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ネットに取り憑くオールドメディア



メデイアと自民の言論弾圧


日本新聞協会が6月5日、「ネットでの記者への不当な攻撃を許さない」という声明を出した。


ネット上で「記者への不当な攻撃許さず、人権侵害に厳正に対処」 日本新聞協会が声明
https://sankei.com/article/20250605-BJ6NCTDMDZN77LPAV36GYA2X2U/…
>報道機関の記者らに対し根拠のない誹謗中傷や侮辱が相次いでいる

東京新聞 浅野裕作(強制わいせつ)
東京新聞 福田竜一(器物損壊と暴行)
読売新聞 高橋健太郎(顔面パンチ)
朝日新聞 記者N(孕ませ不倫)
毎日新聞 内部監査室長(児童買春) ※匿名報道だが犯行時の内部監査室長は高倉友彰
根拠のない誹謗中傷はしないようにしましょうね
(なる 2025/6/6 1:12)


また、偏向報道の代表格であるTBS「報道特集」から、SNSの削除要請が相次いでいるという。


TBS「報道特集」からポスト削除要請が続いていると聞きます。
番組と関係のない写真、ご自分でまとめた図もターゲット…結局、「報道特集」の反対意見です。
僕はYouTubeでした。
1日にわざわざ3回に分けて動画削除要請。結果、3警告になって即垢BANでした。
(おぎのきんしろう 2025/6/7 1:04)


これらは自民党のSNS規制の動きと歩調を合わせている。

自民、選挙時のSNS規制必要 「即刻削除の制度設計を」←本当に時代ともに自民党はやばくなってきますね
大昔は応援してたのに…。
(阿知和賢 2025/5/3 3:05)


政治権力とオールドメディアによるネット規制が、日に日に強まっている。

かつての朝日のお気に入り、津田大介みたいな左派もこれに同調しているらしい。


左派の力の源泉はオールドメディアにあるので、彼らはほぼ常にオールドメディアと同調的に動く(兵庫県知事問題等でも同様だった)。


WaiWai事件の教訓


この動きを見て思い出すのは、2008年の毎日新聞WaiWai(ワイワイ)事件だ。

WaiWai事件はわれわれの世代には非常に有名だったが、もう忘れられてるかもしれない(なにしろメディアが忘れさせようとしている)。

以前私が書いた記事から、事件の概要を引用する。


毎日新聞の英字紙で1989年から連載が始まった「WaiWai」は、日本の週刊誌などの下世話な話題を英訳して紹介するコーナーだったが、英語で発信されていることから、海外での日本の印象を悪化させるという批判が、2008年の春からネットで盛り上がった。毎日側がその批判にまともに応えず、むしろ批判者を「法的措置」をちらつかせて脅したことからさらに炎上、会社に抗議の電話が鳴り止まなかったという。社長監禁事件でうかがえたこの会社の恫喝体質が、ここでも出た印象だ。毎日は結局、6月に問題を認めて謝罪したが、その直後に担当役員だった朝比奈豊常務が社長に昇進したことで、さらに問題を悪化させた。朝日新聞の社長は少なくとも責任を認めると辞めるが、毎日新聞は、アンマン事件でもそうだが、上層部の責任者が辞めないのが伝統らしい。「WaiWai」の内容でとくに実害があったわけではなく、批判を受けてやめていれば大したことではなかった。対応を誤って大炎上となり、会社のイメージを決定的に傷つけた代表例として語り継がれる事件だ。


