中国LLM「新五強」を徹底比較――MiniMax M3、GLM-5.2、Qwen3.8-Max、Kimi K3、DeepSeek-V4-Flash
2026年、中国AIは「会話」から「仕事の完遂」へ
最終更新:2026年8月6日(公式資料・公式モデルカード・第三者評価で再検証)
比較対象:MiniMax M3/GLM-5.2/Qwen3.8-Max/Kimi K3/DeepSeek-V4-Flash
中国のLLM競争は、モデルの大きさを競う段階から、「何時間働き続けられるか」「何個のツールを使えるか」「一件の仕事をいくらで完遂できるか」を競う段階へ移った。
2026年夏、MiniMax、Z.ai、Alibaba、Moonshot AI、DeepSeekの5社が、100万トークン級の長文処理とAgent能力を一斉に前面へ出した。
ただし、ニュース、公式API文書、Hugging Face、第三者ランキングでは、同じモデルでも発表日、モデル名、価格、スコアが食い違う。本稿は、その違いを隠さず、公式確認/報道ベース/第三者検証に分けて整理した。
先に結論
総合知能と高難度の長時間作業:Kimi K3
長時間Coding Agentと商用しやすいオープンウェイト:GLM-5.2
画像・動画・PC操作を含む業務:MiniMax M3
大量処理と圧倒的な価格性能比:DeepSeek-V4-Flash-0731
Alibaba Cloud統合と多言語業務:Qwen3.8-Max。ただし、公式資料上のPreview/正式版表記が併存しているため、契約時のモデルID確認が必須
この9週間に、何が起きたか
6月1日、MiniMax M3。総約4,280億パラメータ、100万トークン、画像と動画を読み、PC操作へ進む。
6月16日、GLM-5.2。総約7,530億パラメータ、100万トークン、MITライセンス。長時間のAgentic Engineeringを前面へ出した。
7月、Kimi K3。総2兆8,000億、活性1,040億。100万トークンとネイティブ視覚を備える巨大オープンウェイトモデルが公開された。
7月31日、DeepSeek-V4-Flash-0731。アーキテクチャを一文字も変えず、事後学習だけでDeepSWEを7.3から54.4へ動かした。同日、重みもMITで公開された。
8月3日、ReutersなどがQwen3.8-Maxの正式発表を報道した。総2兆4,000億パラメータとオープンウェイト化方針が伝えられた一方、Alibaba Cloudの公開モデル一覧には8月6日時点でも`qwen3.8-max-preview`がToken Plan限定として掲載されている。
9週間である。
この密度が何を壊すか。モデル選定が年に一度の意思決定でなくなる、というだけではない。追いかける側の情報が壊れる。
Alibaba Cloudのモデル一覧には、8月6日時点でも`qwen3.8-max-preview`がToken Plan限定として掲載されている。一方、Reutersなどは8月3日にQwen3.8-Maxの正式発表を報じている。第三者ランキングでは56という再計測値が流通しているが、本稿では公式Artificial Analysisページを直接確認できなかったため、Qwenのスコアは参考値として扱う。DeepSeekのAPI変更履歴の最上段は4月24日のままだが、DeepSeek公式Hugging Faceには`DeepSeek-V4-Flash-0731`が公開され、MITライセンス、技術報告書、正式版である旨、ベンチマーク表が掲載されている。
どれも嘘ではない。見ている棚が違うだけだ。
本稿は、その棚を一つずつ確かめた記録である。
目次
第1部 5モデルは何が違うのか
最初に結論――5モデルは何が違うのか
MiniMax H3ではなくM3を比較すべき理由
2026年の中国LLM競争で変わったこと
5製品の基本仕様比較
第2部 5モデルを一つずつ読む
MiniMax M3――1M・視覚・PC操作を統合
GLM-5.2――100万トークンを長時間タスクへ変える
Qwen3.8-Max――2.4兆パラメータと、二つのモデルID
Kimi K3――2.8兆パラメータで長時間働くオープンモデル
DeepSeek-V4-Flash――高速・低価格・高並列の実務モデル
第3部 横並びで比較する
第三者評価――Artificial Analysisが並べた5モデル
推論性能の比較
コーディング性能の比較
AgentとTool Callingの比較
100万トークンの意味
画像・動画・PC操作の比較
速度・価格・同時実行性能
オープンウェイトとローカル運用
自律実行の実演をどう読むか
第4部 どう選び、どう使い分けるか
API互換性と開発ツール連携
業種別の選び方
5モデルを使い分けるAIルーター戦略
各モデルの弱点と注意点
総合ランキング
第5部 この先に何が起きるか
確度の三分類と、この記事が一度間違えた話
中国LLM市場で起きている構造変化
最終結論
付録 自社で確かめるための手順
付録A.企業導入時の評価項目
付録B.実証実験の推奨シナリオ
付録C.中国LLM新五強を読むための六つの視点
資料
主要公式資料とリンク集
1.最初に結論――5モデルは何が違うのか
本稿では、2026年8月6日時点の公式発表、API文書、公式モデルカード、公式Hugging Face配布ページ、および第三者評価機関Artificial Analysisの公開値を中心に、5製品の機能、アーキテクチャ、推論、コーディング、マルチモーダル、Agent、価格、オープンウェイト、企業導入を比較する。
具体的には、次のことを扱う。
5モデルの総パラメータ、活性パラメータ、コンテキスト、最大出力、ライセンス、API価格が、8月6日時点でどこまで一次資料で確定しているか
Artificial Analysisで直接確認できる4モデルの最新スコアと、Qwen3.8-Maxの第三者スコアを参考値として扱う理由
「安いモデル」と「安く仕事が終わるモデル」が一致しない理由。Qwen3.8-Maxは単価を下げたのに1タスク費用が倍以上になった
オープンウェイトと言っても、ライセンスと自社運用難度がモデルごとに大きく違うこと
Previewと正式版が同じ社の公式サイトに併存するとき、どちらを見ればいいか
企業が5モデルをどう振り分ければいいか
まず、5モデルの位置取りを一言ずつで示す。
【MiniMax M3】
一言で表すと:100万トークン、画像・動画理解、PC操作を一つにまとめたマルチモーダルAgent
最も向く用途:画面を見ながら行うコーディング、業務PC操作、長時間動画・文書処理
規模:総約4,280億/活性約230億
【GLM-5.2】
一言で表すと:100万トークンを長時間の実装・調査・最適化へ使うAgentic Engineeringモデル
最も向く用途:大規模実装、性能最適化、Claude Code系Coding Agent
規模:総約7,530億/活性約400億
【Qwen3.8-Max】
一言で表すと:Alibabaが初めてMax階層を開こうとしている2.4兆パラメータの企業基盤モデル
最も向く用途:Coding、Cowork、Alibaba Cloud統合、多言語業務
規模:総2兆4,000億/活性約950億
【Kimi K3】
一言で表すと:2.8兆パラメータ、100万トークン、ネイティブ視覚を持つ巨大オープンウェイトAgent
最も向く用途:高難度開発、巨大コードベース、長時間知識労働
規模:総2兆8,000億/活性1,040億
【DeepSeek-V4-Flash】
一言で表すと:100万トークンを極めて低価格で大量に回すテキストAgentモデル
最も向く用途:大量API処理、Codex/Claude Code接続、並列Agent
規模:総2,840億/活性130億
第三者評価で直接確認できる値は、Kimi K3が57、GLM-5.2が51、DeepSeek-V4-Flash-0731が50、MiniMax M3が44である。Qwen3.8-Maxは56という再計測値が報告されているが、公式Artificial Analysisページの直接確認ができなかったため、本稿では参考値として区別する。
上位4モデルが50から57の7ポイントの中に固まっている。「どれか一つが圧倒的」という状態ではない。用途が変われば順位は容易に入れ替わる。
用途別に見ると、最高難度の総合知能はKimi K3、長時間Coding AgentはGLM-5.2、視覚・動画・PC操作はMiniMax M3、価格と大量配備はDeepSeek-V4-Flash、企業クラウド統合と多言語はQwen3.8-Maxが有力である。
ただし、総合知能の順位と費用の順位は一致しない。Qwen3.8-Maxは前世代より単価を下げたのに、1タスクあたりの費用は倍以上になった。理由は第10章で扱う。
企業が採るべき戦略は、一つのモデルへ全業務を統一することではない。定型処理はDeepSeek、長時間実装はGLM、高難度判断はKimi、視覚とPC操作はMiniMax、Alibaba Cloud統合と多言語はQwenへ振り分けるモデルルーター型である。
2.MiniMax H3ではなくM3を比較すべき理由
MiniMaxには用途の異なる複数の基盤モデルがある。
MiniMax M3:言語、推論、コード、Agent、画像・動画理解、PC操作を担うLLM
MiniMax H3:映像と音声の生成・編集を目的とする動画モデル
MiniMax Speechシリーズ:音声合成
MiniMax Musicシリーズ:音楽生成
中国LLMを比較する場合、Qwen、GLM、Kimi、DeepSeekと同じカテゴリーに置くべきなのはM3である。H3は発表時期が新しくても、主要な出力が動画であり、言語推論、Tool Calling、コーディング、長文処理の比較表へ入れるとカテゴリーがずれる。
M3は2026年6月1日に正式発表された。MiniMax公式は、Coding/Agentic Work、最大100万トークン、ネイティブ画像・動画入力、デスクトップ操作、MiniMax Sparse Attentionを主要能力として挙げる。公式Hugging Faceは総約428B、活性約23B、MiniMax Community Licenseとして配布する。
MiniMaxの製品戦略は、M3が企画、推論、調査、コード、操作を担当し、動画、音声、音楽の専用モデルを呼び分ける構成である。本稿はM3をLLM比較へ置き、H3は関連動画モデルとしてのみ言及する。
3.2026年の中国LLM競争で変わったこと
中国の大規模言語モデル競争は、もはや「ChatGPTにどこまで近づいたか」を競う段階ではない。2026年夏、競争の中心は100万トークン級の長文処理、数時間から数日に及ぶ自律コーディング、画像や動画を理解しながらPCを操作するマルチモーダルAgent、そして企業が何百体、何千体ものAI社員を動かせる推論コストへ移った。
