【連載小説】リコとサト 第3話
南マネージャーの出来事(2ヶ月前)
うちのブースは9時に始業のため、朝礼は8時50分から始まる。
この日、時間になってもリコは現れなかった。
「あれ、リコ休み?連絡あった?」
俺がみんなに尋ねると、誰も休みとは聞いていないとのこと。
遅刻か?
と思っていたら、早足でブースに入ってきたのはリコだった。
なんだ、遅刻か。
と思って朝礼を始めたが、一行にリコは朝礼の場に来ない。
みんな待っているのに何やってるんだ?
見るとリコは座席表の前に立っていた。
手には通勤バックを持ったままだ。
座席表とは、オペレーター席は日替わりのため、毎日貼り出しているものだ。
俺はリコのそばまで行き、
「なにやってんの。」
と聞いた。
「あ、すみません。遅刻しそうだったのでロッカー室に寄らず、そのまま来てしまいました!」
かなり焦った状態でリコが言った。
そして、
「あの、座席表に私の名前がないんですけど、もしかして今日は私、公休日でした?」
は?何言ってんの???
「違いますよね、私、週5日勤務ですよね。」
続けてリコが言う。
寝ぼけてんのか?
俺は少し切れ気味で、
「なに言ってんだよ、これはオペレーターさんの座席表だろ。早くバッグをロッカーに入れてこい!!」
そう言ってリコをブースから出した。
2~3分後、戻ってきたリコは謝りながら朝礼の場に加わった。
先ほどとは違い、いつものリコだった。
さっきのはいったい何だったんだ。
それに職場の近くに住んでいるのに遅刻なんて、気が緩んでるんじゃないか?
少し甘やかしすぎたのかもしれないな。
これからは厳しくしないといけない。
その後、複数のオペレーターやSVから、リコが自分のロッカーを開けた際、頻繁に誰かと会話しているような声を聞くと聞いた。
最初はスマホで誰かと話していると思っていたらしいが、スマホではなく、リコは一人でロッカーについている鏡に向かって話しているらしい。
大丈夫かなリコ。
精神的に病んでしまったのではないかと心配したが、こういうことはなかなか本人には聞きづらく、俺はそのままにしてしまった。
南マネージャーとツジカケル(1か月前)
「ツージー!今空いてるか?」
ツジ カケルを呼ぶ。
「はい!大丈夫です!」
ツージーが駆け寄ってくる。
俺は南 良太。
このブースのマネージャーをしている。
この会社に入社して10年。
マネージャー業は3年ほどになる。
コールセンターのマネージャー業とは、要は売上管理やクライアントとの交渉等をしている。
ここは200名ほどのオペレータが在籍している大規模なコールセンターだ。
なので、マネージャーは俺の他に2名在籍しており、俺は通販受発注業務のマネージャーとして在籍している。
今呼んだのは契約社員に登用したばかりのツジ君だ。
俺は“ツージー”と呼んでいる。
仲間意識を高めたく、賛否あるが部下はニックネームで呼ぶことが多い。
「契約社員になって半月経つが、仕事はどうだ?少しは慣れたか?」
俺の問いかけに、
「はい!皆さんに良くしてもらってます!リコ先輩には迷惑ばかりかけていますけど…。」
ツージーの返答は、最初は元気な声だったのに最後は尻つぼみ状態な声だった。
「仕事はゆっくり覚えればいい、まずは環境に慣れてくれたらいいから。」
そう言ってなだめる。
「そうだ、一緒にメシに行かないか?いつも休憩室なんだろ?たまには外に行こう。」
ついでにツージーを昼メシに誘ってみる。
「はい!行きましょう!」
ツージーも同意してくれたので、休憩に行くことを周りに伝え、ブースを出る。
「うまい天丼の店があるんだよ、混んでなくて穴場なんだ。」
俺がそう言うと、
「天丼ですか!俺は茄子が好きです!」
とツージーが言う。
なんだか、俺はツージーのこういうところが好きだ。
ビルを出て、大通りから外れた少し狭い道に、俺の行きつけの天ぷら屋がある。
そこの天丼は通常は1100円だが、ランチ時は800円で提供される。
「こんちわー。」
暖簾をくぐり、店内に入る。
古い佇まいだが、キチンと掃除された店内はいつ来ても気持ちが良い。
「いらっしゃーい!空いている席にどうぞー。」
そう促され、2名席へ座る。
「天丼2つね。」
