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寂しさの正体を見つける。

ページを開いてくださり、ありがとうございます。

前回、寂しさを抱えてる僕の話をしました。↓

今回はその続きです。

友人や知人と一緒にいる時間を増やせば増やすほど、ひとりになった途端寂しさの波が襲うのは何故なのか、自分なりに分析してみました。

まずは日常の基準が上がったということがあります。
急に誰かと会う時間を作り始めるとなると、ある意味平凡だった日常に刺激が加わった状態なんだと思うんです。
つまりひとりになった状態は、その刺激から解放されて落差を感じる状態でもある。

ひとりの時間そのものが寂しいというより、さっきまで誰かといた状態との対比がより孤独を強調させてる気がするんです。
だからあくまで相対差というか、寂しさでもありながらギャップなのかもしれないと…

そしてもうひとつは、ひとりの時間の過ごし方がわかっているかどうかです。
ただ単純にひとりで過ごすというよりも、ひとりでいるからこそ楽しかったり、そこまで大袈裟なものじゃなくても安定したリズムを過ごしている人は、落差が小さく済む。なんなら落差なんて感じなかったりするわけです。

僕は友だちと過ごす日って、今はまだきっと“非日常”なんですよ。だからすごくテンションも上がってて。
だから急に"日常"に戻されると、その落差に寂しさが強く出る。まして無趣味な僕はひとりの時間をどう潰せばいいのか分からなくて空虚。

それこそ友だちに相談して言われたことなんですが、めっちゃ元気なんじゃない?って。
確かに夜に寂しくなるときって、まだ1日が終わってほしくないって気持ちなんですよ。

まだ寝たくないって!まだ遊びたいって!
24時間じゃ足りないよって!!
…もしかすると自分まだ若い?
…いやアラサーだぞ?
いや若造か…

寂しさなんて感じない良きひとりの時間を見つけるための時間はきっとまだある。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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