木の板4枚で、車椅子の父の世界が広がった話
この企画の記事を開いて真っ先に思い浮かんだのは、2年前に転落事故で右半身不随となり車椅子生活を余儀なくされた父と、父の介護をする母のことだった。
もしかしたら企画の主旨とは少しズレてしまうかもしれない。
でもこの記事をきっかけに、同じように車椅子を利用する人や介護をする人のちょっとした不便を取り除いたり、車椅子が全く無縁な人も道端ですれ違う車椅子利用者に対してあたたかい目を向けてもらえるような、そんな優しい世界が広がってほしい⸻
そういった思いを込め、車椅子生活での努力や葛藤、そして両親のアイデアを届けたいと思う。
―青天の霹靂―
母からの、嘘みたいな電話
2023年4月1日。嘘みたいな日に、母から突然嘘みたいな電話がかかってきた。
「○○○(私の名前)、落ち着いて聞いて…お父さん、崖から落ちて命が危ないかもしれん…」
⸻えっ?
いつも思ったことが秒で口からダダ漏れる私が、まさに“言葉を失う”という経験をしたのは、後にも先にもこの時だけだ。
「エイプリルフールやからって、そんなタチの悪い冗談やめてよ〜!」なんて返す気にもならなかったのは、クソ真面目を絵に描いたような母がそんな冗談を言うはずがないと分かっていたから。
父は出先で寄った公園で、少し盛り上がった丘のようなところを駆け上ったら、その先が2mほどの崖になっていて勢いよく頭から転落してしまったとのことだった。
⸻そんなことある?
ずっと嘘みたいな話を聞かされている気分だった。嘘ならどれだけいいだろうと思いながら、電話の向こう側で絞り出すように声を出す母の話をただただ聞いていた。
一命を取り留めた父
頭から転落し首や肋骨など数ヶ所を骨折した父だったが、手術後幸いにも一命を取り留め、脳に異常はなく意識はしっかりしていた。
しかし首を骨折した代償は大きく、頸椎を損傷しているため今後は寝たきり状態になるかもしれないと医師から告げられた。
リハビリ病院に入院することになった父は、死に物狂いでリハビリを行った。というのも、父は転落事故が起きる半年ほど前にキャンピングカーを買ったばかりだった。
車の運転をするのが大好きな父は定年を間近に迎え、老後は母とのんびり車中泊をしながらいろんなところへ行くのが長年の夢…
いや、“長年の夢”なんてありふれた言葉を使うと父の想いが軽く流れてしまいそうな気がするので少し補足をすると、私が物心つく頃にはすでにたくさんのキャンピングカー雑誌が家にあり、その雑誌をお風呂場にまで持ち込んではページがふやふやになっても何度も読み返すぐらい想い続け、30年越しにやっとの思いで購入した憧れのキャンピングカーだった。
父はその夢を叶えたい一心で過酷なリハビリをがむしゃらに続けた。
一度は寝たきり状態になるかもしれないと言われた父だったが、懸命なリハビリの甲斐あって介護ベッドを使えば何とか起き上がれるようになり、車椅子にも座ることができるようになった。
これだけでも十分奇跡だった。
ただ、もう二度とキャンピングカーを運転することはできないと悟った父は、泣く泣く買ったばかりのキャンピングカーを手放し、徐々に塞ぎ込むようになっていった。
手押しの車椅子から電動車椅子へ
退院後、私が住んでいる東京に両親を呼び寄せ、うちの近くにマンションを借り、両親はそこに住むことになった。
田舎から東京に引っ越して車椅子生活が始まった父だが、ベッドに寝たきりのままYouTubeを見るばかりで、一日中家に引きこもることが多くなっていった。
父も母も、昔から知らない土地に行くことが好きで、東京という都会に出てきて興味をそそられないはずはないのだが、身長178㎝、体重は80kg近くある恰幅の良い父が、車椅子でどこかへ行くには余りにも立ちはだかる壁が多過ぎた。
まず右半身が不随となった父は自分で車椅子を動かすことができない。そのため母が車椅子を押すのだが、父とは真逆で150㎝しかない小柄な母が車椅子を押すのはかなりの重労働。ましてや東京は坂の多い街。田舎より道が舗装されているとはいえ、少しの坂が心臓破りの坂に変わる。
また、単純に車椅子を押すということが意外と難しい。前方の距離感が掴めず、エレベーターに乗る際に進み過ぎて何度か父の足を壁に激突させてしまった。(お父さん、ごめん…)
ものは試しにと、私も車椅子を借りて乗ってみたが、慣れていない人が押す車椅子は思った以上にスピードが速く、何より怖い。
さらに人生の中で気にも留めたことのないような小さな段差も、父を乗せた車椅子で上るのは一苦労。パワーにはそこそこ自信がある私と母の二人がかりでも、小さな段差を上ることができず幾度となく周りの人に助けていただいたことがある。
特に横断歩道の先が段差になっていることが多いので、横断歩道を渡り切ることにいつも命懸けだった。
