反グロ論:玉野井芳郎が提唱した生命系のエコノミーと地域主義
1. 序論:既存経済学の根源的欠如としての「生命」概念とネガの生産
玉野井芳郎(1918-1985)が提唱した地域主義(Regionalism)と「生命系のエコノミー」は、1960年代後半から1970年代にかけて顕在化した産業公害、食品公害、エネルギー・資源枯渇、あるいは地力減衰といった、従来の経済学の枠組みから逸脱する諸事象(社会的症候群)への応答として構築された。
玉野井は、マルクス経済学・近代経済学の既存の経済学のいずれもが「生命」概念を欠き、生産の背後にある「産出のネガ(負の側面)」を無視していると批判した。この問題を克服し、資本制生産様式下における「自然と人間の物質代謝」の阻害・疎外 (若きマルクスが『経済哲学草稿』で指摘) を乗り越えるため、彼はエコロジーを基盤とする広義の経済学への転回を提唱した。
2. エントロピー概念の導入と生産プロセスの再定義
玉野井の思想的転回は、熱力学におけるエントロピー概念の経済学への導入によって本格化した。
2.1. ポジの生産とネガの生産
今日の工業化過程は、原料から製品をつくる「ポジの生産」を主軸とする一方で、その過程において不可避的に廃熱や廃物といった「ネガの生産」(大量廃棄)を生じさせている。玉野井は、ネガの生産物に着目し、そこにエントロピーを導入した。エントロピーとは、乱雑さを表す物理量であり、熱力学の第2法則によれば、宇宙全体のエントロピーは不可逆的に増大する。(なお、槌田敦は、エントロピーとは利用不可能になった「汚れたエネルギー」であると、より分かりやすい説明をしている。⇒汚れ・気枯れ・ケガレ・穢れ)
玉野井は、この不可逆的なエントロピー増大の法則を無視し、「投入と産出のくり返し、均衡から均衡のくり返し」を述べるにすぎない従来の経済学の限界を指摘した。彼は、従来のポジの生産工程を水平軸、ネガの工程をエントロピーの縦軸にとり、「生産プロセスの基本型」を示した。この基本型では、低エントロピー源の投入が、高エントロピーの廃熱・廃物への変換(ネガの表現)を条件として、ポジの生産が成立することを明確に示した。

2.2. 「生命」の定義と定常状態の保持
玉野井はさらにエントロピーの考え方を生命体へと展開した。物理学者シュレディンガーの主張に基づき、玉野井は「生命とは、生きていることによって生ずる余分なエネルギー(エントロピー)を捨てることによって定常状態を保持している系」と定義した。すなわち、「エントロピーを捨てる」ことこそが生命の原理的な内容であり、生命活動を維持するための「物質代謝」の本質は、投入された質量ではなく、系内で生じる高エントロピーを系外に処理することにあるとした。こうして生命系は「系内で生じるエントロピーを系外に捨てることによって生命活動を維持している系」として定義された。
3. 地域主義の学際的構築と「生命系」の基盤
生命系の定義を確立した玉野井の関心は、環境中に捨てられたネガの生産物を処理する基盤、すなわち水と土へと向かい、地域主義の構築へと進む。
3.1. 地域主義の定義と「生活世界」の回復
地域主義はこう定義された──
「一定地域の住民が、その地域の風土的個性を背景に、その地域の共同体に対して一体感をもち、地域の行政的・経済的自立性と文化的独立性とを追求すること」。
この思想が目指すのは、市場や国家の論理が支配するシステム世界に対し、人々が実際に生き、働き、思考する場である「等身大の生活世界」を回復することである。
3.2. 物理学的基盤と地域主義の連携
玉野井は、物理学者槌田敦と共にエントロピー学会を創立し、槌田の定常開放系としての地球観を思想の物理的基礎とした。(下記は、別冊 経済セミナーに掲載されたエントロピー学会・第一回目の報告。「エントロピー一元論だ!」と槌田理論を真っ向から批判した僕のコメントが顔写真付きで載っているw)
地域は、この水と土の保全を通じた自律的な循環を維持する「生きている系」として認識され、その持続可能性が経済活動の絶対的な制約となる。

3.3. 第一次産業の再評価と生命系の対置
