多様性をどうすれば意思決定に活かせるのか――くじ引き民主主義の発想を応用したサービスの構想
本文は、企業や自治体が直面する複雑な課題に対して、多様な人々の視点を取り込み、意思決定の質を高めることを目指したサービスの構想を紹介するものです。
全てを順番に読む必要はありませんので、関心のある項目だけでも拾い読みしていただければと思います。
なお、「7 まとめ」で、全体像を簡潔に整理しているので、まずはこちらだけでも目を通していただけると幸いです。
1 問題提起
⑴ 前提
現在日本は、インフレ状態にあるものの、その物価上昇に賃金の上昇が追い付いておらず、生活は苦しくなる一方です。
この問題を解決するためには、経済の成長(「どうしたらパイを増やせるか」)、及び資源の配分(「パイをどう切り分けるか」)の両面を考える必要があります。
⑵ 経済の成長
まず、この問題の原因として挙げられるのは、長期的な経済の停滞(いわゆる「失われた30年」)です。
このような経済の成長に関する視点は、「どうしたらパイを増やすことができるか」に分類でき、「どうしたらイノベーションを起こすことができるか」と言い換えることもできます。
行政も、長期的な経済の停滞を原因として、イノベーションを起こす必要があると考えているようです(政策に「科学技術・イノベーション」を掲げている)。
なお、ここでいうイノベーションは、「新たな価値を生み出し、社会的に大きな変化を起こすことで、自ずと経済の成長を促すもの」と考えます。
この点について、行政は、イノベーションを「新たな科学技術の創出(技術革新)とその事業の確立(事業化)」と考えていることが多いです。この影響からか、一般的に用いられるイノベーションも技術革新という意味であることが多いように思います(場合によっては「(科学技術の)発明」と同義であることもあるように思います)。ただし、イノベーションの提唱者であるシュンペーターは、イノベーションを技術革新に限定していません。そのため、ここでは、イノベーションを「新たな価値を生み出し、社会的に大きな変化を起こすことで、自ずと経済の成長を促すもの」という広い意味で考えます。
そして、新たな価値を生み出し、社会的に大きな変化を起こすためには、少なくとも多様性が重要な要素であることに争いはなさそうです。
行政が「ダイバーシティ経営」や「オープンイノベーション」などを推進し、多様性を発揮してイノベーションを起こすことを目指していることも参考になります。
⑶ 資源の配分
次に、よくやり玉に挙げられるのは、「政治」です。
「政治」に関する視点は、主に「パイをどう切り分けるか」に分類できます。
最近では「政治」に関する議論が以前より活発になり、SNSが実際の「政治」に影響を及ぼすようになってきています。
もっとも、SNSは本当に民意を表しているのでしょうか。
つまり、SNSでは、アルゴリズムに基づき自分の好みの情報のみが表示され自己の価値観が強化されるフィルターバブルや、自分と似た価値観の人とのみ繋がることで自己の価値観が強化されるエコーチェンバーなどにより、情報が偏ることで多様性を発揮できておらず、必ずしも民意を表しているとはいえないのではないでしょうか。
フィルターバブルやエコーチェンバーにより、インターネット上で集団分極化が発生しているとの指摘がある。意見や思想を極端化させた人々は考えが異なる他者を受け入れられず、話し合うことを拒否する傾向にある。フィルターバブルやエコーチェンバーによるインターネット上の意見・思想の偏りが社会の分断を誘引し、民主主義を危険にさらす可能性もありうる。
また、地方自治の住民自治においても、同じような状況にあると考えられます。
例えば、住民説明会に参加するのは、多くがその自治体の施策の反対派ではないでしょうか。また、地方自治に関する住民アンケートも、(全体の割合も高くないと考えられるが、特に)若い世代が答える割合は低いと考えられます。このように、住民自治においても、多様性を欠き、機能不全に陥っているおそれがあります。
地方自治は「民主主義の学校」といわれることもありますが、現代ではもはや廃校してしまっているのかもしれません。
2 多様性の発揮
このような問題を解決するためには、(少なくとも)多様性が必要であると考えられます。
つまり、企業では、こうした多様性の欠如が、新規事業のアイディア枯渇や意思決定の硬直化として具体的なコストを生んでいるのではないでしょうか。また、自治体でも、意思決定に関与する人々が固定化されることで、住民の実感や多様な利害が十分に反映されず、政策に対する納得感や正当性が得られにくくなっている可能性があります。
年齢、性別や職業などが異なる人々が集まることで、通常は、異なる視点が持ち込まれます。その結果、互いの思考の空白を補い合うことができるため、複雑な問題に対して、より妥当で創造的な結論に近付くことが期待できます。