あの時も、批判するネット民に対して、毎日新聞側が「法的措置」をちらつかせたことが、火に油を注ぐ形となった。

メディアはこういう危機管理の事例を忘れないようにすべきである。

オールドメディアが、昔ながらの高圧的態度が今も通用すると勘違いし続ければ、同じような「炎上」が繰り返されるだろう。


もうネットで稼ぐしかない


しかし、オールドメディア側の「背に腹は変えられない」事情もわかる。

もう新聞も、おそらくテレビも、ネットに寄生しないと生きていけなくなっている。


ネットを見ていると、「毎日新聞」や「産経新聞」の記事がよく引用されていると気づかないだろうか。

これは、こうした紙で売れない新聞社が、記事をYahoo!などに「安売り」しているからである。

彼らは、紙で売れない分を、ネットで少しでも取り返すために、ひと束いくらでニュースを売る。そうせざるを得ない。これは、私の現役時代からそうだった。


しかし、今や、毎日や産経だけでなく、オールドメディア全体がネットに寄生しないと生きていけなくなっている。

そこで、メディアへの批判や悪口を先に封じておく必要があるのだ。


ニュースの押し売り 「バンドル商売」の不正


たとえばWindowsのOSを入れると、朝日や毎日が配信するニュースが流れてくる。

他のOSやポータルサイト、YouTubeなど主流SNSでも同様で、オールドメディアのニュースが「バンドル」されていることが多い。

これは、ネットを使うだけで、これらのオールドメディアにカネが支払われていることを意味する。以前も書いたが、腹立たしい事実だ。


こんな不正な「バンドリング」を公正取引委員会が黙って見てるのは許し難い。

こっちはオールドメディアに一銭だって払いたくない。

ニュースなら、すでに税金のように受信料を取られているNHKで見るから、それ以外はもう必要ないのだ。

しかし、オールドメディアは、権力に擦り寄り、ネット企業に取り入り、あの手この手でネット空間に侵入し、ニュースを押し売りして、なんとか日銭を稼ごうとする。


貧すれば鈍す


オールドメディアは日に日に狡猾・冷酷・不寛容になる。

これは、食い詰めた人間が犯罪に走るのと同じ心理だ。貧すれば純するというやつである。


かつての新聞社は開放的で、読者と記者は対等に会話できた、という話を少し前に書いた。

一般読者が、普通に新聞の編集局に入っていける空気があった。

それは、新聞の世帯当たり部数が1を超えていたからでもあった。

事実上、全ての世帯が新聞を1部以上取っていた。全国紙と地元紙、地元紙と専門紙という具合に取っている人もいた。

家で取って、さらに通勤中に新聞を買うこともあった。

つまり、日本国民は、税金のように新聞代を払っていた。

新聞社は、その意味で「役所」と同じだったのだ。


その時代は、マスコミにも余裕があり、自らの公共性を自覚した態度を取った。

しかし、もうそんな余裕はなく、見栄も体裁もなくなっている。

それを象徴するのが、新聞の「軽減税率」特権獲得だった。


一世帯当たり部数が1を切ったのは2008年だった。

そして2023年には0.5を切った。


少子化と相まって、ものすごい勢いで転落している。

言うまでもないが、各社「デジタル新聞」への移行は(日経以外)壊滅的に失敗した。

だから、餓狼のように死に物狂いになっている。


かつては「テレビ」に取り憑いた新聞


だが、現役時代を振り返ると、新聞が別メディアに取り憑いたのは初めてではない。

1990年代から2000年代にかけて、

「新聞は、テレビの番組表を見るために取られている」

という話が社内でしきりにされていた。

そこで、テレビの番組表をいかに見やすくするか、各紙が工夫を重ね、いわゆる「ラテ欄」の見やすさをPRすることになる。

なんとも情けない光景だ、と思ったものだが、その頃もみな「背に腹は変えられない」と思っていた。


これは、2000年代半ば、テレビがアナログからデジタルに移行する時に、最高潮を迎えたと思う。

BS・CSなどの多チャンネル化とともに、各紙はさらにラテ欄充実に力を注いだ。


しかし、それは虚しい努力だった。

「ラテ欄が大事だ」と新聞が大騒ぎしている最中から、テレビが見られなくなり、番組表のニーズも消えた。


現在は、ネットでもテレビ番組表は見られておらず、yahooの番組表閲覧サービスも廃止になったという。(以下の動画参照)

TV番組表はいる?いらない?元テレ東局員が番組表の裏側を解説(下矢一良の正直メディア 2025/5/24)


