見出し画像

中国の情報戦・歴史戦・認知戦・政治戦・世論戦・大外宣

0:17 「大東亜戦争」という名称
3:46 「大東亜戦争」の概略
5:05 ソ連「日ソ中立条約」を破棄
5:50 「満州」についての誤認
7:12 「盧溝橋事件」についての誤認
10:49「通州事件」
11:22「第二次上海事件」
12:43 独軍事顧問団が「国民党」を指導し「支那事変」開始
12:54 日本軍「南京」攻略
13:15 蒋介石「国民党」に米英オランダより支援
13:44 「援将ライン・ルート」
14:49 米が蒋介石を支援した理由
15:14 蒋介石夫人・宋美齢の活躍
18:20 中国布教宣教師やパール・バックの反日プロパガンダ
19:02 日本人の情報戦の軽視
19:34 日本兵・日本人を悪魔とする短絡・洗脳キャンペーン
20:04 イスラム教・キリスト教の一神教と日本人の八百万の神
21:00 石原莞爾・多田参謀次長と近衛文麿・風見章・米内光政
21:38 共産主義者の仕掛け・尾崎秀実(朝日新聞記者)
22:09 平和主義を貫こうとした陸軍参謀本部
22:15 東京裁判史観「陸軍悪者論」
22:28 「太平洋問題調査会」と牛場友彦の野望

23:23 「真珠湾攻撃」は奇襲だったのか!?
23:52 ロンドン海軍軍縮会議・ワシントン海軍軍縮条約
24:50 英:戦艦HMSプリンス・オブ・ウエールズをマレー半島に派遣
24:56 米:真珠湾に旧式戦艦のみを残し新鋭艦をミッドウェイに配備
25:03 フィリピンのクラーク海軍基地
27:05 米・暗号解読、ソ連・ヴェノバ文書公開
27:27 "中国”と戦ったのか?
27:49 中華民国南京国民政府の汪兆銘政権
28:13 中華人民共和国の建国は戦後
28:41 "韓国"とは戦っていない。
30:42 世界大恐慌
31:36 デフレ経済とナチスの台頭
32:40 世界初の日本のデフレ対策:犬養内閣大蔵大臣・高橋是清
34:25 ナチスドイツのデフレ対策:アウトバーン建設(公共工事)
34:51 悪者をつくるナチスのやり口と全体主義への途
38:38 米・ルーズベルト大統領就任
39:06 ケインズ理論・ニューディール政策で失業率低下
39:14 緊縮財政政策で失業率上昇
39:57 デフレ・スパイラル
40:37 現在の日本の少子高齢化の人口構成と外国人労働者の導入問題
41:02 ナチス・ドイツ 公共工事から軍拡への転換
41:31 第一次大戦の敗戦国ドイツの領土喪失と国民の失地回復の要望
42:23 ヨーロッパでの戦争勃発、第二次大戦へ
42:49 「経世済民」
44:05 西欧語の日本語への翻訳の明治の先人たちの努力
45:01 米国人の拠り所「星条旗への忠誠」「米語の強制」「兵役の義務」
45:15 日本人の拠り所「皇統」「日本語の強制」「絆(日本人としての連帯感)」

45:39 なぜ「日米戦」に突入したのか?
46:05 なぜ英米が日本を「仮想敵国」にしたのか?
46:24 「海洋国家」としての英米日
48:18 石油・鉄などの資源が乏しい海洋国家・日本
48:52 「満州」「朝鮮」「台湾」への日本の膨大な貿易赤字
50:07 ブロック経済を乗り越える日本の生産力(例)豊田織機
51:29 ABCD経済包囲網
51:50 石油獲得のためインドシナへ
52:16 1940年時90%の原油を米国から輸入
53:01 東京五輪中止
53:14 企画院「応急物資動員計画案」英米との抗争を前提に国力判断
53:38 「英米との戦争遂行は不可能」という結論(1940年8月)
55:11 陸軍中野学校創設・「大東亜共栄圏」を構想をした岩畔大佐
55:23 「秋丸機関」(リーダー秋丸次郎中佐の「陸軍省戦争経済研究班」)
56:00 秋丸のモットーは孫子の「彼を知り己を知れば百戦殆からず」
56:40 「英米合作経済抗戦力講査」英米の強大な経済力を報告
56:43 戦後の報道”この調査を無視し日本軍が無計画に暴走”
57:06 秋丸機関戦争模擬:南進・西方進行
59:17 「大東亜共栄圏」「八紘一宇」白人至上主義からの解放
01:02:05 東條英機・東京裁判宣誓供述:将援ルートを潰す計画が破綻
01:03:00 ”インド洋”のつもりが真珠湾”攻撃で一気に太平洋での戦争に
01:03:29 「ハル・ノート」のせいだけではない
01:05:46 ハリー・デクスター・ホワイト「ホワイト試案」