この意味で、多様な人々が関与することは、イノベーションや合意形成にとって重要な前提条件であるといえます。
もっとも、実際には、年齢、性別や職業などが異なる人々が集まっているにもかかわらず、同質的な視点に収束してしまう場面も少なくありません。
つまり、年齢、性別や職業などが異なる人々が集まることは、重要な前提条件ではあるものの、期待される成果につながらない場合があるということです。
そこで、多様性を発揮し成果を挙げるためには、次のような分散性や独立性が必要であると考えられます。
そのうえで、そうして形成された多様な意見を相互に参照し、整理・検討し、統合するプロセス(熟議)も必要になると考えられます。
なお、この点については、主に『「みんなの意見」は案外正しい』(ジェームズ・スロウィッキー、角川文庫、2009年)を参考にしました。
⑴ 分散性
ここでいう分散性は、個々の意見が異なる情報や経験をもとに形成されていることを指しています。
多様な人々が集まっていても、同じ情報や似た経験に依拠して意見が形成されてしまうと、個々人の意見は似通ってしまいます。
例えば、上述したSNSの例は、分散性を欠く(エコーチェンバーについては後述する独立性も欠く)ために、多様性を発揮できていないことを示すものです。
現在では、様々な人がSNSを利用しているため、SNSには多様性が確保されているように思えます(例えば、これまでは利用していなかった高齢者層もある程度利用しているようです)。
しかし、実際には、アルゴリズムによって関心や嗜好の近い情報が優先的に表示されるため、利用者は似た情報に繰り返し接することになります。
このような仕組みは、利用者の満足度や滞在時間を高めるという点では合理的である一方で、情報源が偏りやすいという問題があります。
このように、現代では、個々人が分散して意見を形成する環境を整えることは決して容易ではありません。
⑵ 独立性
ここでいう独立性は、個々の意見が他者の影響を受けていないことを指しています。
多様な人々が集まっていても、個々の意見が発言力の強い人物や多数派の意見に引きずられてしまうと、個々人の本来の考えが表に出にくくなってしまいます。
例えば、会議において、上司や影響力ある人物の発言によって、議論の方向性が固定されしまい、それと異なる意見を言いにくくなった経験はありませんか。
他にも、選挙においては、事前の世論調査や報道を通じて「勝ちそうな候補」が強調されることで、それに合わせた行動が誘発されてしまうことがあります。また、SNSやニュースサイトにおいても、「いいね」や閲覧数が多い意見が目立つ形で提示されることで、判断が影響を受けている可能性があります。
このように、情報があふれる現代では、個々人が他者の影響から独立して意見を形成することが難しくなっています。
⑶ 熟議
ここでいう熟議とは、集まった多様な意見を相互に参照し、整理・検討し、統合するプロセスを指します。
例えば、時間的制約や業務負荷の大きさから、丁寧な議論が省略されてしまうこともありますし、意見の量が増えるほど、表面的な要約や単純な多数決に依存してしまう傾向も見られます。
また、こうした問題を考慮してオンライン上で実施したとしても、短い発言や刺激的な主張が注目を集めやすく、意見の背景や前提条件が十分に共有されないまま議論が進んでしまうことがあります。
このように、このプロセスを十分に確保することもまた容易ではありません。
3 サービスの概要
このように多様性を発揮するためには、分散性・独立性が確保された意見と、それをまとめるプロセスが必要ですが、これらを実現することは困難です。
そこで、これらを実現する試みとして参考になると考えられるのが、いわゆる「くじ引き民主主義」です。
くじ引き民主主義は、欧米では「ロト(くじ)クラシー」や「抽選制による民主主義」、「市民会議」、学術では「ミニ・パブリックス」などと呼称される。簡単に言えば、選挙を通じて代議士を選ぶのではなく、くじによって代議士を選び、共同体にかかわる意思決定を下してもらうという方法だ。
本サービスは、この「くじ引き民主主義」の考え方をオンラインに応用し、企業や自治体の意思決定に適合するかたちで再構成したものです。
【サービス全体の流れ】
⒈ 企業や自治体など(投稿者)による課題の投稿
⒉ その課題について、本サービスに登録しているユーザーの中からランダムにユーザーを選出
⒊ その選出されたユーザー(提案者)による解決案の提案
⒋ 提案者同士による解決案の評価・議論
⒌ 評価や議論の結果を踏まえた解決案の整理・統合
以下では、この流れを支える主な設計要素を説明します。
⑴ ランダム選出(多様性と分散性に対応)
本サービスでは、課題ごとに、登録ユーザーの中からランダムにユーザーを選出します。
これにより、恣意的な選抜を避けることができるため、年齢、性別や職業などが異なる幅広い人々の関与が見込めます。
