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読売の「Apple化」(悪い意味で)と新聞の近未来

Apple社と、読売新聞社が、似てきているという。

あのAppleと、あの読売が??


Appleは、10日のWWDCで目新しい発表がなく、失望を招き、株価が落ちている。

とくにAIでの立ち遅れが懸念されている。

14日のYouTube番組「NewsPics」はこれを取り上げ、

「Appleはダサくなった。Apple信者も、Apple経営陣も高齢化した」

と指摘した。

Apple信者の中心は、団塊世代をふくむ60代以上だ。

そして、ティム・クックは60代だが、Appleの取締役会の平均年齢は70代だという。


そこで、「NewsPic」の後藤直義氏が、以下のように、Appleと読売が似てきたと言った。


これは、読売新聞ですよ。最近亡くなられましたけど、ナベツネみたいな世界ですよね。

90代の人が社長室にいて、「今日会長が機嫌悪いぞ」みたいな。

で、モバゲーがわからず、モガベーと言っちゃう、とか。

読売新聞は、いまAI禁止ですから。SNSも禁止ですよね。記者は。

AppleもいまAIから遠ざかろうとしてるわけで、取締役会の平均年齢も70代、と。

アップルの「老化」がケタ違いだった(NewsPics 2025/6/14 発言は動画の16:30あたり)



「デジタル化反対」の急先鋒である読売に似てきたと言われたら、Appleも終わりである。

あるいは、5周回遅れくらいで、読売がAppleに追いついた?


「逆サービス競争時代」に入った新聞


新聞界ではこのところ、「夕刊廃止」の流れが広まっている。


大手新聞各紙が続々と夕刊廃止かあ。 朝日、毎日、産経、東京……あれ、うちの職場、産経の夕刊は収集しとらんが。東京地区は2002年から廃止だから地方に残ってるとは思わんかった。日経も契約部数少ないところから切ってるのか。まあ夕刊朝刊合体版もあるしなー。
(anegomarufu 2025/6/15 23:24)


朝日も毎日も土曜夕刊を揃ってお休み(廃止とも言う)。9月には日経という話も聞いた。 読売だけはX年はなくならないらしいが。夕刊があろうがなかろうが配るものが減ってきている事に変わりない。
(紙媒体の末端+終焉手前 2025/6/12 20:53)


コスト削減のためなのに、「販売店の労働環境改善」などという。

提供する商品が減るのに、「価格は据え置き」という。

そして、「廃止」発表については、例によって談合したように各社が足並みをそろえる。


普段は新聞の公共性を唱え、軽減税率8%の特権を享受する業界としては、ずいぶん恥ずかしい。

新聞業界は、競ってサービスを抜いていく「逆サービス競争」時代に入っている。

「夕刊廃止」を惜しむ声がほとんど聞かれないのも情けない。


そして、この流れに最後まで抗しそうなのが読売である。


脱「紙」化


明治時代、新聞業界は、東京だけでも10紙以上が乱立して競争していた。

およそ100年前、大阪朝日と大阪毎日は、広告料金などで談合して大阪市場を2社で寡占し、そこで資本力をつけて東京進出をうかがった。最終的に、関東大震災を奇貨として東京勢を打ち倒す。

「夕刊」も、カネがある朝日と毎日が始めたことだ。「週刊朝日」や「サンデー毎日」が創刊されたのと同じ頃だ(最初はそれらは新聞のおまけだった)。さまざまな付加価値をつけ、サービス競争で読者を奪っていった。

そのあたりは、以前にnoteの記事で書いた。


転機は1915年(大正4)ごろに来る。大阪朝日と大阪毎日がいち早く株式会社化し、さらに潤沢になった資金で夕刊を発行し、週刊朝日やサンデー毎日の創刊など出版事業にも進出した。

このあたりから「朝毎時代」が始まると言って良い。朝夕刊セット売りなど東京勢も追随せざるを得なかったが、資金力の差から朝毎以外は疲弊していくことなる。


こうして朝日と毎日は、読売の前身である報知新聞ふくめ、東京勢を蹴散らして、天下を取ったわけである。

その因縁を考えると、感慨深いものがある。


いま劣勢に回った朝日・毎日等は、「紙」から抜け出そうとしている。

新聞業の足枷になっているのは「紙」だ。コストの大半は「紙」なのだ。

「紙」に刷らず、ニュースをデジタルで提供できたら、どんなにいいだろう。

だから、「紙」が減っていくのは、彼らにとっていいことである。


「脱「紙」化」は、私がマスコミ業界を辞める10年前までには、読売以外の社の上層部で意思決定されていたと思う。

その頃から、紙の読者の新規獲得に熱心でなくなった。

それを選んだというより、そうせざるを得ないことを悟ったのだ。


ニュースは社会の必需品だ。ネット時代になってもそれは変わらない。

だから、そのニュースを「水源」「川上」あたりで独占できさえすれば、ネット時代にもカネが入り、「ジャーナリズム」は永遠に商売になる。

そのためには、記者クラブ等の排他性を強め、「ファクトチェック」等で既成メディア外の情報の信頼性を落とし、「オールドメディア」の権益が侵されないよう細心の注意を払わなければならない。


