スコット・フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』の教訓と心の棘
長い年月、心に刺さったままの棘があります。ふとした瞬間にチクチクとした心の痛みを感じ、後悔と反省を繰り返す日々。
癒えることのない、ひそやかな黒歴史。
小さな酒屋
20代後半、社会人になって4、5年目の頃。私は商工会議所の経営指導員として働いていました。経営指導員というのは、地域の商工業者の経営をサポートする公的な経営コンサルタントのような仕事です。
当時は「巡回指導」といって、会員のもとを訪問し、経営に関するさまざまな課題を聞き取り、改善策を提案する業務を行っていました。一番多かった相談内容は、事業資金の調達や販路拡大、帳簿付けなどについてでした。
ある日、巡回指導で一軒のお店に立ち寄りました。そこは一軒家で80代のおばあちゃんが一人暮らしをしながら、売場面積2.5坪ほどの小さな酒屋を営んでいました。
確定申告もそろそろという年末、お店の帳簿を点検させていただきました。ところが、売上や経費がほとんど記録されていません。理由を聞くと、申し訳なさそうに小声で「今年に入って体調を崩してね。疲れてやる気が出なくて、帳簿がなかなか付けられなくて…」と。
厳しい口調
私は「ダメですよ。帳簿をしっかり付けないと正しい確定申告ができませんよ」とたしなめました。結局、お酒を仕入れた領収書や納品書と在庫数を調べて売上を推計しましたが、その作業に丸一日かかってしまいました。
作業が終わり、おばあちゃんから「助かりました。ありがとう」とお礼を言われたのですが、私は内心「来年もこんな調子だと困るな、こちらの仕事が増えるな」と毒づいていました。
年が明けて、おばあちゃんの店先を車で何度か通り過ぎたのですが、ずっとシャッターが降りたままでした。もしかすると体調が悪化したのではと心配になり、お店の裏手の玄関チャイムを鳴らしました。
すると、50代くらいの息子さんが出てきて、
私:最近お店が開いていないようなので、気になってお伺いしました。
息子さん:母は商売をやめました。年を取り、以前は普通にできていたこともできなくなって。いろいろとご迷惑をおかけしました。
私:いいえ、こちらこそ、サポートが足りず申し訳ありません。
息子さん:これ以上はご迷惑をかけられないと言っていました。
その後、おばあちゃんにお会いすることはなく、息子さんを介して、前年分の確定申告や廃業届、会員の退会などのもろもろの手続きを淡々と行いました。
もし、あのとき
それから日が経つにつれ、私の中で自責の念と自己嫌悪の感情がどんどん膨らんでいきました。
当初、私は正しいアドバイスをして、適切な措置をした、と思い込んでいました。でも、違ったのです。完全に間違っていました。私はおばあちゃんがお店を続けようとする意欲を奪い、心が折れてしまうような言葉を口にしていたのです。
もし、あのとき、おばあちゃんを責めるのではなく、笑顔で「大丈夫ですよ」と言ってあげられたらどうだったでしょうか? そういう言葉をかけてあげていたら、きっと翌年もお店を開けていただろうと思えてならないのです。
おばあちゃん:今年に入って体調を崩してね。疲れてやる気が出なくて、帳簿がなかなか付けられなくて…
私:大丈夫ですよ(笑)、それより今のお加減はいかがですか?
おばあちゃん:ご迷惑をおかけしてすみません。
私:いえいえ、おばあちゃんが頑張っているからご近所の皆さんも助かっているんですよ。くれぐれも無理なさらないでくださいね。
もしこんな会話を交わして、おばあちゃんを励ましてあげられたら…。「お酒も買いたいし、ちょくちょく寄らせていただきます。あ、ついでに帳簿もチェックしますね」と提案してあげられたら…。
本来、会員の変化をいち早く察知するのが巡回指導の目的の1つです。そして、経営の課題が見つかれば、それを改善するのが経営指導員の任務なのです。
ところが、私は仕事が増えるのを嫌がり、「ちゃんとやってくれないかな~」と迷惑がっていたのです。もう少し気がついていれば、仕事帰りにちょっと寄り道して「おばあちゃん、お元気ですか~」と声掛けをすることもできたはずなのに…。
過去に戻れるなら
おばあちゃんが体調を崩しながら、商売を頑張って続けていたのは、稼ぎたいからではなく、きっと近隣とのお付き合いを大切していたからなのです。お店を開けていれば、訪ねてくれる人がいますし、一人暮らしの生活にも張り合いが出ます。おばあちゃんにとって、お店を開けることが生きがいだったにちがいありません。
もし過去に戻れるとしたら、あのときの自分に「お年寄りはやらなきゃと思っていても普段通りのことができなくなるんだよ。自分の身内のことのように寄り添ってあげなさい」と教えてあげたいです。
人生の教訓
F. スコット・フィッツジェラルドの小説『グレート・ギャツビー』(村上春樹訳・中央公論新社)の冒頭に次の一節があります。
僕がまだ年若く、心に傷を負いやすかったころ、父親がひとつ忠告を与えてくれた。その言葉について僕は、ことあるごとに考えをめぐらせてきた。
「誰かのことを批判したくなったときには、こう考えるようにするんだよ」と父は言った。「世間のすべての人が、お前のように恵まれた条件を与えられたわけではないのだと」
大学時代に読んだ小説(当時は野崎孝訳)ですが、このフレーズが人生の教訓となり、何千回も頭の中でリフレインして、そのたびにあの出来事を思い起すのです。
誰も知らない、自分だけの心の古傷。おそらく一生癒えることはなく、この棘の感覚を持ち続けながら生きていくのだろうと思います。
おばあちゃんがお店をたたんで20年以上の歳月が流れました。私はというと、商工会議所に6年勤務後、転職して記者・編集者として日々を送ってきました。
自分に残された人生。誰かを元気にしてあげられる、誰かを励ましてあげられる、誰かに寄り添ってあげられる、そんな生き方をしてみたいと願っています。
*画像は『グレート・ギャツビー』(村上春樹訳・中央公論新社)のカバーデザインの一部です。