また、このランダム選出により、特定の専門分野や価値観に偏らない視点が持ち込まれやすくなります。そのため、個々の解決案は、それぞれ異なる情報源や経験に基づいて形成されることが期待され、分散性の確保につながると考えられます。
仮に、ユーザー自身が課題を選ぶことができてしまうと、各々が得意な分野や関心の高い課題にしか提案せず、結果として、視点や発想が同質化してしまうおそれがあります。また、オープンな課題であると(誰でも提案できる形式にしてしまうと)、責任感や当事者意識が弱まり、「自分ごと」として課題に取り組むことが難しくなってしまいます。
そこで、本サービスでは、ランダムに選出されたユーザーのみが課題に取り組む仕組みを採用しています。
そして、解決案を提案すること自体に対する報酬や、提案した解決案が採用されたことに対する報酬を設けることで、より幅広い人々の関与を促すとともに、主体的かつ丁寧な情報収集を後押しできると考えています。
⑵ 秘匿性(多様性と独立性に対応)
本サービスでは、解決案の第一次形成段階において、他のユーザーの解決案を閲覧できないようにしています。
これにより、ランダムに選出された各ユーザーは、自身の考えに基づいて解決案を形成することができます。
仮に、ランダムに選出された各ユーザーが他のユーザーの解決案を見ることができてしまうと、「自分の考えの方が劣っているのではないか」と考え、そもそも解決案を提案すること自体を控えてしまうおそれがあります。
また、他の解決案に無意識に引きずられ、本来の考えとは異なる解決案に調整してしまうおそれもあります。
そこで、本サービスでは、まず各々のユーザーが独立して解決案を形成する段階を重視しています。
⑶ 対象の特殊性(分散性と独立性に対応)
本サービスが扱う課題は、企業や自治体などの組織が直面している具体的かつ個別的な課題です。
これらの課題は、世間一般で広く共有されている話題やニュースと異なり、既存の評価や通説が存在しない場合がほとんどです。
そのため、ランダムに選出された各ユーザーは、表層的な情報や既存の意見に頼ることが難しいため、自ら情報を収集し、自身の解決案を形成する必要があります。
⑷ 議論・統合(熟議に対応)
ヴァン・レイブルックは、一定期間、十分な情報に基づいて市民同士が意見を交換することで、政策の決定はより効率的かつ正当性を有するものになるという「熟議」が抽選制には不可欠であるとしているし、既存の代議制民主主義を補完するものであるとの条件をつけている。
本サービスでは、ランダムに選出された各ユーザーが解決案を提案した後に、他のユーザーの解決案を参照し、評価・議論を行うフェーズを設けています。
このようなフェーズを設けることで、各々のユーザーが、自身の解決案を見つめ直したり、新たな価値を発見することが期待できると考えています。
そして、この評価や議論を経た複数の解決案を、AIを活用して整理・統合するフェーズを設けています。
ここでのAIは、意思決定そのものを代替するものではなく、解決案を分類や要約することで、論点や選択肢を可視化し、検討や判断を支援する役割を担っています。
実際に、これまでは、多くの人の意見を収集し、それらを分類や要約することに多大な労力が必要でした。しかし、近年のAIの発展により、こうした労力が軽減され、多くの人の意見をそれぞれ単独ではなく、まとまったものとして取り扱うことが比較的容易になりました。
本サービスでは、この点に着目し、AIを多様な意見を活かすための基盤技術として位置づけています。
なお、議論を行うことで、他のユーザーから影響を受け、独立性が低下してしまう可能性は否定できません。
もっとも、本サービスでは、解決案の第一次形成段階において独立性が確保されていることを前提としているため、その後の議論は、解決案を修正・深化させるための建設的なプロセスとして機能すると考えています。
4 メリット(Value)
以下では、本サービスに、どのようなメリットがあると考えているかを述べていきます。
⑴ 対企業(toB)
本サービスにより、意思決定(主に企画)のプロセスに、多様性を取り込むことができます。そうすることで、企業は、①斬新なアイディアの発掘(創造性・革新性)や②アイディアのポートフォリオを組むこと(リスク回避)が望めると考えています。
企業が成長するためには、既存事業の深化と新市場の探索の双方が必要であるという考え方(いわゆる「両利きの経営」)がありますが、本サービスは、この新市場の探索に貢献できると考えています。
例えば、このような考え方をもとに、顧客の声を参考にして商品やサービスを開発することがあります。しかし、この手法には、限界があると考えられます。
多くの企業は市場調査などの手法を駆使して、顧客の声が反映されたコンセプトを生み出そうとします。しかし、顧客の声に軸足を置くアプローチには限界があります。顧客は、それぞれ独自の体験や価値観、こだわりを持ち、顧客の声にはそれらに根差したバイアスがかかっているからです。
