ビートルズ”ノルウェーの森”と村上春樹”ノルウェイの森”
ビートルズの”Norwegian Wood”について、まことしやかに”wood”と単数形だと「家具」で”woods”と複数形だと「森」だと決めつける人がいるけれど、無冠詞の単数形の”wood”は、物質名詞として捉えれば「木材」「薪」であり、「家具」という意味はない。☞「物質名詞」と「物体名詞」の区別⇒英語名詞の分類
「森」を指す場合、米語では”woods” と複数形にすることが多いけれど、英国英語では”wood” と単数形でも構わない。要するに「木材の産地」。
冠詞を付して”a wood”とか”the wood”とすることもあるものの、”the wood”の場合、theは部位の定冠詞であり、器具・武器の、例えば柄などの木製の部分を指す場合もある。the を楽器の範例の定冠詞と見做せば、他の範例の一つ、例えばthe brass(金管楽器)と対比して「木管楽器」という意味にもなる。⇒楽器の冠詞
実はこの曲の最後のフレーズの歌詞はポールが書いたとインタビューで答えている。その際、「ノルウェイ産の家具を燃やした」とまるで放火魔のように冗談を言ったポールの言葉を鵜呑みにして信じてしまう者が多くなってしまったw(⇒注1)
ジョンがインタビューで答えているように、この歌詞に出てくる彼女は妻のシンシアではなく、浮気相手だ。歌詞の冒頭は「自分が彼女をナンパしたというより、自分のほうがナンパされたと言うべきか」ということ。
歌詞の内容・文脈を踏まえれば、彼女の家に招き入れられると、内装の壁がノルウェイ産の木材(あるいは”Norwegian Wood”という商品名の木目の壁紙)で椅子もないラグ敷の床に座り、深夜2時までワインを飲みながら過ごしたけれど、期待したことは起きなくて、浮気が未遂に終わり、朝起きたらその彼女はもう仕事に出ており、やれやれと煙草(マリファナだと見なす者もいる)に火を点け、寒いので暖炉に「薪」をくべたという解釈が妥当だろう。
副題の「小鳥は飛んでいってしまった」というのは”女の子にふられた”という意味の慣用表現なのだけれど、小鳥→森の連想で”wood"を「薪」と「森」とのダブルミーニングで用いたとも考えられる。(⇒注2)
「ノルウェーの森」と邦題を付けた高嶋弘之氏は当時英語の知識が乏しく誤訳であったと認めている。(⇒注3)
でもこの邦題によって、自分も含めて、幻想的なイメージを抱いた日本人は多かったようだ。
村上春樹が自分の小説の題名に使っているが、主人公がドイツのハンブルグ空港に降り立った時に、たまたまこの曲のメロディが機内のBGMで流れていて、この曲を好きだったタヒんだ彼女・直子のことを回想する形で小説は展開する。直子は、ビートルズの”Norwegian Wood”で歌われている内容を把握していたとは思えず、この曲の邦題やシタールが奏でる神秘的なメロディの雰囲気に引っ張られていると感じた。(⇒注4)
松山ケンイチの主演で映画化されているが、米国の映画館でエンドロールに実際にビートルズのこの曲が流れた時、観客から拍手が起こったと、友人が言っていた。
(注1) 村上春樹の短編集「螢・納屋を焼く(『ノルウェイの森』の原型となった話)」はまさにポールの冗談に触発されて発想された作品だと思われるw
(注2) 歌の中の Isn't it good, Norwegian Wood という部分は、初めはIsn't it good, knowing she would「彼女がヤラせてくれるのがわかってるなんて素敵じゃないか」というフレーズだったものの、アイドル・グループの歌としては問題があるということで、knowing she would を Norwegian Wood に変えた、という説も有力。
(注3) バイオリニストの高嶋ちさ子氏の父であり、東芝EMIでビートルズの日本における初期の頃の販促を担った高嶋弘之氏、wikiより──『「抱きしめたい」「涙の乗車券」などビートルズの初期の楽曲の邦題のほとんどを高嶋が付けた。例外は水野晴郎(当時日本ユナイト映画宣伝総支配人)が命名した『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』ぐらいだという。/「Norwegian Wood」は「ノルウェー製の家具」などという意味だが高嶋は「曲を聴いた時に森のイメージが湧いたので邦題を『ノルウェーの森』とした」と述べている。』
と言うか、高嶋氏の最近の講演でも言っているように「自分の英語力のなさで”ノルウェーの森”という間違ったタイトルを付けてしまった」と彼は素直に反省している。
村上春樹氏の小説『ノルウェイの森』も、この高嶋氏の間違った邦題に引きづられたと僕は思っているw でも村上氏はノルウェーに行った時の記者会見でこのことを突っ込まれて、木材だということは最初から分かっていたとかいなかったとか曖昧な答えをしていた。(『朝日ジャーナル』の特集記事による)
(注4) ガロの有名な漫画家・つげ義春の『ねじ式』の中で、本来は「☓☓クラゲ」だったのが「メメクラゲ」と間違って校正されて却って想像力が掻き立てられたように、『ノルウェーの森』の誤邦題も同様のことが言えるので、結果オーライだと思う。

