見出し画像

クロード・シャブロル「汚れた手をした無実の人々 」(1975)

私が好きなロミー・シュナイダーとロッド・スタイガーが主演なので、かなり期待して観はじめた。ところが、映画が進むに従ってどんどん当惑が広がっていった。

なんだ、この安っぽいありえない展開は。今まで観てきたシリアス系のシャブロルとは全然違うぞ....

これは完全に娯楽作であって、お世辞にもシャブロルの大傑作とは言いがたい。人によっては駄作と切り捨てるだろう。

だが、困ったことにシャブロル本人がもともとそれを自覚してやっていて、「大茶番」とこの作品を考えていたそうである。
「肉屋」や「不貞の女」や「一寸先は闇」のような完成度が高いシリアス系から観はじめたので、シャブロルをきわめて真摯な監督だと思い込んでいたのだが、どうも全然違うらしい。
もっと、シニカルで冷静で遊び心もあり、心底真剣なタイプの映画監督というわけではないようだ。
その発見がこの映画を観た最大の成果になってしまったところがある。

最近の「一寸先は闇」の記事で、私は感じたままに正直なかなりシリアスな評価、観点で書いてみた。
だが、実はあの映画の特にオードランの行為などは、ブルジョワの自己保身への皮肉として解釈されることが多いそうである。
私自身は、そういう類型的社会的評価に物足りなさを感じて、あえて独自評価を試みたのだが、シャブロルをよく知る人、その皮肉な性格を考慮すると、ブルジョワ批判の観点が普通なのかもしれないと思った。

但し、シャブロルは決定不能などのようにも解釈できる撮り方をしているので、そういう定型的な評価にこだわる必要はないのだと言い訳しておこう。

さて、シャブロルは「大茶番」だと自覚していたのに対して、ロミー・シュナイダーはこれを「悲劇」と真面目に捉えて二人は衝突したという。
シュナイダーは、非常に真面目に役に打ち込む、繊細な性格なので多分そうなる。ところが、シャブロルはもっと突き放した見方をしているので、両者に齟齬が生じる。
だが、シュナイダーの真剣な熱演が、この映画を単なるお遊び、娯楽に留めずに不思議な深さと魅力を与えている。
両者のミスマッチによって映画が一段上になっている。
シュナイダーの真摯さが、この映画の浅さを救っているところがあるのだ。

この映画の若い主演男優などは全然ダメで、こういう役者だけだと多分本当に駄作になっていたと思う。

ロッド・スタイガーについても似たような事がいえる。名作「夜の大捜査」のように、本来はアツい演技がよく似合う名優である。
それを、この奇妙な台本の作品でもそのスタイルを貫いているので、合わずに大袈裟に思えるところも正直ある。
だが、シュナイダー同様にきわめて真剣で、作品やシャブロルにミスマッチなのが、かえって映画の質を高めている。

シャブロルはちょっと困ったところがある人で、真面目なシュナイダーを批判したりしたそうである。スタイガーはチェスばかりしているシャブロルに不満だったとか。

この映画は、シャブロルと主演二人の食い違いの緊張感が、名作とは言えないが、失敗の産物が成功した稀有な例になっているのかもしれない。

珍しく完全にネタバレなしで書いているので、具体的には言わないが、ラストシーンなども、シャブロルがこれはコメディーですかというような設定にしているのを、ロミー・シュナイダーは感動の名場面のように懸命に演じていて、その食い違いがこの映画の象徴でもある。

映画はいきなり、ロミー・シュナイダーが全裸でうつぶせで寝ているシーンから始まる。シャブロルはらしくあまりお堅いことは言わずに、さりげなくエロティシズムを入れてくるのは褒めてあげたい?

皇后シシー役の固定的なイメージで苦しんでいたロミー・シュナイダーも、ここでは完全に大人の女の役である。やはりそのクールビューティぶりには抗いがたいものがある。
シャブロルの意図とは外れているかもしれないその真剣な演技もそれ自体としては大変立派なものである。

この映画は基本的にはそういう娯楽作なのだが、タイトルの「汚れた手をした無実の人々 」はなかなか良くて、道徳的にはメチャクチャな人ばかりだが、実は純真で心が汚れていないという側面もある。ロミー・シュナイダーの役もロッド・スタイガーの役もそうなのだ。
形式的な道徳や善悪では単純には裁かないというシャブロル特有の視点が、こういう娯楽作でさえ伺えるのは興味深くて不思議なところでもある。

おかしな刑事二人組が登場する。この作品ではふっきれるくらいにコミカルな存在である。
だが、登場当初などは、相手の様子を伺うような慇懃無礼な、とてもいやーな感じである。「不貞の女」の刑事二人組もそうだった。他の作品の刑事たちも基本的にそうである。
シャブロルは警察嫌いなんだろうなぁと思う。また、ブルジョワ同様に警察という権力機関に対する強い批判的な視点があったのかもしれない。

シャブロルに慣れると気になってくるドミニク・ザルディはここではちょっと滑稽な警官役で、相変わらずいい味を出している。
シャブロル映画におけるドミニク・ザルディは、ヒッチコック映画におけるヒッチコック本人のようなもので、気になって仕方がない。

(関連記事)


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集