追悼・小澤征爾 空前絶後の日本人
きのう(2月9日)の朝、「小澤征爾のベスト」という記事を書いてアップした。訃報が流れたのは、その日の夜だった。
記事をアップしたあとも、小澤のCDをあれこれ聴いていた。頭のなかでは、小澤が演奏するビゼーの交響曲のスケルツォが流れ続けていた。これも虫の知らせだろう。亡くなったのは6日だそうだが、わたしのnoteは、いよいよ「デスノート」めいてきた。
まあ、わたしが年をとり、知っている人がどんどん死んでいくということだ。
1週間前には、小澤の元妻の江戸京子さんの訃報が流れたばかりだった(亡くなったのは1月23日)。
1967年、わたしが小学生のとき、かれが指揮した武満の「ノヴェンバー・ステップス」の、ニューヨークからの中継を、NHKで見た。
平凡な家庭の、何も知らない小学生が、見てしまうほどの「事件」だった。わけのわからない音楽を聴きながら、しかし私は感動していた。
わたしがものごころついて以来、ずっと世界で活躍していた人だ。コネもなく、たった1人、徒手空拳で飛び込んで、世界的成功をつかんだ人だ。世界的芸術家であり、世界的スターでもあった。
アメリカのメジャーオーケストラの音楽監督になった日本人は、空前絶後だろう。アメリカがそういう時代でもあった。もう出てこないのではないか。
わたしが実演で聴いたのは、2010年、ヤナーチェクの「利口な女狐の物語」が最後だった。
黒澤明とともに、かれは、世界中の人の「心」「魂」をつかんだ。カネで買えない、人間のもっとも大切なものをつかんだ。
戦後、この2人の「澤」がいてくれたおかげで、日本人はただの「エコノミック・アニマル」ではない、と言えた。
昨夜から、世界中の一流報道機関がかれの死を大々的に報じている。ハイカルチャーで、かれほど大きな存在になった日本人がいなかったことの証左だ。たとえば北野武氏が亡くなっても、世界中で報じられるだろうが、こんな扱いにはならない。
日本のひとつの偉大な時代が終わった感がある。
ありがとう、小澤さん。日本の誇りだった。
<参考>
<小澤についての過去記事>