当然、既に世に出ている製品やサービスの改良点や改善点を探るのに、既存の顧客から意見を聞くことは有効でしょう。しかし、ウォークマンのような新しい市場を創造する際に、顧客の声は有効でしょうか。米Ford Motor社の創業者で、近代の自動車産業を創造したHenry Ford氏は、「顧客に何が欲しいかと聞けば、彼らは足の速い馬が欲しいと答えるだろう」と言ったと伝えられています。馬車に乗っている顧客の声をいくら聞いても、そこから自動車という新市場を生み出すのに必要なコンセプトは出てこないというわけです。
新市場を創造する上で、既存製品の主な顧客の声は、むしろ阻害要因になることすらあります。前出のChristensen氏は著書『イノベーションのジレンマ』(翔泳社、2001年、原題は『The Innovator's Dilemma』)の中で、顧客の声に過剰適応し、それにとらわれてしまうために、結果として新市場を開拓できない“優良企業”の姿を描きました。既存顧客は、企業を既存市場に縛り付ける存在でもあるのです。
本サービスでは、ランダム選出により、顧客に限定されない(既存市場の論理に縛られない)多様な視点を取り込むことができます。
このような既存市場の外にいる人々から得られる視点が、いわゆる「弱い紐帯の強み」として機能すると考えています。
また、同じような考え方として、「オープンイノベーション」があります。「オープンイノベーション」とは、「企業が自社のビジネスにおいて外部のアイディアや技術を更に多く活用するとともに、利用していないアイディアを他社に活用させるべきということ」です。
主に「オープンイノベーション」は、企業間の戦略的提携や企業と研究機関(大学など)との産学連携として行われているようです。ここでは、イノベーションを「技術革新とその事業化」と考えているため、専門組織同士の協業を「オープンイノベーション」としているようです。
しかし、最初に述べたように、本来イノベーションは「技術革新とその事業化」に限りません。
実際に、近年、新たに価値を生み出し、社会的に大きな変化をもたらしたものとして、“UberEats”(フードデリバリー)、“Netflix”(定額制動画配信)や“タイミー”(スキマバイト)などが挙げられますが、これらは技術革新に起因しているわけではなく、既存の技術を組み合わせ、新たな意味づけを行った点に特徴があります。
ここで重要なのは、既存の制度や慣行に縛られないことだと考えられます。
つまり、一般の人々の「思い込み」や「勘違い」のように既存の制度や慣行を前提としないことで、新しい価値が生まれ、この価値が社会的に共有されることで行動様式が変わるというイノベーションも十分に生じ得るということです。
一方で、近年、技術革新といって争いがないものとして「生成AI」があります。確かに、「生成AI」の開発自体に一般の人々の意見が寄与することは考えにくいです。しかし、「生成AI」の事業化については、一般の人々の社会的なコンセンサスが求められ、そういった人々の意見を無視することはできません。
このように、取り入れる対象を企業や研究機関といった専門組織のアイディアや技術に限定しないことで、従来のオープンイノベーションで取りこぼされがちだった一般の人々の「思い込み」や「勘違い」であったり、一般的の人々による社会的なコンセンサスを意思決定に組み込むことで、イノベーションを生み出すことに貢献できると考えています。
また、組織の意思決定では、その過程で集団浅慮(グループシンク)が起きやすいです。
特に同じような背景のメンバーで構成されるチームでは、発想が収斂し、一つの「もっともらしい案」に依存してしまうおそれがあります。
そこで、「異なる前提の複数のアイディア」があれば、そのような案が期待どおりに進まなくても、すぐに別の案に切り替えることができます。
本サービスでは、ランダム選出による多様性により、企業内部では得られない「異なる前提の複数のアイディア」を確保することができるため、探索の失敗によるやり直しや意思決定の硬直化を防ぎ、リスクを分散させることができると考えています。
加えて、本サービスでは、後述する対自治体での利用を併せることで、ビジネスに関心がない層も取り込むことができ、より高い多様性を発揮できると考えています。
⑵ 対自治体(toG)
本サービスにより、住民との合意形成の質を向上することができます。
従来の住民との合意形成では、参加者層が偏り(多様性を欠き)、特定の声を過度に反映してしまっているのではないでしょうか。
そして、自治体の意思決定に住民の意思を反映できていないために、住民の支持を失い(住民の関心がなくなり)、自治体の衰退を招いてしまっているのではないでしょうか。つまり、自治体の意思決定に住民の意思を反映できていないということは、企業でいうところの「顧客満足を満たせていない」ということに等しいのではないでしょうか。
