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【人類進化の謎】女性に「更年期」がある理由 「おばあさん仮説」は男の味方か、女の味方か



フェミが避けたがる話題


ためしにGoogleのAIに、

「女性の社会的進出と少子化は関係ありますか?」

と聞くと、

「女性の解放(社会進出や地位向上)と少子化には、複雑な関係があります。」

と、「複雑な関係」を強調してきます。


左翼リベラルやフェミは、一般に、女性の解放と「少子化」を結びつけられることを、非常に嫌います。

それは理解できます。

少子化の責任を、女にだけ押し付けているように思えますからね。

それはとんでもない話ですね。

少子化の責任は、モテない男の私にも責任があることは、私がいちばんよく知っています。


昨日も朝日新聞は、こんな記事を出していました。


「女性の高学歴化が少子化要因」に疑義 丙午迷信もとに早大など調査

(朝日新聞ThinkGender 2026/6/4 20:21)


それに対して、こんなポストをしている人がいました。


元論文と全く違うこと言ってるけど大丈夫なんですかね。こういう、元論文が言ってないことを審査の無いプレスリリースや新聞社に言わせる慣行?良くないと思うのです。

>「女性の高学歴化が少子化の要因」とする見方を覆す研究結果を導き出した。
(NENENENE@研究 2026/6/4 22:14)


でも、朝日としては、無理にでも、

「女性の解放と少子化は関係ない!」

と言いたい。

それを見出しにしたい。

わかります。

新聞社はフェミの巣窟ですからね。

私もたいへん苦労しました・・


でも、女性の社会進出と少子化に関係があるのは、事実ですね。

たとえば、今はインドですら少子化が進んでいます。

インドのどこで少子化が進んでいるかといえば、都市部の高学歴女性が多い地域です。


だから、どこだろうと、女性の社会進出と少子化は関係がある。

もちろん、因果関係とまでは言えない。しかし相関がある。

まあ、インドの少子化を紹介する朝日の記事は、その核心を微妙にぼかしていた記憶がありますが・・


左翼リベラルも、その関係は知ってるけど、そこは触れたくないから、「少子化もまたヨシ」みたいなことを無責任に言いがちだ。

その分、移民を入れろ、多様性を認めろ、差別はイケマセンという議論を好む。

それで、問題の解決がさらに遠のいてるんとちゃうか、と。


だいぶ前に書いたけど、私の知る限り、その初期から、マスコミが「少子化問題」に真剣に取り組んだことはなく、むしろその妨害が仕事だと心得ていました。一種のサボタージュです。


ハードな事実が隠される


ともかく、少子化は問題だ、とされながら、その核心部分が、タブー扱いをされています。

再び言いますが、だからと言って、私は女性に責任があると言いたいわけではありません。


昨夏の参院選で、7月3日の選挙初日から、毎日新聞が参政党・神谷代表の「高齢女性は子供が産めない」云々の発言を切り取り、問題にしたことが思い出されます。

毎日新聞は、その後も、参政党批判記事についてはネット上でも無料記事にして拡散するなど、「反参政党」の姿勢を明確にして、落選運動を展開しました(だけど、ご承知のとおり、参政党は躍進しました)。


それも、「高齢女性は子供を産めない」が、左翼リベラルの逆鱗に触れたからかもしれません。

でも、「高齢女性は子供を産めない」も、事実ですけどね。

事実だけど、言っちゃいけないようになっている。


私は女性の社会進出に大賛成です。

自分の会社時代にも、女性の雇用や昇進・昇格にはつねに賛成してきました。

怖いから、先に進む前に、そうはっきり言っておきますけど。

(言っとくけど、いまだに新聞社幹部の女性差別意識は、めちゃくちゃ強いですからね。オモテではリベラルなこと言ってますけど。そん中では、オレは健闘したほうです)


