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「ちゃんと評価します」は、どの時代の物差しで評価するのか

こんにちは。

前回、「給料は、能力の値段でもない」という話を書きました。

給料は、その人の能力だけで決まるわけではありません。会社の財布があり、採用目的があり、市場の需給があり、前職給与という過去の値札があり、その中で希望年収や交渉の仕方も影響する、複合的に決まるという話でした。

その中で、ひとつ大事な話をしました。

同じ能力でも、既存の仕組みを回す人として採用されるのか、会社のボトルネックを外す人として採用されるのかで、値段のつき方は変わる、という話です。

これは、ロジックとしては分かりやすいと思います。

既存業務を回す人は、会社に必要です。
ただ、会社から見ると、比較的コストとして見られやすい。

一方で、会社の詰まりを外す人は、事業を前に進める投資として見られやすい。

IPO準備が進まない、営業組織が立ち上がらない、採用ができない、プロダクトが伸びない、海外展開が進まない…
そういう会社のボトルネックを外せる人であれば、会社は高く買う理由を持ちやすいです。

ただ、現実はもう少しややこしいと思います。
なぜなら、会社はAIのように合理的に判断しているわけではないからです。

採用も評価も、最後は人間がします。
そして、人間にはそれぞれのOSがあります。
同じことを言っていても、人間のOSが違えば意味が変わってきます。

今回はこの部分について考えてみたいと思います。



1. 「ちゃんと評価します」という言葉の曖昧さ

転職活動でも、社内評価でも、「ちゃんと評価します」という言葉を聞くことがあります。成果を出せば評価する、能力があれば評価する、そういう意味に聞こえますし、当たり前のことだと思います。

ただし、この言葉はかなり曖昧です。

大前提として採用する側は口が裂けても「評価しません」とは言えないのですが、「評価する」という言葉には、評価する側の物差しによって大きく変わるはずですが、その物差しが何なのかは言葉だけでは見えません。

同じ成果を出しても、評価する人によって見え方は変わります。早く結果を出したことを評価する人もいれば、社内調整をもう少し丁寧にしてほしかったと見る人もいます。新しい技術を使って業務を変えたことを評価する人もいれば、既存のやり方を急に変えたことをリスクと見る人もいます。

「ちゃんと評価します」と言われたときに、本当に確認すべきなのは、評価する気があるかどうかだけではありません。

どういう物差しで評価するのかだと考えています。


2. 評価の物差しは、その人が正解だと思ってきた環境からできている

どういう物差しで評価するのか?
これは、単に評価項目の話ではありません。

売上を見るのか、利益を見るのか。成果を見るのか、プロセスを見るのか。個人の能力を見るのか、チームの中での振る舞いを見るのか。そういう違いも当然あります。

ただ、もう少し根本的には、その人がこれまでどのような環境で働き、何を正解として評価されてきたのかが、人を見るときの物差しになります。

長く会社にいることで信頼されてきた人は、長くいることを軽くは見ません。上司の意図を汲み、社内の摩擦を起こさず、ミスを減らしながら仕事を進めてきた人は、そういう人を見て安心します。段階的に役職と給料が上がる環境で育った人は、年齢や社歴を飛び越える評価に慎重になります。

その人が育ってきた環境ではそれが正解だったのだと思います。

市場が今ほど速く変わらず、技術も今ほど入れ替わらず、会社の中に長くいることで社内固有の知識や人間関係が積み上がっていく。終身雇用的に人を抱え、時間をかけて育てることが、会社にとっても働く人にとっても自然だった時代には、年齢や社歴や社内調整力には大きな価値がありました。

だから、その物差し自体を単純に否定することはできません。

ただし、物差しは、それが作られた環境とセットで考える必要があります。

ある環境で正しかった物差しが、別の環境でもそのまま通用するとは限りません。市場が変わり、技術が変わり、顧客との接点が変わり、会社に必要な能力が変われば、本来は評価されるべきものも変わります。

それでも、評価する側の物差しはすぐには入れ替わりません。なぜなら、その物差しで評価されてきた人が、次に評価する側に回るからです。

ここで、評価のズレが起きます。

問題は、古いか新しいかという単純な話ではありません。以前の物差しにも、以前の環境では合理性がありました。

ただ、その物差しが、いま会社が向き合っている市場や技術、社会に合っているのか?

