自己紹介します
公認発表されてから自己紹介をしていないことに気付きました。
当面、ブログの方針は日々の考えを発信する場にしたいと思っていましたが、まずは私の格差への問題意識が何に起因しているかを、再整理する意味も込めて、社会人になるまでを振り返ってみます。
(社会人となってから現在の政権運営に危機感を覚え、政治家を目指すまでの経緯はこちらにまとめています。【政治家を目指す】)
しかし……
貧困という軸で半生を振り返ると、思ったより暗い内容になりそう……
読んでいて楽しいものじゃないので、なるべく普通の話も織り交ぜていきますね。
私は1995年生まれ、東京都清瀬市育ち、現在30歳です。
父はアニメーター、母は専業主婦でした。
(少し自慢ですが、父は私の大好きな映画『ルパン三世 カリオストロの城』に携わっていて、エンドロールに名前が載っています。)
小中学生時代はサッカー少年でした。背が小さく、テクニックもなかったので、とにかくガッツが信条。小柄な体を活かして積極的に飛び込み、20cm背の高い相手にもヘディングで競り合っていました。
(その結果、引退試合で頭部を負傷し、救急車で運ばれることになりました。)
なぜそこまで頑張れたのか。サッカーが好きだったのはもちろんですが、チームメイトから「サンキュー」「ナイスー」と声をかけられるのがとにかく嬉しかったからです。
チームプレーが好きで、大切な仲間に「貢献する」という実感が、私にとっての喜びの原点でした。
これは政治家を目指すようになった動機にもつながっています。
同時に、小中学生時代は家庭の事情が他人と違うことに、大きなコンプレックスを抱き始めた時期でもありました。
母は私が生まれる前に交通事故で高次脳機能障害、器質性精神障害を負いました。
症状が改善することはなく、入退院を繰り返し、ケアに追われた父が焦燥しきっていたのを記憶しています。
子供時分の私は「なぜ自分の家だけこうなのか」と考え、友達の家に遊びに行くと、自分の家に帰るのが嫌になりました。
本来、一番家族が理解し支えなければならない母の障害に対し、当時の私は十分に寄り添うことができませんでした。
高校では、父がテニスをやっていたこともあり、テニス部に入りました。(本当はサッカーがへたっぴだったから)
個人競技になったことで、勝ち負けにはあまりこだわらず、楽しく続けていました。しかし、高校3年生に上がるとき、陸上部が人数不足で存続の危機に陥り、友人に頼まれて転部。
卒アルには陸上部として載っています。
一方で、高校3年生の頃から、父が腹痛を訴えて病院に通うようになりました。
症状が悪化し、入院。生きがいとしていたアニメーターの仕事を辞めざるを得なくなりました。
母の症状も悪く、そのうえ入院中の父の日用品をすべて捨てたり、お金を使い込んだり……
このころ、家庭内の喧嘩は絶えませんでした。
大学に入学してすぐ、父のがんが伝えられました。
春先のことでした。余命は半年。
激しく動揺しました。
今そこにいる父が、もうすぐいなくなる。その現実が耐え難く、泣き崩れました。
父と母は1月には知っていたようですが、私には隠していました。
余命宣告された10月を越え、父は12月20日に亡くなりました。
母は現実を受け入れられず、父の最期も、葬式にも来れませんでした。
生活費のために奨学金を借り増しました。
専攻していた電子・機械工学は私に向いていましたし、何より「これからの人生をどうするか」を考えると、勉強に身が入りました。
不思議なことに、父が亡くなってからの方が成績は上がりました。
学びに貪欲になり、大学院に進学。研究報告のため、国内外3回の学会に出席しました。
結局、奨学金は800万円まで膨らみました。
気が滅入る額ですが、生きていくため、幸せになるため、安定した仕事に就き、安定した人生を得たい。
そう考え、日本の基幹産業である自動車業界への就職を決意しました。
企業理念に共感し、本田技研工業に入社。今に至ります。
ホンダスピリッツと政治について、また別の機会に書きたいと思っています。
以上、半生を振り返りました。
父が亡くなってからというもの、金銭的な困窮は加速しました。
父が病気を患ったことは「自己責任」なのでしょうか?
母が交通事故にあったことは「自己責任」なのでしょうか?
すべてのリスクを回避して生きることなど誰にも不可能です。
つまり多くの社会問題、特に非自発的な貧困は、間違いなく「社会責任」です。
かつて自己責任論のもとで困難を強いられてきた自分が、いま「社会責任」で困窮している人たちを見て見ぬふりをしていいのでしょうか?
ドイツの思想家ハンナ・アーレントも言っているように「悪とは、システムを無批判に受け入れることである」です。
「社会責任」を放置していることはこれに当たるのではないでしょうか。
今の日本は
・ 国民の6.5人に1人が貧困
・ 一人親世帯の2世帯に1つが貧困
・ 高齢者の5人に1人が貧困
気が付けば、こんなにも苦しく、悲しい社会になっています。
偏在化した富の再分配とリスクの社会化を進め、社会全体として幸福を最大化する。
「社会責任」を見て見ぬふりせず、システムそのものを変えていきたい。
それが私の人生が与えてくれた想いです。