また、そもそも住民は、自治体に関する情報を認知していないことが多いです。住民に各自治体のホームページを常に確認してもらうのは現実的ではありません。
そこで、自治体の意思決定に住民を巻き込み、自治体と住民のコミュニケーションを促す仕組みが必要なのではないでしょうか。
本サービスでは、このような問題を解決するのに貢献することができると考えています。
5 将来的な構想
以下では、本サービスにどのような可能性があると考えているのかを述べていきます。
⑴ 海外展開
将来的には、海外にも展開することで、意思決定のプロセスに、国境を越えた多様な人々の視点を取り込むことができる環境を構築することを目指しています。
今日では、情報量の増加や国際化の進展により、単一の文化を前提とした意思決定を行うことがリスクになりつつあります。異なる文化圏では、同じ課題であっても、課題の捉え方や価値判断の基準が大きく異なるからです。
一方で、AIによる要約や翻訳は、表現力や思考の整理能力の差、及び言語の壁の影響を小さくすることができます。この技術は、日常生活でもビジネスでも必要性が高いため、今後さらに重要性を増すと考えられます。
本サービスは、こうした技術基盤を前提に、ランダム選出という仕組みを通じて、各地域や社会に内在する価値観や思想などといった「文化」そのものを浮かび上がらせることができると考えています。
日本企業が海外に対して競争力を持つ分野として、自動車、半導体製造装置や電子部品といった「物理的に形のある製品」がしばしば挙げられます。
一方で、他の国々とは異なる日本独自の「文化」は、これまで競争力として明示的に扱われることはあまりありませんでした。確かに、観光(インバウンド)や知的財産(主に漫画やアニメ)は、日本文化の現れだと考えられますが、これらは主に提供側が定義した価値を享受するものであり、「文化」そのものが共有されているわけではありません。
このような「文化」そのものを共有(輸出)することが今後の競争力になり得るのではないでしょうか。
⑵ 地域の活性化
将来的には、本サービスが地域の活性化を促す共創基盤になることを目指しています。
飲食店や小売店などの明確な商圏がある事業においては、その地域に住む人々とともに商品やサービスを構想することで、単なる市場調査を超えた価値が生まれます。
このように、共創を実施することで、その地域の事業者と人々との間にコミュニケーションが生まれ、地域への当事者意識の醸成、ひいては地域の活力向上につながると考えています。
6 課題
本サービスに対する課題としては、以下のようなものが考えられます。
⑴ アイディア自体に価値はないのではないか
アイディアは実行されてはじめて価値があり、アイディア自体に本質的な価値がないのではないかという懸念があります。
この懸念は、アイディアを完成度や実現可能性で評価するもので、イノベーションにおいては必ずしも適切ではありません。イノベーションで重要なのは、完成されたアイディアではなく、既存の常識を疑う発想です。
本サービスが提供するのは、単発のアイディアではなく、複数の視点が同時に提示されることによって形成される「アイディアの束」です。
個々のアイディアは未完成であっても、それらが並置されることで、ある前提が共有されていることや、逆に一部の人だけが感じている違和感が浮かび上がることがあります。
このように、本サービスの価値は、複数のアイディアが同時に提示されることで、「なぜその前提が当然とされてきたのか」「別の捉え方はあり得ないのか」のように、現在の前提や価値観を問い直す契機となる点にあると考えています。
⑵ 多様性はイノベーションにつながるのか
多様な意見によって自動的にイノベーションが生まれるとは限らないのではないかという懸念があります。
この点、実務や研究の双方において、多様性が高いだけでは必ずしも成果につながらず、むしろ意見の分断や摩擦を招く場合があることが指摘されています。
これは、多様な意見があっても、それらが属性や立場と結び付いて解釈されることで、集団間の対立が生じてしまうこと(フォルトライン)に起因すると考えられています。
つまり、多様な意見は、当然にイノベーションを導くものではなく、こういった弊害を避けるための工夫と合わさることでイノベーションにつながるものと考えるべきです。
本サービスでは、多様な意見が特定の属性や立場と結びついて固定化されないように、ランダム選出と匿名性を採用しています。
これにより、誰が述べたのかではなく、何が述べられているのかに注意が向きやすく、それぞれの意見が比較的フラットな形で提示されます。
そして、これらを整理・統合することで、意思決定の充実に寄与でき、従来よりもイノベーションにつながる可能性を高めることができると考えています。
