ちょこっと哲学3分間Ⅱ 考える悦び [創作大賞2026 エッセイ部門応募作】
まえがき
第一部は「自分」を見つめ直した思考の旅だった。
ここから一気に数万年の時間と、大宇宙の空間へと飛び出していく。
大昔の人たちが作った神話のなかに隠された知恵や、天才ヴィトゲンシュタインが命がけで引いた「言葉の限界線」、そして日本の生んだ奇人天才・南方熊楠が描いた不思議な世界の曼荼羅図(まんだらず)まで、話題を広げる。
哲学は、単なる「学」の世界に閉じ込められるものではない。
わたしたちが、読み語り合うのは、「生きる覚悟」を得たいがためである。
先人達の思索を辿りながら、難しい表現を超えて、ちょこっと哲学的に語ろうとしたのがこの作品である。
1.人類最古の哲学
哲学とは何か?
別に私は哲学で飯を食っているわけではなく、いわゆる哲学の素人的愛好家に過ぎないが、そんな問いがしばしば出てくるのである。
過去、すべての学を統べるものが哲学であった。
数学、物理学、生物学、医学、詩学、法学などなど。
しかし、近・現代を経ることでこれらの諸学は精密化され、学として確立し、独立してきた。
今、哲学の学としての位置は、概念的な整理や体系化などに活動が集中していること、抽象的な思索であるため、無用といわれたり、批判されたりもしている。
しかし、職業哲学者ではなく、もっと普通人として、日常的な地平で哲学する位置に立つと、そこには大きな魅力ある世界が広がってくる。
知的好奇心に対して、言語でもってアプローチしてゆくという世界が広がってくる。
それが宇宙論であれ、歴史であれ、「この私という存在とは何か?」「生きる意味とは何か?」 「普遍者の認識は可能か?」など、哲学的主題の視点で見直すと、そこには幼年期の世界接触に似た感動が立ち現れてくる。
「人類最古の哲学」(講談社選書メチエ)と題した、中沢新一氏の本がある。
なんとも言えない魅力的なタイトルである。
この本を見つけたのが十年ほど前である。
平行して、ミルチャ・エリアーデの「世界宗教史」(筑摩書房)が思い出された。
私の本棚の奥に眠っていたものである。
この2冊に私は共通の感動を覚える。
自分の前に広大な時間と空間が開放される感動である。
先ほどの幼少期の「世界接触」感である
エリアーデの世界宗教史の書き出しはこうである。
「時の始めに」
直立歩行により、空間は、人体の周囲に、前後・左右・上下に広がるものとして組織された。
人類の世界観は、この根源的な体験つまり、無限の、未知の、脅威的なものと見えている広が りのただ中に「投げ込まれた」と感じることから生じた。
この書き出しは、様々なことを想像させる。
奥深い森林から出てきた人類は2足歩行することで言葉以前の感覚で宇宙に接触していた。
限りない上方の蒼穹。
自分の周囲に開ける生存圏。
仲間がいて、虎や獅子等の敵がいて、なお見通しがたい森や平原の暗闇があり、そこに潜む死やエロスの影、匂い、ざわめき・・
そこに放り込まれてあることの不思議。
そこに自分たちの位置を定めるための方向付けを行う。
領土、集落、住居、そして宇宙論・コスモロジーである。
エリアーデはここに宗教体験の根源を見る。
そして、2足歩行の人類は、道具を作り出してゆく。
単に棒切れ、石を道具とするのでなく、道具を作る道具を発明してゆくのである。
木を切る石器。
石を削る石器。
狩猟のための石器。
そして武器も作る石器。
この石器時代と並行して、「生きるために殺す」 ものとして自らを実現してゆく。
「人間は、『時の始め』になされた決定、すなわち、生きるために殺すという決定の最終 的所産であるからである。
つまり、ヒトは食肉類になって、その「祖先」を超えることに成功したのである。」
[エリアーデ・世界宗教史]
やがて人は火を飼いならす。
今から60万年前である。
そして、旧石器時代の終わるころ、人は牧畜・農耕を発明する。
この永い年月をかけて、ヒトは観念を蓄え共有化していく。
「先史時代の人間において、知恵、想像力の元で行動していた。
無意識の行為、夢、幻想、、幻覚、誇大妄想なども現代人と同じであった。
決定的に現代人と違うのは、古人類にとってのそれらは強さと豊かさは強烈で、劇的で、圧倒的だったろうということである。」(同)
ホモサピエンスは3万年ほど前から出生のアフリカを超え、ヨーロッパ、西アジア、東南アジア、オセアニア、 ひいては陸続きだったベーリング海峡を歩いて今のアメリカ大陸まで広がっていった。
それとともに各地に精神資源も残されていった。
神話である。
これらの神話には共通要素が精神資産として蓄積されている。
それが「私たちの知っているすべての神話のベースになっています」と、中沢新一は語る。