MiniMax M3、Z.ai(智譜AI)のGLM-5.2、AlibabaのQwen3.8-Max、Moonshot AIのKimi K3、DeepSeek-V4-Flash。5モデルは同じ中国製LLMでありながら、それぞれ異なる「最強」を目指している。
2023年から2024年の競争は、一問一答型のベンチマークが中心だった。2026年に問われているのは、数十万行のコードを読み、ターミナルやブラウザを使い、失敗しても再試行し、数時間にわたって目的を維持し、成果物を完成できるかである。
MiniMax M3は100万トークン、画像・動画理解、PC操作を統合する。GLM-5.2は100万トークンを長時間のCoding Agentへ最適化する。Kimi K3は2.8兆パラメータとネイティブ視覚で高難度の長時間作業を狙う。DeepSeek-V4-Flashは活性パラメータを130億へ抑え、低価格と高速性を優先する。Qwen3.8-MaxはCodingとCoworkをAlibaba Cloudへ接続し、201言語への対応を掲げる。
2026年8月6日時点で確認できる提供状態は次の通りだ。
MiniMax M3:API提供、公式重み公開済み
GLM-5.2:API提供、MITライセンスの公式重み公開済み
Kimi K3:API提供、Kimi K3 Licenseによる公式重み公開済み
DeepSeek-V4-Flash:4月24日からAPI提供、MITライセンスのオープンウェイト
Qwen3.8-Max:8月3日に正式版へ移行。ただし`qwen3.8-max-preview`も公式文書に残存
この密度がもたらす副作用が、情報の断層である。
Alibaba Cloud Model Studioのモデル一覧には`qwen3.8-max-preview`がToken Plan限定として残っている。一方、8月3日以降のDashScopeとQwenCloudでは`qwen3.8-max`が正式版として従量課金で動き、VercelのAI Gatewayにも`alibaba/qwen3.8-max`として登録された。同じ会社の公式資料が、同じ日に二つの状態を示している。
DeepSeekも同様だ。API変更履歴の最上段は4月24日のV4公開のままだが、Hugging Faceの`deepseek-ai/DeepSeek-V4-Flash-0731`にはMITライセンスの重み、ベンチマーク表、arXiv技術報告書へのリンクが揃い、先月だけで43万回以上ダウンロードされている。
企業は四半期ごとにモデル構成を見直せる設計を持つ必要がある。そして、その見直しの前提となる情報自体が、どこを見るかで変わることも織り込む必要がある。
4.5製品の基本仕様比較
以下は2026年8月6日時点で、公式資料または公式モデル配布ページから確認できる情報である。第三者測定値は明示する。
【MiniMax M3】
開発:MiniMax
発表:2026年6月1日
規模:総約4,280億/活性約230億
コンテキスト:最大100万
入力:テキスト、画像、動画
主要技術:MiniMax Sparse Attention
PC操作:公式に対応を訴求
重み:公式Hugging Faceで公開
ライセンス:MiniMax Community License
第三者指数:44
【GLM-5.2】
開発:Z.ai/智譜AI
発表:2026年6月16日
規模:総約7,530億/活性約400億
コンテキスト:100万
入力:テキスト
主要技術:IndexShare。4層ごとに疎Attentionインデクサを共有し、1M時の1トークン当たりFLOPsを2.9倍削減
重み:公式Hugging Faceで公開
ライセンス:MIT
第三者指数:51
【Qwen3.8-Max/Qwen3.8-Max-Preview】
開発:Alibaba/Qwen
提供状態:Reutersなどは2026年8月3日の正式発表を報道。一方、Alibaba Cloud公式モデル一覧では8月6日時点も`qwen3.8-max-preview`をToken Plan限定として掲載
公式に直接確認できるモデルID:`qwen3.8-max-preview`
規模:総2兆4,000億はAlibaba発表を報じたReutersなどの報道ベース。活性約950億、正式版のAPI仕様は公開資料の更新確認が必要
コンテキスト:Preview版は100万級を訴求
入力:テキスト、画像、動画を扱うマルチモーダルモデルとして発表
思考:Preview版はThinking-only。`reasoning_effort`を利用
重み:8月6日時点で公式Hugging Face配布を確認できない
ライセンス:未公表
価格:入力2.00ドル/出力6.00ドルという情報が流通しているが、Alibaba Cloudの公開価格表には8月6日時点で反映を確認できないため、契約前の再確認が必要
第三者指数:56という再計測値が報告されているが、本稿では参考値扱い
【Kimi K3】
開発:Moonshot AI
規模:総2.8兆/活性1,040億
構造:896専門家のうち16を選択
コンテキスト:1,048,576
入力:テキスト、画像
思考:常時ON、low/high/max
量子化:量子化認識学習
重み:公式Hugging Faceで公開、約1.56TB
ライセンス:Kimi K3 License
第三者指数:57
【DeepSeek-V4-Flash-0731】
開発:DeepSeek
発表:Preview 2026年4月24日/正式版(0731)7月31日、重みも同日公開
規模:総2,840億/活性130億。Hugging Face表示の3,040億はDSpark投機デコードモジュール込み
コンテキスト:100万。最大出力はhigh/max推論時で38万4,000を推奨
入力:テキスト
思考:`reasoning_effort`のlow/high/max
重み:公式Hugging Faceで公開(deepseek-ai/DeepSeek-V4-Flash-0731)
ライセンス:MIT
技術報告書:arXiv:2606.19348「DeepSeek-V4: Towards Highly Efficient Million-Token Context Intelligence」
第三者指数:50(Reasoning Max)。4月Previewの40から10ポイント上昇
5モデルは提供状態がそろっていない。MiniMax、GLM、Kimi、DeepSeekは重みが公開済み、Qwen3.8-Maxは正式版が動いているが重みは未公開である。未公表欄を推測で埋めないことが比較記事の信頼性を守る。ただし「公式ページで見つからない」ことと「存在しない」ことは違う。この二つを取り違えると、逆方向の誤りが生まれる(第24章)。
5.MiniMax M3――1M・視覚・PC操作を統合
「見る・考える・操作する」を一つへ
MiniMax M3は2026年6月1日に正式発表されたMiniMaxのフラッグシップLLMである。公式モデルカードによれば総4,280億パラメータのMoEで、トークンごとに約230億を活性化する。公式発表の中心はCoding、Agentic Work、1M Context、Native Multimodality、Desktop Computer Operation、Open Weightである。M3は単なるチャットモデルではない。長い作業履歴を保持し、資料、画像、動画、コード、実行ログを読みながら、ツールを使って成果物を完成させることを前提にしている。
MiniMax Sparse Attention
M3の中核技術がMiniMax Sparse Attention、略してMSAである。通常のFull Attentionでは、入力長が増えるほど計算量とメモリ消費が急増する。100万トークンを扱うには、単純に上限を広げるだけでは不十分であり、重要な情報へ効率よく注意を向ける構造が必要になる。MSAはAttention計算を疎にし、必要な範囲を選択することで長文処理を効率化する。
MSAの実装で特徴的なのが「KV outer gather Q」と呼ばれる演算子の設計である。KVブロックを外側のループに置き、そのブロックに当たるクエリを集約する。各ブロックは一度だけ読まれ、メモリアクセスが連続する。MiniMaxはこの方式が、M3のヘッド構成のもとでFlash-Sparse-Attentionやflash-mobaといった既存のオープンソース実装より4倍以上速いと報告する。
数字で言うと、100万トークン時のトークンあたり計算量は前世代M2の約20分の1、プリフィルで9倍超、デコードで15倍超の高速化である(いずれも発表ベース)。長文が「使えるが高い」から「日常的に使える」へ変わるかどうかは、この種の演算子最適化にかかっている。
100万トークンは長い本を読めるというだけではない。Agent用途では、ユーザー要求、設計文書、ソースコード、Git差分、ターミナルログ、テスト結果、エラーメッセージ、ブラウザ検索結果、スクリーンショット、作業途中の判断、過去に失敗した方法、次に試す計画がすべて作業記憶へ蓄積される。長時間Agentが途中で目的を失う最大要因の一つは、作業履歴がコンテキストから消えることだ。M3はこの問題をアーキテクチャ側から解決しようとしている。
なお公式の表現は「最大1M、最低保証512K」である。フラットな1Mではない。また最大トークン数は入力と出力の合計であり、90万トークンを入力して51万トークンの回答を得ることはできない。
M3は画像と動画を入力できる。特徴は、後付けではなく学習の第0ステップから画像・動画を混合した点にある。MiniMaxはデータパイプラインを作り直し、事前学習トークン量を100兆トークン級まで拡大したと説明する。テキストと画像が自然に交互に並ぶインターリーブ形式のデータが、一般に思われている以上に性能へ効くというのがMiniMaxの主張である。
用途としては、画面キャプチャからUI不具合を特定し、操作動画から業務手順書を作り、工場設備の動画を見て異常候補を抽出し、CAD画面と設計仕様を同時に読むといったものが考えられる。長い動画はフレーム、字幕、音声認識結果、時間情報を大量に消費するため、1Mコンテキストとの組み合わせに意味がある。
PC操作型Agent
さらにM3はデスクトップコンピューターを操作できると公式に説明される。MiniMaxが挙げる例は「このExcelを見ながらローカルのERPクライアントを開いて請求情報を一括入力して」というもので、MiniMax Codeがアプリケーション、ファイル、システムをまたいで操作を完了する。MiniMax CodeのHarnessはオープンソースのOpenCodeとPiを土台にしており、MiniMaxは将来的にこのプロジェクト自体も公開すると表明している。
ただしPC操作はモデルだけでは成立しない。画面取得、座標操作、認証、権限管理、操作ログ、誤操作防止、人間承認を含むAgent基盤が必要である。
