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ぬるま湯な人生 母とのこと

つい先ほど、川上未映子さんの「春のこわいもの」を読み終えて、私が考えていたことと重なった部分があり、急いで書いている。
少し情けなく、なんだそれ と思われるかもしれない。

この短編集の最後のお話「娘について」
私の言葉では端的に説明できないが、
母子家庭で育ち小説家になるため地道に努力した主人公と、
恵まれた家庭で育ったが、自立せず努力せず、どこか自信のない友人と、
娘に対し過干渉なその友人の母親
3人のプライドや嫉妬が入り混じるお話。

この母親の、娘に対して理想の生き方があるところや、娘の力を信じているような、そうでないような部分が
少し、自分の母に重なった。

私の母も少し過干渉なところがある。
昔から私が考えたり失敗する前に正解を与えられたり、何か大胆な決断をしようとすると、物凄い勢いで止められた記憶がある。
学生時代にしたかった1年間の留学も、就職後の初期配属で東京に行くのも母に止められ、私はそれを聞き入れてしまっていた。 (反抗するほどの思いが無かったとも言える)
そんな家庭環境やその他諸々が心底嫌になり、20代前半の数年間勝手に闇落ちしていた。人生辞めたいモードだった。

先ほどの小説の話に戻るが、
裕福な家庭に生まれた主人公の友人が、上京するかしないかで母親と揉めたり、上京後も母親から頻繁に連絡が来る事に、主人公が「金持ちの道楽かと思った」と思い返す場面がある。また友人が女優を目指すと言いながらも必死になっていない姿に、アルバイトで生活費を稼ぐ主人公は馬鹿馬鹿しさや苛立ちを感じる描写がある。

そのあたりの言葉が全部自分に向けられている気がして、そうだよな、と思った。
私は金銭的な苦労を感じず育ててもらった。そして大した苦労も努力もせず、何となく生きてきた自覚がある。この世の中を何となく生きられたことの有難みが分かっていなかった。
これまで勝手に幸せの基準を上げ、勝手に嘆き、私はかわいそうだと思っていた24歳くらいまで割と本気で思っていた)  。そんな自分をなんだか情けなく思った。

ここから私がどうしていくのかはまだ分からないし、現在母とのことに悩んでいるのも噓ではない。とりあえずこの物語からの気づきを記しておいた。
家族の事はまた書こう。


補足:母とは日常では普通に仲がいいし、相談したりライブに行ったりもする。SNSに載せている日々も感謝も嘘ではない。少し苦手な時もあるってかんじ。まあみんなそうなのかもしれない。


kaede


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