そして、中沢新一はこの時代に成立した神話が「人類界最古の哲学」であるとする。
神話はそれほど大胆なやり方で、宇宙と自然の中における人間の位置や人生の意味について、考え抜いてこようとしました。人間の哲学的思考の、もっとも偉大なものとは、まさに神話の中に隠されているのです。
[中沢新一・人類界最古の哲学]
古人類にとって哲学は濃密な言語空間=象徴空間=世界像=宇宙像であったのだ。
「生きるために殺す」ことは、彼らにとって、殺すものと殺されるものが等価であるということであった。
殺す自分と殺される熊は同じなのである。
殺す自分の中に殺された熊が入り込む。
自分が殺されると自分は熊の中に入り込む。
人間と熊の世界は往来でき、並存する世界である。
生と死は同時に存在している。
中沢新一は、世界的に広がる神話を分析しながら、上のような構造を明らかにしてゆく。
それを「対称性」と呼んでいる。
哲学とは何か?
神話が哲学の姿の一つなら、哲学とは宇宙へつながってゆく行為でもある。
哲学の隘路を切り開く方法がここに一つ示されているのではないだろうか。
2.あなたは超越確実性言明の束
「自由=私が私であること」への道、それは言葉・ロゴスの獲得である。
しかし、これは第1歩である。
次の難関は、実はこの言葉の問題である。
言葉は何処から来たか。
私たち人間にとって、言葉は世界と同じように、生まれたときからそこに既にあるものなのである。
言葉は言葉であるために、他者があって初めて成立するものであり、共同体の中で使用されるものである。
そこには一定の使用のルールが内包されている。
つまり、言葉とは制度である。
言葉=ロゴスを通じて、自己を形成し、精神を形成する。
従って、私たちは「言葉・制度」で限界付けられている。
自分が獲得したと思う「私」という価値・世界観は実は「制度」が獲得したものである。
凝縮して言えば「私とは制度である」ということになる。
しかし、どうしても「制度」と「私」の間には「違和感」が存在する。
つまり、制度に還元できない、「私」という個別性、特異性、一回性が実感としてある。
そこで、また旧来の言葉を超えるべく、新たな言葉の獲得の行為が始まる。
ヴィトゲンシュタインはこれを「言語ゲーム」と呼ぶ。
では、この言語ゲームを超えるのは何か?
「今私は、いつものレストランで少しぬるい生ビールを飲んでいる」というのは確実な事実であり、実感である。
これに対して誰かが、「それは心理的錯覚であり、仮想現実だ」というかもしれないが、私は断固としてそれを拒否し、この実感を主張し、私の言明を守ろうとする。
そして、そこには、この私の主張・言明は決して厳密な証明はできない、という事実が現れてくる。
日常の世界ではさほど問題ではないが、事、認識論の世界では、厳密な証明は出来なくなる。
「あなたはぬるいと言うが、灼熱の国の人がそれを飲んだら極冷えなんだ」
「生ビールというが、それは生ジュースかもしれない」
「今、と言ったが、厳密に言えば、『今』記述できないし、『今』は語れない。
ある事象はあなたが言語化しようとする時に既に過去になっている。」
「そもそも『私』と言ったが、あなたの『私』って何者なのか?あなたが自分を『海渡 優』と呼んでいるがそれを保証するのは誰なのか」
などなど………。
仏教の世界では唯識論が日常的存在論を徹底的に破壊する。
西欧哲学では「物自体」の認識不可能性の論が控えている。
簡単に言えば「あなたが言明する内容を真とする根拠は何?」と言うことになる。
しかし、何と言われようと「今私は、いつものレストランで少しぬるい生ビールを飲んでいる」のだ。
この「無根拠に信じ主張することしか出来ない言明」を「超越確実性言明」と、ヴィトゲンシュタインは呼ぶ。
この、証明不能な「超越確実性言明」の多くの束を引受ける「基盤」が「私」なのである。
日常用語に置き換えれば「言い切る」ということである。
更には「開き直る」ということである。
その「言い切り」「開き直り」を引受けることである。
そのためには言葉を超えた意志、覚悟が要求される。
ここで、私たちはニーチェの近くにいることに気づくのだ。
私が成り立つための「力への意志」という意味において。
3.生きている現実を哲学は捕らえられない? ヴィトゲンシュタインの苦悩
生きている限り、心の底から感動・歓喜することがある。
私の例で言えば、バッハの小品集を聞いた20代前半の頃の音楽体験。
やはり青春時代の恋愛ごと。
あるいは、歳を経て、ビジネスで成功を収めたとき、などなど。
その反対もある。
絶望、不安、屈辱に満ちた体験も数々ある。
さて、この感動、あるいは絶望と、世界認識とはどう関わり合うのか?