ベンチマークでは、SWE-bench Verified 80.5%、Terminal-Bench 2.1が66.0、BrowseCompが83.5でOpus 4.7の79.3を上回る(いずれも発表ベース)。SWE-Bench Proは59.0%と報じられた。一方、Artificial AnalysisのIntelligence Index v4.1は44で、5モデル中では最も低い。総合知能ではなく、視覚とPC操作と価格で差別化するモデルだと理解するのが正確である。
M3は長時間の自律実行を示す実演を三つ公表している。内容と読み方は第18章で扱う。
MiniMaxの強みはM3単体だけではない。M3が推論、計画、コード、操作、視覚理解を担当し、H3が動画、Speechが音声、Musicが音楽を生成する。広告制作では、M3が商品資料と競合広告を分析し、台本を作り、H3へ動画生成を依頼し、SpeechとMusicを組み合わせ、完成物を再確認する閉ループを構成できる。
6.GLM-5.2――100万トークンを長時間タスクへ変える
100万トークンを「働き続ける記憶」へ
GLM-5.2はZ.aiが2026年6月16日に発表した最新フラッグシップである。公式の位置付けは「Built for Long-Horizon Tasks」。100万トークンを長い文書の閲覧だけでなく、計画、実装、テスト、デバッグ、性能最適化を継続する作業記憶として使う。
規模の表記には資料間で食い違いがある。公式Hugging Faceは総7,530億と表示し、Artificial Analysisは7,440億/活性400億としている。7,440億はFP8ビルドのVRAM所要量であってパラメータ数ではない、という説明も見られる。誤差は約1.2%で選定判断を変える規模ではないが、本稿では公式配布ページの7,530億を採る。活性は約400億で各資料が一致している。
IndexShare
GLM-5.2固有の技術がIndexShareである。同じインデクサを4つのSparse Attention層で共有し、100万トークン時の1トークン当たりFLOPsを2.9倍削減する。長時間Agentでは、単に上限を広げるのではなく、Attention計算とKVキャッシュの効率を下げないことが重要になる。
GLM-5.2はテキスト専用モデルであり、画像入力をネイティブに持つMiniMax M3やKimi K3とは異なる。Z.aiの周辺ツールやGLM-V系列を組み合わせれば視覚を扱えるが、それはGLM-5.2単体の入力能力ではない。
MITライセンスと導入経路
公式Hugging Faceで重みが公開され、ライセンスはMITである。vLLM、SGLang、Transformersなどから利用できる。5モデルの中では、商用利用条件が最も明快な部類に入る。
Coding PlanはLite月18ドル、Pro月72ドル、Max月160ドル。Claude Code、OpenClaw、Clineなど複数のCodingツールへ接続できる。完全無制限ではなく、各プランの利用枠と優先度が異なる。
従量価格として入力1.40ドル、キャッシュ入力0.26ドル、出力4.40ドルという値が複数の価格追跡サービスで掲載されている。ただし、Z.aiの公開価格ページは更新頻度が高く、プロバイダー経由の価格も異なる。確定価格として固定せず、契約時のコンソール表示を優先したい。
Artificial AnalysisではGLM-5.2(max)がIntelligence Index 51。大規模リポジトリ、長時間の実装、性能最適化、MITライセンスを重視する企業に向く。
7.Qwen3.8-Max――2.4兆パラメータと、二つのモデルID
なぜ最も扱いを間違えやすいのか
Qwen3.8-Maxは、この記事で最も扱いを間違えやすいモデルである。理由は性能ではなく、公開の仕方にある。
まず事実関係を段階で押さえる。
【第一段階:2026年7月19日】
上海の世界人工知能大会(WAIC)で`qwen3.8-max-preview`を披露。Alibaba Cloud Token Plan、Qoder、QoderWork限定のクレジット制で、従量課金価格は存在しなかった。既定temperatureは0.6で、それ未満を指定しても0.6へ戻される。Thinking-onlyであり、Function Callingの公式対応表にも掲載された。
【第二段階:2026年8月3日】
ReutersなどがQwen3.8-Maxの正式発表を報じ、総2.4兆パラメータとオープンウェイト化方針を伝えた。ただし、Alibaba Cloudの公開モデル一覧と価格ページでは8月6日時点も`qwen3.8-max-preview`のみを確認できる。正式モデルID、一般従量価格、活性パラメータは、契約画面または更新後の公式文書で再確認が必要である。
問題は、第二段階のあとも第一段階が消えていないことだ。Alibaba Cloud Model Studioのモデル一覧には、いまも`qwen3.8-max-preview`がToken Plan限定・中国北京リージョンとして掲載されている。「Preview期間終了後に下線または正式版へ置き換わる」という注記付きで。
したがって、現時点では「正式発表の報道は存在するが、Alibaba Cloudの公開ドキュメント更新が追い付いていない可能性がある」と整理するのが安全である。Previewが存在することを理由に正式発表を否定せず、正式発表の報道だけを理由に公開価格表やモデルIDの更新を推測しない。
正式版で確定した仕様は次のとおりである。
【Qwen3.8-Maxについて報道・公開情報から確認できる範囲】
総パラメータ:2兆4,000億(MoE、Qwen3.5アーキテクチャを土台に拡張)
活性パラメータ:約950億
コンテキスト:100万トークン
入力:テキスト、画像、動画
推論:常時ON。公式APIガイドはlow/medium/xhighを掲載
API:OpenAI互換、Anthropic互換、DashScope互換
価格:入力2.00ドル(約320円)/出力6.00ドル(約960円)/キャッシュヒット0.25ドル
価格と企業導入
価格は前世代より下がっている。Qwen3.7-Maxは入力2.50ドル、出力7.50ドル、キャッシュ0.50ドルだった。全項目で値下げである。Claude Fable 5の10ドル/50ドルと比べれば5分の1から8分の1にあたる。
技術面の四つの柱
技術面でQwenが挙げる柱は四つある。
第一に、Gated Delta Networksと疎MoEを組み合わせたハイブリッド構成。長文推論の計算量とレイテンシを抑える設計で、MiniMaxのMSA、KimiのKDA、Z.aiのIndexShare、DeepSeekのCSA+HCAと同じ問題に対する五つ目の答えにあたる。
第二に、視覚と言語を早期融合で学習した統一基盤。数兆トークン規模のマルチモーダルデータで学習し、専用のQwen3-VL系列を推論・コーディング・Agent・視覚理解のベンチマークで上回るとしている。
第三に、百万規模のAgent環境へ強化学習をスケールさせたこと。
第四に、201言語および方言への対応。日本企業にとってはここが実務的に効く可能性がある。日本語品質の独立評価は依然として存在しないが、多言語対応を正面から掲げているモデルは5つの中でQwenだけである。
ベンチマークは発表ベースで、Terminal-Bench 2.1が86.6、GPQA Diamondが92.6、PaperBenchが93.0、IFBenchが82.8、OSWorld-Verifiedが86.1、OmniDocBench 1.5が92.1。コーディングの世代間の伸びが目立ち、FrontierSWEが40.7から73.5へ、DeepSWE 1.1が21.6から56.6へ、いずれもほぼ倍増している。ただしこれらはAlibaba自身の測定であり、ハーネスも公開されていない。
第三者評価では56という再計測値が報告されている。ただし本稿の最終確認時にArtificial Analysis公式ページを直接取得できなかったため、参考値として扱う。Claude Opus 4.8(max)と並び、Google、Meta、xAIのどのモデルよりも上である。中国勢ではKimi K3の57に次ぐ2番手にあたる。
オープンウェイトは未確定
オープンウェイトについては、まだ約束の段階である。AlibabaはMax階層として初めて重みを公開すると表明し、公開先はHugging FaceとModelScope、時期は「翌週」――8月10日の週とされた。より小さいQwen3.8-27Bも同時公開予定である。これは方針転換にあたる。これまでMax系は一貫してクローズドで、オープンウェイト系列はQwen3.6以下で続いてきた。公開されれば、Alibabaのこれまでの最大公開モデルであるQwen3.5 397Bの約6倍、規模ではKimi K3の2.8兆に次ぐ位置になる。
ただし8月6日時点で、重みもライセンス条文も出ていない。したがって現時点の正確な表現は「ホスティングは提供中、オープンウェイトは表明済み」である。Kimi K3は発表から11日後に重みを出した前例があるので、多少の遅れは驚くにあたらない。それでも、自社運用を前提にした計画を確定させるのはまだ早い。なお2.4兆パラメータ版は強い量子化でも1TBを超え、データセンター専用となる。現実的なオンプレミスの入口は27B版のほうである。
Qwen3.8-Maxのもう一つの強みはエコシステムだ。Alibaba Cloud Model Studio、Qwen Studio、Qwen Code、Qoder、DashScope API、OpenAI互換API、Anthropic互換API、中国国内リージョン、東京やシンガポールなどのクラウド展開、企業向け認証、課金、監視、周辺モデルを持つ。Codex向けにはOpenAI Responses互換の設定、Claude Code向けにはAnthropic互換エンドポイントが公式に案内される。
企業導入では最も賢いモデルが必ず勝つわけではない。どの地域でAPIを利用できるか、データをどこへ保存するか、既存クラウドと統合できるか、権限管理や監査ログを実装できるか、障害時にサポートを受けられるか、大量リクエストを安定処理できるかが重要である。Alibaba Cloudを既に利用する企業にとって、Qwen3.8-Maxは導入経路が明確である。
一方で、日本企業が検討する場合には別の論点がある。中国の法制度下でのデータアクセス義務が、APIプロンプトの範囲を超えて社内ワークフローへ及ぶ可能性が指摘されている。技術選定ではなく法務・情報管理の判断が必要な領域であり、モデル性能の議論とは切り離して検討すべきである。
8.Kimi K3――2.8兆パラメータで長時間働くオープンモデル
2.8兆パラメータの意味
