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お話って、飲み物だよね


  タイトル画像を使ってくださった、コニシ木の子さんに敬意を表して、頑張って書いてみようと思います。書けたら、ぱちこもモテるかもしれません。
 とりあえず、何を書くかメモを作ってきますね!(仕事中……)

 むしろ、大人になってからってあれこれ読んだけど、すごく響いたものって少ないな。幼少期ほど、影響力が大きい気がする。
 まあ、世界にはぱちこと本しかないわけだから、当たり前か。

 思ったんだけど、これ、もっとかいつまめばよかったんじゃないかな。ちょっと、みんながどんなふうに書いて……いや、別によくない?好きに書いてよくない?

 ……いま、テンプレートなるものを見てきた……三條さん、すみません、好きに書いてしまいました……。みんな、あまぞんのリンクとか貼ってる……。



幼少期

 まだ文字が読めないときから、おかんに連れられて、図書館通いをしていた。三歳半から故郷を離れていたのだが、十二歳で戻ったとき、かつてと同じ県立図書館をおかんと訪れた。周りの景色はまるで覚えていなかったが、こどもの本のコーナーに行ったとき、かつての記憶がよみがえって衝撃を受けた。
 自分の記憶力もさることながら、つまりは、それだけ図書館にいたのである。


ごんぎつね

 姉が五年生のとき、本読みの宿題をしていたのがうらやましくてうらやましくて、自分も絵本を買ってもらった。
 大きくなっても何回も読んで、五年生になるのを楽しみにしていた。姉に言わせれば、この世界残酷物語の何がそんなに好きなのかわからないそう。


ママお話聞かせて

 文字が読めないときから、毎晩、家族が交代で呼んで聞かせてくれた。おかんも、おとんも、姉も。
 他にも、世界の童話集みたいな全集もあって、カロリーヌやガリバーの話をしてもらった。


ノンタン

 これも、何回も読んでもらった。
 ぱちこは、執拗に家族に絵を描いてもらう習性があるので、姉が描いてくれたノンタンも残っている。姉はいつも、変な声色を作ってくれたのだが、海の中の話のときの声が怖すぎたことを覚えている。
 姉、小学生なのにすごいな。


かがくのとも

 幼稚園に上がると、幼稚園を経由して本を買うシステムがあった。そこで、かがくのともを毎月買ってもらうことになった。
 もともと、両親は理系で、入園前から動植物が大好きだったので、楽しくないわけがない。
 ただ、高学年の姉は、たくさんのふしぎを買ってもらっていて、非常にうらやましかった。三年生になって、そっくりそのバックナンバーをもらったときは、大人になった気がした。


低学年

 こどものころ、ハードカバーの本を買ってもらえることは稀だった。本棚は姉やいとこからのお下がりで埋まっていた。
 特に、折り紙の図鑑と宇宙の図鑑、星座の図鑑が好きで何度も読んだ。学年が上がらないと貰えない本もあって、読めるのを楽しみにしていた。
 引き続き、あちこちの図書館をめぐっては、本を借りまくった。よく、人生で◯冊の本を読んだと聞くが、全くわからない。恐ろしい冊数であることだけは間違いない。
 学校の図書館は、世界の果てにあって、低学年には行きにくく、授業で行く以外は利用しなかった。


ルドルフとイッパイアッテナ

 初めての本友達がおすすめしてくれた本。
 くろねこと暮らしたくてたまらなかった。
 いまでも、岐阜と聞くと特別な響きを感じる。


ももちゃんとあかねちゃん

 姉からお下がりでもらった。
 くろねこと暮らしたくて(以下略
 ちなみに、犬を飼ったとき、この本から名前を取って、ルイと名付けた(姉が)