「中央」を求める人々


ちなみに、上の下矢一良氏の動画で、面白いことを言っていた。

2000年代半ばのデジタル化と同時に、テレビ朝日はチャンネル10から5へ、テレビ東京は12から7へ移行した。

その結果、テレビ朝日が数字で中央の位置(「5」)に座ったため、視聴率を伸ばしたかも、という話だ。

そして、かつて栄華を誇った8チャンネルのフジテレビは、端っこの数字となったため、視聴率を落としたーー


これはあり得る話だ。

人々はとくにテレビ局の選好を持たない。暇つぶしに見ているだけだ。

それでリモコンを操作して、「1」から順にザッピングしていくと、「5」のあたりで止まって、「8」まで行かない可能性がある。


人々は一般に「中央」の数字を好む。

この心理は、「イカゲーム」でも利用されていた。

主人公の背番号「456」番は、「123」でも「789」でもない、人々が好む「中央値」を意味している、という考察があった。

イカゲームでは、「456」という数字が、「冒険を避け、平均を好む人々の性向」の象徴として使われていたのだ。


なぜ「中立」な新聞がないのか


話は飛ぶようだが、人々が「中央値」を求めるなら、なぜ「中立」な新聞を作らないのだろうか。

なぜ、朝日・毎日のような極端な左翼偏向紙と、読売・産経のような右派新聞しかないのか。


いま新聞代は、月4500円ぐらいかもしれないが、もし新聞を取るなら、最低9000円必要だと私は思っている。

なぜなら、左派から1紙と、右派から1紙、最低2紙取らないと、中立な情報が得られないからだ。(あるいは、朝毎読のような日共系の新聞労連加盟紙と、産経のような非加盟紙)

だから、新聞代は、新聞社が思っているより「高い」。読者から見れば、偏向を、別の偏向で是正する必要があるからだ。


そういうわけで、多くの人、とくに現役世代は、比較的中立と見られる「日経新聞」一紙を取ることを選ぶのではないか。


新聞業界がここまで落ちる前、1990年代から2000年代にかけて、「中立」を売り物にする新聞が出てくれば、一気に読者を攫った可能性があった。

私は、業界の内部にいてそう思っていたが、同じようなことを言う人は周りに多かった。


私は「社説」なんか要らないと思っていた。誰も読まない。論説委員とか編集委員とか、仕事しない高給取りの穀潰しは全部クビにしろ、と。

時代の流れを読めず、自らの業界を没落させている、お前らの意見など誰が聞くか、と。

新聞なんか、「意見」を持たなくていい。起こったことを、そのまま記録していけばいいのである。


しかし、新聞は「偏向」をやめなかった。

なぜそうなったのかは、長い話になる。複数の要因があっただろう。


ただ、これも結局は「貧すれば鈍する」だった。

各新聞には、その左右どちらかの論調を好む「忠実な読者」がいる。

そのコア読者が、たとえば3割だったとしても、それを切って読者を増やすことができなかった。

「よくぞ安倍晋三を批判してくれた。これからも購読します」

「よくぞ左翼を批判してくれた。これからも購読します」

そういう声を寄せる人が、たとえ少数派だったとしても、それでなくても部数が急激に減っている時期、そうした「忠実な読者」に抗するができなかったのだ。


ネットからオールドメディアを排除する


いずれにせよ、既得権益の代表であるオールドメディアは、これからも隙あらばネットに取り憑き、あなたの知らない間にカネを取ろうとする。

NHKにくわえて、オールドメディアも、「税金」同様にあなたからカネを奪おうとする。

前述のとおり、ストレートニュースはNHKから取るから、他のオールドメディアの報道は不要なのに。(「ニュース」自体には著作権はないから、NHKが報道すればネットで頒布できる)


もちろん、一見ストレートニュースに見えても、NHKやCNNの、たとえば戦争報道や、それをもとにした論評を、そのまま信じることはできない(が、めんどくさいから、偏向してることを前提として見るしかない)。


とくに「論説」は要らない。偏向しているに決まっているから。

私のような年寄りにとっては、とくにそうだ。メディアの若造がしゃべっているようなことは大体知ってることか、おいさき短いこっちは新たに知らなくていいことがほとんどだ。


新聞の悪口を言うな、という新聞協会の声明は、盗人猛々しいのだ。

こっちはお前たちの顔も見たくないのに、ネットに勝手に侵入してくるから、悪口を言いたくなるだけである。


ネットからオールドメディアを一掃し、彼らの糧道を絶って、滅ぼさねばならない。

滅びる寸前に、もしかしたら彼らが偏向を反省する奇跡が起こるかもしれない。


引退老人である私に関しては、ストレートニュースも、もう要らない。

世間のことなどどーでもいい。

あとは、政府が、選挙の時期だけ教えてくれればよい。

私は「オールドメディア批判」を鮮明にしているNHK党に死ぬまで投票しつづけるだけだ。



<参考>



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