【多言語天才】(6) 他者の心的状態を捉えることは苦手
続きです。優れた多言語学習能力は,実際に語彙テストスコアに現れている,という話でした。
今回は少し角度を変えて,「他者の心を推測する能力」はどうか,という話です。
「サリーとアン」課題とは
「サリーとアン」課題というものがあります。
他人の心の状態を推測する能力を測るためのもので,通常は人形劇の形式を採ります。心理学においては最も知られている課題の一つだと思います。
シナリオは以下のような具合です。
1. サリーがアンと一緒に遊んでいます。サリーはボールを持っていて,それをバスケットに入れました。
2. サリーは一時的に部屋を離れます。
3. サリーがいない間に,アンがそのボールを取り出して,別の箱に隠します。
4. サリーが部屋に戻ってきたとき,彼女はボールを探します。
【質問】
「ボールを探すとき,サリーは最初にどこを探すと思いますか?」
【正しい答え】
「バスケット」(古い隠し場所)
サリーが戻ったとき,彼女はまだボールがバスケット(古い隠し場所)にあると信じているので,「バスケットを最初に探す」が正しい答えになります。間違えるパターンとしては,「箱」(新しい隠し場所)と答えてしまうことがあります。
これに正答するためには,「自分(回答者)はアンがボールを移動させたことを知っているが,サリーはアンがボールを移動させたことを知らないはずだ」という,「自分の心的状態とは異なる他者(アン)の心的状態の理解」が必要です。
「サリーとアン」課題は誤信念課題の一種で「心の理論」を測定する
このタイプの課題を「誤信念課題 (false belief task) 」といいます。現実とは異なる,という意味で「誤った信念」というわけですね。
「心の理論 (Theory of Mind, ToM)」は,誤信念も含めた「他者の心の状態」を把握し,そこから他者の行動を予測・説明する能力のことです。
誤信念課題に正答できることが,心の理論を獲得していることの証左になる,というわけです。
一般に,約4歳になると子供たちはこの課題に正答できるようになります。近年の研究では,4歳まで正答できないのは言語能力や実行機能と呼ばれる能力の不足が原因であり,課題に言語能力や実行機能が関わらないように工夫された誤信念課題においては,2歳児でも正答可能という結果が出ています。
# 2歳でも心の理論があるかも,というこの話,実際に2歳の娘💓を育てる身としては,「きっとそのとおりだ!」と感じます(笑)
自閉スペクトラム症と呼ばれる発達障害を持つ人々は,誤信念課題に困難を示します。彼/女らは「自分の心的状態とは異なる他者の心的状態の理解」が苦手であるという特徴を持ちます。
# 誤信念課題研究の流れについては,こちらの論文[1]が読みやすかったです。
佐久間路子. (2017). なぜ 3 歳児は誤信念課題に正答できないのか: 第 2 世代の心の理論研究の概観から. 白梅学園大学・短期大学紀要, 53, 1-14.
クリストファは誤信念課題が苦手
さてクリストファはどうかということですが,「サリーとアン」課題は苦手だそうです。つまり,誤答である「新しい隠し場所」を一貫して回答してしまいます。
クリストファが何歳のときにこの課題を受けたのかは不明ですが,これまでの記述から,14歳以上の年齢であったことは間違いありません。年齢の上では,正答できて当然のはずなのです。
# 以下,細かすぎる話なので読み飛ばしてください。
# 実は同じ誤信念課題である「スマーティーズ」課題にはクリストファは正答できる,という複雑な結果が出ています。
# しかしこれについては『ある言語天才の頭脳』[2] pp.229-246で見事な考察がなされています。
# 要するに,「スマーティーズ」課題には意味記憶(百科事典的知識)を単純適用することで正答できてしまい,誤信念課題で本当に測定したかった「自分の心的状態とは異なる他者の心的状態の理解」を測定できていないのだ,ということです。
クリストファは自閉スペクトラム症か?
そうなると,クリストファは自閉スペクトラム症か?ということになります。実際,
クリストファは自閉症9と診断されたことはないけれども,自閉症の場合,典型的に困難であるとされる課題のいくつかが彼にとっても困難であることがわかったのはいささか驚きだった。
という記述もありますが,その可能性はやんわりと否定されています。
というのも,クリストファには多少の自閉傾向と強迫行動はあるものの,【多言語天才】(2)でも書いたように,人との交流を楽しみ,対人的な躊躇が全くないためです。こうした特徴は,自閉スペクトラム症の診断基準には当てはまりません。
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続きます。
引用文献
佐久間路子. (2017). なぜ 3 歳児は誤信念課題に正答できないのか: 第 2 世代の心の理論研究の概観から. 白梅学園大学・短期大学紀要, 53, 1-14.
Neil, S., & Ianthi-Maria, T.(著)毛塚恵美子, 小菅京子, & 若林茂則(訳) (1990). ある言語天才の頭脳: 言語学習と心のモジュール性. 新曜社.
