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エッセイと長生き

エッセイで大事なことは、その人の視点で、その人の視座でしか語れないことを書くことだ。

と、ライター・エッセイストの佐藤友美(さとゆみ)さんのエッセイ講座で学んだ。
視座とは、書く人を構成するもの。
私であれば女で、30代で、シングルマザー予備軍で、男児の母で、副業ライターで、スーパーのパート店員etc……。他にも自分にしかない経験、というものも視座に含まれる。
視点とは普通の人は見ないような角度から物事を見ることだ。
2019年本屋大賞をはじめとする数々の賞を取った、ブレイディみかこさんの『僕はイエローでホワイトで、ちょっとブルー』。
この本が高い評価を得たのは、彼女の視点が鋭いこともさることながら、視座が最強であることも起因しているのは言うまでもない。


ライターという職業をしながら、ブロガーをやろうか、と結構真面目に考えたことも、私にはあった。
私が持つ一番ユニークで強烈な視座。
私が息子を連れて東京の家を飛び出し実家に帰るまでのいきさつを、面白おかしく書いてやろうと思ったのだ。本名を晒したライター名義でやるといろいろ問題がある。ライターとは完全に別名義でやろうか、と始める寸前まで考えていた。

だが、ここでもエッセイ講座で学んだことがいきる。
それを読んだ私の身内がどう思うのか、ということである。
あの経験は、面白おかしく書こうと思えばいくらでもできる。ただ、それを母が書いていると息子が知った時、彼はどう思うだろうか。
彼にとっては父と母の問題である。それを、母が飯のタネにして書いている。私なら、嫌悪感を抱くと思い、踏みとどまったのだ。

理由は他にもある。
結局、私の中であの出来事はまだ、過去にできていない(実際まだ離婚調停中なので過去ではないのだが)。
まだまだ生ものの感情が、私の中で渦巻いている。そんなものを無理やり笑い話として書いたら、ちょっと何かが壊れちゃうのではないか。
だから、私は、このことについては、書かないと心に誓った。


note創作大賞が発表されていろんな人が「来年は自分も!」と意気込んでいるところに、水を差すようで申し訳ない。
しかし、一度、自分が何を書くのか、についてはよく考えた方がいい。
不幸話を不幸話のまま書いても、誰も読んでくれない。面白くないから当然だ。不幸話は、エッセイにするなら笑い話にしなければならない。
だが、不幸話を無理に笑い話にすれば、たぶん自分が傷つく。
「身を切る改革」なんて言葉は政治の世界ではもはや使い古された言葉だが、「身を切る文章」を書くことは、一度立ち止まってほしいと思う。

とはいえ、私も時がたてばどうなるかわからない。
30年後ぐらい、息子も私の文章なんか笑い飛ばせるぐらいに成長して、相手がくたばっていたら書くかもしれないし。
となると、エッセイを書くコツは、長生きすることなのでは?なんて思うのでした。
……意地でも長生きしてやる。


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