ここを見ないと、「ちゃんと評価します」という言葉の中身は分からないのだと思います。


3. 市場が変わっても、評価する人はすぐには変わらない

会社の外側では、技術や市場が先に変わります。

今ではAIがかなり普及してきましたし、クラウドサービスはもっと前に出ているので当たり前になっています。データの使い方が変わる。SNSで顧客接点が変わり、海外市場との距離も縮まりました。

当然ですが、採用市場も変わり、働き方も変わります。外側でそうした変化が起きると、会社の中で評価されるべき能力も変わります。

新しい技術を使って仕事を変えられる人、外の市場の変化を理解している人、顧客との新しい接点を作れる人、無駄な業務を仕組みに変えられる人、既存のやり方を疑いながら、事業を前に進められる人…
こういう人材の価値が上がる局面になっています。

ただ、会社の評価基準は、外側の変化に合わせてすぐに入れ替わるわけではありません。

なぜなら、評価する側にいる人は、前の基準で育ってきた人だからです。

市場や技術の側では、すでに別の物差しが走っている。しかし会社の中では、前の環境で評価されてきた人が、評価する側に回っている。その人たちが悪いという話ではなく、そういう順番で組織は動いています。

そのため、市場では価値が上がっている能力でも、社内では古い物差しで見られることがあります。

このような会社のOSは、いずれは変わるのかもしれません。
ただ、会社の評価制度や人事制度が変わるには時間がかかります。評価する側の人間の感覚が変わるにも時間がかかります。そして、そのころには市場や技術の側が、また次の形に変わっていることもあります。

このズレが、評価の読みにくさを生みます。

社会の側では、もう新しい価値が生まれている。けれども、その価値を会社の中で評価する人は、まだ前の時代の物差しで見ている。

ここに、「ちゃんと評価します」という言葉だけでは分からない難しさがあります。


4. 新しい価値は、既存序列に押し戻される

古いOSの問題は、新しい価値をまったく見ないことではないと思います。

むしろ、見えていることも多い。

新しい技術に強い。仕事が速い。外の市場をよく見ている。今までのやり方を変えられる。会社の中に足りないものを持っている。

そこまでは分かっている。

しかし、それを年齢や社歴や既存社員とのバランスを壊すほどには評価しにくい。

そこで、よくある言葉が出てきます。

「すごいけど、まだ若い」
「成果は出しているが、経験が浅い」
「技術は強いが、組織理解が足りない」
「もう少し様子を見たい」
「既存社員とのバランスがある」

もちろん、これらの指摘がすべて間違っているわけではありません。技術だけ強くても、組織を動かせない人はいます。スピードはあっても、周囲を壊してしまう人もいます。新しいものを持ち込む力と、会社を前に進める力は、同じではありません。

ただ、こうした言葉が、便利な減点カードとして使われることもあります。

新しい価値を認めてはいる。しかし、既存の序列を崩すほどには認めない。その結果、新しい価値は既存序列の中に押し戻されます。

期待はされている。評価もされている。面談では褒められる。次も頼むと言われる。しかし、給料や役職や権限には変わらない。

働く側から見ると、ここに大きな違和感が残ります。

評価されているはずなのに、何も変わらない。成果は見られているはずなのに、既存の序列を飛び越えるほどには扱われない。

これは、能力の問題だけではありません。どのOSで評価されているかの問題です。


5. 給与制度は、変化よりも安定を前提に作られている

ここで、給与の話が重なります。

OSは評価する側の物差しの問題です。一方で、給与の硬直性は、制度と配分の問題です。この二つは別の話ですが、組み合わさるとかなり強い制約になります。

給与が下がりにくいこと自体は、単純に悪いものではありません。

労働者の生活を守るという意味があります。会社が一方的に給料を下げられるようになれば、働く側はかなり不安定になります。住宅ローンもあり、家族もあり、生活があります。賃金が簡単に下がらないことは、労働者保護や生活の安定と結びついています。

ただ、その安定装置は、変化の速い時代には別の側面を持ちます。

終身雇用や年功的処遇を前提にした会社では、若いころは安く入り、年齢や勤続や役職とともに上がっていくという考え方が残りやすい。給与は、今この瞬間の市場価値だけではなく、これまで会社にいたこと、これからも会社にいること、既存社員とのバランスとも結びつきます。

そうなると、新しい価値を持つ人を一気に上げることが難しくなります。

ある若手や中途社員を大きく上げると、その人だけの話では済まなくなります。なぜあの人だけ高いのか。既存社員とのバランスはどうするのか。部長より高い課長をどう説明するのか。長く会社にいる人の扱いはどうするのか。