水を出されると同時に注文をする。
なんたって昼休憩は時間との勝負だしな。
「リコは厳しくないか?」
ツージーに尋ねる。
「厳しいですが、怖くはないです。言われていることは当然なことばかりですし、気を悪くしたことは一度もないです!」
ツージーは水を一気飲みして答えた。
そして俺は、少し気になることがあり、ツージーに聞いてみた。
「あのさ、リコってたまに変な時とかないか?」
ツージーはきょとんとして、
「変な時…ですか?」
と答えた。
「そう、例えば、リコなのに別人みたいな感じに思える時とか。」
俺は真剣な顔で聞く。
「リコさん、そんな時があるんですか?」
ツージーは眉間にしわを寄せ「無い」といったような顔を見せる。
「いや、ごめん、あいつ忙しくなると別人みたいになるからさ、ツージーが辛くないかと思ってね。」
「お待たせしましたー!!」
天丼が2つ運ばれてきた。
「おお!今日もうまそうだ!ツージー食べよう!」
丁度いいタイミングで天丼がきたので、うまくはぐらかすことができた。
辻本 翔の場合
「辻本 翔」こと、「ツジカケル」は“居酒屋いこい”で働きだした。
俺はリコさんがサトさんであることを確かめることで必死になった。
そしてわかったことは、“いこい”でのリコさんは、サトさんという別人に変わっているということだった。
ミワさんとの会話も親子同然で、ミワさんもリコさんを娘のように可愛がっている。
常連さんも同じくだ。
こうなると俺も、“いこい”ではサトさんという全くの別人と仕事をしている気持ちになる。
だが、リコさんと同じ顔で同じ服を着て、同じ声であるサトさんは、リコさんであることは
紛れもない事実だった。
なぜこんなことになっているのだろうか。
ある日、リコさんは体調が悪いとのことで店に出なかった。
俺はチャンスだと思った。
ミワさんに色々聞いてみたかったのだ。
お客さんが引いて少し時間が出来たころ、俺はミワさんに聞いてみた。
「ミワさんはサトさんの母親?ですよね…。」
ミワさんは一瞬の間を置いてこう答えた。
「やっぱりそう見えるわよね。」
「違うんですか?一緒に暮らしているし、てっきり親子でお店をされているのかと思っていました。」
俺は驚く素振りをした。
「違うのよ、よく言われるんだけどね。」
ミワさんは少し悲しそうな、寂しそうな声で言った。
じゃあ、なんで一緒に住んでいるのか。
ここは踏み込んで聞くべきだろうか。
迷っているとミワさんが、
「2か月前くらいかな…家族になったのは。」
と言った。
どういうことだ?
「あの、2か月前からの家族って?」
結局俺は、迷うことなく聞いてしまった。
「2か月前にね、突然サトちゃんが現れたの。」
ミワさんの場合
今日は雨でお客さんの入りも少ないなあ…。
私は、今井 美和。
主人の今井 康介と居酒屋を経営している。
康介は身体が弱いところもあるが、何事にも一生懸命で優しい。
私と康介は大学時代に知り合った。
卒業後、一旦は疎遠になったのだのだが、職場の上司と飲みに行った店で偶然にも康介が働いており、そこで再会をした。
それから仕事帰りに、私は康介が働く店に寄るようになった。
大学の頃、康介は仲の良い男友達の一人だった。
その頃から料理が上手く、仲間にふるまうことも多くあった。
社会人として康介と再開してから、康介は私の愚痴を聞いてくれたり、友達関係の相談に乗ってくれたり、唯一自分の本音を出せる人物になっていった。
康介は今働いている店で、料理や経営に関しての修行をしていて、いつか自分の店を開くのが夢だと言っていた。
そして数年後、私は康介から「自分の店を持つ夢が叶う」という時にプロポーズをされた。
私は迷うこと無く受け入れた。
なぜかそうなるはずだと、信じていたのだ。
結婚と店の開店が同時期になり、その頃は忙しくも幸せな時間だった。
開いた店は商店街の中ということもあり、幸運にもお客様には恵まれた。
康介の料理も美味しいと評判で、毎日が充実していた。
結婚して2年後、娘が生まれた。
一人娘だったが、店の手伝いもしてくれて、優しい朗らかな子に育ってくれた。
私たちの自慢の娘だった。
だが娘は2年前、23歳の時に交通事故で亡くなった。