一方で、企業が自社の従業員を通じて多様性を実現しようとすると、フォルトラインが生じ、意見の分断や摩擦を招いてしまう場合があります。特に日本では、人員整理のハードルが高いため、組織内部の構成を柔軟に見直すことが難しく、多様性のメリットを十分に発揮できないばかりか、デメリットが前面にでてしまうおそれがあります。
これに対して、本サービスは、組織内部の構成を大きく変えることなく、意思決定の局面ごとに社外の多様な視点を取り入れることができます。
その意味で、本サービスは、多様性を恒常的に抱え込むのではなく、必要に応じて活用できる「多様性のアウトソーシング」として、そのメリットを柔軟に利用することができると考えています。
⑶ 様々な意見をどのように整理・統合するのか
様々な意見が集まったとしても、それを整理・統合し、議論の全体像を把握できなければ、実務で利用できないのではないかという懸念があります。
従来は、多数の意見をまとめようとすると、恣意的な判断が入り込んだり、多大な時間や労力を要してしまうことがありましたが、AIの発展により、客観的かつ迅速に多数の意見をまとめることが可能です。
本サービスでは、こうした技術を活用することで、意思決定に先立って、どのような論点や選択肢が存在しているのかを把握できる状態をつくることができると考えています。
もっとも、意見の整理・統合の方法については、あらかじめ唯一の正解が存在するものではなく、実際の運用を通じて、その妥当性や有効性を検証しながら、継続的に改良・改善していく必要があります。
本サービスでも、現時点ではAIを用いた整理・統合を想定していますが、今後の実践結果を踏まえ、より意思決定に資する形へと柔軟に見直していくことを前提としています。
⑷ 組織自体が変わらなければイノベーションは起きないのではないか
組織の評価基準が従来と変わらなければ、結局は同じ結論に陥ってしまうのではないかという懸念があります。
本サービスは、組織そのものを直接変革するものではありませんが、意思決定のインプットに社外の多様な視点を取り入れることで、従来とは異なる問いや判断軸が持ち込まれる可能性を提供します。
他にも、補足的な観点として、AIの発展により、今後組織の評価基準の変更を希求する声が社内から生じ始めるかもしれません。
例えば、ホワイトカラーは、既存業務の効率化だけでなく、新たな価値を創造する力が求められていくと考えられます。こうした能力は、従来とは異なる知識や経験を取り込むことで深化していくため、その源泉を社内ではなく社外に求めるという流れが生じるのではないかと考えています。
仮にこのような流れが生じるのであれば、これまでと異なる知識や経験を取り込むために本サービスが貢献し、そして、社内から組織の評価基準が変わることが期待できます。
⑸ 情報流出の危険があるのではないか
おそらくこれが組織外の人々を意思決定に巻き込むことを躊躇させる大きな理由の一つだと考えられます。
もっとも、例えば、“WeWork”のようなコワーキングスペースでは(アイディアをオープンに募ると)、特定の利害関係がある者が関与してくるおそれがありますが、本サービスは、ランダム選出であり、特定の利害関係がある者が意図的に関与できないため、致命的な情報流出の危険は相対的に小さいと考えられます。
また、事前に秘密保持契約(NDA)を締結したり、課題内容の設計を工夫することで、このような危険を小さくすることができると考えています。
7 まとめ
近年、日本では、イノベーションの停滞や民主主義の機能不全が指摘されることがあります。これらは、経済と政治という異なる領域の問題のように見えますが、どちらも、その一因として多様な視点を取り込めていないことが挙げられるのではないでしょうか。
つまり、企業においては、意思決定が限られたメンバーに固定化されやすく、その結果、同質的な発想や判断が繰り返されてしまうという問題があります。一方で、自治体においては、効果的な政策を実施するためには住民の参加が望まれるものの、若年層や現役世代の参加が十分に得られていないという問題があります。このように、企業と自治体は、表面上異なる問題を抱えているようでありながら、多様な視点を取り込む仕組みが十分に整っておらず、集合知を活かしきれていないという共通の課題を抱えているのではないでしょうか。
こうした問題に対して有効だと考えられるのが、いわゆる「くじ引き民主主義」のように、ランダムに選ばれた人々に関与してもらうという考え方です。
ランダム性を取り入れることで、性別、年齢、能力や立場、利害関係による偏りなどを抑制し、多様な視点を制度的に確保することができます。また、誰でも参加できるわけではないため、選ばれた人々が「自分事」として取り組むことが期待できます。
この考え方を踏まえると、企業や自治体が意思決定で抱える課題について、ユーザーの中からランダムにユーザーを選出し、その選出されたユーザーにその課題に対する解決案を考えてもらうことで、多様性が発揮され、集合知を実現できるのではないでしょうか。