「紙」が減っていく、ということは、新聞業界参入へのハードルが下がることを意味する。

輪転機だの販売店だの輸送体制だのを必要とせずに新聞業を始められる。

だから、既成勢力としては、「紙」を減らすとともに、新規参入されないように参入障壁を塗り固め、既得権を守る。


「紙」の負担から逃れ、ネットの時代にもずっとニュースの「元締め」でいられるのが、彼らにとって一番いい。

そうすれば、これまでどおりの権力を、政治にも社会にもふるえる。

いま、新聞業界が考えているのはそれである。


この流れの中で、読売は、どうするのだろうか?

100年かけて、「紙」で朝日・毎日を完全に抜き去り、東京の新聞として雪辱を果たした。

ナベツネは満足して死んでいったかもしれない。

そして、遺された読売は、このまま「紙」と心中するのだろうか?


もしAppleが、イノベーションを忘れ、このまま「iPhone」に運命を委ねて衰退していくとすれば、その軌跡はたしかに読売の盛衰と似てくるかもしれない。

(でも、ナベツネが死んだので、どこかで読売も方向転換するだろう)


「斜陽」のその次


新聞業界は、生き残れるかどうかの瀬戸際に来ている。

そろそろ「銀行管理」が始まる、という噂もある。

とくに朝日・毎日・東京などは、既得権にあぐらをかき、左翼活動家の巣窟となって、日本に仇をなした。潰れてもらって構わない。


いま業界の最も深刻な問題は、人材が払拭し、バカと左翼しか残ってないことだ。

そういえば、「NewsPics」の後藤氏も、森川潤氏も、元新聞記者だ(後藤氏は元毎日、森川氏は元産経)。


最近、新聞社の就職面接では、

「新聞業界は斜陽なのに、君はなぜ受験するのか」

と詰問されるそうだ。



いま、新聞業界に入ってくるのは、辞めることを前提に新聞社を「出世の踏み台」にする人だという。

そこでノウハウを学び、人脈を築き、元記者という箔を付けて、新聞を捨てて将来性ある分野で活躍する。

そういう人が多すぎるので、新聞社も警戒して、面接で上のようなことを聞くのだろう。


結局、新聞業界に残るのは、バカと左翼だけで、そういう奴しかいないから、そういう奴がいずれ出世して、経営の意思決定をするようになる。

ますます「ジャーナリズム」が日本をダメにする。やめてくれ。


新しい流れ


でも、意外なところから、業界は変わっていくかもしれない。

もし、今度の参院選ふくめ、参政党や日本保守党やNHK党などが伸びていけば、彼らの主張が新聞に載るようになる。

高齢者に依存する自公立憲共産は、自然の寿命で減っていくしかないが、そういう「新保守」政党は、今は小さくても、伸びしろがある。


そういう流れが太くなると、新聞も変わらざるを得ないだろう。

朝日や毎日も、結局「商売」であり、その原点に戻るしかない。


最近、面白いと思ったのは、「学術会議」問題に関して、「東大新聞」が株を上げたことである。

東大の教員も、人文・社会系以外は、「ただの甘ったれだ」など、意外に学術会議に批判的なのを浮き彫りにしていた。


この前の東大新聞で日本学術会議について教員の多様な意見が載っていたのが興味深かった。
内容以上に新鮮だったのが、あれは現代稀に見る中立性があったからだろう。教員たちのコメントを賛成も反対も赤裸々に、途中のフィルターなしに載せているように見えた。
(Ryota Kanai 2025/6/15 13:12)


朝日・毎日等も、これまで「偏向」がひどかっただけに、「中立」になるだけでインパクトがあるだろう。

バカでもいい。左翼でさえなければ。

朝日・毎日らの生き残りの道は、そこにしかない。


日本の新聞業が原点に戻り、新規参入社ふくめて、「ジャーナリズム」が正しい競争にさらされるように祈りたい。


<参考>


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