01:05:55 米国の”フェア”な要求
01:07:53 当時の日本国民にとっての”満州”
01:08:52 "緩衝地帯"としての満州・朝鮮
01:09:36 ドイツの対英から対ソ戦への転換
01:10:04 北進論 外務大臣・松岡洋右
01:11:43 近衛内閣官房長官・風見章により松岡は更迭される
01:12:51 南進論が優勢に
01:13:13 海軍・永野修身参謀総長の掛け声で南部仏印進駐
01:14:03 米国により資産凍結・ABCD包囲網で石油断絶(1941年8月)
01:14:28 秋丸機関に共産主義者の蝋山政道・有沢正巳が所属
01:14:53 対英・蘭戦は勝てるという見通し
01:15:22 対米戦「対米英蘭将戦争指導要綱」の構想
01:16:30 親米フィリピン・ケソン政権と中立条約締結
01:17:12 英軍を駆逐・石油獲得を目論む「指導要綱」
01:17:22 「大本営政府連絡会議」発足(1941年11月15日)
01:17:50 "ちゃぶ台返し”の”真珠湾奇襲”と連合艦隊司令長官・山本五十六
01:19:16 山本を存続させた海軍閥の永野修身・米内光政
01:21:38 昭和天皇「米英両国に対する宣戦の詔書」

01:25:50 軍需品の生産能力としての「国力」
01:26:06 そもそも「戦争」とは、お互いの供給能力の潰し合い
01:26:44 経済の3要素=資本(モノ) × 労働(ヒト) × 技術
01:27:05 「自衛隊」も軍事サービスの供給
01:27:15 供給能力を潰せば、相手の国民を皆殺しにする必要なし。
01:27:38 正規の空母の生産状況
01:28:18 戦闘機の生産状況
01:28:37 大型爆撃機の生産状況
01:28:49 なぜ供給能力に大差がついたのか?
01:29:04 サイパン陥落後の米による日本本土空襲による日本の生産能力の低下
01:29:15 1941年当時の日本インフレ・米国のデフレ経済状況;高い失業率・低い工場稼働率
01:30:16 日米のGNPに占める軍事生産の割合
01:30:50 1942年からの軍事生産の伸び率の日米比
01:31:34 米国はデフレ状況で生産能力が余りまくっていた!
01:31:57 対日開戦によりフォード・クライスラー・GMの自動車工場で戦闘機を生産開始
01:32:08 民需・軍需の生産を一体化してデフレ脱却・失業率低下
01:32:40 ところがインフレだった日本はそれが不可能
01:33:02 女子挺身隊を軍需工場に動員する程、人手不足
01:33:29 1945年終戦時米国は完全雇用達成・日本はデフレで失業者だらけ
01:34:05 戦争は供給能力の潰し合い、その供給能力とは…

習近平主席が“台湾”に強く執着する理由

1. 政治家としての「ライフワーク」と出世の成功体験

習近平主席にとって、台湾問題は政治家としてのキャリアを通じて一貫して追求してきた「ライフワーク」であり、出世の足がかりとなった「成功体験」として記憶されている。

  • 長期間の現地勤務:1985年頃から17年間にわたり、台湾の対岸に位置する福建省に勤務した [20:59]。この間、台湾との交流を深めるとともに、海を挟んで台湾と向き合う行政のトップとして、その問題に深く関わってきた [21:13]。

  • 台湾海峡危機の経験:特に1995〜96年、そして1999年の台湾海峡危機を現地で経験し、軍事演習への行政の統治者としての協力・関与を通じて実績を積んだ [21:29]、 [22:42]。

  • 危機をステップとした出世:これらの危機における仕事ぶりが評価され、危機を一種の「ステップ」として、自らのキャリアにおける「成功体験」に変え、出世の階段を登った [23:32]、 [30:46]。この経験を通じて、主席は「台湾と福建と軍のプロ」という評価と自覚を得たことが、その後の最高指導者への道につながったと分析されている [24:21]。

2. 「屈辱の近代」の歴史的な「あだ打ち」

主席の台湾への執着は、中国が経験した「屈辱の近代」、特に日清戦争の敗北を軸とする歴史認識に深く根ざしている。

  • 日清戦争が問題の起源:主席は、台湾問題の起源は1894年の日清戦争で清朝が近代化間もない日本に敗北し、台湾が50年間植民地化されたことにあると明確に述べている [29:25]。

  • 歴史の雪辱:この敗北によって中国が味わった屈辱を晴らし、歴史を「上書きする」ことこそが、台湾統一という目標が持つ大きな意味であると捉えている [29:40]、 [29:46]。

  • 海軍力による決意:中国初の国産空母に日清戦争で海軍が壊滅した歴史的な屈辱の地に関わる「山東」と名付けたことも、歴史的な雪辱を果たし、海軍力強化の使命を忘れないという主席の決意の表れであると分析されている [27:11]、 [27:27]。

