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【今月のおすすめ文庫】タワマン&マンション文学 小野寺史宜が語る、“まち”と“ひと”の物語とは

取材・選・文:皆川ちか

毎号さまざまなテーマをもとに、おすすめの文庫作品を紹介する「今月のおすすめ文庫」。
今月のテーマは、さまざまな職業・家庭環境の人々が限られた居住空間を分け合って暮らすタワマン&マンションを舞台にした小説。
お金があると幸せにつながるのか? 家族の在り方とは? 壁一枚で隔たれている”お隣さん”は別世界――。ミステリーやエンタメ、はたまた海外のタワマン住宅のお話など、個性豊かなラインナップをご紹介します。
また、2024年12月24日に文庫版が発売された『レジデンス』の著者である小野寺史宜さんに、本作について、また小野寺作品のなかで描かれる“まち”と“ひと”の物語について伺いました。



今月のおすすめ文庫 タワマン&マンション文学

『レジデンス』(角川文庫)小野寺史宜

学校では優等生だが、引ったくりを繰り返す望。自転車泥棒を襲撃しようと目論む弓矢。弓矢の異母兄で、年上の女性との情事に耽る充也。就職活動に失敗し、鬱屈とした日々を送る根岸。集合住宅「湊レジデンス」を舞台に繰り広げられる4人の若者のアンモラルな3日間。それぞれのドラマが錯綜し、地獄の蓋が開く――。


『息が詰まるようなこの場所で』(角川文庫)外山 薫

湾岸地区のタワーマンションの低層階に住むさやか。最上階のセレブ主婦・綾子を中心としたPTA活動や息子の中学受験など、絶え間ないストレスで息が詰まりそうな日々を送っている。誰もが羨むはずのタワマンで暮らしているのに、どうして私はこんなに苦しいの? 都市生活者の焦燥が痛いほどに迫ってくる「タワマン文学」の代表格。
文庫書き下ろし短編のほか、単行本時の特別短編も収録!


『ハイ・ライズ』(創元SF文庫)J・G・バラード:著、村上博基:訳

ロンドン中心部に建てられた40階建、1000戸の高層住宅。スーパーから小学校まで備えたこのマンションはさながら1つの街であり、高層階・中層階・低層階ごとに階級意識も生まれていた。停電でライフラインが断たれたのを機に、住人同士の見えざる対立が激化する――。巨匠J・G・バラードによるタワマンを舞台にした壮絶な階級闘争。


『グランドマンション』(光文社文庫)折原 一

グランドマンション一番館の202号室に住む沢村は、真上の部屋の騒音に悩んでいた。思いきって苦情を言いにいくと――(「音の正体」)。騒音問題、ストーカー、空き巣、虐待、振り込め詐欺etc……。住人たちの引き起こす様々なトラブルと、最後に待ち受ける大どんでん返し。叙述トリックの名手の筆がさえわたる集合住宅ミステリー。


『スプラッシュ マンション』(PHP文庫)畠山健二

東京の下町、葛飾区のマンションに住む麻丘、南、葉山ら中年男三人組。マンション管理組合の理事長と管理会社の癒着を嗅ぎつけた彼らは、気のいい風俗嬢・貴子の協力を得て理事長に「大人のいたずら」を仕掛ける。「本所おけら長屋」シリーズの著者が、現代の長屋ともいえるマンションを舞台に描く人情エンターテイメント。


『レジデンス』小野寺史宜さんインタビュー

第16回本屋大賞で2位にランクインした『ひと』をはじめ、人と人、そして街のつながりを切々かつ飄々としたタッチで綴る小野寺史宜さん。あたたかみのある作風が多くの人に愛されていますが、今回ご紹介する『レジデンス』は、そんな小野寺さんのイメージをひっくり返しかねない劇物のような作品。作品が誕生したきっかけや読みどころについてお話を伺いました。

――本作の基になったのは、投稿時代の応募作と伺っています。

小野寺史宜(以下、小野寺):
はい。2006年に「野性時代青春文学賞」(現「小説野性時代新人賞」)で最終候補まで残った『湾岸宮殿』という作品が原型になっています。結局受賞はできなかったのですが、2021年に角川の担当編集者さんから「本にしませんか?」と連絡がきて、びっくりしました。嬉しい反面、現在の自分の作風とはあまりにも違うから「いいんですか?」と確認したくらい。

――一読して衝撃を受けました。平穏な日常に苛立ちを抱える4人の若者が、人を襲い、暴力をふるい、セックスに耽り……。最後には最悪の事態が待ち受けます。

小野寺:当時はいろんなカラーに挑戦していて、ここでは群像劇的なものを書きたかったんです。単行本化するにあたり全面的に改稿しましたが、もとの雰囲気はできるだけ残したかった。あの頃の僕は35歳前後で、これでデビューするぞ、という気負いというか若さというか、今の自分にはないものが文章からにじんでいますね。

――小野寺さんというと、『ひと』をはじめ、あたたかい物語を書く作家さんというイメージが強いです。

小野寺:そう受けとめてもらえるのはありがたいです。その一方で、『ひと』ではない小野寺史宜をお見せしたい思いもあって。僕の小説にはいい人ばかり出てくる、とか、ほっこり系と言われることが多いのですが、自分としてはそういうものを出そうと意識してるつもりはないんです。ただ、本当にその辺にいそうな人たちや、その辺から聞こえてきそうな会話、おしゃべりを書くようにしています。肌に近いところで書く、というのかな。