こういう問題が出てきます。

評価者によっては、年齢や社歴を飛び越える評価に慎重になりやすいかもしれません。
会社の給与制度も、一度できた配分を簡単には崩せなかったりして、思想としても制度としても、逆転評価が起きにくい。

だから、新しい価値は認められても、給料や役職には十分に反映されない。

「ちゃんと評価しています」
「期待しています」
「次回見直します」
「制度上、すぐには難しい」

会社側は嘘を言っているつもりはないのだと思います。本当に期待はしているし、評価もしているのかもしれません。ただ、その評価をお金や権限に変えるところで、制度と配分が立ちはだかる。

評価する気持ちがあることと、評価が待遇に変わることは違います。


6. ボトルネックを外す人は、既得権益を揺らす人になる

前回の記事では、会社のボトルネックを外す人は高く買われやすいと書きましたが、それには条件があります。

会社が本当に、そのボトルネックを外したい場合です。

ボトルネックを外すという言葉は、きれいです。会社の課題を解く、事業を前に進める、組織を変える、新しい仕組みを作る…
言葉としてはかなり前向きです。

しかし、実際にボトルネックを外そうとすると、誰かの権限や役割に触れることがあります。

承認フローを短くするということは、誰かの承認権限を弱めることかもしれません。
会議を減らすということは、誰かが存在感を示していた場をなくすことかもしれません。
仕事を仕組みに変えるということは、誰かの属人的な強みを薄めることかもしれません。
評価制度を変えるということは、これまでの給与や役職の正当性を問い直すことかもしれません。

会社全体にとっては必要なことでも、既存の仕組みの上に立っている人から見ると、それは改善ではなく脅威に見えることがあります。

このとき、OSの違いが衝突します。

新しい物差しで見ている人は、なぜ変えないのかと思う。
古い物差しで見ている人は、なぜそんなに急いで壊そうとするのかと思う。
両者が同じ会社のためを思っていたとしても、見ている時間軸も、守りたいものも、リスクの感じ方も違います。

しかも、これはフェアな戦いではありません。

評価権や人事権や承認権限を持っているのは、多くの場合、既存の構造の側です。既存の仕組みを変えようとする人は、その仕組みの中で評価されなければなりません。
つまり、自分が変えようとしている相手に、自分を評価されることになります。

ここが難しいところです。

会社は変わらなければならないと言う。求人票にも、変革、裁量、仕組みづくり、組織改善といった言葉が並ぶことがあります。

しかし、現場で本当に欲しい人材は、言葉通りの変革人材とは限りません。

上の人の盾になってくれる人。下からの不満を吸収してくれる人。既存の仕組みを乱さずに、表面上の問題だけ処理してくれる人。和を乱す人をコントロールして、組織を元の運転状態に戻せる人。

こういう人が求められている場合もあります。

このズレがあると、入社後に苦しくなります。会社の課題を解こうとすると、評価されない。むしろ、扱いにくい人として見られる。言われたことをきちんと回す人の方が、評価者からは安心される。

「変革」と書かれているからといって、本当に変えたいとは限らない。

その会社は、何を変えたいのか。どこまでは変えたいのか。何は変えたくないのか。

ここを見ないと、採用目的を読み違えることがあります。


7. 評価されるかではなく、どの時代の物差しで評価されるか

「ちゃんと評価します」

この言葉を聞いたとき、以前より少し慎重になった方がよいのかもしれません。

もちろん、評価しようとする気持ちは大事です。成果を見ようとする姿勢も大事です。

しかしその評価は、どの時代の物差しで行われるのか。新しい価値を、既存序列を超えて評価できるのか。評価されたものは、給料や役職や権限に本当に変わるのか。会社が本当に変えたいものと、変えたくないものは何なのか。

ここを見ないといけないのだと思います。

会社全体にとって必要な人が、評価者にとって必要な人とは限りません。新しい技術や市場に対応できる人が、古い評価OSの中で高く評価されるとも限りません。ボトルネックを外す人が、必ず歓迎されるわけでもありません。そのボトルネックが、評価者自身の立場や、既存の配分構造に関わっている場合、その人はむしろ危険に見えることがあります。

給料は、能力の値段ではありません。そして評価も、能力の絶対評価ではありません。評価する人のOSによって、同じ成果の意味は変わります。

だから、「ちゃんと評価します」と言われたときに、本当に見るべきなのは、その言葉のやさしさではないのだと思います。

その評価は、どの時代の物差しで行われるのか。そこを見ないと、評価されているようで、実は古いOSの中に押し戻されているだけかもしれません。

それでは!


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