3. 中華民族の偉大な復興と「大一統」の実現

台湾の統一は、中華民族の偉大な復興を成し遂げるための最後のピースであり、共産党の歴史的な使命であると位置づけられている。

  • 「大一統」の思想:中国の伝統的な思想では、「統一(大一統)=善、分裂=悪」という価値観が根付いており、統一を果たすことは社会的な秩序を達成する最善の状況と見なされている [53:00]。

  • 「最後のピース」としての台湾:1949年の建国で「屈辱の100年」は終わったとされるが、台湾は未だ統一されていない「現在進行形」の課題であり、これを解決することで、歴史的な屈辱の時代に完全に終止符を打つという使命感がある [47:43]、 [55:23]。

  • 共産党の使命:主席は、中国を強国にするという目標を掲げ、2035年までに社会主義現代化強国を基本的に完成させるという強い意志を持っている [58:02]。統一は、中国共産党が負託された歴史的な使命であり、自らがその達成者となる (⇒毛沢東を超える!?)という強い決意が、台湾への執着の根底にあると言える [54:35]、 [01:00:57]。

AI解説
下関条約は、1895年(明治28年)に日本と清の間で締結された日清戦争の講和条約です。この条約により、清は朝鮮の独立を承認し、遼東半島、台湾、澎湖諸島を日本に割譲し、多額の賠償金支払いを約束しました。調印後、ロシア、ドイツ、フランスによる「三国干渉」を受けて、日本は遼東半島を清に返還することになりました。

主な内容
・朝鮮の独立承認
: 清国は朝鮮が独立国であることを認め、宗主権を放棄しました。
領土の割譲: 清国は遼東半島、台湾、澎湖諸島を日本に割譲しました。
賠償金: 清国は日本に庫平銀2億テール(約3億円)を支払うことを約束しました。
開市・開港: 沙市、重慶、蘇州、杭州の4港を開市・開港し、日本人が商工業活動を行うことが認められました。
通商航海条約: 日本と清国は、西洋諸国と同様の条件で通商航海条約を締結しました。
威海衛の一時占領: 条約履行の担保として、日本軍は山東省の威海衛を一時占領することが認められました。

その後の影響
・三国干渉
: 条約で割譲された遼東半島について、ロシア、ドイツ、フランスが日本に返還を勧告する「三国干渉」を行いました。日本はこれを受け入れ、遼東半島を返還しました。代わりに、清から3000万両の賠償金を追加で受け取りました。
日本: 賠償金を軍備と産業の近代化に充て、帝国主義的な対外政策を推進するきっかけとなりました。
: 弱体化がさらに顕著となり、列強による中国分割が加速し、辛亥革命へとつながっていきました。
朝鮮: 清の宗主権が消滅したものの、日本の影響下に入りました。

タイトル画像:

AI解説:
中国のプロパガンダは、国際コミュニケーションセンター(ICC)の設置拡大、偽情報の拡散、メディア統制、そしてソーシャルメディアを通じた洗練された手法など、多岐にわたります。その目的は、中国共産党のメッセージを国際社会や国内で広め、特定の政治的・経済的利益を守ることです。

主要な戦略と特徴
・国際コミュニケーションセンター(ICC)の活用
: 国際舞台で中国共産党の声を増幅するため、国際コミュニケーションセンター(ICC)を急速に設立しています。
精密なメッセージング: ターゲットとする層(例:台湾)に合わせたメッセージを作成・配信する「精密コミュニケーション」戦略を用います。
情報操作と偽情報の拡散: 偽のソーシャルメディアアカウントや外国のインフルエンサーを活用し、世論を分断したり、特定の政治的ナラティブを広めたりします。
メディアの厳格な統制: テレビ、新聞、インターネット、SNSなど、あらゆるメディアに対して検閲を行い、共産党のイデオロギーが浸透するよう統制しています。
伝統的芸術と現代的ツール: 伝統的なプロパガンダ芸術(例:毛沢東様式の革命芸術)や、近年ではAIを活用したショート動画などの現代的ツールも利用しています。
自己成就的予言: 「アメリカは脅威である」といったメッセージを繰り返し発信することで国内のナショナリズムを煽り、政府自身がその主張に沿った行動をとらざるを得なくなる状況を作り出すこともあります。

具体的な事例
・日本の局長協議
: 日本の局長が中国の担当者と会談した際、金井局長が頭を下げているかのように見える動画を中国のSNSで拡散し、中国側の優位性をアピールしようとしました。
抗日映画: 習近平国家主席が推進した反日映画が、一部で酷評された事例があります。これは、政府の思惑通りにプロパガンダが機能しなかった例と言えます。
台湾への働きかけ: 台湾の有権者をターゲットに、TikTokアカウントなどで台湾政府を批判するコンテンツや、中国を称賛する動画を配信しています。

いいなと思ったら応援しよう!