もっと人に恋してえ
1月から佐藤友美さん主催のさとゆみライティングゼミに参加している。
まだ2回目だというのに、毎回脳が焼き切れそうな感覚になる。
これが3月末まで続く。なんてエキサイティングな日々を送れるのだろう。3ヵ月後の自分の変化に大いに期待しているところだ。
書くことがすべてつまった他己紹介
1回目の講義でやったのは他己紹介。
10分で相手にインタビューをして、そのまま口頭で皆さんに紹介するというものだ。
このワークには、“書く以外”の書くことにかかわる要素が、すべて含まれていた。
聞くこと。そして深掘ること。
聴衆の相場観を読み、響くエピソードを考え、構成を組み、伝えること。
それで、実際やってみてどうだったかというと。
自分が他己紹介をする順番が回ってくるまで、「どうすればうまく伝わるだろう」「何を言おう」と考えるあまり、皆さんの発表にじっくり耳を傾けることはできなかったのだ。
気づいてしまった“邪念”
振り返ってみれば、私には「自分をどうよく見せよう」という邪念があったのではないか。
毎回講座の後、感想をゼミのFacebookグループにあげる決まりになっている。私はその気持ちを正直に書いてみた。
「その人の魅力を伝えたい」より「自分をどうよく見せよう」というところに意識がいってしまい、他の方の他己紹介もしっかり聞けなかったように思います。恥。
真に「誰かの態度(思考)を変容させる」には、「自分をどうよく見せよう」などという次元の低いプライドを捨て、相手の魅力を引き出すことに徹底しなければいけないと感じました。
(中略)
しかし、この「自分をよく見せよう」とする欲は、ライターとしてはまったくもって邪念でしかないので、早く捨て去れるように精進したいです(もしこういった欲をなくすコツがあれば今後教えてください)。
さとゆみさんからの返答はこうだ。
「自分をどうよく見せよう」 これが透けた文章って、本当に読まれないなあと、経験値的にも思います。自分をよく見せようと思っている時は多分、相手のことそんなに好きになっていなんだろうなあと思うから、コツというよりは、相手をもっと好きになるまで取材するのが大事かもしれないですね。
なんて清々しい。
キレ味良すぎて確かに痛いんだけど、傷跡からは血の一滴もでず、膿だけ抜いてもらったような気分だ。
自分をよく見せようなんて、マジでおもんない。
よく考えなくてもそうである。ドラえもんのスネ夫が自慢話をしているとき、だいたい場はしらけ、周囲はあきれ顔ではないか。
書くときだって同じである。
もっと人を好きになりたい
相手を好きになるまで取材する。
このマインドは、今の私に足りていないものだ。
私は、これを学ぶためにゼミに入ったのかもしれない。
3か月後、「もっと人を好きになる人間」に、私はなりたい。
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