でも、少子化をめぐる議論の中で、いちばーん核心的と思われる事実が、いつも隠されてしまうのには、非常に不満ですね。

おかしいと思う。


もっと昔には、厚労大臣の「産む機械」発言というのがありました。

2007年1月、島根県の集会で、少子化問題に触れた柳沢伯夫厚労相(当時)が、

「15から50歳の女性の数は決まっている。産む機械、装置の数は決まっているから、あとは一人頭で頑張ってもらうしかない」

と発言し、女性の人権を軽視していると問題になりました。

大臣は謝罪と撤回を余儀なくされています。


でも、その時も思った。「50歳まで」産める、という発言は、甘すぎるんじゃないか、と。

50歳ごろというのは、いわゆる更年期(閉経をはさんだ前後5年間)が始まる時期です。

でも、女性の卵子は、30代半ばから急激に、加速度的に減少します。もちろん妊娠の可能性も同様に激減します。


それは、女性に負担を強いる、生物学的な「ハードな事実」ですね。

この女性の30代半ばまでの時期が、「社会的進出」のために阻害される可能性はありますね。


私は、LGBT問題なんてのは、それにくらべれば、「遊び」みたいなもんだと思っています。

こんなこと言うと、また怒られるかもしれないけど。

「勝手にすればいい」と思うし、それで、人類の生存や進化が、すぐどうこうなる問題ではない。


でも、少子化は、人類の存続に直結し得る大問題です。

そして、人間の女性に閉経があるという事実は、人々の意識改善とか、左翼お得意の社会構築論とかでどうこうなる「ソフト」の問題ではない。

そうした、個々の人間にはどうすることもできない「ハードな問題」を無視して、どうして少子化を論じることができるだろう、と思うんですね。


おばあさん仮説をめぐる議論


例によって前置きが長くなってしまいましたが、こういうことを改めて考えたのも、Xで、いわゆる「おばあさん仮説」に関する最近の議論を見たからです。

「おばあさん仮説」というのは、人間の女性になぜ閉経があるかを説明する、進化論の仮説ですね。


その前に、まず、人間の女性に閉経があるのが、いかに特殊か、理解しなければなりません。

著名な進化生物学者、英国ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のニコラ・ライハニ教授は、5月28日に発表した小論に、以下のように書いています。


中年期になると、人間の女性は生殖能力から不妊へと急激な変化を遂げます。これがどれほど珍しいことかを知るには、下の図をご覧ください。この図は52種の哺乳類の生殖寿命を示しています。緑色の部分は、メスが生存し、繁殖能力を維持している期間です。黄色は、生殖能力を失った後の期間を示しています。


詳しく見る必要はありません。ほとんどの種では、グラフ全体が緑色で、メスは死ぬまで繁殖を続ける、あるいは少なくとも繁殖を試み続けることを示しています。黄色がわずかに見られる種はごくわずかで、これはメスが生存しているものの、もはや繁殖能力を失っている生殖能力喪失後の期間を示しています。グラフの中央付近には、閉経期を迎えることが知られている歯クジラ類が数種あります。

そして、グラフの一番下には、私たち人間がいます。

平均的な女性は、成人期の40%以上を生殖後の状態で過ごすことになる。しかし、そうすることで、彼女たちは進化上の成功という価値を放棄しているように見える。したがって、更年期の存在は、不妊労働者と同様に、進化上の謎を提起する。しかし、それは同じ論理によって形作られているのだろうか、それとも何か別のことが起こっているのだろうか?

Nichola Raihani「なぜ進化は私たちに更年期を与えたのか?」
May 28, 2026



ほとんどの哺乳類のメスは、ほぼ生涯にわたって妊娠・出産の能力を保持します。

なぜ人間の女性は、人生の半ばで妊娠の能力を失うのか。


人類はずっと、二世代以上が同居する境遇で進化してきました。

母がずっと妊娠の能力を持つと、娘と子育ての資源をめぐって競争になる。

共倒れになるより、母のほうが身を引いて「おばあさん」となり、娘の子、つまり孫の子育てに協力したほうが、自分の遺伝子を残す有利な戦略になる。

だから、女性は、娘が妊娠できる頃に閉経するよう進化した、というようなロジックが、「おばあさん仮説」です。


メスが生理的に不妊になると、孫への投資によって自身の遺伝子をさらに強化することができます。例えば、人間の場合、祖母の存在は生まれる孫の数と生存する孫の数を増加させます。クジラの場合、繁殖を終えたメスは子クジラの生存率を高めます。これはおそらく、回遊ルートを覚えていたり、最適な漁場を知っていたりするためでしょう。こうした利点が、寿命延長のための選択圧となるのです。

