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青い心に刻み込まれた、いつかの情景:GOING UNDER GROUND『グラフティー』|感情の設計図#14

忘れられない情景がある。
黄昏時にともに見た夕焼け。
街風が運んできた香り。


もう、同じ人と同じ景色は見られないかもしれない。
でも、目を閉じればたしかに広がっている。



ブルーハーツに憧れた、桶川の泣き虫Weezer

あれはたしか、2001年の夏だったろうか。

TVKの歌番組ミュージックトマトJAPAN(ミュートマジャパン)で、彼らのMVを初めて観た。

教室のような場所。佇むメンバーはいずれも垢抜けない姿だ。イントロのギターリフが鳴る。ムーグ音のようなシンセキーボードが入る。そして疾走感のある4分の4拍子の8ビートでドラムとベースが加わり、曲がうねり出す。眼鏡姿のボーカルが少年のような、でも少し枯れた声をマイクにぶつける。各々が鳴らす音とエネルギーが一体化していくMVに、僕は体温が上がって釘付けになった。


ブルーハーツに憧れて音楽を始めた、埼玉県桶川市出身の幼なじみ5人組GOING UNDER GROUND(以下、「GOING」。2025年現在は3名で活動中)

バンド名はイギリスのロックバンドTHE JAMの同名曲から名づけられた。メジャー1stアルバム『かよわきエナジー』がオリコン週間22位を記録。ほぼ同時期にデビューしたBUMP OF CHICKENや少し遅れて台頭するASIAN KUNG-FU GENERATIONなどに先駆けて、郷愁と青春の情景を描くロックを提示していた。


当時「桶川の泣き虫Weezer」とも称されていたGOINGの、パンクの初期衝動とエモの刹那さが渾然一体となった美しい楽曲たち。

その多くは、僕が過ごした青い心の時期と重なり、当時の匂いや手触りを呼び覚ます。今もなお心の片隅をあたためてくれている。

イラストレーター宮尾和孝氏による『かよわきエナジー』アルバムアート。
その後、GOINGの作品には何度も宮尾氏のイラストが登場する。



「感情の落書き」としてのデビューシングル

僕はこの曲を人生の中でおそらく数百回は聴いてきた。それだけに思い入れも強く、非常に偏った解釈をしてしまうことをお許しいただきたい。


メジャー1stシングル『グラフティー』はボーカル松本素生さんの作詞作曲。わずか3分半の中にイントロ、Aメロ(ヴァース)、Bメロ(ブリッジ)、サビといった王道の構成が収められている。

こんな唄い出しで始まる。

夕暮れなぞった2つの長い影
ベロでうずくまるブドウ飴
悲しい涙やうれしい気持ちが
作り出していくグラフティー

『グラフティー』より


1日の終わりが近づく夕暮れ時。2つの長い影は「僕」と「君」だろうか(あるいは「現在の僕」と「過去の僕」か)。親密さと儚さ。童心の象徴でもあるブドウ飴がうずくまる≒小さくなりながらもまだ残っているさまに、甘くて切ない感情が伝わってくる。

タイトルの「グラフティー」を英語で表現すると「Graffiti」。ストリートアートや反抗、暴力の文脈を持つ一方で、カタカナで表すことで、社会性を意識的に抜き取ったのかもしれない。あくまでも個人的な想いや情景を、自分の中に刻むための「感情の落書き」として、このタイトルが機能しているように感じる。

『グラフティー』のシングルアート。
こちらも宮尾和孝氏による作品。
絵の中の人物は、どこを見つめているのだろう。



日本語ロックの先人への敬意とオマージュ

GOINGの楽曲には、郷愁を誘うフレーズの中に先人へのリスペクトを忍び込ませたオマージュが多数登場する。

いつか僕が手紙の最後に
書いたようにオシャレをして来て
海までのドライブは? 僕らの今日は?
街風唄うよ「明日、晴れるか?」

『グラフティー』より


街風唄うよ」という表現は、日本語ロックの先駆けである"はっぴいえんど"へのオマージュである可能性が高い。大瀧詠一、細野晴臣、松本隆、鈴木茂という伝説の顔ぶれのバンドだ。

彼らの1971年の2作目『風街ろまん』に収録された『風をあつめて』は、風≒都市に流れる感情・記憶として、誰かの気持ちや思い出が"風"として吹いてくるような描写だった。


当時の松本素生さんが明確に意識していたかはわからないが、その後の彼らの作品の変遷を観ていっても、ブレずに共通していたのは「日本語の語感や響きを大切にロックを鳴らす」へのこだわりであることがわかる。

