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高血圧のウソとイリイチの医療批判

高血圧のウソとイリイチの医療批判〜制度化された「病人」からの奪還


序論:健康という名の管理社会

現代社会において、「健康」はもはや個人の主観的な感覚ではなく、医療システムが規定する数値の多寡へと変貌した。その象徴的な舞台が「高血圧」を巡る医療現場である。かつて健康を謳歌していた人々が、ある日を境に「病人」の烙印を押され、生涯にわたる投薬という「制度」に組み込まれていく。

この現象は、単なる医学の発展の帰結ではない。思想家イヴァン・イリイチが半世紀前に予見した、医療が人間から自律性を奪い去る「自己破壊的プロセス」そのものである。

本稿では、東海大学名誉教授・大櫛陽一氏の統計的告発と、イリイチの医療批判を交差させ、現代医療の欺瞞とわれわれが取り戻すべき「健康の主権」について論じる。

1.密かに変更された基準値と大櫛教授の告発

2024年4月日本の高血圧基準は厚生労働省の指針によって実質的に変更された。しかし、国民の生活に直結するこの重大な変更は、マスメディアを通じて広く報じられることはなかった。

医療統計学の権威である大櫛陽一教授は、全国70万人の健診結果や40万人の住民追跡調査という、個別の臨床試験を遥かに凌駕するビッグデータを解析し、驚くべき事実を白日の下にさらした。

大櫛教授の結論は明確である。「年齢+90」程度までは、降圧剤を使用せずとも健康を維持できる。むしろ、不適切な基準値に基づき薬で血圧を強引に下げた場合、タヒ亡率は5倍、脳梗塞の発症率は2倍に跳ね上がるという。

血圧の上昇とは、加齢により弾力を失った血管に血液を巡らせようとする生命の適応反応であり、それを機械的に抑え込むことは脳や臓器への血流を阻害する「医療過誤」に他ならない。教授は、現在の日本の基準が科学的根拠よりも、製薬企業が大学病院に研究費を提供し、効果を捏造した論文を作り上げてきた「利権構造」によって維持されている現状を厳しく指弾している。

2.イヴァン・イリイチによる医療批判

大櫛教授が指摘する実態は、イヴァン・イリイチが1976年の著書『医療の限界(Medical Nemesis)』で提示した「医原病(イアトロジェネシス)」の概念によって、その思想的根拠を裏付けられる。

イリイチは、医療が一定の閾値を超えて専門化・制度化されると、健康そのものを損なう要因になると説いた。彼は医原病を以下の三層構造で分析した。

臨床的医原病(Clinical Iatrogenesis)
医療行為そのものが直接的な原因となって生じる身体的害悪である。不必要な検査、誤診、そして降圧剤の過剰投与による脳梗塞やタヒ亡率の上昇などは、まさにこれに該当する。科学的進歩を標榜しながら、その実、技術の副作用が患者を蝕む矛盾である。

② 社会的医原病(Social Iatrogenesis)
健康問題がすべて病院や薬に依存する「制度」へと変容し、病気が社会的に強制される現象である。健康診断によって「病人」の枠組みを広げ、老化という自然現象を医療の管理下に置く。これにより、人々は自身の生活習慣を顧みる代わりに、専門家や行政が定める数値に依存し、主体的な意思決定能力を失っていく。

文化的医原病(Cultural Iatrogenesis)
最も深刻なのは、人間が古来持っていた「老い、苦痛、タヒ」という生に不可欠な苦難に対処する知恵や文化を喪失することである。これらすべてを技術的に解決すべき「エラー」と見なすことで、人間は自身の身体の声を聴く力を失う。血圧の上昇という「身体のメッセージ」を薬で消し去ろうとする行為は、文化的医原病の典型である。

「医師が引き起こす病気、院内感染、薬の副作用。しかし最も深刻な医原病は、人々が『医師だけが健康を提供できる』と信じ込まされることだ。」

イヴァン・イリイチ

3.「脱病院化社会」とコンヴィヴィアリティの追求

イリイチは、病院が権威と資源を独占し、個人の自律性を抑圧する現状に対し「脱病院化社会」を提唱した。これは医療を全否定するものではなく、医療を「共生的道具(convivial tools)」として再定義する試みである。

専門家主導の中央集権的医療から、市民が主体となる自律的な健康管理体制への転換。具体的には、大櫛教授が提案するように「自らの身体の適正値」を知り、不要な薬を拒絶する勇気を持つことだ。1970年代にイリイチの思想が東洋医学鍼灸などの自然療法を再評価させたのも、それらが「全体のバランスを整え、自然治癒力を高める」という、個人の主体性に根ざしたアプローチであったからに他ならない。

結論:高血圧のウソを越えて

日本の高血圧治療の現状は、製薬産業の利権と、イリイチが警告した「医療への過度な依存」が最悪の形で結びついた結果と言える。70歳以上の過半数が降圧剤を常用するという異常事態は、もはや医学の範疇を越えた社会的な病理である。

われわれに求められているのは、数値を信仰する「病院化社会」の住人から、自らの身体と対話する「自律した人間」へと立ち戻ることである。大櫛教授の統計的エビデンスは、そのための強力な武器となるだろう。老いや血圧の変化を「管理すべき故障」と見なすのではなく、生を完結させるための自然なプロセスとして引き受ける。イリイチの言う「コンヴィヴィアリティ(自律共生)」の精神こそが、現代の歪んだ医療システムからわれわれを解放する唯一の道である。

参考動画:

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