つまり、更年期は葛藤から生まれるものと言えるでしょう。それは、誰が子孫を残す権利を持つのかをめぐる女性同士の争いの決着なのです。しかし、究極的にはそれは協力の一形態でもあります。つまり、ある世代が身を引くことで、次の世代が繁栄できるようになるのです。

Nichola Raihani 前掲論文


おばあさん仮説VSフェミニズム


面白いのは、この「おばあさん仮説」についても、イデオロギー的な解釈の対立があることです。

おばあさん仮説を、母と娘の「対立・葛藤」の結果と見るか、あるいは、母と娘の「協力・ケア」の結果と見るか、など。


GoogleのAIは、フェミニズム視点からの批判や分析を、以下のようにまとめてくれました。


おばあさん仮説は、本質的にフェミニスト理論ではありませんが、フェミニストの視点から分析されることがよくあります。

その核心は、人間の女性が孫の世話をするために閉経後も長く生きるように進化したことを示唆する進化生物学の概念です。

この他母性(協力的)ケアにより、娘はより早く繁殖することができ、それによって祖母の遺伝子に進化上の利点がもたらされました。

このため、この理論はジェンダーとフェミニズムに関する議論を巻き起こしています。

理論に対するフェミニストの主張:

女性の力に焦点を当てる:

女性にスポットライトを当てることで、伝統的な男性優位の進化論を覆します。この理論は、男性ではなく高齢女性が、初期の祖先の重要な長期生存ネットワークを提供していたことを強調しています。

ケアワークの価値:

生殖後の女性の役割に大きな進化論的および社会的意義を与えることで、彼女たちの価値を低く見積もる家父長制的な見解に異議を唱えています。

この理論に対するフェミニストの批判

女性性の本質化:

批判者は、この理論が女性の主要な目的と価値(特に閉経後)を生殖と無償のケアに矮小化していると主張しています。

排除:

この理論は伝統的に、母親ではない女性、または子供を産むことができない/産まないことを選択する女性を無視または軽視しています。

「ダブルシフト」の自然化:

一部のフェミニストは、この理論が集中的な性別に基づくケアを社会的選択ではなく生物学的運命として正常化する危険性があると主張しています。

最終的に、この科学は閉経と人間の長寿の起源を説明することを目的としていますが、それを現代のジェンダー政治に適用するかどうかは、高齢女性の貢献を力づけるものと見るか、伝統的な役割に制限するものと見るかによって完全に異なります。

(GoogleのAI Overview)

生殖をめぐる男と女の不均衡


このようなフェミニズム的議論の中で、無視されがちなのが、男の側からの「おばあさん仮説」の意味ではないでしょうか。


人間の女性は、生涯の半ばで繁殖の能力を失いますが、男性は、ほぼ一生保持します。

もちろん、精子の製造も減少、劣化していきますし、性欲や性器の機能も衰えていきますが、潜在能力としては交配できます。


2024年には、俳優のアル・パチーノが82歳で「父」になったことがニュースになっていました。

日本でも、三田村邦彦、船越英一郎、昔でいえば上原謙が60代から70代で父親になっています。

まあ俳優はモテるのでしょうが、もちろん一般人男性でも高齢で父親になる例は多い。

GoogleのAIに聞くと、以下のような回答でした。


50代後半〜60代で初めての子どもを授かるケースが増加傾向にあります。近年では、晩婚化や経済的な安定を優先するライフスタイルの変化などを背景に、芸能人や一般人の双方で多くの実例が見られます。
(GoogleのAI Overview)


