たことのないあの巨大な前方後円墳が、こんなにも都市部の近所にあったのである。

しかも、少し大きめな、ただの寂れた公園だと思っていた場所に。

この衝撃的な事実発覚の数分前に「ここ時々、タヌキが出るんですよ」と聞いていたのだが、もっと他に言うことあるだろうが!!と思ったほどだった。


街を歩いていたらたまたま世界遺産を発見したというこの類いまれな体験に心を踊らせ、しばらく僕の頭の中は前方後円墳のことでいっぱいになった。

その日は火曜日だったのだが、そこから週末にかけて、会う人会う人に「聞いて聞いて。最近、前方後円墳見つけてさ。大仙古墳!」と自慢気に話した。

しかし、僕の熱量とは裏腹にその凄さがあまり伝わらず、ほとんど薄い反応しか返ってこなかったのである。


(いやでも日本に26しかない世界遺産を、たまたま歩いているときに見つけるだなんてかなりすごいことだよ?あの日本史の教科書で見た鍵穴式の前方後円墳だよ?)


なんでこんなにみんなピンと来ていないんだろうと少し悔しく思いながら、週末は眉毛サロンへ行った。そこでもアイリストのお姉さんに同じ話をした。

「田中さん、聞いてください」
「僕、ついに、世界遺産、見つけてしまったんです」

えっ!?と驚いた顔をされ、しめしめと思いながら、いつもの話をした。

すると、


「あー、仁徳天皇陵ですね。」


とスンッとした顔に戻り、こう続けた。

「私の地元、大阪の堺なので」
「子どもの頃、ほんとは入ったらだめだったけど、よく古墳で遊んでましたよ」


『古墳で遊んでた』



なんてパワーワードなこと。完璧な地元民のレシーブだった。まさか僕以外にも古墳エピソード持ちがこんな身近にいただなんて。

田中さんはスーパーリベロと呼ばれるだけあって、僕の今週一のホットトピックを軽々と拾い上げてくる。

しかし、僕も食らいつき、渾身のスパイクを打ち込んだ。


「あの前方後円墳、今、"気球"に乗って上空から見れるらしいんですよ!!世界遺産の古墳を上空から見おろす初めてのサービスで、去年の10月にできたばっかりで、しかもこの大仙陵古墳ってなんと1日2000人、16年かけて作られたんですって、それを知って思わず『現代の渋谷駅かっ!!』ってつっこんでしまいましたよね、あれ工事いつ終わんねん。まぁそんな大仙陵古墳なんですが、最初見つけたときは、あまりにも広大過ぎて何も見えなかったし、ただの大きい公園と池があるなぁって、あっあそこタヌキ出るらしいですね、それにしても小中高と日本史の教科書に載っていたので、未だにあの形よく覚えていますよ、それぐらい特徴的で気球……」




遮るように田中さんは言った。


「私、それやったらトルコの気球乗りたいですわ」


今度はまさかの気球被せをされ、即座に一蹴されたのだった。見事なブロックだった。


(この海外旅行好きめ……)


僕は最後のカードを切ることにした。

昨晩、大仙陵古墳のHPで知った事実を伝えることにしたのだ。


ここまででもわかるように、大仙陵古墳の気球が気になってこんなHPを見ているのは僕くらいだろう、あの廃れた感じだと誰も気球になんか乗っていないだろうなぁと思っていたら、


「まさかの平日なのにほぼ満枠!なんと予約開始20分で既に埋まり始めてて!」

「最大30人、1日延べ約500人乗れるのに!!」

「まさか大阪の人気隠れ観光スポットみたいなんです!!!」



これにはさすがのスーパーリベロである田中さんも、「うそん!」と恐れ慄き、ついに僕のサーブを打ち損じたのだった。

勝った。僕は眉毛を抜かれながら、目を閉じ、小さく拳を握りしめた。




───────
そしてその帰り、この大阪の隠れ観光スポットを興奮しながら予約を入れた。


当日、気球乗り場に着くと家族連れやカップル、老人たちが何組も待っていた。

僕だけ一人参加で完全に浮いていた。

「世界遺産を見つけてしまった!」と一人で舞い上がって、勢いだけでここまできたが少し恥ずかしくなっていた。


しかし、そんなこと忘れさせてくれるぐらい気球は壮大で、気高く、美麗であった。


ガタンッと大きな音と揺れとともに、気球がゆっくり上昇を始めた。地上100メートルまで静かに上がっていく。

気球に乗ったときは、「USJのアトラクションみたい!」と方々で話されていたのに、舞い上がり風が吹いた瞬間、このまま吹き飛ばされてしまうじゃないだろうかというぐらい気球は大きく揺れ、「デスゲーム始まった!?」と誰かが叫び、等間隔に並べられた人間が全てフリかのように、安全が担保された乗り物からデスゲームへと、機内は一瞬で恐怖の坩堝に変わった。


しかし、30階建てのビルと同じ高さまで達した時、嘘みたいに小雨がやみ、雲の合間から太陽の光が差し始めた。その場がどっと沸いた。映画『天気の子』みたいだった。


そして──

眼下に広がった光景に、僕は息を飲んだ。

日本史の教科書の中にしかなかったものが、僕の日常の中に突如現れたのである。

教科書で見たあの形が、完璧な姿で僕の真下にあった。巨大な前方後円墳。鮮やかな緑の絨毯のように広がる墳丘。美しい鍵穴。全長486メートルという圧倒的な存在感。

1500年近く前から、ずっとここに鎮座し続けている。



その瞬間、理解した。

ずっとここにあったのに、僕はただ、素通りしていただけだったのだ。

日常の裂け目から突如、顔を出した歴史の巨人。世界遺産は、ただの看板一枚で、日常と地続きだった。ボロボロの看板さえ見過ごさなければ、1500年の物語がすぐ隣に眠っていたのだ。

たぬきが出るという噂の古墳を、眉毛サロンのお姉さんに「トルコの気球の方がええわ」と言われた古墳を確かにこの目で見た。




気球がゆっくり降下する中、僕は静かに微笑んだ。

少年の心が、再びうずき始めていた。

"定番の未知"は、まだまだ続いていく。

この週末、僕はずっと後回しにしてきたことを思い出していた。気づけば、神戸行きの電車に乗っていた。ずっと受けたかった、催眠術を受けに。

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女風のお兄さん|性のメンタリスト もう少しお仕事をがんばりたい日はチロルチョコを買います。精一杯やりきった日はご褒美にHäagen-Dazsを買います。ここまでお読みいただきありがとうございます。貴方様に支えられて文章を紡ぐことができました。