ながいながいペンギンの話

 一年生のときに、初めて読んだ文字が小さくて分厚くて長い本。
 まだ、友達たちは大きな文字の短い話しか読めなかったので、少々自慢だった。
 のちに、高学年になって、本の絵のシーンを描くという図工の授業で、朝日が昇るシーンを選んだ。その時読んでみたら、別に字は小さくないし、長くもなかった。


小学三年〜中学二年

クレヨン王国

 小学校の6割はこれで過ごした。
 頭の先から足の爪まで、クレヨンだった。

 当時、近くの和食ファミリーレストランに、夕方、家族で歩いて行っていた。メニューは全然覚えていないが、帰り道にある本屋によって、本を買ってもらえるところまでがセットだったので、すごく楽しみだったのを覚えている。いつも、一冊だけ買っていいよと言われるので、こつこつクレヨン王国を集めた。

 もちろん、他にも読んでいたのだが、自分でもあまりにのめり込んでいたので、他の記憶が薄れている。

 このころ、自分でお話を書くことを始めた。初めて賞に応募したのは、アンデルセン(パン屋)の童話のやつで、中一の時。書きたいことだけ詰め込んだので、もちろん、かすりもしない。お話は、お話としてまとめなければならないことなんて、ちっとも知らなかった。


中学三年

 特に三年生の時に本に逃げ、本を読みまくった。おかんが、本を読む喜びを教えておいてくれて、よかったと思う。
 漫画も小説も読みまくり、犬に頭突きされ、パソコンで遊びまくり、お絵描きをしまくり、ペンシルパズルをしまくったんだけど、中三ってそんな暇だっけ?
 夜中は、懐中電灯を布団の中に入れ、学校の図書館や両親の本棚から借りてきた本を読んだ。昼間は、教室の一番後ろの窓際の席を不正に占領して、エラい人の全集を読み耽った。


アガサクリスティ

 四時に家に帰ると、ポワロかマープルのドラマをやっていた。学校では入試のための補講があったが、任意参加だったのでまっすぐ帰ってこれを見ていた。
 この辺りから、ミステリー熱が加熱、もう今では殺人事件なしには生きられない(大丈夫です、フィクションです)。


名探偵コナン

 友達が漫画を馬鹿みたいに持っていたので、片端から借りた。
 夜中に読んでいると、トイレに行くときに、あの犯人の黒い影が、どこかから湧いてきそうで怖かったのを思い出した。どうやら捻くれたぱちこにも、かわいげはあったようだ。
 高校生のとき、ちょうど新一が文化祭で元に戻る話が連載されて、そこからサンデーを読んではカラー回をちぎって大事にためていた。
 これは、おかんのあるあるだが、うちはおとんしかいなかったので、おとんが、月刊のサンデーを買ってきてくれたことがある。


なんかエラい人の全集

 中三の春におかんが死んで、誰もぱちこを監督しなくなった。これ幸いと、おかんの本棚にあるエラい人の全集を読むことにした。まだ、読んでいいと言われていなかったのだが、死んでしまうのが悪い。
 明治期の話はとかく暗すぎて、真っ昼間に14歳が読むものではなかったが、ここで全集を読んだことは、人生における言語および感性に絶大な影響を与えたことは間違いない。何より、人の死というものに直面して、元から捻くれていたのが加速したので、まあ、ちょうどよかった気がする。


剣客商売

 これは、おとんの蔵書だった。おかんは、純文学を推していたが、ぱちこは俗物的すぎた。
 これを読む前から、時代劇が大好きでおとんとよく見ていた。時代劇が年寄りの娯楽だと知ったのはもう少し後である。
 確かに、今考えると渋い趣味だが、エラい人の全集よりは、マシだと思う。


ミソスープ

 正しくはなんというタイトルなのか、誰が書いたのかも知らないが、姉が買ってきたので読んだ。間違いなく、おかんがいたら読ませなかったような内容だが、だからこそ、こうして覚えている。
 他にも、姉は刺激的な本を読ませてくれた。アドバードと墓地の見える家は、今でも話題にのぼる。
 ちなみに、姉はなかなかに節操なしに本を買うのだが、中に、実話系の怖い話なんかもあって、怖いから部屋に置いておきたくない、持っといて、などと言われた。当時、姉は近所の浜辺で捕まえた小ガニを飼っていて、ベッドの裏で埃まみれになっていた。二人とも若かった。


