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倉山満の「解釈護憲論」


倉山満の「解釈護憲論」:憲法典を相対化し、国際法と歴史に則った国家のあり方を追求する実利主義的戦略

1. はじめに:従来の憲法論議への根本的批判

1.1 研究の背景
日本における憲法論議は長年、「憲法9条改正の是非」「現行憲法条文の擁護」という二項対立に終始してきた。しかし、国際政治学者・憲政史研究家である倉山満 (敬称略)の護憲論は、この従来の枠組みとは一線を画す。倉山は、憲政史と国際法の視点から、現行の「護憲派」「改憲派」双方の議論が本質を見失っていると鋭く批判する。

1.2 「解釈護憲論」の定義と目的
倉山が提唱するのは、いわば「解釈護憲論」であり、単に憲法条文を「守る」という静的な護憲ではなく、「憲法典に振り回されず、歴史と国際法に則った国家のあり方を追求するために、現行憲法の条文を最大限に活用すべき」という極めてプラグマティック(実利的)な立場である。本稿は、この「解釈護憲論」の主要な論理構成とその戦略的意義を考察する。

2. 「憲法」と「憲法典」の分離:歴史重視の視点

倉山論の出発点は、現在の憲法論議が、文章である「憲法典」の条文修正という末端の議論に終始し、本来の「憲法(国のかたち (国体)、歴史、伝統、文化)」という本質から乖離しているという批判である。

2.1 憲法典の相対化と「悪文」批判

倉山は、現行の日本国憲法典を、占領下で極めて短期間に作成された「歴史を無視した悪文」であるとし、その条文自体に過度な絶対的価値を置くべきではないと主張する。この「憲法典の相対化」こそが、条文の呪縛から解放され、真に国益に資する解釈を可能にする基盤となる。

2.2 歴史的連続性の重視

真の「国のかたち (国体)」は、明治憲法時代やそれ以前の歴史・伝統の中で培われてきたものであり、この歴史的連続性こそが真の憲法であると見なす。したがって、条文の解釈は、抽象的な理想主義ではなく、歴史的背景と国際的な現実を無視してはならないとする。

3. 日本国憲法第9条解釈への現実的な戦略的介入

「解釈護憲論」の具体的な焦点の一つは、その曖昧さゆえに議論を停滞させてきた憲法9条へのリアリスティックな対処である。

3.1 現行9条の矛盾点の指摘

倉山は、9条が「自衛戦争」まで放棄していると解釈できる曖昧さ、および9条1項と2項を素直に読めば「戦うための力(軍隊)」を持てないという解釈が成立する点を指摘する。この解釈は国際法における自衛権を否定するものであり、現実の独立国家として成立し得ないという矛盾を抱えている。

⇒下記拙論note参照

3.2 「解釈による国家防衛」の選択

倉山は、憲法改正に投じられるエネルギーは、国際的な現実と国内合意の困難さから非現実的であると判断する。

それならば、「自衛のための戦力保有は当然認められるという解釈を徹底することで、国際法に則った国家防衛の形を現行憲法下で維持すべきだ、と提言する。

これは、「憲法典の欠陥を、国際法と歴史という普遍的な規範で埋める」という、実利主義的な戦略的選択である。

4. 「解釈護憲論」の戦略的意義と権力抑制

4.1 憲法を「国民の自由のための道具」として活用

倉山の解釈護憲論は、憲法典を「権力に都合のいいように捻じ曲げられる道具」にするのではなく、「国民の自由と国際的な規範を守るための道具」として、解釈を駆使することを重視する。政治権力が憲法典を恣意的に解釈し、国民の自由を抑圧しようとする動き(自民党案の危うさ)に対しては、現行憲法が保障する人権規定を武器に徹底的に抵抗すべきだと主張する。

4.2 「真にリアルな憲法論議」の呼びかけ

改憲派も護憲派も、条文という「木を見て森を見ず」の状態にあり、「日本という国が文明国として国際社会で生きていくために何が必要かという本質的な議論を避けているという倉山の批判は鋭い。

「解釈護憲論」は、単なる条文改正の是非を超えて、国際社会での責任歴史的連続性という視点を憲法論議の中心に据え直すことを促す。これは、憲法典の欠陥を認めつつも、その改正という非現実的な道を選ばず、解釈の力で国際法上の国家主権を回復し、国民の自由を最大限に擁護するための、プラグマティックかつ戦略的な護憲の道筋を提示していると言える。

5. 結論

倉山満の「解釈護憲論」は、以下の三点に要約される。

  1. 憲法典の相対化: 占領下で作成された「悪文」としての憲法典に過度な価値を置かず、日本の歴史と伝統に基づく「国のかたち」を重視する。

  2. 9条の戦略的解釈: 改憲の非現実性を認め、国際法上の義務である自衛のための戦力保有を当然の解釈とすることで、現行憲法下で国家の安全保障を実効化する。

  3. 国民の自由の擁護: 権力の恣意的な解釈を防ぎ、現行憲法を国民の自由と権利を守る「道具」として最大限に活用する。

この「解釈護憲論」は、イデオロギー的な対立に疲弊した日本の憲法論議に対し、国際法、歴史、そして実利を基盤とした新たな視座を提供する、極めて刺激的で実践的な提案である。

付記:関連著作と主張の視点

倉山の主張は、以下の著作群に詳しく見ることができる。

日本国憲法を改正できない8つの理由

改憲論議の非現実性と、改憲派・護憲派双方の矛盾点を指摘。憲法改正が「やっても意味がない改憲」「やらねばよかった改憲」になりかねないというリアリズムから、現状の議論の無意味さを説く。

自由主義憲法:草案と義解

憲法典の「条文ごっこ」から脱却し、真に国民の自由を保障するための「自由主義憲法草案」を提示。国際法や比較憲法の視点から、日本のあるべき姿を描き出す。

間違いだらけの憲法改正論議

現行の改憲論議(特に自民党案)の危うさを指摘。権力者が恣意的に運用できない権力抑制のための憲法の重要性を強調。

帝国憲法の真実

『明治・大正期を支えた帝国憲法は、なぜ敗戦後に「悪魔の憲法」に貶められたのか? 占領軍が日本人の誇りを奪うために現行憲法に仕掛けた「罠」とは? 憲政史家の倉山満は「帝国憲法をタブーから解き放つ」と宣言。現在の憲法学がいかに東大憲法学に毒されたものであるかを指摘し、そのうえで「現行憲法VS帝国憲法」を対比させることで現行憲法の欠陥と呪縛を白日のもとに晒す。そして、世界標準の文明国の通義であった帝国憲法の真実を語り、見えてきた「日本のかたち」とは? 日本の争点はすべて憲法にいきつく、と語る著者が天皇、九条、靖国神社、集団的自衛権、統帥権などの問題を一刀両断。前著『保守の心得』につぐ「保守入門シリーズ」第二弾。』

倉山の立場は、「憲法典の条文は曖昧で欠陥があるが、その改正は非現実的でリスクが高い。だからこそ、国際法や歴史に照らして最も合理的な形で条文を解釈し、現行憲法を最大限利用して、国民の自由と国家の安全を守るべきだ」という、実利主義的な解釈護憲論と言える。

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