「福祉国家」という不正 安藤馨「朝日」論文の衝撃
安藤馨・一橋大学教授(法哲学)の、朝日新聞での連載には、毎回ショックを受けている。
<憲法季評>というコーナーだから、季節ごと、3カ月に1回、ショックを受けている。
それについては、これまでも何度か記してきた。
今日(5月15日)の論考にもショックを受けた。
「ゆらぐ福祉国家の基礎、分断される国民」というタイトルが付けられた論文だ。
私は、朝日新聞なぞ取っていないが、誰か親切な人がXで「有料記事のプレゼント」をしてくれたので、読むことができた。
有料記事がプレゼントされました! 5月16日 08:34まで全文お読みいただけます。
— 地下楽師 Ph.D&MBA (@tonkyo_Vc) May 14, 2025
(憲法季評)ゆらぐ福祉国家の基盤、分断される国民 若年世代からの収奪、対処法は 安藤馨:朝日新聞https://t.co/76nb3bdU79
最も衝撃的なのは、豊かな国民が、貧しい国民を援助するという「福祉国家」は、哲学的には不合理で不正だと指摘しているところだ。
そもそも、国内的な再分配を核とする福祉国家の政治哲学的な根拠は何だろうか。ある人が困窮しているという事実が、非困窮者の負担によってその困窮を解消する義務の根拠となるならば、非困窮者は世界のどの困窮者に対しても普遍的に支援義務を負うはずであり、グローバルな再分配こそが要求される。富裕な国家の国内の困窮者を1人支援するその富で、貧困国の困窮者の苦境をはるかに効率的に支援できる以上、苦境を縮減する義務という普遍的理念に照らす限り、福祉国家は端的に不合理であり不正であるだろう。
つまり、豊かな人が、貧しい人を助けるべきだとするならば、その義務は哲学的には「国境」にさえぎられるべきではない。
豊かな国の、豊かな人が、どうせ助けるなら、同じ国の貧しい人より、貧しい国の貧しい人を助ける方が、効率的なはずだ。
だから、豊かな人が助ける相手は、同じ国の人に限るべきだという「福祉国家」の前提は、哲学的に不正だ。
福祉国家ではなく、グローバルな再分配こそが要求される、というわけである。
言われてみれば、岸田文雄氏や、石破茂氏はーー安藤氏がそう書いているわけではないがーーそういう「グローバル」な倫理観、政治哲学を持っているように思える。
留学生や移民の保護や、海外援助が、国内での再分配と同様、あるいはそれ以上に重要だ、というニュアンスのことを、彼らはたびたび口にする。
つまり、彼らは、事実上、日本が「福祉国家」であるべきだと思っていない。「福祉国家・日本」を否定しているのである。
そして、少なくとも普遍主義的な哲学の立場に立つ限り、「日本人より外国人優先」かのような岸田氏や石破氏の態度は、「豊かな国」の指導者として、正しいということになる。
しかし、われわれは、その類の「正しさ」を求めて、岸田氏や石破氏を選挙で選んだのだろうか。
安藤氏も、そのような政治哲学をここで肯定しているわけではない。
安藤が、この論考で指摘するとおり、いま日本を分断させているのは、豊かな高齢者と、貧しい現役・若者世代、という世代間の対立だ。
もし日本が「福祉国家」であるならば、必要なのは、豊かな高齢者から、貧しい若い層への富の移転であるはずだ。
しかし、安藤が指摘するとおり、石破氏の自民党は、必ずしも貧しいわけではない高齢の「非課税世帯」に、何度も給付金を払うことで、高齢者をさらに豊かにしている。
つまり、「福祉国家」を否定しているだけではなく、福祉国家に「逆行」しているのである。
なんとなく私は、自民党と公明党は、日本を「福祉国家」として運営していると思っていたが、とんでもない勘違いであったことを、この安藤の論考で気づかされた。
安藤によれば、国民は国民どうしで助け合うべきだという「福祉国家」を正当化するためには、日本人と外国人は「道徳的地位」がちがうことを、憲法上も明らかにしなければならない。
したがって福祉国家は、国民と国民以外の間で道徳的地位の差異が存在することを前提とし、日本国憲法25条が保障する日本国民の生存権も、政治共同体を共有する「国民」の同胞意識抜きには成立困難である。
もっとはっきり言えば、日本人と外国人では、「人権」がちがう、ということになる。
それは、外国に行けば、われわれもその国の国民とはちがうように扱われる、ということでもある。
こういうことは、言われてみれば当たり前だが、なんとなく「人権は普遍的だ」と考えていると、わからない。
安藤は、「福祉国家という不正」を直視したうえで、国内的な再分配(本当の福祉)を優先させよと主張しているのだ。「グローバリズム」に対して、「ナショナリズム」を押し出しているのである。
これは、人類みな平等、というグローバルな人権意識を持ちがちな、リベラルな朝日新聞の読者を挑発するような議論である。
安藤の結論は、以下のとおりだ。
再分配が若年世代からの収奪として分断を生んでいることへの対処としては、まずはマイナンバーによる資産捕捉を実現し、非困窮年金世帯への再分配を抑止することが早急に必要であろう。だが、いまや、多文化主義の失敗や在住外国人に対する給付とその理論的根拠といった欧州的問題をも含め、福祉国家の基盤自体が来たる国政選挙を前に政治的に問われつつあるのだ。
これはやはり、安藤氏が1982年生まれと、比較的若いから書けることだろう。
若い世代は、彼の言っていることが、よくわかると思う。
だが、朝日新聞の読者や、岸田や石破のような高齢の「リベラル」は、ただ自分たちは美しい理想を追い求めていると思っているだけなので、安藤の仕組んだ挑発に気づかないかもしれない。
<参考>