高校〜大学

 高校に入ると、パソコンとネットとゲームとテレビという娯楽が増えたため、授業中はサイトの更新内容を練り、帰りに本屋および古本屋で立ち読みをし、帰宅後はテレビを見ながら絵を描きお話を書いてはサイトを更新し、残りの時間でネット上で見つけたゲームをしたり、漫画の週刊誌を執拗に読むという充実した暮らしをしていた。
 学校の課題(建築)があるときは、さらに忙しく、家で本を読む時間は夜中しかなかった。


モモ

 高校の図書館は、別棟になっていて、それだけで特別感が増し、入学するなりわくわくしながら訪れた。ところが、中にあったのは九割五部が専門書。工業高校にお話の本が詰まった図書館があるわけもなかった。
 悲しみに暮れながら、手を取ったのがこれ。高校生が読む本ではないが、過去におかんと舞台を見にいったことがあって、それを思い出しながら読んだ。
 このお話は、けっこう重要なお話だと思う。

  そう考えると、このころから、時の流れのようなつかめないものについて、考えるようになったのかもしれない。次に挙げる、裏庭も、少し似たところがある。


裏庭

 これがすごく面白くて、すごいお話を見つけた、と思って仲のいい友達(二人)に興奮して話したのだが、二人とも活字は読まない、漫画も長いセリフは読まないという困った方々だったため、ふうん、の一言で済まされて悔しすぎた。
 後に、この本が受賞したときに、ほやからいうたやろ!とさらに熱く迫ったのだが、二人とも最初の会話すら覚えていなかった。
(ちなみに、二人とも大人になって本が読めるようになり、はんざわなんとかを執拗に勧められたり(読んでない)、八つ墓村について語られたり(読んでない)した)


 ちなみに、大学の図書館はもっと巨大で、さらにわくわくを高めて入館した。結果は、もっとさんざんだった。(工業大学)
 仕方がないので、津田沼の駅に戻っては、本屋をはしごしまくった。人混みは苦手だが、人が多いと本屋も多い。貴重な建築の本が売っていたり(大学があるからね?)漫画ばかり売っている本屋があったり、カラオケをしている以外は本屋にいた。
 しかし、この辺りから、本を買いすぎて、同じ本を再び買うという事件が多発する。


二十代

 考えれば二十代って長いな。
 二十代は、定職にはつかず、好きに生きていた。
 前半はお絵かきをしまくり、後半は、お話を書きまくった。
 お絵描き中は、デザインフェスタに行くのに、飛行機に乗るたび、文庫本を買った。ぱちこの流儀として、旅に出る朝、空港の書店でその日出会った本を持って出かけることになっているので、たくさんの新しいお話を楽しんだ。
 お話書き中は、他の人のお話を「勉強のため!」といって、読みまくった。ラノベの賞が多かったので、ラノベの冊数が増えたのもこのころ。
 図書館では、主に、本屋にはない妖精とかドラゴンとか悪魔の本を読んだ。参考資料ではなく、単なる趣味として。


十二国記

 クレヨン王国のつぎに、影響されたのが、これ。語ると長くなるので割愛する。


京極堂

 同時期に、がんじがらめになった。この辺りで、ミステリー路線を踏まえつつ、ホラー色が濃くなっていく。日常生活にはまるで必要のない知識が蓄積していった。


白夜行

 東野圭吾では、ガリレオが好きなのだが、なぜかこの本が、枕元に二十年近く置いてある。よほど、特別な一冊なのだろう。


樹上のゆりかご

 バカだから、きじょう、と読んでいた。
 C ノベルズのファンタジー賞に応募しようとしていて、ファンタジーとは何かわからなくなっていたとき、この本の後書きで、自分の日常も他の人にとってはファンタジーだというようなことが書いてあって、はりきって隙間結社を書いた。
 これが、長く書けたはじめてのお話で、初めてお話を書いてから、17年くらい経っていた。きっと、また、17年は書けないだろうと思っていたが、あれ以来、満足いく楽しい話はまだ書けていない。そろそろ、つぎの17年が巡ってくる。