突然娘は、私たちのそばから消えてしまったのだ。
私は現実を受け止められず、数か月は日常生活もままならず、店にも立てなかった。
私と同じようにつらいはずだろう康介は、そんな私を支えてくれた。
私は言葉ではうまく言い表せないが、本当に康介には感謝している。
今入院をしている康介を、今度は私が支える番だと思っている。
2か月前、お店の暖簾を下げるため外に出た時、一人の若い女性の姿が目に入った。
時間は23時過ぎ。
周りのお店も閉店準備を始めている時間だ。
そんな時間に女性が一人で立っている。
誰かと待ち合わせをしている素振りもなく、スーツケースを右手に持ち、ただ立ちすくんでいるのだ。
思わず駆け寄って声を掛けた。
「あの、どうかしました?」
その女性は私を見るなり泣き出してしまった。
「家が、帰る場所が分からないんです・・・」
女性はぽろぽろと涙を流しながら、そう言うのが精いっぱいのようだった。
「とにかく、お店にお入りなさい。」
私は女性の手を引いて店内に入れ、カウンターの席に座らせた。
その頃は康介も入院しておらず、調理場に立っていた。
お客さんも引いた時間のため、店内は康介と私だけだった。
「あれ、美和、その人は?」
康介が不思議そうに見る。
「どうやら、自分の家がわからないみたいなの。」
「え?どういうこと?」
康介はさらに不思議そうな顔で見てくる。
「私も事情が分からないのだけど、こんな時間だし危ないから連れてきたのよ。」
私は一先ず温かいお茶を入れ、女性に差し出した。
それが、サトちゃんとの出会いだった。
家が分からない。
帰る場所がない。
わかるのは名前と働いている職場だけ。
それ以上、何もわからないとサトちゃんは言った。
記憶喪失だろうか・・・。
だが事故にあったわけでもなさそうだ。
突発的にそんなことが起こるのだろうか。
何もかも分からないことだらけだったが、唯一感じたのはサトちゃんは嘘をついているわけではないということだった。
持っていたスマホの登録も、職場の連絡先のみでご家族や友達の連絡先は一切無かった。
警察に連絡した方がいいと康介は言ったが、サトちゃんが拒んだ。
私と康介は話し合い、記憶が戻るまでサトちゃんを家に住まわせることにした。
サトちゃんはしばらくの間塞いでいるようだった。
私たちとは話もせず、一人部屋にこもり、なにやら独り言を言っているようだったので、私と康介は心配したが、日が経つにつれてあいさつ程度の会話をするようになった。
そしてうちに来て5日ほど経つと、仕事にも行けるようになった。
仕事に行きだすと、明るい表情に変わり、私と康介のことも「ミワさん」「大将」と呼ぶようになった。
この生活に慣れてきたころには、お店の手伝いもしてくれるようになり、私たちの生活にも張り合いが出てきた。
娘とサトちゃんをどうしても重ねてしまい、この生活が続けばいいのにとさえ思った。
そして2か月が過ぎようとしている。
辻本 翔の場合②
昨日、ミワさんからリコさんとの出会いについて聞いた。
衝撃を受けた。
家が分からない、なんて。
ついこの前、私のマンションはここだって、休憩室で教えてくれたのに。
今日はリコさんに直接聞いてみたい。
本当のところを。
いつもミワさんは、一旦お客さんが引く21時くらいに少しの間、自室に戻る。
その時を狙って聞いてみよう。
21時。
いつも通り、ミワさんは自室へ向かった。
今だ!聞いてみよう。
俺は、カウンターテーブルを拭いていたリコさんに言った。
「サトさんはミワさんと本当の親子のように仲がいいんですね、俺昨日まで親子だと思っていましたよ。」
リコさんは顔を挙げてきょとんとしている。
そして笑いながらこう言った。
「翔ちゃん何を言っているの?」
俺は、やっぱり親子ではないことはわかっているんだ、と思った瞬間…。
「本当の親子だよ。」
と当然のようにリコさんは答えた。
えええええええ!
どういうこと???
「いや、だってミワさんがサトさんは2か月前に現れて、それから一緒に住んでるって…」
俺は焦って訳がわからず早口で言った。
「2か月前?私はずっとこの家の娘だよ。」
少し不機嫌になるリコさん。
それ以上、俺は何も聞けなかった…。
第4話へつづく