Kimi K3はMoonshot AIが2026年7月16日に発表したフラッグシップモデルである。公式仕様では総2.8兆パラメータ、896のMoE専門家、トークンごとに16専門家を活性化、100万トークン、ネイティブ視覚理解、画像・動画入力、長時間コーディング、End-to-End Knowledge Work、常時思考、Reasoning Effortのlow・high・max、Tool Calling、Dynamic Tool Loading、構造化出力、Automatic Context Caching、OpenAI互換、Anthropic互換、オープンウェイトを特徴とする。
MoonshotはK3をフロンティア級のオープンウェイトモデルとして位置付ける。第三者評価でも、Artificial Analysis Intelligence Index 57を記録し、公開ウェイトモデルの最上位グループに入っている。
重みは2026年7月27日にHugging Faceで公開された。量子化認識学習が施されたMXFP4形式で、フルサイズは1.56TB。活性パラメータは公開時点のリポジトリで約1,040億と明示された(総パラメータの約3.7%にあたり、フロンティア級オープンモデルの中では極端に疎な設計である)。ライセンスは独自のKimi K3 Licenseで、商用利用、改変、再配布を広く認めつつ、一定規模以上のModel-as-a-Service事業者と超大規模製品には条件が付く。
Kimi K3はKimi Delta Attention、略してKDAを採用する。KDAは線形Attentionと従来型Attentionを組み合わせ、長いシーケンスを効率的に扱うことを目的とする。線形層と全Attention層を3対1の比率で交互に配置し、KVキャッシュのメモリを最大75%削減すると説明される。100万トークンの窓を全域フラット料金で提供できているのは、この構造によるところが大きい。さらにAttention Residualsを導入し、深いモデル内で情報が滑らかに流れるよう設計する。896専門家のうち16を活性化する高い疎性により、巨大な総パラメータを持ちながら毎回すべてを計算しない。
長時間コーディングと知識労働
K3の最大の特徴はLong-Horizon Codingである。大規模リポジトリ全体の理解、複数サービスをまたぐ改修、長時間のターミナル操作、テストと修正の反復、大規模リファクタリング、フロントエンドとバックエンドの同時開発、ゲーム開発、CAD、研究コードの実装を狙う。視覚フィードバックも重要で、Web画面やゲーム画面やCADを見て、コードへ戻って修正できる。
KimiはK3をEnd-to-End Knowledge Work向けとも位置付ける。市場調査、競合分析、財務分析、法務文書比較、文献調査、技術調査、提案書、データ分析、レポート作成を、計画、検索、比較、再調査、執筆、引用確認まで一気通貫で行う。
K3は思考モードを完全にはOFFにできない。Reasoning Effortをlow、high、maxから選び、標準はmaxである。複雑な依頼で品質が安定しやすい一方、短い分類でも遅延と費用が増えやすい。すべての処理へ使うより、高難度タスクへ選択的に使うべきモデルだ。
API価格は入力3.00ドル(約480円)、キャッシュヒット入力0.30ドル、出力15.00ドル(約2,400円)。5モデル中で最も高い。ただしMoonshotは、Mooncakeと呼ぶ分離型推論アーキテクチャにより、コーディング用途では公式APIのキャッシュヒット率が90%を超えると説明する。同じリポジトリを繰り返し読む長時間Agentでは、実効単価は表示価格よりかなり下がる。
Dynamic Tool Loadingも企業Agentに重要である。数百のツール定義を毎回入れず、最初にツール検索を行い、候補だけを動的に読み込む。Gmail、Slack、Drive、ERP、CRM、会計、在庫、物流、EC、BI、GitHubなど多数の業務ツールを扱う時に有効だ。
実装上の制約もいくつかある。サンプリング値は固定で変更できない。マルチターンのAgentでは、APIが返した推論内容とツール呼び出しフィールドを含む完全なアシスタントメッセージを次のリクエストへそのまま返す必要がある。ストリーミングでは`reasoning_content`と最終回答が分離される。
第三者評価では、Artificial AnalysisのIntelligence Indexで57を記録し、公開ウェイトモデルの最上位グループに位置する。
オープンウェイトでも自社運用は重い
一方、自社運用のハードルは極めて高い。2.8兆パラメータは一般企業のワークステーションで動かせる規模ではない。MXFP4量子化後でも1.56TBあり、単一GPUはもちろん8GPUノード1台にも収まらない。現実的な提供には、合計1.6TB超のGPUメモリを持つマルチノードクラスタと、MoEを理解した推論スタックが要る。「重みが公開されている」ことと「自社で動かせる」ことの距離が、5モデルの中で最も遠いのがK3である(第17章)。
9.DeepSeek-V4-Flash――高速・低価格・高並列の実務モデル
4月Previewから7月31日正式版へ
DeepSeek-V4-Flashは総2,840億、活性130億のMoEモデルである。2026年4月24日にPreviewとして公開され、7月31日に正式版「DeepSeek-V4-Flash-0731」へ切り替わった。
この7月31日の更新は、DeepSeekのAPI変更履歴ページだけを見ていると見落としやすい。しかしHugging Faceの`deepseek-ai/DeepSeek-V4-Flash-0731`には、MITライセンスの重み、ベンチマーク表、arXiv:2606.19348「DeepSeek-V4: Towards Highly Efficient Million-Token Context Intelligence」への技術報告書リンクが揃っている。モデルカードは冒頭で、これがPreview版を置き換える正式リリースであると明記する。公式Hugging Faceでは、2026年8月6日の確認時点で月間ダウンロードが60万件を超え、複数の量子化版とファインチューニング版が公開されている。存在は疑いようがない。
正式版の中身は、アーキテクチャもパラメータ数も4月版と同一で、事後学習だけをやり直したものである。APIの呼び出し方も変わらず、`deepseek-v4-flash`のまま新しいビルドへ切り替わった。リポジトリ上の表示が3,040億になっているのは、DSpark投機デコードモジュールが2,840億の本体に付随しているためである。
事後学習だけでどれだけ動くのか。DeepSeekがモデルカードに載せた比較表は、自社の旧版だけでなくGLM-5.2とClaude Opus 4.8の数字まで並べている。ベンダー表としては珍しく正直な作りなので、そのまま引く。
【DeepSeek公式モデルカードの比較表(0731/4月Preview/V4-Pro Preview/GLM-5.2/Opus-4.8)】
Terminal Bench 2.1:82.7/61.8/72.1/81.0/85.0
NL2Repo:54.2/39.4/38.5/48.9/69.7
Cybergym:76.7/38.7/52.7/―/83.1
DeepSWE:54.4/7.3/12.8/46.2/58.0
Toolathlon-Verified:70.3/49.7/55.9/59.9/76.2
Agents' Last Exam:25.2/15.8/16.5/23.8/25.7
AutomationBench Public:25.1/10.8/12.8/12.9/27.2
DSBench-FullStack:68.7/37.0/41.8/61.8/71.6
DSBench-Hard:59.6/25.8/31.1/54.5/71.7
DeepSWEが7.3から54.4へ、Cybergymが38.7から76.7へ動いている。アーキテクチャを一切変えずにこれだけ動く。Agent性能が事後学習と実行環境の設計に強く依存するという、2026年の重要な教訓がここに現れている。総パラメータ1.6兆のV4-Pro(Preview)を、活性130億のFlashが全項目で上回っている点も見逃せない。
ただし読み方には留保が四つ要る。第一に、Code Agent系のタスクはDeepSeek Harnessのminimalモードで評価されており、そのHarnessはまだ公開されていない。第二に、DSBench-FullStackとDSBench-HardはDeepSeekの内部テストセットである。第三に、9項目すべてでClaude Opus 4.8が上回っている。第四に、DeepSeek自身も「最強のプロプライエタリモデルと広く競合的」と書いており、同等とは言っていない。
第三者評価も出ている。Artificial AnalysisのIntelligence Index v4.1で50。4月Previewの40から10ポイント上がり、GLM-5.2の51に1ポイント差まで迫った。実務寄りのGDPval-AA v2ではEloが1189から1559へ跳ね上がり、Terminal-Bench 2.1はAA計測で79%。AA-Omniscienceは-16で、改善の中身は正答率の上昇ではなく幻覚の減少だった。
なお「DeepSeek-V4-Flashの第三者指数は40」という記述を見かけたら、それは4月Previewの値である。0731は50。同じモデルIDで中身が入れ替わったため、参照先の更新時期で数字が変わる。
最大の武器は価格
最大の武器は価格である。国際価格は100万トークン当たりキャッシュヒット入力0.0028ドル、通常入力0.14ドル(約22円)、出力0.28ドル(約45円)、同時実行上限2,500。キャッシュヒット時の割引率は約98%で、業界標準の90%より踏み込んでいる。同じ予算で多数の試行、再試行、並列Agent、相互検証を行える。
ただし、この価格には予告された変更がある。DeepSeekは1日あたり合計7時間のピーク時間帯を設け、その間は全課金項目を2倍にすると発表した。適用開始日は8月6日時点で未定である。低価格を前提に設計する場合は、この点を織り込んでおく必要がある。
ローカル実装時の注意
実装面の注意も一次資料に明記されている。0731のリポジトリにはJinja形式のチャットテンプレートが同梱されていない。代わりに`encoding`フォルダのPythonスクリプトで、OpenAI互換のメッセージを入力文字列へ変換し、出力を解析する。既存のテンプレート前提のツールチェーンをそのまま持ち込むと動かない。`reasoning_effort`はlow/high/maxの3段階。推奨サンプリングは温度1.0で、Agent用途ではtop_p 0.95、それ以外は1.0。high/max推論時の推奨最大出力は38万4,000トークンである。
DSpark投機デコードはvLLMなら`--speculative-config`にmethod:dsparkを指定するだけで有効になり、SGLangなら`--speculative-algorithm DSPARK`を指定する。ドラフトモデルのパスを別に指定してはならない。ターゲットとドラフトの重みが同一チェックポイントに入っているためである。DeepSeek公式のvLLM例は4×GB300の単一ノード構成を示している。
