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人気女性作曲家「アンナ・クライン」入門

1週間前に、私は「2022年、最も演奏された現代作曲家の半分は女性」というのを書いた。

その時に知った作曲家アンナ・クライン(Anna Clyne)の音楽が気に入って、以来YouTubeでいろいろ聴いている。

アンナ・クラインは欧米で最も人気ある作曲家の1人で、ほぼ毎日どこかのコンサート会場で演奏されているのが彼女のホームページでわかる。

それなのに、ネットで探しても日本語の情報が乏しい。おそらく、ほとんどの曲は日本初演されていないだろう。

日本でも聴かれてほしいので、調べた範囲でアンナ・クラインについての情報をまとめました。どんどん演奏してほしい。


略歴 

アンナ・クライン(Anna Clyne)

1980年3月9日、イギリス・ロンドン生まれの作曲家。現在42歳、アメリカのニューポートに夫(音響エンジニア)と住む。とくにクラシックを聴く家庭ではなかった。子供時代は「フリートウッドマック、ダイアーストレイツ、デビッド・ボウイ」などのポップス、ジャズ、クラシックなど幅広く聴き、「メロディ」というものに興味を持った。7歳のとき友人がピアノを譲ってくれたことから独学で作曲を始め、11歳で作品が公開演奏された。その後チェロを学んでバッハにハマり、一方でラヴェル編曲「展覧会の絵」のオーケストラサウンド に魅了された。エジンバラ大学、マンハッタン音楽院で音楽を学ぶ。20代は前衛的な電子音楽に熱中したが、20代の終わりの母の死をきっかけに、より自分の感情に忠実な音楽を書くようになったという。2008ー10年ニューヨークユースシンフォニーのディレクターののち、以下の座付き作曲家(composer in residence)を務める。2010ー15シカゴ交響楽団、2014ー2016イル・ド・フランス国立管弦楽団、2015ー16ボルチモア交響楽団、2019−22スコティッシュ室内オーケストラ、2022ー23フィルハーモニア・オーケストラとトロンハイム(ノルウェー)オーケストラ、2023ー24ヘルシンキ・オーケストラ。2015年、「Prince of Clouds」で米グラミー賞最優秀現代作曲賞候補、2016年、「マンドリン協奏曲」でヒンデミット賞受賞。現在、最も演奏される現代作曲家の1人。2022年の演奏回数では存命作曲家の中の8位、女性作曲家ではグバイデューリナに次いで2位。2019年の「Dance」はSpotifyで800万回以上再生された。


音楽の特徴

素人音楽愛好家の感想にすぎないが、彼女の曲を聴いて、

「ワーグナーとストラヴィンスキーとチャールズ・アイヴズを足して21世紀風にしたみたい」

と思った。

1 ドラマチック ほとんどの曲が詩などの文学、または絵画にインスパイアされ、人間の感情のドラマを表現している。その点がワーグナー的で、メロディを重視し、音楽がわかりやすい(理屈ではなく感情に訴える)。映画音楽のようだという感想もよくある。もちろん元ネタを知らなくても楽しめる。

2 エネルギッシュでカラフル オーケストレーションが巧みで、迫力があり、音楽がカラフル。耳にとってのご馳走。ストラヴィンスキーを思わせる。実際、彼女の作曲部屋には、ストラヴィンスキーとジョン・ケージの肖像が飾ってある。

3 現代的 そして現代的で都会的な感覚があり、ポピュラー音楽も吸収していることがわかる。ときにノイジーで予定調和を避け、必ずしも「解決」で終わらない。ただし過度に前衛的にならず、どの作品も程よい長さで(彼女はだいたい1楽章5分という単位で書いているようだ)、現代の聴衆の好みに合わせている。


アンナ・クラインの代表作


ウィズイン・ハー・アームズ  Within Her Arms(2008-9)

