僕たちは次の世代に何を渡せるか:Ben Folds『Still Fighting It』|感情の設計図#10
かつて自分が子どもだったときのこと。
親になり我が子に想うこと。
僕たちはなぜ、親になっても(あるいは子どものころ以上に)痛みを抱えてしまうのだろう。
似たくなかった親の特性を自分が受け継いでしまい、似てほしくない自分の特性を子もまた受け継いでしまうのだろう。
僕たちは何と戦い、次の世代にいのちのバトンを繋いでいくのだろう。

瑞々しい、でも大人になったソロデビュー作
2001年9月11日。米国のツインタワーがあっけなく崩れ去ってしまったあの日に、Ben Foldsの1stソロアルバム『Rockin' the Suburbs』は発売された。
ビルボードチャートでは全米42位を記録し、批評家・リスナーから高い支持を得た。でもはじめて聴いた時、正直いって僕はこのアルバムの良さがあまり分からなかった。
なぜなら、期待していたのは前身のバンドBen Folds Five時代(特に初期)のアイロニカルでパンキッシュなピアノ・ロックだったのに、このアルバムにいたのは、父親になり大人になったベンだったからだ。

表はピアノを弾くベン。裏はドラムを叩くベン。
彼はギターもベースも弾くマルチプレイヤーでもあった。
時は流れ、やがて(よき手本とはまったくもって言えないけれども)僕も親になり、小さき存在の成長を見護る立場になった。
そして、『Still Fiting It』のMVを改めて見る機会を得た。
こみ上げるがものが止まらなかった。
この曲は、僕に見つけられるときが来るのをじっと待っていたのだ。
子を持つ親ならではの愛情と葛藤
『Still Fighting It』は、小さな息子へ囁きかけるようなベンのボーカルと、穏やかなピアノの和音で始まる。
この歌は当時の幼き息子ルイに宛てたものだ。
Good morning, son
I am a bird
Wearing a brown polyester shirt
おはよう、坊や
僕は鳥だ
茶色のポリエステルシャツを着ている
「I am a bird wearing a brown polyester shirt」という表現がなんとも味わい深い。
「鳥」は自由や飛翔の象徴。にもかかわらず「茶色のポリエステルシャツ」という地味で安っぽい衣装をまとっていることで、その自由さが不格好な現実によって制限されていることを表している。
父親である“僕”が、「夢を見た若い自分=鳥」と「責任と疲れがのしかかる大人の自分=茶色のシャツ」を重ねており、かつての理想と今の自分のギャップを静かに描写しているようだ。
You want a Coke?
Maybe some fries?
The roast beef combo's only nine ninety-five
But it's okay
you don't have to pay.
I've got all the change
コーラでも飲む? ポテトもどう?
ローストビーフのセットは9ドル95セントだよ
でも大丈夫
払わなくていいんだ
小銭は全部あるから
ファストフードを注文する、なんてことのない親子の日常。そのなんでもなさが、親子の親密さを物語る。
いまならわかる。その日々は当たり前じゃないのだと。
大人になることの痛み
2番のBメロで歌われるのは、これから息子が経験するであろう痛みについて。
It was pain
Sunny days and rain
I knew you'd feel the same things
痛みがあった
晴れの日も雨の日もあった
君も、きっと同じように感じると思ってた
ここでいう晴れや雨は必ずしも天候のことだけではない。思春期~大人になるときの心の浮き沈みだろう。
そしてその苦悩は、大人になっても続く。
The years go on and
We're still fightin' it
We're still fightin' it
年月が経ってもやっぱり
まだ戦っている
まだもがいている
この曲でくり返されるフレーズ「We're still fighting it」は、「大人になったって、戦い(≒悩みや痛み)は終わらない」という正直な叫びだ。
でもそれは、あきらめでも絶望でもない。
むしろ、“だからこそ生きている”という生への実感を含んでいるように思う。
人生の静と動を丁寧になぞる楽曲構造
次にこの曲の構造を見てみたい。
Intro
Aメロ(Verse 1)
→ Pre-Chorus
→ サビ(Chorus 1)
Aメロ(Verse 2)
→ Pre-Chorus
→ サビ(Chorus 2)
→ ブリッジ(Bridge)
→ 間奏/Breakdown
→ サビ × 2(Double Chorus)
→ Outro
『Still Fighting It』はVerse–Chorus–Bridgeというポップソングの定番構造をベースにしている。父から息子への手紙のような楽曲であり、感情のグラデーションや人生の流れに寄り添うような丁寧な展開を見せている。
曲展開も静→動→静→動のリズムを刻んでおり、“子育て”や“人生”そのもののアップダウンを体現しているようだ。
小さなころ、いま感じている痛みは大人になったらなくなるのかな…と漠然と考えていた。
でもそれは違っていた。
大人になったら、いや、大人になったからこそ、心の痛みも恐れも別れもよりリアルに迫ってくる。自分ではコントロールできない物事も増えていく。
だからこそ、この曲が大人になった僕たちの胸に迫るものがあるのだろう。
You'll try and try
And one day you'll fly
Away from me
君は何度も挑む
そしていつか飛び立つんだろう
僕の元を離れて
子どもたちはやがて巣立つ。
それまでに、僕たちは次の世代に何を渡せるのだろう。
きっとそれはお金でも高価なおもちゃでもない。
親が悩みもがきながらも人生と戦う背中を見せること。そして、ただただ全力で「あなたを愛している」と抱きしめるときのぬくもりそのものなのだろう。
そしてそのぬくもりが、いのちのバトンになっていく。
たとえその想いが、片道切符だとしても。
あなたはこの曲に、何を見るだろう。
そのぬくもりを、どうやって届けよう。
補足:Ben FoldsのPeople Tree
Ben Foldsは、「ピアノでロックする」ことを90年代に再定義した稀有な存在であり、ユーモア・アイロニー・育児・社会風刺・個人の成長といったテーマを音楽と歌詞で融合させてきた。

3ピースバンドBen Folds Fiveでのデビュー時には「ビリー・ジョエルmeetニルヴァーナ」「クイーンmeetsジョー・ジャクソン」とも評され、日本でも30万枚以上のセールスを記録した。
こちらは2013年、Ben Folds Fiveとしての『Jackson Cannery』ライブ映像。
その音楽性はパンキッシュなポップ~ストリングス~大人のポップスへとアルバムごとに変化しているが、変わらず根底にあるのは「人間の弱さや情けなさへの眼差し」「美しいメロディ」への徹底的なこだわりだろう。

Ben Foldsのようなピアノ系シンガーソングライターの系譜は、脈々と受け継がれている。

Ben Foldsが90~00年代を代表するピアノマンであるならば、00~10年代を代表するピアノマンがアンドリュー・マクマホン(Something Corporate→Jack's Mannequin)。彼については、以下の記事で紹介した。
そのJack's Mannequinが、なんと来日公演を行う。9/9(火) SHIBUYA CLUB QUATTROのチケットは、条件反射的に確保してしまった。
(追記)
Ben Foldsの『Still Fiting It』ライブ動画。
2008年、雨のFuji Rock Festivalグリーンステージで演奏してくれた日のことを、いまでも思い出す。
ご興味を持っていただいた方へ。他の楽曲も👇で紹介しています。
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