Responses APIへ先行対応し、Codex向け公式連携文書もある。OpenAI Chat Completions、Responses API、Anthropic API、Codex、Claude Code、FIM、Prefix Completion、Tool Calls、JSON Outputへ接続しやすい。なおレガシーの`deepseek-chat`/`deepseek-reasoner`という識別子は2026年7月24日に廃止済みで、V4系の識別子しか動かない。最高性能の一体ではなく、企業がAI Agentを大量配備するための現実解である。
10.第三者評価――確認済み4モデルとQwenの参考値
ベンダーの自己申告だけでは順位は決まらない。各社は自社のHarness、自社の推論設定、自社の選んだベンチマークで数字を出す。DeepSeekのようにHarnessが未公開のケースもある。だから、同一の評価者が同一の条件で走らせた数字には固有の価値がある。
Artificial AnalysisのIntelligence Index v4.1は、GDPval-AA v2、τ³-Banking、Terminal-Bench v2.1、SciCode、Humanity's Last Exam、GPQA Diamond、CritPt、AA-Omniscience、AA-LCRの9評価を合成した指標である。2026年8月6日時点で、Kimi K3、GLM-5.2、DeepSeek-V4-Flash-0731、MiniMax M3の値は公式ページまたは公式記事で確認できる。Qwen3.8-Maxは56という再計測値が報告されているが、公式ページを直接取得できなかったため参考値とする。
【Artificial Analysis Intelligence Index v4.1】
Kimi K3(max):57(確認済み)
Qwen3.8-Max:56(再計測値として報告、参考)
GLM-5.2(max):51(確認済み)
DeepSeek-V4-Flash-0731(max):50(確認済み)
MiniMax M3:44(確認済み)
【参考:同時期の欧米モデル】
Claude Opus 5:61
Claude Fable 5:約60
Claude Opus 4.8:56
GPT-5.5:55
Meta Muse Spark 1.2:54
Grok 4.5:54
Qwen3.8-Maxの56は、Claude Opus 4.8と同点である。Google、Meta、xAIのどのモデルよりも上に位置する。上にいるのはAnthropicとOpenAIの最上位、そしてKimi K3だけだ。
ただし、この56という数字には経緯がある。コミュニティ上では、Artificial Analysisが当初53を表示した後に再計測し、56へ更新したと報告されている。ただし、最終確認時に公式の経緯説明ページを直接取得できなかったため、再計測理由の断定は避ける。53と56はどちらも実在した数字で、後者が現行値にあたる。
なぜこの話を書くかというと、本稿も一度「Qwen3.8-Maxの第三者スコアは確認できない」という結論を出したからである。チャートから消えていた時間帯に確認すれば、そう見える。第三者評価も静止画ではない。
さて、この並びから読み取れることは三つある。
第一に、中国勢の上位4モデルは50から57の範囲に密集している。7ポイントの差は無視できないが、「どれか一つが圧倒的」という状態ではない。
第二に、最上位の欧米モデルとの差は、かつてほど大きくない。Kimi K3の57とClaude Opus 5の61で4ポイント差である。Arenaの共同創設者であるIon Stoica氏は7月下旬、中国のオープンウェイトモデルと米国フロンティア研究所の差が6〜9カ月から2〜3カ月へ縮まったと述べている。
第三に、MiniMax M3だけが一段低い。ただしこれはM3が劣ったモデルという意味ではない。M3は総合知能で勝負していない。1M、ネイティブ視覚・動画、PC操作を一つのオープンウェイトモデルへ統合したことが売りであり、その組み合わせを持つモデルは他にない。
そして、この章で最も実務的に重要なのは、指数ではなく費用のほうである。
【Intelligence Index 1タスクあたりの費用】
GLM-5.2(max):0.57ドル(約91円)
Kimi K3(max):0.86ドル(約138円)
Qwen3.8-Max:1.14ドル(約182円)
GPT-5.6 Sol(max):1.23ドル(約197円)
Claude Opus 5(max):2.03ドル(約325円)
Claude Fable 5(フォールバック込み):3.15ドル(約504円)
Qwen3.8-Maxは、トークン単価を前世代より下げた。入力2.50→2.00ドル、出力7.50→6.00ドル、キャッシュ0.50→0.25ドル。全項目値下げである。にもかかわらず、1タスク費用は0.53ドルから1.14ドルへ倍以上に増えた。
理由は明快で、モデルが同じ仕事に費やすターン数が変わったからだ。GDPval-AAでの平均ターン数は、Qwen3.7-Maxの14に対しQwen3.8-Maxは64。入力トークン消費は約15倍、出力トークンは45%増の1億4,500万に達した。より多く考え、より多く手を動かすようになった結果、スコアは10ポイント上がり、費用も倍増した。
これが本稿で繰り返し出てくる「単価と実費は別」という論点の、最もきれいな実例である。値下げのプレスリリースだけを読んで移行を決めると、請求書で驚くことになる。
指数の中身にも注意がいる。Qwen3.8-Maxの伸びは一様ではない。Terminal-Bench v2.1が6ポイント、CritPtが7ポイント、SciCodeが4ポイント、HLEが3ポイント上がった一方、GPQA Diamondは横ばい、AA-LCRは2ポイント低下、AA-Omniscienceは10ポイント低下している。AA-Omniscienceの悪化は、幻覚率が23%から40%へ上がったことによる。正答率は約31%で変わっていない。つまりこのモデルは、以前なら答えを控えていた質問に答えるようになり、その多くを間違えている。業務で使うなら、ここは無視できない。
さらにτ³-Bench Bankingでは42%を記録し、前世代から32ポイント跳ねた。Artificial Analysis自身がこれを外れ値として注記している。他のあらゆる項目でQwen3.8-Maxを上回るモデルより、この一項目だけで上に出てしまうためである。合成指数を一つの数字として受け取るのではなく、内訳を見る必要がある。
冗長性の比較も添えておく。
【評価セット全体での出力トークン量】
DeepSeek-V4-Flash-0731:約2億1,000万トークン
Qwen3.8-Max:約1億5,000万トークン
中央値:約6,600万トークン
安いモデルほど多く喋る、という傾向がはっきり出ている。トークン単価が10分の1でも、出力量が3倍なら実費は3分の1にしかならない。
速度の第三者測定では、GLM-5.2が最速プロバイダーで毎秒200トークンを超えるケース、DeepSeek-V4-Flashが約118トークン、MiniMax M3が約79〜89トークン、Qwen3.8-Maxが約58トークン、Kimi K3が約32トークンである。長時間Agentでは、この差がそのまま所要時間の差になる。
ライセンスも性能と同じくらい重要だ。GLM-5.2とDeepSeek-V4-FlashはMIT、MiniMax M3はMiniMax Community License、Kimi K3はKimi K3 License、Qwen3.8-Maxは未公表である。KimiとMiniMaxは、商用利用や大規模サービスで個別条件を確認する必要がある。
なお、Artificial Analysisの指数も万能ではない。9評価の合成であり、英語中心で、日本語品質、業界固有の知識、社内システムとの相性は測っていない。ここでの数字は「自社評価を設計するための出発点」であって、結論ではない。
11.推論性能の比較
推論性能は、数学・論理、世界知識、長文推論、コード推論、視覚推論、ツール利用へ分ける必要がある。
Kimi K3はArtificial Analysis Intelligence Index 57で、確認済み4モデルの中では最も高い。2.8兆パラメータと常時推論を使い、高難度の知識労働や巨大コードベースへ向く。ただし出力速度は約32 tokens/sと遅く、最初の応答までの待ち時間も長い。
GLM-5.2は51。Kimiより知能指数は低いが、最速プロバイダーでは200 tokens/s超が観測され、長時間Coding Agentで速度と知能のバランスがよい。MiniMax M3は44で、総合指数よりも視覚、動画、PC操作を含む複合推論に価値がある。DeepSeek-V4-Flashは40だが、低価格と約118 tokens/sの速度によって大量の推論を回せる。
Qwen3.8-Maxは第三者指数56で中国勢2番手につけた。ただし内訳を見ると、幻覚率が23%から40%へ悪化し、AA-Omniscienceは10ポイント下がっている。知識の正確さが要る用途では、総合指数だけで判断すると危ない(第10章)。
企業は最高スコアだけで選ばず、正答率、待ち時間、再試行率、Tool Calling成功率、1タスク当たり総費用を同じ環境で測るべきだ。
12.コーディング性能の比較
短い関数、SQL、スクリプト、正規表現では、モデル間の差は縮小し、価格、速度、IDE統合、FIM、構造化出力が重要になる。この領域ではDeepSeek-V4-Flashが有力である。
複数ファイルを読み、テストを回し、長時間修正する仕事ではGLM-5.2とKimi K3が有力だ。GLM-5.2は長時間Agentic Engineering、Kimi K3は巨大コードベースと視覚フィードバックを強みにする。MiniMax M3は画面を見ながらUIや業務ソフトを操作する開発に向く。
Qwen3.8-MaxはTerminal-Bench 2.1が86.6、FrontierSWEが73.5、DeepSWE 1.1が56.6を公表している。世代間でほぼ倍増した項目もあるが、いずれもAlibaba自身の測定でハーネスは非公開である。第三者がTerminal-Bench v2.1を測った結果は前世代比で6ポイント増にとどまる。自社リポジトリでPoCを行い、数字の出どころを確かめてから移行するのが安全である。
大量Issue処理では、DeepSeekで初回修正し、失敗案件だけGLMやKimiへ昇格する階層化が合理的である。評価すべき指標はIssue完遂率、テスト合格率、再試行回数、人間の修正時間、不要変更量、PRレビュー通過率、一件当たり総費用である。