そして、69歳で父親になった例をあつかったアベマのYouTube動画などが紹介されていました。



ここで、女性が人生半ばで閉経することにより、

多数の生殖能力を持つ男性 VS 少数の生殖能力を持つ女性

という図式が生まれています。


つまり、「子供を作れる男」は、「子供を作れる女」より、はるかに多い。男女のあいだの非対称、不均衡です。


これも、人間の生物学的事実なのですが、あまりはっきり言われない。それを言うことは、タブー視されているかもしれません。


男の側からの「おばあさん仮説」


ここで、少ない「子供を作れる女」に、多くの「作れる男」が対峙するから、男どうしの競争が激化する、という見方がある。

そのため、男はより競争的、より闘争的、より暴力的になった、という見方ですね。


しかし、最近は、逆の見方も出てきているようです。

男にとって、女が希少だから、より男は女を大事にし、父親の役割をより忠実に果たすのでは、という見方です。


そのあたりが、最近、Xで議論されていて、そこが私にはいちばん面白い部分でした。

発端は、人類学者のエド(エドワード)・ハーゲン・ワシントン州立大教授の、以下の投稿でした。


おばあさん仮説は、人類進化のフェミニスト版ですが、暗いバージョンです。その核心には、男性の死亡率が高いにもかかわらず、閉経が肥沃な女性のプールを肥沃な男性に比べて急激に制限したという認識があり、これにより男性同士の競争が激化しました

おばあちゃん仮説によると、男性は家族を養うためではなく、限られた数の生殖可能な女性へのアクセスを得るための競争的な見せびらかしに従事し、他の男性から配偶者を守るために選ばれたのです。

しかし、進化生物学の最近の理論では、性的機会が限られている方が交渉力が高いと示唆されています。人間の場合、性比が男性に偏っているとき、男性は結婚しやすく、家族の一員となりやすく、1人のパートナーに性的にコミットする可能性が高くなります

要するに、出生可能な女性に対する出生可能な男性の過剰が、競争的な男性のディスプレイと配偶者防衛を選択的に進化させたでしょうか? それとも、むしろ男性のコミットメントの増加と父親的投資を選択的に進化させたでしょうか? まだまだやるべき理論的・実証的な仕事がたくさんあります。

(Ed Hagen 2026/5/26)



このハーゲン教授のポストは、いささか慎重な言い方ですが。

それを、「おばあさん仮説」のフェミニズム的解釈への批判ととらえる、以下のようなポストがありました。



エド・ハーゲンはこのスレッドで、進化人類学における最も有名で広く受け入れられている理論の一つである「おばあさん仮説」を批判しており、かなり直接的な形でそれをやっています。

おばあさん仮説は、人間の女性がなぜ閉経するのか(動物界では非常に珍しいこと)を説明します。考え方は、50歳頃になると女性は子を産むのをやめ、孫の世話を手伝うようになるというものです。

これにより、彼女たちの遺伝子は家族の生存を助けることでより良く伝えられ、遅くに子を産むリスク(危険が増す)を冒すよりも良いのです。ここまではすべて問題ありません。

ハーゲンが核心をつくのは、この仮説から多くの人が引き出す二次的な帰結です。

女性が50歳頃に生殖能力を失うなら、典型的な部族では閉経後の女性が若い生殖可能な女性よりもはるかに多くなります。これにより、出生可能な男性が女性よりもはるかに多いという不均衡が生じます。

ハーゲンが批判するバージョンによると、この不均衡は男性が互いに競争的になり、パートナーに対してより所有欲が強く、性的アクセスを得るために地位や支配の展示に集中するよう進化したとされます。一方で、良い提供者や父親になることに集中するのではなく。

ハーゲンは、この結論は疑わしく、かなり偏っていると主張します。実際、出生可能な女性が少なく、より多くの男性が競争する場合、男性が必ずしもより乱交的で競争的になるとは限りません。

むしろ、進化生物学のデータは、そうした状況では男性がパートナーにさらに投資し、コミットメントを持ち、結婚し、子供の世話をしやすくなる傾向を示唆しています。

なぜなら、現在の相手を失うと、新しい相手を見つけるのが難しくなるからです(交渉力が低い)。

要するにハーゲンは、おばあさん仮説が、男性の本性についての少し暗くステレオタイプ的な見方(「男性は本質的に競争的で所有欲が強い」)を正当化するために使われてきたと言いますが、実際には同じ不均衡が、より家族的でコミットメントの強い男性を有利にした可能性があるのです。

(Pablo Malo 2026/5/26)



私は、科学的事実については、あくまで中立的に語るべきだと思うけれども、フェミニズムの側がそれを隠したり歪めたりするなら、対抗的に「反フェミニズム」的論説も必要なのではないか、と思ったりしました。

この「おばあさん仮説」をめぐる議論は、その試金石のように感じたから、ここに記録がてら、紹介しました。



<参考>


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