実際に、正解が一つに定まらない複雑な課題においては、同質的な専門家集団よりも、多様な人々の集合知の方が意思決定の質を高める可能性が指摘されています。
たとえば月の軌道は計算で正確に予測できる。それができる物理学者は、チームに違う意見を聞いて助けてもらう必要はない。自分自身で正解を弾き出せる。異なる意見は間違いであり、余計なものでしかない。しかし、計算では解決できない難題になると話が違う。その場合は同じ考え方の人々の集団より多様な視点を持つ集団の方が大いに——たいていは圧倒的に——有利だ。
なお、本サービスでは、解決案の提出に対して報酬をインセンティブとして設けることで、責任を伴った参加を促すことを予定しています。
こうした多様性は、企業と自治体において、異なるかたちで重要な役割を果たします。
企業においては、異なる立場や価値観の人々の視点が加わることで、既存の前提や常識が揺さぶられ、新たな発想やイノベーションが生まれやすくなると考えられます。
それこそ、「新しい価値の創造は『若者、バカ者、よそ者』によってもたらされる」という言説がありますが、これは、従来の意思決定では排除されがちだった視点がイノベーションを促し得ることを示唆していると理解できます。
一方で、自治体においては、住民が所属する自治体の意思決定に関与することで、特定の層に偏らない合意形成が可能となり、政策に対する納得感や正当性を高めることにつながると考えられます。
つまり、構想している本サービスは、企業や自治体が直面する課題について、専門家や関係者に限られがちな意思決定に一般の人々の多様な視点を取り込むことで、意思決定の質を高めるサービスといえます。
そして、本サービスは、企業と自治体を別々ではなく、同一の仕組みの中で扱うことに大きな特徴があります。これにより、これまで図られてきた多様性に関する施策よりも高い多様性を獲得できる可能性があります。
つまり、本サービスによって、企業は、ビジネスに関心が薄い層の視点を、自治体は、若年層や現役世代の視点を獲得できる可能性があります。
例えば、“WeWork”のようなコワーキングスペースでも、「オープンなアイディア創出」が謳われることがありますが、実際にコワーキングスペースを利用するのは、その圏内で活動し、かつ、ビジネスに熱心な層に限定されている可能性が高いです。また、いわゆる「オープンイノベーション」の対象は、(「オープン」と称していながら、)原則として専門組織に所属している人々に限られます。
このように、一面(ビジネス面)のみでは、多様性に限度があります。
そこで、本サービスでは、異なる領域を横断的に接続することで、意思決定の質を高めるための多様な視点を持続的に取り込むことができるようになると考えています。
8 最後に
今後AIが発展し、「自分はどう感じ、どう考えるのか」が問われる場面が増えていくと考えられます。
文章を書くことや資料をまとめることは、すでにAIが一定水準以上でこなすことができます。そんな中で人間に残される価値は、その人ならではの感じ方や考え方にあるのではないでしょうか。
ところが、現時点では、こうした感覚が活かされる場面は、必ずしも多くありません。
また、一方で、私たちは、かつてよりもはるかに多くの情報や選択肢に囲まれ、さまざまな事柄について判断を求められるようになりました。
そのため、特に個人で抱えきれない大きな問題について、関心を持ち続け、妥当性を検討し、結果を見守っていく余裕がないのが通常であり、関与することに大きな負担が生じてしまいます。
そうすると、仮にそのような問題に関与する機会があっても、多くの人が関与することを避けてしまっているのではないでしょうか。
このように個人で抱えきれない大きな問題では、専門家だけでなく、立場や価値観の異なる人々の気付きや視点が重要になるはずです。様々な人が関与しなければ、妥当性や代替案が十分に検討されないまま意思決定がされてしまうおそれがあります。
そして、このような構造は、すでに具体的な問題として表面化しているように思います。
例えば、地方自治体では、専門的な知見や人手不足を背景に、外部のコンサルタントや事業者に業務を委ねることが増えています。こうした手法自体は、専門性や効率性の観点から合理的な側面があります。
しかし、こうした手法に至る過程や判断基準が住民にとって分かりやすい形で共有されることは多くありません。そのため、そもそも住民が事業の背景や選択肢について理解し、検討する機会が生じにくいです。
加えて、前述したような負担から、住民同士で「なぜこの事業が行われているのか」「他に選択肢はなかったのか」といった検討が行われなくなってしまっているのではないでしょうか。