恐らく、生きることでの世界認識と呼べるだろう。
この「生きることでの世界認識」はしかし、流動的で、情動的で、不定形なものである。
それはまた、個別的であり、私的であり、ややもすれば一過性のものであり、更には、他者へ伝達不可能なものである。
では、確固たる世界認識への道はあるか?
世界の定義化、構造化、それによる世界の解明と普遍化、その手法の形式化はあるのか。
それが、言葉による世界認識である。
言葉による思考であり、言葉の論理的な運用であり、その行為としての哲学的認識である。
この思考の限界まで行こうとするのがヴィトゲンシュタインの「論理哲学論考」である。
冒頭はこう始まる。
1.世界は成立していることがらの総体である。
まさに、毅然たる出発点である。
この「論理哲学論考」は、題名からでも明らかなように、論理・思考による世界認識の可能性の追求である。
したがって、この論理・言葉の限界、その果てにあるものに対して、最後にこう結ぶ。
7.語りえぬものについては、沈黙せねばならない。
この「論考」は私にとって大変魅力的であると共に、大きな苛立ちを感じさせるものでもある。
この突き放され方がそうである。
さらに、例えば次のフレーズなどもそうである。
6-41.世界の意義は世界の外になければならない。世界の中ではすべてあるようにあり、すべては起こるように起こる。世界の中には価値は存在しない。
では、哲学は単に世界の認識だけにかかわるものなのか?
あの、生きていることの喜び、感動、あるいは悲惨さに対しては何も言及できないのか?
そんな苛立ちである。
この哲学的態度を眺めてみると、西欧科学的認識論とまったく同じ地平線であることが分かる。
数学的認識論。
対象把握と操作の技術。
世界の中には価値は存在しない。
いわゆるテクノロジーの基底である。
例えば、現在、世界各地で起こっている戦争、ジェノサイド、その意識の集約体としての国家意志、あるいはその価値、その価値に対して内部からはこれらになんら言及できないのである。
ヴィトゲンシュタインは、彼は第一次世界大戦中に目前の敵と戦いながら、塹壕の中で、トルストイの福音書を読むことを仲間に熱心に勧めていたという。
かれは、いわゆるキリスト教の信徒ではなかった。しかしかれは、トルストイの福音書を『生きるための唯一の土台』として狂信的に引き受けた、極めて宗教的な人間だった
だから、世界の意義は世界の外になければならない という認識が生まれたのだろう。
しかし、一方で、宗教に、世界の悲惨を政治的に抑える力はあるのだろうか?
