障害者雇用で「仕事がない」と感じる本当の理由——業務が「回る単位」まで分解されていない職場で起きていること
「うちには、障害のある人に任せられる仕事がない」。
そう感じているとしたら、たぶん業務が足りないわけではない。いま職場のあちこちで誰かが、なんとなくやっている仕事の中身が、ほどけていないだけだ。
2024年4月に合理的配慮の提供が民間企業にも義務付けられて、1年が経った。「とりあえず採用までは進めた」企業から、「任せる仕事がない」「すぐに手が空いてしまう」という相談がいま支援機関に集中している。
多くの担当者は、業務切り出しのガイドにも目を通している。「業務を洗い出す」「担当者を選ぶ」「マニュアル化する」といった手順は知っている。それでも、現場では業務が動かない。
何が起きているのか。本記事は、その正体をひとつほどく。
経営学に「暗黙知」と「形式知」という対の概念があり、業務切り出しの話を考えるときの補助線になる。そして、業務切り出しの副産物として職場全体に効いてくる「カーブカット効果」という現象もある。この2つを途中で渡しながら、最後に、明日から職場で試せる30分の作業を提示する。

業務リストには整然と並ぶ。現場ではばらばらに散らばっている
まず、業務リストとは何かを、もう一度見ておきたい。
新しく入った障害のある社員に渡される業務リストには、たいてい「郵便物の仕分け」「データ入力」「書類のスキャン」「備品の補充」と並んでいる。それぞれに想定の所要時間が書かれている。「だいたい1時間」「だいたい30分」。整然としている。
ところが、その業務が実際に職場のどこで、誰によって、どんなふうに行われているかを追いかけてみると、リストの整然さとはまるで違う景色が見える。
「郵便物の仕分け」は、毎朝、経理から3年前に異動してきた中堅社員が中心にやっている。だが、彼が会議で抜ける日は、隣の島のパートさんが対応する。
パートさんはもう10年勤めているが、郵便については「経理の○○さんがいつもやってるから」と言って、宛先のクセまでは把握していない。月に2、3回、パートさんの仕分けが原因で経理に行くべき書類が法務に渡って、半日遅れる。
「データ入力」も似ている。メインで担当しているのは時短勤務の社員だが、繁忙期だけ別の部署から応援が入る。応援に来る人は、入力の手は速いが、たまに数字を確認せず入れてしまい、月末に経理から戻ってくる。
業務リストは、これを「郵便物の仕分け:1時間」「データ入力:1時間半」と1行ずつにまとめている。だが現場では、それぞれの業務が複数の人の頭の中に断片的に散らばっている。誰かひとりの中に完成した手順があるわけではない。そして、その断片はめったに突き合わされない。
業務切り出しを始めるとき、多くの担当者はこの構造に気づかないままリストの整然さの方を信じる。リストにある「郵便物の仕分け」を新しい社員に渡す。動かない。
動かない理由を、現場の問題か、本人の能力の問題と感じる。だが、もう少し近くで見れば、業務はそもそも誰の手元にも完成形では存在していなかった。
動作と判断は、同時に起きている
ここで、業務の中身についてもう一段降りる。
業務リストには「動作」しか書かれていない。郵便物を開ける、紙を取り出す、宛名を見る、ファイルに挟む。動作は目に見えるので、書き出しやすい。
だが、現場の仕事はそれだけで成り立っていない。動作の合間、というより動作と同時に、無数の判断が走っている。
経理から異動してきた中堅社員が、郵便物を仕分けている場面を想像してほしい。彼の手元では、こんなことが起きている。
封筒を取りながら、片目で差出人を見ている。「いつものリース会社だ」と思い、中身を見る前に手が経理トレーに動きかける。だが視界の端に、差出人の上の小さな印字が見える。「これ法務宛だ、いつもと違う」と気づき、手の動きを止めて宛名欄を読み直す。やっぱり法務だ。トレーを変える。
次の封筒に手を伸ばしながら、「今のはなぜ間違えそうになったか」を一瞬考える。差出人だけを見ていたからだ。次からは宛名のほうを先に見ようと頭の片隅にメモする。
これは1秒か2秒の出来事だ。