――本当にいそうな人たち……まさにそれが小野寺小説の魅力です。

小野寺:『ひと』の場合は主にいい人たちが出てくるので、そんないい人たちが本当に(自分の)身近にいそうだと感じてくれた方が多かったのかも。同じように『レジデンス』では、本当にその辺にいそうな悪い人間たちを書きました。『ひと』も『レジデンス』も他作品も、僕の書く世界はすべてつながっていて、同じ世界で起こるいろいろな出来事を書いているんです。こっちはいい世界、こっちは悪い世界というふうに世界が分かれているわけではなく、世界自体は同じなのです。ただ、人間たちがちがうだけ。

――中心となる2人の少年、望と弓矢が強烈でした。望は女性を相手に引ったくりを繰り返し、弓矢は自転車泥棒に私的制裁を加えます。

小野寺:書きだしたときは望が主人公になるかと思ったのですが、次第に弓矢の方へ興味が向かいました。弓矢みたいな子が実際にいたら、なかには惹かれる女子もいるんじゃないですかね。仲間思いだし、友だちになったら頼れるタイプですし。

――弓矢は、友人・望を恐喝しようとする人物の発言をICレコーダーで録音する、なんて知恵もはたらかせています。勉強ができるという意味ではない頭のよさがあります。

小野寺:自転車泥棒を罠にはめようとするのも、けっして正義感からではなくて人を殴る口実を見つけるために、なんです。そんな自分の“悪”を自覚して、冷ややかに見ているところが弓矢にはある。

――それでいて、母親の小夜にいちいち反発しているところは普通に中学男子的で微笑ましいです。

小野寺:文庫の表紙(イラスト:ちょむ氏)の写真は左から充也(弓矢の異母兄)、弓矢、小夜で、ちょむさんによると、撮影しているのは作中では不在の父親だそうです。そっぽ向き弓矢、絶妙ですよね。

――この3人の、それなりに平穏を保ってきた家族関係は最後、大きく崩れます。

小野寺:小夜はこの物語でたぶん、唯一まともな人ですね。年齢不相応にキャピキャピして、義息子の充也にベタベタしているから一見そんな感じはしないけど、登場人物の中で彼女だけ、ちゃんとモラルがあるんです。

――でも、そんな小夜も悪意に絡めとられてしまうという……。

小野寺:事件は一応終わるけれど、ここから夜が始まるというあの終わり方、すごく好きなんです。僕はあまり自作の直接的な続編を書くのは好まないのですが、『レジデンス』に関しては彼らのその後が書きたい。望や弓矢がどんな大人になるのか、僕自身が知りたいんです。

――ぜひ読ませてください。そして、舞台となる街についてもお伺いしてもよろしいでしょうか。小野寺さんは『ひと』や『まち』、本書と同時発売した『タッグ』など実在の街を舞台とするときと、「みつばの郵便屋さん」シリーズの“みつば”のように架空の街を舞台とするときがありますが、今回の湊市は後者です。

小野寺:内容が内容なので、実在の街を舞台にして(その街の)印象を悪くしたくありませんでした。東京から京葉線で下っていったらみつばがあり、そのもうちょっと先に湊市があります。東京から離れているけど通勤圏ではある、くらいの距離ですね。

――停滞しつつある街の退屈な感じが、ありありと伝わってきました。

小野寺:もともとの題名が『湾岸宮殿』だったように、海の近くの街にしようと考えました。それも自然な海ではなく、人工的な海浜に。街自体も人工的につくられた街で、こぎれいな緑地公園もあるんだけど、路上駐車しっぱなしの車や川岸に不法繋留されたボートがそこかしこにある、そんな街。どこにもいけない閉塞感が漂う街が、この物語にはふさわしいと考えました。

――大舞台が街なら、小舞台は弓矢や望たちの暮らすマンションです。閉塞した街のなかの、さらに閉塞した空間として集合住宅が書かれています。

小野寺:僕は1つの街の話とか1つのアパートの話とか、限られた空間や場所、時間のなかの物語を書くのが好きなんです。本作では集合住宅というコミュニティがもつ無機質さや(他者を)排除する雰囲気――それは閉塞感ともつながっていますが――を出そうとしましたね。気に入っているのは終盤、充也がよそのマンションの敷地を通り抜けようとして、見回りをしているそこの住人たちから注意される場面です。

――いやな感じが出ていました。自警団的な怖さというか、“正しさ”の押しつけというか。

小野寺:同じマンションに住んでいる者同士の団結心と連帯感。なのにライバル意識もあるという心理。これは集合住宅だからこそ生まれる人と人の関係かもしれません。『レジデンス』は僕の他作品とはだいぶ異なるカラーですが、これもまた小野寺史宜の“まち”と“ひと”の物語です。


プロフィール

小野寺史宜(おのでら・ふみのり)
千葉県出身。2006年「裏へ走り蹴り込め」で第86回オール讀物新人賞を受賞。08年、第3回ポプラ社小説大賞優秀賞受賞作の『ROCKER』で単行本デビュー。ベストセラーとなった『ひと』や、「みつばの郵便屋さん」シリーズなど、著書多数。