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感想文を書くより自分の作品を書くべきなんじゃないか

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余白の選書


meets 編はこちら。


一冊目
二冊目


 三冊目は、伊藤計劃さんの『ハーモニー』。
 残念ながら、この方のお話は一度も読んだことがない。まさに、普段選ばないジャンルの本がこれ、というわけである。

 ぱちこはSFをあまり読まない。理由についてはこちらにごちゃごちゃと書いてある通り、現実を見たくないから、なのだが、読むのが嫌なわけではない。むしろ、好きだ。好きだが、自分で選ぼうとするとどうしても優先順位が下げられていって、手に取られない部類なのだ。

 読みながらまず思ったのは、はるさんって、ぱちこの人生を全部見てきたのかな、ということだった。はるさんが、エスパーなのか、ぱちこがダダ漏れなのか。
 そのくらい、ぱちこが考察しそうな世界観すぎて震えた。

 ちなみに、このお話、ぱちこは好きだし作者の問いに共感できるのだが、確実に読む人を選ぶことは間違いないと思う。
 普段から、謎の思想を掲げていなければ、ちょいちょい躓いてしまうかもしれないし、あまりに真面目にこの世界を見ていたら、嫌悪感すら抱くかもしれない。

 奇しくも今、第三次世界大戦のさなかにある、とぱちこは思っている。これは誰も明示していないが、間違いなく、アメリカのベネズエラ侵攻か、ロシアのウクライナ侵攻が発端だったと後に歴史に書かれるだろう。
 そんな中、わたしたちは何を考えて生きているのか。日本では野球の話ばかりがテレビに流れる。BBCでの報道との落差にめまいがする。

 選択疲れという言葉が聞かれるようになった。それを想う人は、選択しなくてよい世界を是と思うだろうか。
 ぱちこは嫌だ。
 自分で考えて自分で選んで生きたい。

 とはいえ、この意識が必ずしもわたしが自発的に抱いているものとも限らない。

 というのが、ぱちこが最終的に抱いた感想である。

 小学校五年生のとき、仲のよかった近所の友だちたちに、世界はこの瞬間に全ての過去をもって誕生したのか、そうではないのか、どう思うか聞いたら、変な目で見られた。
 それと併行して、自らの考えや感情は、すでに組み込まれたものなのか、そうではないのか、も重要な命題なのだが、もう人に話すのはやめた。どうやら、そういうことは、朝、登校中の公園の出口で聞くことではないようだったからだ。
 フジ笑家は、というは母は、カトリックなのだが、娘のこんな考えを知ったら、困惑したかもしれない。親に話した記憶は、ない。思えばこの辺りから、世界や社会に対してずんずん捻くれていったことだけは間違いない。恐ろしいことに、捻くれながら、学校では先生の言うことを聞くいい子だった。一番最悪なやつだと、自分でも思う。いや、二番目だ。わたしは、この件に関して、仲間を集めることはしていない。なぜなら、初手で躓いたからだ。話が通じないという絶望的な理由によって。
 他にも、わたしには捻くれた社会に対する政治的意見などもあるが、決して話すことはない。場合によっては、わたしの書いたものから、漏れ出すことはあるかもしれないが、直接書く気はない。これも、大人になって、何度か友人に自分の信条を説明したことがあるのだが、ほぼ確実に全く話が伝わらず、平行線どころか会話にならなかった。まるでわたしが異国語を話しているかのように相手は混乱し、これまで信じ込まされてきた社会の正当な真実を説いてくれるので、諦めた。

 そんな、数多のことを考えて、ここに書ききれないほどに考えて、最終的に、わたしは毎日文字を書き連ねた。
 読んでから、とにかく自分で自分の言葉を文字にしなくてはならない衝動にかられた。

 読んでどう思ったか、では、薄ペラい気がして、自分の世界を描かなければならない気がして、とにかく捏造の限りを尽くしていた。


 とはいえ、ちゃんとそこんとこ含めた感想文を書かねばと思って……なんか横道にそれまくって……はるさん、遅くなってごめんなさい!



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