この間に、動作(手を動かす)と判断(経理か法務か)と微調整(手の動きを止めて読み直す)と内省(なぜ間違えそうになったか)が、混ざり合って同時に走っている。本人は意識的にやっていない。10年の経験が、これを1秒以内に処理できるようにしているからだ。
業務リストの「郵便物の仕分け」は、この1秒の中身を全部省略している。書き出されているのは、目に見える「封筒をトレーに入れる」という動作のラベルだけだ。
新しく入った社員が業務リストを渡されたとき、本人がやってみるのは動作のラベルだ。封筒を経理トレーに入れる。法務トレーに入れる。動作はできる。だが「いつものリース会社が今回は法務宛になっている」を見つけるところで止まる。
本人にとって、それは「リストに書かれていなかったこと」だからだ。
止まった瞬間に、本人は手を上げて誰かに聞く。聞く相手は中堅社員だ。中堅社員は「あ、それたまにあるんですよ、宛名見てください」と答える。3秒で済む。
だが、その3秒のために本人は5分手を止めていた。これが何十回も起きる職場で、業務リストは10項目並んでいても、動いているのは2項目しかない、という状況が生まれる。

「暗黙知」と「形式知」が、業務切り出しの補助線になる
ここで、ひとつの言葉を借りておきたい。
経営学者の野中郁次郎が1990年代に提示した枠組みに、「暗黙知」と「形式知」という対の概念がある。SECIモデルと呼ばれる組織知識創造理論の出発点になっている考え方だ。
「暗黙知(あんもくち)」とは、本人の頭や身体の中にあるが、まだ言葉になっていない知のことを指す。先ほどの中堅社員の頭の中で1秒の間に起きていた「差出人を見て、宛名で確認して、手の動きを直す」のような、本人にとっては当たり前すぎて言葉にならないものが、これに当たる。
「形式知(けいしきち)」とは、言葉や図や手順書に書き出されて、本人以外でも共有可能になった知のことだ。マニュアル、業務リスト、フローチャート。これらは全部、形式知のかたまりである。
野中の議論の核は、組織の力の源は、暗黙知と形式知が行き来する循環にある、というところにある。暗黙知のままでは個人の中に閉じてしまい、組織として再現できない。形式知だけでは現場で機能しない。
両者を行き来させる装置を持つ組織が、知を蓄積していく。
業務切り出しの実務に当てはめると、この補助線は使いやすい。
業務リストは形式知の側に立っている。「郵便物の仕分け」「データ入力」と書かれたラベルは、形式知だ。だが、リストにラベルが並んでいる業務の中身は、暗黙知のままで職場に散らばっている。中堅社員の頭の中、パートさんの経験の中、応援に来る人の習慣の中。あちこちに断片として残っている。
業務切り出しが進まない職場は、形式知の側だけをいじっている。リストを書き直す、フォーマットを変える、項目を追加する。だが、暗黙知の側には手を伸ばしていない。手を伸ばしていない以上、リストはいくら書き直しても、現場で動く業務の中身を表していない。
ただし、ここで気をつけたいのは、業務切り出しはベテランの暗黙知だけを取り出す話ではない、ということだ。職場に散らばった暗黙知は、必ずしも1人の中に集中しているわけではない。
中堅社員の頭の中、パートさんの10年の習慣、応援に来る人のクセ。それらが寄り集まって、ようやくひとつの業務が回っている。「ベテランの中の知識を取り出せばよい」という話ではない。業務にかかわっている複数の人の手元と頭を、まとめて見にいくことが要る。
30分座っても、たぶん1回ではほどけない
ここからは、実際に何をするかの話に入る。
業務切り出しを進めたい業務をひとつ選ぶ。その業務を実際にやっている人。ベテランとは限らない、いまその業務に一番触れている人に、30分時間をもらう。普段どおりやってもらう横で、自分はメモ用紙を1枚持って座る。
何を書くか。動作と判断と待ち時間を、書き分けようとする。
ここで、書き分けようとすると、すぐにわかることがある。
動作と判断は、きれいには分かれない。
封筒を開けながら宛名を見ていて、手が動いている途中で「あ、これ違う」と気づいて訂正する。動作の最中に判断が走り、判断の途中に微調整が走り、本人も「いまのは動作?判断?」と聞かれても答えられない。