亡くなった母に捧げられた12分ほどの弦楽合奏曲。悲しみが瞑想的な音楽の中で浄化される。彼女の作曲家としての出発点となった曲。タイトルはベトナム出身の詩人・人権活動家のティク・ナット・ハンの詩にもとづく。「大地はその腕の中でお前を固く抱きしめているのだ、親愛なる者よ。だからこそ、お前は明日、花に生まれ変わる Earth will keep you tight within her arms dear one—/So that tomorrow you will be transformed into flowers— 」


プリンス・オブ・クラウズ Prince of Clouds (2012)

2つのバイオリンのための協奏曲(1楽章)。14分ほどの演奏時間。作曲者は「プリンス・オブ・クラウズ」の意味を説明していないが、世代から世代に伝わる音楽の伝統に思いを馳せて書いたとしている。2つのバイオリンは、世代を超えた音楽の対話をしているのかもしれない。歌謡的な部分と現代的な部分を技巧的につなぐクラインらしい魅力的な曲。2015年度のグラミー賞最優秀現代作曲賞にノミネートされた。


ナイト・フェリー Night Ferry(2012)

シカゴ交響楽団の委嘱作。2012年、リッカルド・ムーティ指揮で初演された。アンナ・クライン31歳の作。約20分のオーケストラ曲。偏執的で表出的な激しい音楽だ。「ナイト・フェリー」とは、かつてロンドンとパリを結んだ夜行フェリーのことだが、北アイルランド出身のノーベル賞作家シェイマス・ヒーニーの詩のタイトルでもある。シューベルトもかかっていたという「気分循環障害(Cyclothymia)」、鬱と怒りが頻繁に交代する心理状態を、荒波を進む船の航行に託して描いている。


マスカレード Masquerade (2013)

イギリス恒例のBBCプロムスのために書かれ、2013年のプロムスで初演され大喝采を受けた5分ほどのオーケストラ曲。18世紀のロンドン街頭で行なわれたプロムナードコンサート(マスカレード=仮面劇も出し物だった)の雰囲気を再現したクライン版の「舞踏への招待」。シャンパン的でワクワクする気分とノスタルジックな曲調はビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のようだと評された。第2主題に「ジュース・オブ・バーレィ(大麦ジュース)」というイギリスの田舎の伝統的ダンス音楽が使われている。吹奏楽用に編曲しても面白いのではないかと思う。


ジス・ミッドナイト・アワー This Midnight Hour (2015)

迫力と色彩に富んだ12分ほどのオーケストラ曲。スペインのノーベル賞詩人フアン・ラモン・ヒメネスの詩「音楽」と、フランスのボードレールの「夕暮れのハーモニー」から着想された。冒頭部分はイル・ド・フランス国立管弦楽団の低弦の力強さにインスパイアされたという。「音楽とは純粋な夜に狂ったように走る女だ」(フアン・ラモン・ヒメネス)。「音楽と香りは輪になってこの夕空に立ち上る」というボードレールの詩は日本でも明治期から親しまれ、ドビュッシーも曲をつけている。同じ「夜」というモチーフだが、「Night Ferry」の偏執性が減って、叙情味が増し、作曲技法の成熟を感じる。


マンドリン協奏曲「3姉妹」 Concerto for Mandolin and Strings, "Three Sisters" (2017)

イスラエル出身のマンドリン奏者、アビ・アビタルのために書かれた3楽章、15分ほどの曲。作曲家によれば、各楽章はニューヨーク州の別々の場所で着想され、オリオン座の三つ星のような関係があるという。東洋風のモチーフでとても愛らしく親しみやすい曲。2016年度のヒンデミット賞を受賞した。以下の動画は2019年の米国初演の記録。


響きと怒り Sound and Fury (2019)