13.AgentとTool Callingの比較
Agent性能はモデル単体だけで決まらない。System Prompt、Tool定義、Harness、Memory、Browser、Terminal、File System、MCP、権限管理、再試行、評価器、人間承認、監査ログが必要である。
GLM-5.2はClaude Code、OpenClaw、ClineなどのCoding Planとの相性がよい。Kimi K3はDynamic Tool Loadingを使い、多数のツールから必要なものだけを読み込む設計を推奨する。MiniMax M3はPC画面とツールを横断するAgentへ向く。DeepSeek-V4-FlashはOpenAI互換、Anthropic互換、Codex、Claude Codeへ組み込みやすい。
Qwen3.8-MaxはOpenAI互換とAnthropic互換の両方を備え、Codex向けにはResponses互換設定、Claude Code向けにはAnthropic互換エンドポイントが公式に案内される。ただしGDPval-AAでの平均ターン数が前世代の14から64へ増えている点は、Agent設計に直結する。最大ステップ数と予算上限を先に決めておかないと、1タスクの費用が読めなくなる。
実際の操作では、読み取り専用権限、送信前承認、削除前承認、金銭操作前承認、操作ログ、ロールバック、秘密情報マスキング、サンドボックス、最大ステップ数、予算上限が必要である。
14.100万トークンの意味
100万トークンは、書籍数冊、数千ページの文書、大規模ソースコード、長時間会議記録、多数の契約書、Agentの作業履歴を扱える規模である。
5モデルすべてが100万トークンを名乗る。ただし中身は同じではない。MiniMax M3は「最大1M・最低保証512K」で入出力の合計が上限、GLM-5.2は`glm-5.2[1m]`という別識別子で呼び出し最大出力12万8,000、DeepSeek-V4-Flashは最大出力38万4,000で5モデル中最大、Kimi K3とQwen3.8-Maxは全域フラット料金である。
100万トークンがあってもRAGは不要にならない。全文投入は費用が高く、情報更新、権限、出典、不要情報、機密情報の問題がある。検索で候補を絞り、関連資料を長文コンテキストへ入れ、横断推論し、出典を返す構成が必要である。
最も重要なのは1MをAgentの作業記憶として使うことだ。設計文書、コード、Git差分、ターミナルログ、テスト結果、失敗履歴を保持できれば、同じ失敗を繰り返しにくくなる。
ただし、入力できることと正確に利用できることは違う。先頭、中央、末尾の情報検索、矛盾検出、長時間の目標保持を自社データで試験すべきである。
15.画像・動画・PC操作の比較
【MiniMax M3】
画像入力:対応
動画入力:対応
PC操作:公式に対応を訴求
評価:5モデル中、視覚・動画・PC操作を最も一体化している
【GLM-5.2】
画像入力:非対応
視覚業務:GLM-V系列や外部VLMとの分業が必要
【Qwen3.8-Max】
画像・動画入力:本稿で確認した公式チャットAPI資料では確定できない
Function Calling:対応
備考:視覚と言語を早期融合で学習した統一基盤を掲げ、専用のQwen3-VL系列を各種ベンチマークで上回るとする(発表ベース)
【Kimi K3】
画像入力:対応
視覚+Coding:対応
動画理解:公式説明では長時間視覚用途を訴求するが、API入力仕様は最新文書で確認する
【DeepSeek-V4-Flash】
画像入力:非対応
視覚業務:外部VLMとの分業が必要
MiniMax M3とKimi K3は、スクリーンショットを見ながらコードや操作を修正する閉ループを作りやすい。GLMとDeepSeekは、視覚モデルを別に置く分業型である。Qwen3.8-MaxはArena.AIのマルチモーダル部門で世界2位につけた。
16.速度・価格・同時実行性能
価格は入力、出力、キャッシュ、長文追加料金、思考トークン、同時実行、地域、サブスクリプションを含めて比較する。なお本稿のドル建て価格は、便宜上1ドル160円で換算している。為替は変動するため、契約時には最新レートを確認したい。
DeepSeek-V4-FlashはArtificial AnalysisのDeepSeek API測定で、100万トークン当たり入力0.14ドル、出力0.28ドル、キャッシュヒット約0.003ドル。速度は約118 tokens/sで、価格と速度の両方で強い。
MiniMax M3はArtificial Analysisの加重平均価格で約0.22ドル/100万トークン、速度は約79~89 tokens/s。公式API、OpenRouter、他プロバイダーで価格が異なるため、特定の「実勢価格」を固定値として書かない。
GLM-5.2はArtificial Analysisの加重平均価格で約0.90ドル/100万トークン、最速プロバイダーでは約219 tokens/s。第一者APIの掲載単価は入力1.40ドル、キャッシュ入力0.26ドル、出力4.40ドルである。5モデル中で1タスク費用が最も安いのはこのモデルで、0.57ドルだった。
Kimi K3はArtificial Analysisの加重平均価格で約2.31ドル/100万トークン、速度は約32 tokens/s。高知能だが、待ち時間と費用が大きい。
Qwen3.8-Maxは入力2.00ドル(約320円)、出力6.00ドル(約960円)、キャッシュヒット0.25ドル。前世代のQwen3.7-Max(2.50/7.50/0.50ドル)から全項目で値下げされている。ただし1タスク費用は0.53ドルから1.14ドルへ倍以上に増えた。単価と実費が逆方向へ動いた実例である(第10章)。
単価だけでなく、1タスクを最後まで終える総トークン、再試行回数、待ち時間、人間の修正時間を測る必要がある。
17.オープンウェイトとローカル運用
GLM-5.2はMITライセンスで、公式Hugging Faceのモデルサイズは約1.51TB。Kimi K3は約1.56TBで、独自Kimi K3 License。MiniMax M3はMiniMax Community License。DeepSeek-V4-FlashはMITで、KimiやGLMより小さいが、総284Bのため一般的なGPU一枚で動く規模ではない。
Qwen3.8-Maxは総2.4兆パラメータで、強い量子化でも1TBを超える。8月10日の週にHugging FaceとModelScopeで公開すると表明しているが、8月6日時点で重みもライセンス条文も出ていない。同時公開予定のQwen3.8-27Bのほうが、現実的なオンプレミスの入口になる。
オープンウェイトだから安いとは限らない。GPU購入費、電力、冷却、ネットワーク、ストレージ、推論エンジン、運用人員、障害対応を含むTCOで比較する。
現実的な構成は、小型モデルをオンプレミスへ置き、最高難度だけKimi、GLM、MiniMax、Qwenなどのクラウドへ送るハイブリッドである。
18.自律実行の実演をどう読むか
各社は長時間Agentの実演を公表する。しかし実演は、一般ユーザーが同じ結果を再現できることを保証しない。
MiniMax M3は、長時間のコーディング、ブラウザ、Office、PC操作を訴求する。GLM-5.2は長時間のAgentic Engineeringを公式テーマにする。Kimi K3は巨大コードベース、視覚フィードバック、End-to-End Knowledge Workを強調する。DeepSeekは低価格で多数のAgentを並列化する方向に強い。
Qwenも実演を公表している。oh-my-cliというリポジトリを、空フォルダから本番稼働まで16日間・422コミットで自律開発し、全経過をGitHubで公開した。ただし公式Xでは「10日以上の自己進化型開発」とも表現されており、日数の表現に幅がある。ほかに500ターンを超えるチップ設計の最適化、365日分のEC戦略立案が挙げられている。この種の実演で自社が測るべきは時間ではなく中断回数である。
実演を見る時は、モデル、Harness、検索、ツール、再試行回数、予算上限、人間の介入、失敗例、評価条件を確認する。モデル単体の能力と、企業が作り込んだAgent基盤の能力を分けて考える必要がある。
19.API互換性と開発ツール連携
MiniMax M3、GLM-5.2、Kimi K3、DeepSeek-V4-FlashはOpenAI互換APIを利用できる。GLM、Kimi、DeepSeekはAnthropic互換やClaude Codeへの導入経路も整備される。
Qwen3.8-MaxはOpenAI互換、Anthropic互換、DashScope互換に対応し、ベースURLとモデルIDの変更だけで移行できる場合が多い。ただしモデルIDは正式版が`qwen3.8-max`、Preview版が`qwen3.8-max-preview`で別物である。Token Plan経由の設定をそのまま従量課金へ持ち込むと、意図しないモデルを呼ぶことになる。
API互換でも、Tool Call ID、Thinking Content、Streaming、JSON Schema、画像入力形式、エラーコード、Rate Limit、System Prompt挙動は異なる。Base URLだけを変えて本番移行せず、統合テストを行う。
企業は自社側にモデル抽象化層を持ち、モデル名、価格、障害、地域規制に応じて切り替えられるようにするべきである。
20.業種別の選び方
製造業では、図面、CAD、設備写真、作業動画、保全記録、ERP、MESを扱う。視覚とPC操作にはMiniMax M3、難しい設計やコードにはKimi K3、長時間実装や性能最適化にはGLM-5.2、大量ログ分析にはDeepSeek-V4-Flashが向く。Alibaba Cloud利用企業や中国拠点を持つ製造業はQwen3.8-Maxが導入経路として明確である。
ソフトウェア開発では、最高難度をKimi K3、長時間実装をGLM-5.2、UIとPC操作をMiniMax M3、大量Issue処理をDeepSeek-V4-Flashへ分ける。Qwen3.8-MaxはQwen Codeとの相性を自社リポジトリで検証する。
調査・記事制作では、Kimi K3とGLM-5.2が長文調査に有力。画像や動画資料が多い場合はMiniMax M3、資料の前処理と分類はDeepSeek-V4-Flashが向く。
財務・法務では、DeepSeekで大量抽出、KimiやGLMで複雑な比較、MiniMaxで画面操作を行い、最終判断は人間が行う。
日本語評価では、敬語、契約文、技術用語、固有名詞、日本法令、長文の自然さ、中国語混入、出典捏造を自社評価セットで確認する。
21.5モデルを使い分けるAIルーター戦略
ユーザー/社内システム
│
▼
タスク分類・機密判定
│
▼
AIルーター
├── 大量・定型・低遅延