三十代

 二十代の後半から、紀伊國屋書店のきのっぴーで、電子書籍を読むようになった。
 人によって、絶対紙の本!電子書籍許さない!電子書籍読むやつ本好きとは言えない!と、いう方もいる。
 確かに、紙の本のほうがいい。何より読みやすいし、振り返りやすい。それでも、アプリ内の蔵書が膨張していくのには理由がある。
 紙の本の、置き場がないのだ。


自分を超える法

 電子書籍を読むようになって、紙なら絶対に買わない、ビジネス書や実用書の類を読むようになった。
 大抵の話は、目次を読んだだけで内容がわかってしまったり、すでに知り尽くしていることを、さも、自分が思いついたかのように書いていて、あまり楽しめない。タイトルで煽ってくるから、どんな画期的な話だろうと思えば、当たり前のことしか書いていないのだ。
 そんな、ぱちこが今でも読み返すのがこれ。
 一番好きなのは、「needsではなくwantsを満たせ」というもの。日本人はよく、ニーズニーズ言うのをおかしなやつらやな、と思っていたので、しっくりきた。


SAVE THE CATの法則

 最初に書いたお話の評で、おもしろいけど後半の勢いがイマイチだと言われた。それ以来、お話のまとめ方について勉強しまくったぱちこが一番納得したのがこれ。
 ただ、正直いって、余計な知識を身につけてしまった。最初はそんなこと考えないで勢いだけで書いたから、楽しかったし上手くいった。
 小説家になれるかどうかの分かれ目の話に、第一作目がうまく書けなかったら、いくら書いてもダメだというのがある。当時はそんなことないと思ったが、振り返るとまさにそうだった。


居眠り磐音

 かなり前に金曜時代劇で楽しんだもの。うなぎを割くときが大好きだった。
 あまりに感情移入しすぎて、中盤の大きなシーンをどうしても受け入れられず、夢にまで出てくるほどだった。
 剣が強い男が好きだ。大好きだ。
 大好きな本は、紙の本を買う。
 書いかけていたら、新装版が出て、しかし、新装版の中盤でまた心が折れて、旧版の最後と新装版の半分を持っているという中途半端なことになった。


 ここから先は、近すぎて振り返れない。
 というか、若干力尽きて記憶が混濁してきた。

 タイトルにもあるように、ぱちこはいつも、お話を飲むように読む。暑い日に帰ってきて、麦茶を飲むように、読む。決して速読はしないが、読むのが速いので、それこそ京極夏彦あたりでないと、あっという間にお話が終わってしまう。
 その後の虚無感といったらなくて、さらにまた次の本を読む。ほぼ丸飲みする。なるべくゆっくり読もうと思うが、火が付いたら止まらない。
 一冊を大事に読んで、感想なぞしたためて、などと思うが、気がついたら次の本を読んでいる。その上、電子書籍を読むせいで、一日に何冊も並行して読む。何を読んだか、つけていたこともあったが、すぐに忘れてしまう。

 何のために読んでいるのか、と思う方もいるだろう。
 何のためでもない。これは、病なのだ。ぱちこは、生まれついて活字病におかされている。


#My読書年表

三條さん、企画をありがとうございます!
途中から面倒くさくなって、ざっくりになりましたが、振り返れて楽しかったです!


#なんのはなしですか

木の子さん、今週中に頑張って書けたので、拾ってあげてください!

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