見出し画像

救済(小説)


心理と循環の、真理のはなし。




僕は、助けられることがあまり好きじゃない。

僕は、僕のままでいたいからだ。

助けられてしまったら、僕のラベルは「助けが必要な人」になってしまう。

そこに善意があるかどうかは関係ない。

「助けられた」

その肩書きは消えることなく、データとして受け継がれ共有される。

みんなの、僕を見る目が変わる。

僕が「弱く」なったからだ。いや、「僕」じゃない。

弱くなったのは、みんなが見ている「僕」という存在だ。

一度広がった認識を覆すことはできない。

助けられた過去を背負い、無意識の感謝の要求が続く。

この行為に、時効はない。

救われたのに、それ以上の代償が伴う。

僕はもう、「救ってくれた」人の横には立てない。

僕の立ち位置は、その人の半歩後ろだ。

救済に必ずしも善意が伴わないのは、こういうことだ。

僕は救済されたことによって、僕を救おうとした人の自尊心を満たした。

つまり、本当に人を救ったのは僕だ。

僕がいるから、救済が成り立つ。


救済とは成り立ちに見せかけた、ただの「循環」だ。



『救済(読解版)』



ありがとうございました。



いいなと思ったら応援しよう!