護憲論1):消極的、かつ積極的平和主義としての日本国憲法
1. 改憲論者の短絡的思考
(1)「台湾有事は日本有事」←この見解は正しい。
(2) 「日米同盟に基づいて有事には米国が助けくれる、という考えは甘い。」←確かに!
(3) 「だから、独力で中国と戦える武力を保有するべきである」←え、そうか!?
(4) 「そのためには、日本国憲法第9条は改憲するべきである。」←違うね!
(5) 「核保有国である中国に対抗するために日本も核保有するべきである」←そこまで言うか!?まず、唯一の核被爆国である日本国民が許さないだけでなく、核の傘により日本を国際政治的に保護していると思っている米国がそれを許さない。
2.「専守防衛」への誤解
単に専守防衛──自国が攻められなければ何もしないと誤読している改憲派のみならず護憲派もまた同じ穴の貉!
田原総一朗「“一国平和主義”で日本だけ平和だったらいい、
他の国のことはどうでもいいというのが日本の平和主義」
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それじゃ駄目だと言いたいのか!?ちゃんと憲法を読んでいるのか!?
3.日本国憲法・前文および第九条
……
われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。(日本国憲法 前文)
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。(日本国憲法 前文)
第9条 1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
4.コインの裏と表としての消極的、かつ積極的平和主義
日本国憲法前文および2項を含む9条が謳う「消極的平和主義」と「積極的平和主義」はコインの裏と表である。
「積極的平和主義」として国際協調に基づく国際平和への積極的な貢献は、国際紛争を解決する手段として戦争と武力行使を永遠に放棄し否定する「消極的平和主義」の裏付けがあってこそ実現する。
まさに、国連の外交活動、ODA (政府開発援助)や自衛隊の海外でのPKO(平和維持活動)は日本国憲法が謳う平和主義を具現する活動である。
自衛隊が軍隊・武力組織ではないのは、まさに日本国憲法の第9条を示せば良い。
提案:「自衛団 (Self-Defense Brigade)」と呼ぼう!
「自衛隊」を英語にすると“ Self-Defense Forces”と、まさに海外では”軍隊”と見做されてしまう恐れがある。二枚舌で敢えてそうしている意図を感じこともあるが、問題である。実は「消防団」は、英語で“fire brigade”と言う。そこで、「自衛隊」を「自衛団」と名称を改め、英語では“Self-Defense Brigade”と呼ぶように提唱したい。
なお、「自衛」という言葉は重要なので変えるべきではない。
5.”自分の国は自分だけで守れる”という考えこそ妄想
この日本国憲法前文の崇高な平和主義を、浅はかにも、“お花畑だ”“平和ボケだ”“他律本願だ”と誹る者がいるのは情けない!
“自分の国は自分だけで守れる”という考えこそ妄想であることを先のきつい戦争体験の末にほとんどの日本国民は思い知った。
日独伊三国同盟・大東亜共栄圏をしても敗戦を免れなかった。その辛い貴重な体験があったからこそ日本国憲法の前文の”平和主義”は素直に多くの人々に受け入れられたのである!
“積極的な平和主義”に基づいてこそ、国際的な争いを解決する手段として武力的手段は用いないという“消極的平和主義”が成り立つ。
日本政府による国連での外交活動も国際的なODA(政府開発援助)も自衛隊の海外におけるPKO(平和維持活動)も故安倍元首相が提案した“自由で開かれたインド・太平洋 Free and Open Indo-Pacific (FOIP)”や地球を周回する平和外交も、この平和主義の考えを具現するものである。
6.消極的、かつ積極的平和主義の提言者たち
防衛官僚・久保卓也(1977年)
戦後日本の「平和主義は、憲法上の解釈、そこから由来する非武装中立論、非核三原則、不可侵条約の提案等にみられるように、わが国は何々をしない、という受動的、消極的な平和主義」といえ、「国際の安定と平和の創出のために何かするという、能動的、積極的平和主義への転換が必要」(p.93)
国際政治学者・伊藤憲一(1991年)
伊藤憲一(日本共産党)とは別人
「わたくしは、憲法は日本の積極的な国際的貢献を禁じているどころか、むしろそれを求めていると考える。憲法はその第九条で『加害者にならない』ための禁欲的自己規制(すなわち消極的平和主義)を打ち出す一方で、前文のなかで『貢献者となる』ための利他的自己犠牲(すなわち積極的平和主義)を宣言している。憲法解釈のあるべき姿は、この両者の均衡と調和のなかにこそ求められるべきであろう。」(p.118)
7.テロリズムと積極的平和主義
テロはやろうと思えば誰でもいつでもどこでもできる。例えば秋葉原での加藤のように車を暴走させれば何十人も人を殺すことができる。「テロと徹底的に闘う」と言ったところで自ずと限界がある。完全な防備をしようとしたって水が漏れるようにテロを防ぐことはできない。テロが起こってからでは遅い。テロをしようとする動機づけとなる状況をつくらないように不断の努力を事前にしていくしかないのだ。
そのためには憲法第9条の、真の意味での「積極的平和主義」しか有効な手段はない!
8.鬼ケ島に農機具を! (理想論ではない具体的事例)
「鬼に農業を教えたら村を荒らしに来ない。
鬼ケ島に農機具を持っていこう」
すしざんまい木村清社長が語る「ソマリア海賊問題」
~「すしざんまい」が年間300件の海賊被害をゼロに
海賊といったって相手は人間なんですから。それでさっそく、伝手を頼ってソマリアの海賊たちに 会いに行きました。そこでわかったことは、 彼らだってなにも好き好んで海賊をやっているわけじゃ ないということです。だったらこの海で、マグロを獲ればいいじゃないか。自分で稼いだ 金で家族を養うという、誇りを持った人生にしなくちゃいかん――と、 彼らと話し合ったんです。
中村哲・著『アフガニスタンで考える 国際貢献と憲法九条』
9. 自衛隊のPKO(国際平和維持活動)の姿
第一次イラク復興支援業務群長・番匠幸一郎一等陸佐のイラク・サマーワ基地到着時の訓示
「我々はあなた方の友人としてサマーワに来た。我々日本も60年前の先の大戦で敗れ、国土は焦土と化した。すべてが無に帰し、食料にも困る日々が続いた。そんな廃墟の中から、私たちの祖父母、父母の世代は立ち上がり大変な努力をして日本を復興させた。そしてその結果、今や世界第2位という日本を築き上げることが出来た。
メソポタミヤ文明という、人類にとって偉大な歴史を有するあなた達イラク人は偉大な国民だ。あなた方に同じことが出来ないはずはない。我々は友人として、あなた方が立ち上がるお手伝いに来たのだ。」
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