メモには、こんなふうに書きつけることになる。
・封筒を開ける動作の途中で、たぶん差出人を見ている。本人は意識していないと言う。
・「これいつものやつ」とつぶやくときと、つぶやかないときがある。違いは聞いてもわからない。
・宛名で迷ったとき、本人は手を一瞬止める。止めて何を見ているか聞いたが「うーん、なんとなく」と返ってきた。
・たまに法務に行くべきものを経理トレーに入れている。本人は気づかないまま次の封筒に移る。これが月末に経理から戻ってくる原因かもしれない。
このメモは、きれいに整理された手順書ではない。混ざり合った現場の景色が、ところどころに「?」を残したまま書きつけられた、未完成のメモだ。
そして、これは1回30分で全部ほどけるものではない。本人にとって「なんとなく」のところは、何度か場面を変えて観察しないと言葉にならない。「あれ、いま判断したのは何でしたか」と聞いて、本人が「えーと、なんでしたっけ」と笑う場面が、何度か続く。
それでも、混ざり合いのまま書きつけたメモを、本人と一緒にあとから読み返すと、見えてくるものがある。「あ、ここは経理のときと法務のとき、たぶん差出人で見分けてる」と、本人が後から気づく。
気づいた瞬間が、暗黙知が形式知に変わる瞬間でもある。それは観察の途中ではなく、観察の後の振り返りで起きることが多い。
書き写されたメモは、新しく入った社員に渡すマニュアルそのものにはならない。だが、マニュアルの素材になる。
素材を持っていれば、新しい社員が「これは経理ですか、法務ですか」と聞いてきたとき、「だいたいは差出人で見分けてる。でも今回みたいに宛名が違うときは、宛名のほうが優先」と即答できる。素材を持っていない職場では、毎回中堅社員を呼ばないと答えられない。
30分が1回では足りないこともある。同じ業務を、別の日に別の場面で観察する必要があるかもしれない。担当している複数の人をそれぞれ観察する必要があるかもしれない。
完璧を目指す必要はない。「ばらばらに散らばっていたものを、少しずつ突き合わせる」作業として続ければいい。
30分の観察が、職場全体に効いていく。「カーブカット効果」とは
ここで、もうひとつ言葉を渡しておきたい。
「カーブカット効果」という。1970年代のアメリカで、車椅子の利用者のために歩道の縁石を一部削って斜面にした取り組みが、もともとの語源だ。これがやってみると、ベビーカーを押す人にも、自転車にも、配達カートにも、旅行者のスーツケースにも、誰にとっても便利だった。
ある集団のための配慮が、結果として全員の利益になる現象を指す言葉として、いま広く使われている。
業務切り出しのために観察を始めた職場では、しばしば、カーブカット効果としか言いようのない波及が起きる。
新しく新卒社員が入ってきたとき、これまで3ヶ月かかっていた立ち上げが、1ヶ月で終わるようになる。育休から復帰したメンバーが半日勤務で戻ってくるとき、すぐに任せられる業務が用意できる。短時間で働きたいシニア社員にも、同じことが効く。
応援で別部署から人が来たときも、メモがあれば数字の確認漏れが減る。
なぜか。これまで職場のあちこちに暗黙知のまま散らばっていた業務の中身が、未完成でもメモの形になっているからだ。メモがあれば、新しい人が来ても、毎回中堅社員を呼ばずに済む。中堅社員の時間が空く。空いた時間で、別の業務の中身を観察できる。観察した分だけ、また職場の知識が形式知の側に積まれていく。
つまり、障害者雇用の業務切り出しのために始めた30分の観察は、その人のためだけに機能しているわけではない。職場全体の引き継ぎコストを下げ、属人化を解いている。これがカーブカット効果である。
逆に、観察を省いたまま「業務リストを作り直す」ことだけを繰り返す職場では、半年後にこんな景色が残る。
リストの紙は新しく差し替えられている。並んでいるのは「郵便物の仕分け」「データ入力」「書類のスキャン」と、半年前と同じ4行だ。動いているのが1項目しかないのも、半年前と同じだ。担当者は新しい業務切り出しの研修に申し込んだ。これで4回目になる。