弦楽合奏団のための15分ほどの曲。ハイドンの交響曲60番「うかつ者」を下敷きにして、シェークスピアの「マクベス」からの朗読が入る、エネルギッシュでユニークな作品(もともと、ハイドンが演奏されるコンサートの「付け合わせ」として構想されたらしい)。ハイドンの「うかつ者」は同題の音楽劇をもとにした珍しい6楽章構成の滑稽味ある作品だが、その構成をほぼ忠実になぞりながら、「マクベス」流の悲劇的音楽に変形していく。「響きと怒り」は、フォークナーの小説の題名にもなっているが、マクベスの有名な一節「人生はしょせん歩く影、憐れな役者・・白痴の語る物語、響きと怒りに満ちてはいるが、何を意味するわけでもない」から。ハイドンの音楽のウィットに共感しながら、シェークスピアの深刻なドラマを描くーー相反する複雑な感情の表現こそが現代的なアイロニーになっている。「本作における私の意図は、活力を与えるとともに、静かな自省をともなうような旅に聴衆を誘うことだ」(アンナ・クライン)。


ダンス Dance (2019)

実質的には5楽章のチェロ協奏曲(演奏時間約25分)。イスラエル出身のチェロ奏者、インバル・セゲフのために書かれた。ペルシャ語文学史上最大の神秘主義詩人と言われる13世紀のジャラール・ウッディーン・ルーミーの詩にもとづく。「ダンス」はその詩の名前であり(各楽章に詩の一節が掲げてある)、音楽そのものに舞曲的要素はほとんどない。ユダヤ教徒の父に捧げられた曲で、ゆったりしたユダヤ的な悲嘆のメロディーに満ちている。作曲家自身はユダヤ的要素よりアイルランド的要素を継承しており、この曲ではその2つを結びつけたと述べている。コロナの世相にフィットしたのか、ネットやストリーミングでよく聴かれているヒット曲。以下の動画はその第1楽章。


ストライド Stride (2020)

これは真面目だが冗談みたいな曲で、ベートーヴェンの「悲愴」ソナタをパロって約11分の弦楽合奏曲にしている。「ストライド」とは、「悲愴」ソナタ第1楽章の左手に見られる、鍵盤をまたいで(ストライド)遠くに跳躍する奏法のこと。それが低弦セクションで模倣される。


クラリネット協奏曲「ウェザード」 Wheathered (2022)

新作のクラリネット協奏曲は、1月5日にアムステルダムのロイヤル・コンセルトヘボウ(指揮ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン)で世界初演されたばかり。3月にイギリス初演される。コロナや地球温暖化もテーマだという。チェロ奏者でもあったクラインは、これまで弦楽器向けの楽曲が多かったが、管楽器のための曲を書き始めた。サクソフォーン協奏曲「Glasslands」も2月にデトロイトで初演が予定されている。


アンナ・クラインのスタジオ

アンナ・クラインは、長らく住んでいたニューヨークから、数年前に別荘地として知られるニューポートに移った。そこの仕事場を本人が紹介している↓

アップライトピアノと、コンピューター(楽譜ソフトはfinale)で作曲しているのがわかる。


アンナ・クラインのラジオ番組

この1月からBBCで彼女がパーソナリティを務めるラジオ番組が始まっている。

英語がわからなくても、ジョニ・ミッチェル、プリンス、デビッド・ボウイのようなポピュラー音楽から、ドビュッシーやラフマニノフのようないわゆるクラシック、そして自作を含めた現代音楽まで、幅広い選曲を聴いているだけで楽しい。

アンナ・クラインの音楽が面白く、親しみやすいのは、彼女も自分と同じような音楽を聴いて育ったからだというのが、このラジオを聴くとよくわかる。

クラシックや、現代音楽は、つい「お勉強」のように聴いてしまうが、彼女の音楽にそういう構えは必要ない。彼女にとっての面白い音楽が、自分にとっても面白い音楽だから。そこに同時代の作曲家ならではのありがた味があると思う。

なお、彼女はツイッターでも発信している(@annaclyne)



<参考>


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