玉野井は、非生命系である第二次産業を出発点とし、第一次産業を縮小させてきた近代社会の経済進化パターンを批判した。農業・林業といった第一次産業は、生きているものに関わり、人間の生命を維持する活動であり、非生命系の工業世界に対し、生命系の人間世界を対置させる社会システムの根底におくべきだと主張した。
4. 学際的連携と「広義の経済学」の構築
玉野井が主催した「地域主義集談会」に参加した多くの分野のメンバーとの交流を通して、彼の思想は学際的に統合され、従来の学問分野を超えた「広義の経済学」の構築が試みられた。(実は僕も学生っだったが、玉野井に直々に誘われ、参加していた。)
4.1. 共同研究を通じた実践的・内発的展開
玉野井の共同研究は、集談会に参加したメンバーと共に、地域の自立と実践的課題を深めた。
槌田敦は玉野井と共にエントロピー学会の創立メンバーであり、玉野井の「生命系のエコノミー」の理論的土台を提供した。彼は、「定常開放系」(あるいは「開放定常系」)としての地球観、水循環を基盤とした資源物理学理論を提唱し、有限な資源とエネルギーの制約を無視した現代経済の批判を行った。これは玉野井の地域主義が、単なるローカルな運動論ではなく、物理的な法則に裏打ちされた経済システム論となる上で不可欠な要素である。
中村尚司との連携(内発的発展): 中村尚司との共編著『地域主義―新しい思潮への理論と実践の試み―』に見られる連携は、地域の文化、歴史、資源を基盤とした「内発的発展」の理論化を促し、玉野井の目指す「地域の自立性」の実践的な道筋を示した。
坂本慶一との連携(いのちと農の論理): 坂本慶一との共編著『いのちと農の論理:都市化と産業化を超えて』は、農が単なる生産活動ではなく、生態系と水循環を守り、地域の生命を支える「論理」そのものであることを明確にし、地域主義における農業の決定的重要性を示した。
4.2. 鶴見和子との思想的共鳴
その集談会に、鶴見和子も参加していた。彼女は、内発的発展論の提唱者であり、日本の社会学、特に地域研究において大きな影響力を持った学者・思想家である。
内発的発展論との接点: 鶴見の内発的発展論は、地域住民が主役となり、地域の歴史的・文化的・生態的個性を基盤として自律的に発展していくことを重視する。これは、玉野井が目指した「地域の行政的・経済的自立性と文化的独立性」の追求と完全に軌を一にするものである。
学際性と「キーパーソン」: 鶴見は、ある地域に住む主要な個人、すなわち「キーパーソン」が地域社会の変革において果たす役割を重視した(例えば南方熊楠) 。玉野井が主催した集談会は、まさに多様な分野の「キーパーソン」が集い、地域変革の思想を練り上げる場であったと言える。
思想的・世代的共鳴: 鶴見(1918年生まれ)と玉野井(1918年生まれ)は同世代であり、戦後の高度経済成長とそれに伴う歪みを深く批判的に見つめていたという点で、強い思想的共鳴があったと考えられる。
鶴見が、博覧強記の天才博物学者南方熊楠の思想を「南方曼荼羅」と命名した事実は、玉野井が自身の思想において諸学(物理学、社会学、農学、経済人類学など)の知見を「地域」という「生きている系」を軸に統合し、生命系の全体性の回復を目指した学際的試みと重なり合う。玉野井の思想は、知の専門分化を乗り越え、現実世界に対応する広範な知の統合を志向したのである。
4.3. 経済人類学とコモン論の導入
玉野井が共訳・共編訳を手掛けたカール・ポランニーの経済人類学は、経済の「埋め込まれ」構造と、市場原理の外に存在するコモン(共有財)の重要性を地域主義の核に据えた。
また、共訳したイヴァン・イリイチのコモン論やシャドウ・ワークの思想は、地域共同体が貨幣経済の外で自立的な生活活動を維持する可能性を理論的に裏付けた。
4. 結論:生命系の全体性の回復と地域分権型社会の構築
玉野井芳郎の「地域主義」と「生命系のエコノミー」は、既存の経済システムに対する単なる批判ではなく、科学的知見と人文的洞察、そして地域実践を統合した、生命系の全体性の回復を目指した壮大な思想である。
玉野井は、地域がその風土的個性を活かし、土地と水に根ざしたコモンを再構築することで、市場の論理から自立し、真に自律的な地域分権型社会の実現を企図した。彼の思想的遺産は、現代社会が直面する持続可能性、地域社会の再編、そして「いのち」の価値の再認識という複合的な課題に対する、依然として最も本質的な解を提供するものである。