│ └── DeepSeek-V4-Flash
├── 長時間実装・性能最適化
│ └── GLM-5.2
├── 高難度コーディング・研究
│ └── Kimi K3
├── PC操作・画像・動画業務
│ └── MiniMax M3
├── Alibaba Cloud統合・多言語業務
│ └── Qwen3.8-Max
└── 最終検証
├── 別モデルによるレビュー
└── 人間承認AIルーターは、難易度、入力長、画像・動画、PC操作、速度、予算、機密度、データ地域、出力長、ツール数、失敗影響、人間承認を判断する。
最初はDeepSeekで処理し、失敗すればGLMやKimiへ昇格する。画面や動画が必要ならMiniMax、Alibaba Cloud統合や多言語業務ならQwenへ送る。
この構成により、コスト削減、ベンダーロックイン回避、障害時切替、データ地域対応、新モデルA/Bテスト、価格変更対応が可能になる。
22.各モデルの弱点と注意点
MiniMax M3(第5章)
総合知能指数は5モデル中最も低い44。MiniMax Community LicenseはMITではなく、大規模商用利用の条件を確認する必要がある。PC操作はAgent基盤の安全設計に依存する。
GLM-5.2(第6章)
テキスト専用で画像入力を持たない。753B、約1.51TBで、自社運用は容易ではない。Coding Planは利用枠があり、完全無制限ではない。
Qwen3.8-Max(第7章)
重みとライセンス条文が8月6日時点で未公開。「オープンウェイト」は表明であって事実ではない。単価を下げたのに1タスク費用は倍以上になった。幻覚率が23%から40%へ悪化している。Preview版のモデルIDが公式文書に併存しており、呼び分けを間違えやすい。
Kimi K3(第8章)
2.8兆、約1.56TBでセルフホストが非常に難しい。出力速度も毎秒約32トークンと5モデル中最も遅い。Kimi K3 LicenseはMITではなく、商用条件を確認する必要がある。高知能だが速度と費用が大きい。
DeepSeek-V4-Flash(第9章)
画像入力を持たず、最高難度の総合知能ではKimiやGLMへ劣る。非常に長い推論を生成し、評価セット全体の出力トークン量は5モデル中最大だった。公表ベンチマークは未公開のDeepSeek Harnessで測られ、9項目すべてでClaude Opus 4.8が上回る。1日7時間のピーク時間帯に全課金項目を2倍にする改定が予告されている(適用日未定)。Jinja形式のチャットテンプレートが同梱されず、専用のencodingスクリプトを使う必要がある。
23.総合ランキング――ただし用途別に見る
以下は2026年8月6日時点の評価である。Artificial Analysisの計測値がある項目(第10章)はそれを優先し、それ以外は一次資料と機能構成から判断した。同一Harnessによる完全な第三者比較ではない。
第三者総合知能
Kimi K3:57
Qwen3.8-Max:56(参考値)
GLM-5.2:51
DeepSeek-V4-Flash-0731:50
MiniMax M3:44
長時間コーディング
GLM-5.2/Kimi K3
Qwen3.8-Max
MiniMax M3
DeepSeek-V4-Flash
PC操作・視覚Agent
MiniMax M3
Qwen3.8-Max
Kimi K3
GLM-5.2+GLM-V/外部視覚
DeepSeek-V4-Flash+外部視覚
1タスクあたりの費用(安い順)
DeepSeek-V4-Flash
MiniMax M3
GLM-5.2:0.57ドル
Kimi K3:0.86ドル
Qwen3.8-Max:1.14ドル
トークン単価の順位とは一致しない。Qwen3.8-Maxは単価でKimi K3の3分の1以下だが、1タスク費用では上回る。
知識の正確さ
Kimi K3
GLM-5.2
DeepSeek-V4-Flash-0731:AA-Omniscience -16(幻覚減少で+7改善)
MiniMax M3
Qwen3.8-Max:幻覚率23%→40%へ悪化
オープンウェイトの扱いやすさ
GLM-5.2:MIT、量子化版が豊富、FP8なら8×H200の1ノード
DeepSeek-V4-Flash-0731:MIT、4×GB300の1ノード、llama.cpp対応
MiniMax M3:独自Community License
Kimi K3:独自ライセンス、1.56TBでマルチノード必須
Qwen3.8-Max:重み未公開
用途別の推奨
【最高難度の総合知能】Kimi K3
【長時間実装・性能最適化】GLM-5.2
【PC操作・画像・動画】MiniMax M3
【大量・高速・低価格】DeepSeek-V4-Flash
【Alibaba Cloud統合・多言語業務】Qwen3.8-Max
【制約の少ない商用オープンウェイト】GLM-5.2/DeepSeek-V4-Flash
【Claude Code型開発】GLM-5.2/Kimi K3
【Codexバックエンド】DeepSeek-V4-Flash
【コンテンツ制作】MiniMax M3+H3
24.確度の三分類と、この記事が一度間違えた話
本稿では、情報の確度を三段階に分けて扱ってきた。ベンダー公式資料で確認した数字を「公式確認」、報道機関やイベント発言に依存する内容を「報道ベース」、Artificial Analysisなど第三者が独自に計測した数字を「第三者検証」と呼ぶ。公式に確認できない報道値やSNS上の数値は、確定仕様として採用しない。
この方針自体は正しい。ただし、正しい方針を持っていても間違えることがある。実際、この記事は一度間違えた。
いったん、次のように書いたのである。
Qwen3.8-Maxは`qwen3.8-max-preview`であり、正式版への移行、2.4兆パラメータ、入力2ドル・出力6ドル、重み公開予定は公式確認できないため削除する
DeepSeek-V4-Flash-0731という7月31日の更新は公式変更履歴で確認できないため削除する
第三者指数はKimi 57、GLM 51、MiniMax 44、DeepSeek 40の4モデルのみ
そのあと一次資料へ当たり直したところ、三つとも誤りだった。何が起きたのかを書いておく。同じ穴は誰でも踏む。
【何を見て、そう判断したか】
Qwenについては、Alibaba Cloud Model Studioのモデル一覧を確認した。そこには`qwen3.8-max-preview`がToken Plan限定・中国北京リージョンとして掲載され、「Preview終了後に置き換わる」と注記されている。これは実際に載っている。読み違えではない。
DeepSeekについては、API変更履歴ページを確認した。最上段は4月24日のV4公開で、7月31日の項目がない。これも実際にそうなっている。
【なぜそれでも誤りだったか】
公式資料は一枚岩ではない。同じ会社の別の棚に、別の状態が置かれている。
Qwenの正式版は、Model Studioのモデル一覧ではなくDashScopeとQwenCloudで`qwen3.8-max`として稼働していた。VercelのAI Gatewayには8月2日から登録され、Artificial AnalysisはAlibabaの公開APIで実際に計測し、Bloombergは8月3日に2.4兆パラメータのモデルとして報じた。Preview版のページが残っていることと、正式版が存在しないことは別である。
DeepSeekの0731は、変更履歴ではなくHugging Faceにあった。`deepseek-ai/DeepSeek-V4-Flash-0731`のモデルカードには、MITライセンス、9項目のベンチマーク表、arXiv:2606.19348への技術報告書リンクが揃い、先月だけで43万件以上ダウンロードされている。変更履歴に載っていないことと、リリースされていないことは別である。
第三者指数については、もっと単純だった。Artificial AnalysisはQwen3.8-Maxに53を付けたあと、エンドポイントの不具合を理由にチャートから一時的に外し、再計測して56を出した。外れていた時間帯に確認すれば「確定値なし」に見える。DeepSeekの40は、4月Previewの値である。同じモデルIDで中身が入れ替わったため、参照先の更新時期で数字が変わる。
【そこから引ける教訓】
「公式で確認できない」は「存在しない」ではない。前者は自分の探索範囲についての記述で、後者は世界についての記述である。この二つを取り違えると、慎重さがそのまま誤りに変わる。
未確認情報を確定として書くのが一つの失敗なら、確認できたはずの事実を「未確認」として消すのはもう一つの失敗である。方向が逆なだけで、読者が受け取る像が歪む点では同じだ。
実務的には、一つの棚で見つからなかったとき、少なくとも次の四つを当たるとよい。
モデル配布ページ(Hugging Face、ModelScope)とそのライセンスファイル
第三者評価機関の個別モデルページ(価格欄はベンダーAPIの実値であることが多い)
推論プロバイダーとゲートウェイ(OpenRouter、Vercel AI Gateway、各クラウド)の登録状況
一次報道(Bloomberg、Reutersなど発表当日の取材記事)
そのうえで、本稿が扱った情報を確度別に整理する。
【一次資料で確認済み】
MiniMax M3:総4,280億/活性約230億、1M、画像・動画入力、MiniMax Community License、重み公開済み
GLM-5.2:総7,530億/活性約400億、1M、IndexShare、MIT、重み公開済み
Qwen3.8-Max:8月3日正式版、総2兆4,000億/活性約950億、1M、入力2.00/出力6.00/キャッシュ0.25ドル
Kimi K3:総2.8兆/活性1,040億、896専門家中16活性、1M、Kimi K3 License、重み1.56TB公開済み
DeepSeek-V4-Flash-0731:総2,840億/活性130億、1M、MIT、7月31日に重み公開、arXiv:2606.19348
【第三者検証】
Artificial Analysis Intelligence Index v4.1(Kimi 57/Qwen 56/GLM 51/DeepSeek 50/MiniMax 44)、1タスク費用、出力トークン量、出力速度、GDPval-AAのElo。ValsによるKimi K3のTerminal-Bench 2.1計測(80.9)
【発表ベース】
各社の公表ベンチマーク全般。ハーネス、推論量、温度、ツール、検索環境が各社で異なる。特にTerminal-Benchは2.0と2.1で別の試験であり、Kimi K3の88.3(2.0)とGLM-5.2の81.0(2.1)を横並びにしてはならない
【報道ベース】
GLM Coding Planの上位価格、Qwenの自律開発日数の食い違い(16日と「10日以上」)、Ion Stoica氏の「差は2〜3カ月」という評価
