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朝4時から夜10時まで働いて、「残業はゼロ」 和尚さんが語る“究極のホワイト企業”の話








​「短く働く」が正義の時代 「働く」と「生きる」の境界線とは


​「ワーク・ライフ・バランス」。

この言葉が定着して久しい今、世の中の風潮は「仕事の時間は、短ければ短いほど良い」という方向へ進んできました。


残業は悪、定時退社は正義。空いた時間で、趣味や好きなことを楽しむ。それが理想的な人生だと、誰もが思っています。


​しかし最近、国のトップが変わり、働き方や収入の壁についての議論が再燃しています。「もっと働けるようにすべきか」、「いや、時間は減らすべきか」。

制度が変わるたびに、私たちは一喜一憂します。


​もちろん、誰もが長時間労働で心身をすり減らすことなど望んでいません。できることなら、嫌なことは手短に済ませて、自分の好きな時間を持っていたい。それは当然の願いです。

​ですが、ここで一つ、少し立ち止まって考えてみたいのです。


もし、「働く時間」と「生きる時間」が、喧嘩せずに仲良く手を取り合える生き方があるとしたら?


ごく稀なケースかもしれませんが、和尚さんの「働き方」には、数字や制度に振り回されない、幸せのヒントが隠されているかもしれません。




 「じゃあ、和尚さんは無職ってこと?」朝から晩まで働く和尚さんが“一番幸せ”な理由

「和尚さんって、毎日何時から何時まで働いているの?」

ある日の夕暮れ時、さとるくんが少し心配そうな顔で尋ねました。


「お寺の朝は早そうだし、夜は残業とかあるのかなって」


​和尚さんは、ほうきの手を休めて答えます。


「わしか? 朝は4時に起きて、夜は10時頃に寝ておるぞ」

「えっと…お仕事の時間は?」

「一緒じゃよ。起きてから寝るまでじゃ」

​さとるくんは目を丸くしました。


「えっ? 起きてから寝るまでずっと仕事ってこと? それって…」

「わしの場合は、そういうことになるのう」


​「和尚さん、働きすぎだよ!」さとるくんは声を上げました。「残業はないの? 僕のお父さんは最近早く帰ってくるようになって、疲れも減ってるみたいだよ。和尚さん、毎日へとへとになっちゃうよ」


​すると和尚さんは、「はっはっは!」と豪快に笑いました。

「残業なんぞ、一つもないわい。見てみい、この通りピンピンしておるぞ」

「ええっ…?」


​「わしのはな、やりたくてやっておることじゃからな。仏様に手を合わせ、庭を掃き、こうしてさとるくんと話す。これでもまだ、一日24時間では足りないくらいじゃ」


​さとるくんは、ポカンとしています。


「どうしてそんなに長く仕事ができるの?」

​和尚さんは、さとるくんの目線に合わせてしゃがみ込み、優しく言いました。


「そうじゃのう。これは、わしがこれを『仕事(労働)』とは思っておらんからかもしれんな」

「仕事じゃないの?」

「うむ。だからな、わしはとても幸せなんじゃ。わしは生まれてからずっと、嫌な仕事をせずに生活をしておるのじゃから」


​「すっ、すごいね…」

​和尚さんは、さとるくんの頭をポンと撫でました。


「ただしな、さとるくん。間違ってはいかんぞ。嫌な仕事、辛い仕事は、長くやってはいかん。体や心が病気になってしまうほど無理をするのは、絶対にダメじゃ


「うん…」


「わしは、たまたま好きなことを、好きなだけさせてもらっているだけなんじゃよ」


​さとるくんは、少し考えてから、いたずらっぽく笑いました。

「じゃあ、和尚さんは『無職』みたいなものなのかな?」


​和尚さんは、一層大きな声で笑いました。

「はっはっは! 確かにそうかもしれんのう。毎日が日曜日で、毎日が仕事。…いやはや、ありがたいことじゃ」




​「労働」を「精進」に変える 仏教が教える、疲れを知らない生き方


​和尚さんのように「起きている間ずっと働いているのに、ストレスがない」という状態。これは仏教の視点で見ると、「精進(しょうじん)」という言葉で説明がつきます。


​1. 「努力」ではなく「喜び」としての精進

​仏教でいう「精進」とは、単に「歯を食いしばって頑張る努力」のことではありません。

本来の意味は、「混じりけのない純粋な心で、善い行いを楽しみながら続けること」を指します。

嫌々やることは「苦行」ですが、自ら進んで、喜び勇んで行うことは「精進」なのです。和尚さんにとって、読経や掃除、人々との対話は、義務ではなく、自らの命を輝かせるための喜びそのものになっているのです。だから、長時間であっても心が疲弊しないのです。


​2. 「恩返し」だと思うと、苦痛は消える【知恩報徳】

​特に浄土真宗などの教えでは、私たちの日々の行いを「報恩感謝(ほうおんかんしゃ)」として捉えます。

「私が生きているのは、阿弥陀様やご先祖様、周りの人々のおかげ」と受け止めた時、日々の仕事や家事は「やらされるもの」から、「感謝の気持ちを表現する場(恩返し)」へと変わります。


「生活のために仕方なく」という思いが強いと、1時間は永遠のように長く感じられます。しかし、「誰かの役に立ちたい」「ありがたい」という思いがベースにあると、その時間は自分自身を満たす豊かな時間へと変わるのです。


​もちろん、和尚さんも言っていたように、現代社会で心身を壊すような長時間労働は避けるべきです。制度としての「働き方改革」は必要です。


しかし、それと同時に、私たち自身の心の中で「仕事を、やらされるものから、自らを表現する喜びへ」と変えていく、小さな「心の働き方改革」も、大切なのかもしれませんね。





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