適当って難しい
最近とんと書いてなかったが、私は副業でスーパーのレジ打ちをしている身でもある。
レジにはいろんなお客様がいらっしゃる。慣れた手つきでレジをすませる方もいれば、ゆっくり準備される方も。終始無言の方からおしゃべりをしに来たの?というぐらいお話される方まで。
たまにいらっしゃるのが、「適当でいいよ」と言ってくださるお客様。レジを通した商品をかごに詰め直すときに、そう声をかけてくれるお客様が一定数いる。
無論、そうは言われても適当に入れられるわけではない。アイスのそばに熱いお惣菜を置けないし、パンの上にキャベツを乗せるわけにもいかない。
私は「適当でいいよ」と言葉をかけられると、「適当にしなければならない」「適当にして早さを重視しなければならない」と思ってしまう。お客様からすれば、100%善意だと思うのだが、私は「適当」を強いられている気分になってしまう。
「適当でいい」と「適当がいい」は大きく違うはずだが、私の耳にはどちらも「適当がいい」に聞こえてしまう。
「適当でいい」とおっしゃるお客様に、本当に適当にやってみたらどうなるのだろう。多少の雑さには目をつぶってくれるのだろうか。いったい、どこまでがセーフで、どこからアウトなのだろう。
そんなことをぐるぐると考えてしまい、結局、ぜんぜん適当にできない。
本来、「適」して「当」たるという意味の言葉である。だから、実現するのが難しいなあ、といつも思う。
もし、「適当でいい」が、「好きにやっていい」の意味だとすれば、どうか、何も言わずにお待ちいただきたい。これが、私の本音だ。
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