自由を奪われこのまま引きこもりが加速するのではないかと心配していたが、父はある日こんなことを言い出した。
「電動車椅子やったら、自分でどこでも行けるんちゃう?」
そんなことを思いついもんだから、是が非でも電動車椅子に乗って、いろんなところに行ってやる!と、またリハビリを積極的に行うようになった。
障害者手帳の等級確定や、父の体格に合わせたオーダーメイドの電動車椅子の出来上がりに思いの外時間がかかってしまったが、1年後ようやく父の元に念願の電動車椅子が届いた。
少年のような顔をして嬉しそうに電動車椅子を乗る父を見て、私も込み上げてくるものがあった。
―4枚の木の板が世界を広げる―
段差をスムーズに上るためのアイデア
電動車椅子を乗るようになってからは、父の自由度が増し母の負担もかなり軽減されたため、両親の外出頻度は格段に多くなった。特に坂道問題が解決した事はとても大きかった。
しかし依然、段差という壁は乗り越えられないままでいた。
そこで両親が考えたのは4枚の木の板をスロープ代わりにするということだった。

小さいスロープを作る

ちなみに下の大きい方の板はホームセンターで木材をカットしてもらったもの、上の小さい方の板はかまぼこの板を使っているらしい。
なんとも低コストで、しかも段差に合わせて簡単に調整できるのが素晴らしい。
思わず「何これ!?めっちゃ天才やん!!」と驚く私に、父も母も「せやろ〜!」と少し誇らしげだった。
アイデアの源は「楽しむ」ということ
Amazonで「車椅子用スロープ」と検索すると、頑丈そうで折り畳みもできるちゃんとしたスロープがいくつも出てくる。しかし両親が求めたのは“ちゃんとしたスロープ”ではなく、日常的に困る小さな段差に対応できて、持ち運びも邪魔にならず、安く買える“簡易的なスロープ”だった。
それは二人一緒に楽しむためにはどうすれば良いか、そのためには何を選ぶのがベストなのか、ただそれだけを追求したら見えてきた理想の形だ。
そんな両親の近況はというと
「こないだ初めて、二人でコメダ珈琲行ってお茶して来たんや〜!」
「前にテレビでしやったオムライス屋さんに行きたいから、赤レンガ倉庫までついてきて〜!」
などと、持ち前のミーハーっぷりを全力で発揮しながら東京ライフを楽しんでいる。
そしてキャンピングカーに変わる父の今の夢は、電動車椅子でキャンプをすること。
そのためにコットで横になる練習をしたり、ベッドの柵を掴みながらスクワットをしたりと、血の滲むようなリハビリに励んでいる。(あぐらがかけなくなった父は、もう一度地べたに座れるようになりたいと、文字通り膝を血まみれにしながらリハビリを行っている姿を見た時は思わず涙がこぼれた。)
―気恥ずかしくて直接言えない想い―
「僕が車椅子に乗るようになってから、前から来る人がみんなモーゼの海割りのように僕を避けて歩いてくれるからありがたいんや〜」
と、冗談めかしてゲラゲラ笑っているような父だが、自分の身体の状態を受け入れるにはかなりの時間と勇気が必要で、人知れず涙を流していたことを私は知っている。
母は母で、日々の介護はもちろん、父の障害者手帳の手続きやら障害年金の手続きやらで何度も役所に足を運んだりと忙しい毎日を送っているが、父の介護に対しては一度も不満を聞いたことがなく、本当に頭が上がらない。
そんな二人はおしどり夫婦かというと、毎日のように口喧嘩が絶えずなかなかやかましい。
最後まで美談で終わりたかったが、ここはあえて正直に言おう。笑
だけど、どんな状況でも楽しむための努力を惜しまない父と、介護が必要な父と一緒に楽しみたいとサポートし続ける母を、私はとても尊敬している。
―あとがき―
生きる希望を与えてくれた天才たちに、感謝の気持ちを込めて
最後までお読みいただきありがとうございます。
木の板で段差を上る父の姿を見て「このアイデアすごい!!もしかしたら同じように車椅子生活の中で、ちょっとした段差に困っている人の助けになるかもしれない!」と思い、いつかnoteで書こうと写真を残してあったところに、ちょうどこの企画が流れてきたので、多くの人の目に止まるかと思い便乗させていただきました。
しかし、この記事を書いてるうちに「そもそも私たちは“これ考えた人天才”というアイデアに生かされているのかもしれない。」と、ふと思いました。
今の父にとってなくてはならない電動車椅子や介護ベッド、そしてなかなか重いものを買いにいけない両親が、日頃からよく利用しているAmazonなど⸻
もしかしたらそれらも誰かの苦しい経験や、困っている人の助けになりたい、そんな想いから生まれた商品やサービスなのかもしれない。そんな風に考えているうちに、なんだか私の心まで少しあたたかくなりました。
どうか皆さまの手が届く半径1mも、優しい世界で溢れますように。