ここで、わたしたちは焦って、早急なその結論を出してはならないと思う。
考え続けることしかないのだ。
いずれにしろ、大変な魅力を持ったこの「論理哲学論考」を更に読み進んでみたい。
私は、まだ一つもこの本を理解していないのだから。
4.南方熊楠とヴィトゲンシュタイン
ヴィトゲンシュタインの「論理哲学論考」を読みながらあれこれ思考をめぐらせている。
ふと思い出したのが南方熊楠の「不思議世界」概念図である。
仮にこれを「南方曼荼羅図」と呼んでみる。
下図は、南方熊楠が世界について描いた概念図を分かりやすく簡素化したものである。
(1904年[明治37年]7月)
以下、この曼荼羅図と「論考」のささやかな思い付きを記してみる
南方曼荼羅・変形略図

南方曼荼羅図を筆者がWEB用に書き直したもの。
各線は、仮に原因線と呼ぼう。線が交わるところ(●)を結果と呼ぼう。
この線と線の絡まる束が因果、つまり出来事である。
A,B,C,Dはそれぞれが因果に基づく「世界」である
今、私はAという因果の絡まり=事態の中、あるいはAという世界にいるとしよう。
以下、勝手に各世界を以下のように解釈して論を進める。
A=私の世界とする
様々な結節点によって様々な出来事の連関=事態で構成されている世界。
この世界は私に基礎付けられかつ私の限界である。
B=私と隣接している世界、他者の世界。
A空間に含まれながら結節点2個にはさまれているため理解は可能である。
例えば他者はここに存在する
C=私の世界の端
A空間の外で、しかし、結節点2点があるため、予感可能である。
しかし、説明すること、語ることは不可能である
D=世界の外
A空間の外で、一切の結節点がないため、予感も出来ない。あるかなきかさえ分からない。
単純に言えば無しとしか言いようがない。
哲学と宗教の分かれるところである。
この「南方曼荼羅」図を観ていると、ヴィトゲンシュタインの「論考」の全体像が分かるような気がする。
例えば「論理哲学論考」の冒頭である。
(数字は、彼が記した、テーゼの論理展開のステップです)
1.世界は成立していることがらの総体である。
1-1.世界は事実の総体であり、ものの総体ではない。
2. 事実とは諸事態の成立である。
3 .事態とは諸対象の結合である。
ヴィトゲンシュタインは、論理空間にA~Dまでを包含する。
しかし、C,Dの世界については、語ることはナンセンスであると規定する。
「論考」の立場からすれば、論理的認識(言語的認識)はA,Bの世界に踏みとどまるべきだという 厳しい主張がなされる。
では、このC,Dという世界は何だろうか?
Cはそれこそ私の世界の限界であり、外の世界との隣接面である。
ここは「神の声」が聞こえる界面である。
あるいは、「神の声」でなくてもいい。
名づけることの出来ない、彼方の呼び声が聞こえる地平線。
自分が最高まで高められたときに感じる歓喜の世界だ。
それは、芸術的感動の瞬間かも知れないし、人間関係(親子、恋人、他)的感動かも知れない。
また、過去、三島由紀夫が自衛隊のジェット戦闘機に乗って大気圏外へ出た時の、「 死よりも広大なもの」に接した瞬間かもしれない。
では、Dは?
南方熊楠はこれを大日如来世界と名づける。
恐らく、認識の果て、厳然と存在する不可思議の世界、輝く世界なのであろう。
では、ヴィトゲンシュタインはどう呼んでいるか?
ヴィトゲンシュタインは「論考」の後半部でこのように述べる。
6-43.世界がいかにあるかは、より高い次元からすれば完全にどうでも良いことでしかない。神は世界のうちに姿を現しはしない。
6-44.神秘とは、世界がいかにあるかではなく、世界があるというそのことである。
6-45.限界付けられた全体として世界を感じること。ここに神秘がある。
「論考」の世界に徹するならば、ここヴィトゲンシュタインは沈黙する。
さて、「論考」を書いていたヴィトゲンシュタインはどうだったか?
1914年、第1次世界大戦に志願兵として戦った頃、トルストイの「福音書」を読んで信仰に目覚めたという。
誰彼かまわずこの本を読んでみるよう薦め、戦友から「福音書の男」という仇名までつけられるほど熱中した。
つまり、ヴィトゲンシュタイン自身は、限りなく神の側にいたといえる。
そして、1918年イタリア戦線山岳部隊に属しているころ、休暇中に「論理哲学論考」を書き上げた。
そして最後にこう結んだ。
語りえぬものについては、沈黙せねばならない。
ヴィトゲンシュタインが、論理哲学の限界線を厳しく引いた姿勢に私は感動する。
だから、と僕は言い添える。
語りえぬものの影を追って他者と交わり、知を探り続けるのだ、と。
もう一つ言い添える。
知の探索、そこには深い喜びが横たわっているのだ、と
「ちょこっと哲学Ⅱ」完
第一部は下記にあります。
【note創作大賞2026 応募中】
本作は「創作大賞2026」エッセイ部門に参加しています。
最後までお読みいただきありがとうございました。
1ミリでもココロを動かされたのでしたら、下の♡スキマークをポチっとお願いいたします!
泣いて喜びます。