それにしても、手紙の末尾に書かれた「オシャレをして来て」という言葉からは、かつて交わした約束や胸の高鳴りが伝わり、物語性を感じて堪らない気持ちになる。



受け継がれる音楽的遺産

次は2番のAメロを見てみよう。

あくびのフリしてこぼした涙が
「抱きしめたい」とか言うんです
右手に想い出 優しい想い出
想像を越えたグラフティー

『グラフティー』より

あくびのフリしてこぼした涙」という表現。素直に気持ちを伝えられない、なんともいじらしい描写だ。その涙が伝える「抱きしめたい」には、さらに意図的に先人へのオマージュが折り重なる。


The Beatles『I Want To Hold Your Hand(抱きしめたい)』

はっぴいえんど『抱きしめたい』

Mr.Children『抱きしめたい』。

その後、桜井和寿氏のBank BandではGOINGの『ハートビート』のカバーが登場することになる。


あれから四半世紀近い月日を経て、いまあらためて思う。『グラフティー』とは感情の落書きであるだけでなく、先人の築いてきた音楽的遺産を受け継ぎ新たなパッチワークキルトをつくり上げるという、松本素生さんなりの意志表明であったのかもしれないと。



かよわき僕たちの青春の終わりに

青春を歌うバンドの寿命は短い。数えきれないほどの若者が歌うべきものを失い、届けることを諦めてきた。

GOINGも2009年にキーボード、2015年にドラムの脱退が相次いだ。それはただメンバーがいなくなっただけでなく、大切な幼なじみを失うことでもあった。去る者と残る者。その決断に双方が負った傷はいかばかりであっただろう。

それでも彼らは3人でやっていくと腹を括り、メジャーから自分たちのフィールドへと場所を移しながらも、シンプルに「バンドを続ける」「音楽でメシを食う」ことを選んだ。

松本「今でも好きなんだよ? もう5人で再結成なんてことは1ミリもないけど、いつか5人で『あの時ああだったよな』って、笑って話せるくらいまでバンドやってたいなっていう、甘い気持ちもある。でもそれもあの時、全部置いてきてるから」

「音楽と人」インタビューより抜粋

青春が終わっても、人生は続く。
当時もそうだった。恋焦がれた人に振られようが、夢破れようが、生きなければならないのだ。

だからこそ逆説的に、「いまこの瞬間にしか鳴らせない音」の美しさを『グラフティー』から感じずにはいられない。

そしてそれは、音楽とは別の仕事をする僕たちも同じことだろう。どんな形であれ何かを続けること。ただ、いまこの瞬間に全力を尽くすことだけが、振り返った時に人生を形づくっていく

あのとき見た夕暮れを、あなたもどこかで思い出しているだろうか。誰と見たのかを思い出せるだろうか。ささやかに祈りながら、僕はいまもこの曲を聴いている。きっと年老いてもなお聴き続ける。

そして心に問うのだろう。明日、晴れるか?



補足:GOING UNDER GROUNDのPeople Tree

GOING UNDER GROUNDの音楽的ルーツの背骨になったのは、間違いなくザ・ブルーハーツWeezerだろう。

松本素生さんは雑誌のインタビューで「ブルーハーツの『TRAIN-TRAIN』で人生が変わった」と述懐し、ブルーハーツへの並々ならぬリスペクトを示している。GOINGもまた、青い心の子どもたちなのだ。


一方で、単なる模倣ではなく彼らなりの表現に向かっていったのは、アメリカのオルタナ/パワーポップバンドWeezerの影響が大きい。松本さんは「(自分たちは)90年代に聴いていたオルタナとかUSインディーとか、ああいうものを全部ひっくるめてロックバンドのかたちでやる」という趣旨の発言をしており、リヴァース・クオモの私的な感情を乗せた音楽表現やスタイルが一つの模範でもあったのだろう(実際に、Weezer の来日公演でサポートアクトを務めている)


彼らの音楽性は、日本語でのパンク/オルタナ/パワーポップ/エモを礎としつつ、少しずつ変遷してきた。

初期は春〜夏にかけての夕暮れ時、まさに青春を歌った楽曲が多かった。『トワイライト』などはその真骨頂だろう。

その後、バンドの状況を物語るように、徐々に青春の終わりを想起させる歌が増えてくる。それがまた美しい。



(追記)
2013年に彼らの地元桶川で、元メンバーの伊藤洋一さんも加わり演奏された『グラフティー』の貴重なライブ映像。
このメンバーが音を鳴らし続ける世界線があったなら…と妄想せずにはいられない、一期一会の瞬間。



ご興味を持っていただいた方へ。他の楽曲も👇で紹介しています。
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