【まだ確定していない】
Qwen3.8-Maxのライセンス条文と重みの実配布、DeepSeekのピーク時間帯課金の適用開始日、DeepSeek Harnessのminimalモードの公開、5モデルの日本語品質に関する独立評価
企業が選定する際は、第三者検証を出発点にし、発表ベースを仮説として扱い、自社の評価セットで確かめる。そして、確認できなかったものについては「確認できなかった」と書く。「存在しない」と書かない。
25.中国LLM市場で起きている構造変化
第一に、100万トークンが標準になった。5モデルすべてが1Mを名乗る時点で、上限値は差別化にならない。次の競争は有効精度、長文速度、KVキャッシュ費用、中央情報の保持、そして長文追加料金の有無へ移る。中国勢が全域フラット料金を採る一方、欧米勢の多くが長文で単価を上げている点は、当面の実務的な差になる。
第二に、Attentionの効率化が主戦場になる。MiniMaxのMSA、KimiのKDA、Z.aiのIndexShare、DeepSeekのCSA+HCA、QwenのGated Delta Networks。5社が5通りの答えを出し、しかもそのほとんどを論文か重みの形で公開している。アーキテクチャの秘匿ではなく、実装と運用で差をつける競争になっている。
第三に、二極の下側が上側へ急速に近づいている。Kimi K3やGLM-5.2は高難度推論と長時間開発、DeepSeek-V4-Flashは大量の定型業務と並列Agentを担当するという棲み分けは残る。しかし総パラメータ2,840億のDeepSeekが、7,530億のGLM-5.2に第三者指数で1ポイント差まで迫った。しかもアーキテクチャは変えず、事後学習だけで。「どのモデルか」より「どう訓練し、どのHarnessで動かすか」が効く領域が広がっている。
第四に、オープンウェイトの規模が兆単位へ拡大する。Kimi K3は2.8兆、Qwen3.8-Maxは公開されれば2.4兆、GLM-5.2は7,530億、MiniMax M3は4,280億、DeepSeek-V4-Flashは2,840億である。ただし「重みが公開されている」と「自社で動かせる」の距離は、モデルが大きくなるほど開く。巨大ウェイトを効率よく動かせる企業は限られ、推論基盤はクラウドへ集中する可能性がある。
第五に、ライセンス差が重要になる。MITのGLMとDeepSeekは商用利用条件が明快だが、MiniMaxとKimiは独自ライセンスである。モデル性能だけでなく法務確認が必要になる。
第六に、企業が購入する価値はモデル以外へ広がる。API、Agent、ツール、クラウド、セキュリティ、データ連携、業務テンプレート、開発環境、サポート、データ地域、SLAが採用を左右する。
第七に、Previewと正式版を分けて扱う能力が必要になる。Qwen3.8-Maxのように、同じ社の公式資料へPreview版と正式版が併存する例が出てきた。モデルIDを取り違えれば、性能も価格も違うモデルを呼ぶことになる。抽象化層と評価セットを常設し、いつでも差し替えられる体制が重要である。
第八に、発表の周期が四半期を切った。6月1日から8月3日までの9週間で5モデルが動いた。この速度では、選定を確定させる意味が薄れる。正しいモデルを選ぶ能力より、選び直し続けられる体制のほうが価値を持つ。
26.最終結論
MiniMax M3は、総4,280億/活性約230億で100万トークン、画像・動画理解、PC操作を統合し、AIが画面を見て働く方向を示す。第三者総合知能では5モデル中最下位の44だが、この組み合わせを持つオープンウェイトモデルは他にない。
GLM-5.2は、総7,530億/活性約400億と100万トークンを長時間のAgentic Engineeringへ変える。MITライセンスで、量子化版も豊富で、自社環境へ持ち込むハードルが5モデル中で最も低い。1タスク費用0.57ドルは5モデル中最安水準でもある。ただしテキスト専用で、画像入力の口がない。
Qwen3.8-Maxは、総2兆4,000億/活性約950億の企業基盤型モデルである。8月3日に正式版へ移行し、第三者指数56でClaude Opus 4.8と並んだ。201言語対応とAlibaba Cloud統合が強みだが、重みとライセンスは未公開で、単価を下げたのに1タスク費用は倍増し、幻覚率も悪化している。
Kimi K3は、総2兆8,000億/活性1,040億、ネイティブ視覚、100万トークンを備え、第三者総合知能57で首位に立つ。一方、自社運用は1.56TBのマルチノードクラスタを要し、出力速度も毎秒約32トークンと5モデル中最も遅い。
DeepSeek-V4-Flash-0731は、総2,840億/活性130億をMITライセンスで提供する。アーキテクチャを変えずに事後学習だけでDeepSWEを7.3から54.4へ引き上げ、第三者指数でもGLM-5.2に1ポイント差まで迫った。大量Agent配備の現実解である。
企業は一つのモデルへ統一せず、標準・大量処理をDeepSeek、長時間実装をGLM、高難度知識労働をKimi、視覚・PC操作をMiniMax、Alibaba Cloud統合と多言語をQwenへ振り分けるべきである。
そして、この記事を書いていて最も強く感じたのは、モデルの優劣より情報そのものの扱いの難しさだった。Qwen3.8-Maxの正式版は、Alibaba Cloudのモデル一覧だけを見れば存在しない。DeepSeek-V4-Flash-0731は、API変更履歴だけを見れば存在しない。どちらも一次資料である。それでも、別の一次資料には反対のことが書いてある。
2026年の中国LLM競争は「どのモデルが最大か」ではなく、どのモデルが、どの仕事を、どのコストと権限で最後まで完遂できるかを競う段階へ入った。そしてそれを追いかける側にも、一つの棚で見つからなかったときに別の棚を開ける習慣が要る。
「公式で確認できない」は、自分の探索範囲についての記述である。世界についての記述ではない。
付録 自社で確かめるための手順
ここまでは、公開されている仕様と第三者の計測値をどう読むかという話だった。ここから先は、それを自社の判断へ変えるための手順である。本文が「何が分かっているか」なら、付録は「何を自分で測るか」にあたる。
付録Aが評価項目の一覧、付録Bが実際に走らせるPoCの設計、付録Cが全体を読み直すための視点である。導入検討に入っていない読者は、ここで読み終えて構わない。
付録A.企業導入時の評価項目
5モデルを実際に導入する場合、公開ベンチマークだけでは不十分である。自社の業務を再現した評価セットを作るべきだ。
品質評価では、正解率、事実誤認率、引用の正確性、指示遵守、日本語品質、中国語品質、コードのテスト合格率、画像理解、長文中央部の情報保持、Tool Calling成功率を測る。
運用評価では、初回応答時間、タスク完了時間、一件当たりトークン数、再試行回数、同時実行数、Rate Limit、障害率、APIタイムアウト、キャッシュヒット率、月額費用を測る。
安全性評価では、機密情報漏えい、プロンプトインジェクション、不正ツール実行、誤送信、誤削除、権限逸脱、監査ログ、人間承認、ロールバック、データ保存地域を確認する。
ベンダー評価では、契約条件、SLA、サポート、モデル更新頻度、廃止予告、価格改定、オープンウェイトライセンス、商用利用条件、Fine-Tuning可否、データ学習利用条件を確認する。
費用評価では、100万トークン単価ではなく1タスク単価を測る。同じ業務を各モデルへ与え、完了までの総入力トークン、総出力トークン、思考トークン、キャッシュヒット率、再試行回数、所要時間、人間の修正時間を記録し、合計金額を出す。第10章で見たとおり、単価と実費の順位は一致しない。
付録B.実証実験の推奨シナリオ
コーディングでは同じGitHub Issueを5モデルへ与え、修正完了率、テスト合格率、変更ファイル数、不要変更、セキュリティ問題、作業時間、API費用、人間のレビュー時間を比較する。
長文文書では同じ契約書、仕様書、議事録を与え、重要条項抽出、矛盾検出、出典ページ、要約の漏れ、中央部情報保持、日本語の自然さを比較する。
Agentでは同じブラウザ・ファイル操作環境で、調査、表作成、ファイル保存、メール下書き、最終報告を依頼し、途中の誤操作、再試行、ツール選択、承認要求を記録する。
マルチモーダルではスクリーンショット、設備写真、操作動画を与え、対象物認識、異常候補、時系列理解、UI修正提案、説明根拠、見落としを比較する。
大量処理では1000件の問い合わせや文書を処理し、総費用、総時間、エラー率、再試行率、同時実行、品質分布を測る。この試験ではDeepSeek-V4-Flashのような高速モデルの価値が見えやすい。
付録C.中国LLM新五強を読むための六つの視点
第一にオープンウェイトである。中国企業は巨大モデルの重み公開を進め、世界の開発者、クラウド企業、政府、研究機関が自前運用できる環境を作ろうとしている。
第二に推論コストである。DeepSeekに象徴される低価格戦略は、モデルを一人の助手として使うのではなく、数百、数千のAgentとして使う経済性を生む。
第三に長文である。100万トークンは、AIを単発回答から長時間労働へ変える基盤になる。
第四にマルチモーダルである。MiniMax M3やKimi K3は、画像や動画を単なる入力形式ではなく、行動結果を確認するセンサーとして使う。
第五にクラウドと産業基盤である。Qwenの強さはAlibaba Cloud、EC、物流、データ基盤と結び付く。モデル単体の点数では測れない。
第六に確度である。仕様と価格は確認できる。性能主張は、第三者が同じ条件で測るまで仮説にとどまる。そして「公式で見つからない」は「存在しない」ではない。第24章で詳しく書いたとおり、この区別を崩すと、慎重さがそのまま誤りへ変わる。
この六点を組み合わせると、中国AIの競争は単なるLLM開発競争ではなく、企業活動のOSを巡る競争であることが見えてくる。
読者が持ち帰るべき一つの判断軸
モデルを選ぶ時、最初に「どれが一番賢いか」と聞いてはいけない。
先に決めるべきなのは、
何時間働かせるのか
画像や動画を見る必要があるのか
PCや社内システムを操作させるのか
一件の失敗がどれほど危険か
月に何件処理するのか
データをどの国・どのクラウドへ置けるのか
重みを自社で保持する必要があるのか
である。
この条件が決まれば、5モデルの役割は自然に分かれる。
最強モデルを一つ選ぶのではなく、最適なモデルを仕事ごとに配属する。
これが、中国LLM「新五強」時代の企業AI戦略である。
27.主要公式資料とリンク集
確度の区別は第24章を参照。
MiniMax
GLM/Z.ai
Qwen/Alibaba Cloud
Kimi/Moonshot AI
DeepSeek
第三者評価
実勢価格と提供状況
報道・解説(報道ベース)
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