このように、当事者であるはずの住民同士の情報共有や議論が十分に行われないことにより、民主的な監視が弱まり、その地域にとって必ずしも望ましいとはいえない状況に至ってしまうおそれがあります。
また、同じような構造は、首都圏のマンションでも見られます。
例えば、住民になりすましたり、住民に直接接触することで、修繕委員会に関与し、修繕のための業者選定に影響を及ぼそうとする事例が報告されていますが、これも、住民間での情報共有や議論が十分に行われていない状況が背景にあると考えられます。
こうした事例に共通しているのは、そこに様々な属性や立場の人々が存在しているにもかかわらず、それぞれの感じ方や考え方、そこから生まれる気付きや視点が十分に表現されず、共有されていないという点です。
こうした状況を踏まえると、「自分はどう感じ、どう考えるのか」という感覚、つまり、「自分らしさ」がより重視される社会である必要があるのではないでしょうか。
こうした感覚は、違和感や疑問を生み出し、意思決定の妥当性を問い直す出発点になります。
そして、このように「自分らしさ」が価値として受け止められる社会であれば、専門知識の有無にかかわらず、自分なりに問題に向き合うことが広く許されることで、多くの人が社会的な課題に関与する可能性が広がると考えられます。
また、仮にこのような社会が実現できれば、個人的な問題も解決し得るかもしれません。
例えば、いわゆる「ミドルエイジクライシス」の背景にも、「自分らしさ」が評価されないことによる空虚感にあるのかもしれません。
つまり、「自分らしさ」が評価されない状況では、「自分は本当は何を感じ、何を大切にしているか」を問い続けることが難しく、その結果、長年にわたり求められる役割を果たし続ける一方で、その間そうした問いを後回しせざるを得ず、それがある時点で空虚感として表れるのかもしれません。
また、他にも、近年、若い世代の間でワークライフバランスが重視されるようになったことや、以前に比べて転職が一般的な選択肢として受け止められるようになってきた背景にも、「自分らしさ」が十分に評価されていないという共通の問題があるように思われます。
近現代では、デカルトの「我思う故に我あり」を源流として、政治でも経済でも「個人」が重視されてきました。
もっとも、実際の政治や経済では、「個人」を「システム」に組み込むことで、見かけ上の「個人」を実現するにとどまってきました。そのように一律に扱った方が政治的にも経済的にも効率がいいからです。
その結果、世界的に見ても、民主主義が揺らいだり、社会分業制に歪みが生じているように思います(もちろん、その一方で、大きな成果を挙げてきたことに疑いはありません)。
こうして振り返ると、近代以降に試みられてきた「個人」の重視は、思想としては確かに提示されながらも、「個人がどのように感じ、どのように考えるのか」を社会の中で扱う方法については、十分に実現されてこなかったように思います。
しかし、AIの発展によって、知識の整理や効率的な判断が委ねられつつある今、私たちは初めて個人の感じ方や考え方そのものを、社会的な価値として正面から扱うべき段階に差しかかっているのではないでしょうか。
本サービスでは、専門性に依存せず、ありとあらゆる人が「自分はどう感じ、どう考えるのか」という気付きや視点を持ち寄り、共有し、検討するための場を提供することを目指しています。
そして、この場を通じて、「自分らしさ」が、個人的な満足にとどまらず、社会の意思決定に確かに関与する、そんな世の中をつくっていきたいと考えています。
【協力者・参加者の募集について】
現在、実証・立ち上げに向けて、以下の方々を募集しています。
① メンバー(運営・開発に関わる方)
本サービスの設計や改善に関わっていただける方を募集しています。
想定している関わり方:
・ 実際に触ってみての改善提案
・ ユーザー体験の整理(どこで迷うか、どうすれば分かりやすいかなど)
・ サービスの仕様やルールの検討
専門的なスキルは必須ではありませんが、「こうした方が良いのでは」と考えたり、試行錯誤することに関心がある方を歓迎しています。
② 協力者(企業・自治体など)
実証にあたって、実際の課題を提供していただける企業や自治体を募集しています。
想定している関わり方:
・ 実際の課題の提示
・ 有用な意見収集につながるための試行錯誤
・ 結果に対するフィードバック
③ ユーザー(テスト参加者)
デモ版を利用し、率直なフィードバックをいただける方を募集しています。
お願いしたいこと:
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・ どこで迷ったか、分かりにくかった点の共有
・ 率直な感想(使いたいと思うかなど)
ご関心をお持ちいただけましたら、info@weekend-innovation.com 宛てに、件名に①〜③(複数可)を記載のうえご連絡ください。
なお、募集に直接関係しないご意見やご質問も歓迎しています。