研修は丁寧で、間違ってはいない。だがそこで配られる業務リストの書式は、いつも業務「名」を書く欄から始まっている。現場の誰かの隣に座って観察する欄は、どの書式にも用意されていない。
業務リストを増やす前に、誰か一人の隣に30分座る
明日からの行動は、ひとつだけだ。
自分の部署の業務のうち、新しい社員に渡したいものをひとつ選ぶ。それを実際にやっている人を見つける。ベテランとは限らない。経理から3年前に異動してきた中堅社員かもしれない。10年勤めているパートさんかもしれない。最近覚えたばかりの若手かもしれない。
その人に、30分だけ時間をもらう。
座って、見る。書く。混ざり合いのまま書く。きれいに整理しようとしない。本人が「なんとなく」と言ったら「なんとなく」と書いておく。
その日のうちに完成しなくていい。1週間あいだを空けて、もう一度同じ業務を別の人の横で観察してもいい。違うやり方をしていたら、それも書く。違いを突き合わせると、業務の輪郭が少しずつ立ち上がってくる。
新しい書式はいらない。会議も予約しなくていい。今ある業務リストを差し替える必要もない。リストの脇にメモを1枚クリップでとめる。それで足りる。
ただ、その30分は、業務切り出しのなかでいちばん削られやすい工程でもある。研修ガイドにも書かれていない。上司から指示されることもない。だから意識的に、自分の手帳の中に30分の枠を確保することから始まる。
「うちには仕事がない」のではない。仕事はある。職場のあちこちにある。ただ、ばらばらに散らばって、暗黙知のまま、形式知になっていないだけだ。
ほどき方は、新しい研修にも、新しいツールにもまだない。あるのは、誰か一人の隣に座る30分と、その時間を業務切り出しの工程に組み込む判断だけだ。
業務リストを増やす職場と、現場の中身をほどく職場。3ヶ月後、現場の景色は確かに違ってくる。
※ 業務切り出しの実装が経産省『ダイバーシティ実践事例集』の打ち手とどうつながるかは、別の記事「事例集の言葉を、担当者の業務に翻訳する——障害者雇用から始める中小企業のダイバーシティ経営」で扱っています。
「うちには任せる仕事がない」と感じている担当者の方へ。
この景色は、担当者の力量や本人の能力で起きているのではなく、業務が「回る単位」までほどけていないという構造から起きています。
このnoteでは、障害者雇用の現場で実際に使えるノウハウを、暗黙知/形式知・カーブカット効果のような補助線とともに、現場の景色から解説しています。
1on1・対話・合理的配慮・定着支援・業務設計といったテーマを、現場で使える理論と組み合わせて発信しています。
担当者が一人で悩まなくていいように、これからも発信を続けていきます。同じテーマに向き合う方は、ぜひフォローとスキ(ハートマーク)をお願いします。
出典・参考資料
・民間事業者による合理的配慮提供推進委員会・株式会社ミライロ「合理的配慮提供義務化に関する実態調査」(PR TIMES:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000015.000034221.html)
・独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)「中小企業における障害者の職場定着推進のための職場改善ケースブック(令和5年度)」(https://www.jeed.go.jp/disability/data/handbook/ca_ls/ledngs0000006rmo.html)
・厚生労働省「労働政策審議会 障害者雇用分科会」(https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/shingi-rousei_126985.html)
・野中郁次郎・竹内弘高『知識創造企業』東洋経済新報社(暗黙知/形式知・SECIモデルの概念)
・「カーブカット効果」については、PolicyLink "The Curb-Cut Effect" などで歴史的経緯と現代的応用が整理されている
