掌編小説 三文字が欠けた図書館
古びた扉が、わずかに音を立てた。
棚の隙間から、薄く光がのびてくる。
あの人……マサトさんが、また今日もやってきたのだとわかる。
「こんにちは」
私は声をかけた。
マサトさんは、紙の束を胸にかかえて、うなずいた。
「この本を…………?ええと……そうだ、返しに来た」
マサトさんは顎に手を当てて何かを悩んでいる。少し様子がおかしい。
私は、この古びた図書館を守る、アンドロイドのA-25。
この世の中は言語崩壊が始まりつつある。
人々は言葉を信じることが出来ない代わりに、言葉以外で意志そのものを伝達する力を手にした。
この古びた図書館で、言葉を守っているのは、私……A-25と、マサトさんだけだ。
「25……君も感じているか。ついに私たちからもなくなってしまった文字がある……しかし私にはもうその文字そのものを思い出すことが出来ないんだ」
マサトさんは、頭をおさえた。
私も自身のデータの中に深く検索をかける。
「……文字の特定には至らなかったのですが、3つの文字の欠損を確認しました」
「3つの文字か……失ったものはなんなんだろうな……君にも分からないんじゃ、私にはもっと分からなさそうだ……」
ふたりで寂しく笑いあう。
「25、私もいつか言葉をすべて失うんだろうか」
「その質問は私には答えかねますが……そうだとしても、私はあなたの想いと共にありますよ」
私の言葉に、マサトさんは眉をひそめながらも微笑んだ。
「……君は図書館を守るアンドロイドにしてはぬるいほどに優しすぎるな。……いや、アンドロイドだからか」
「基本的にユーザーに寄り添うことは、原則として決まっていることですからね、私が特にその傾向がある訳では無いですね」
「はは、その答えは潔くて実にアンドロイドらしい。無くなった三文字、君は何に関わるものだと思う?」
私はその言葉に、再び私の中に深く眠るデータに検索をかけた。
「……ひとつは、おそらく、この世の中そのものを示す言葉の頭文字です。言葉の概念の一番最初に無くなってしまったのは、そういう理由である確率が高いです」
私の言葉に、マサトさんは床に視線を落として深く息をついた。
「なるほどな……確かにそういう理由であるなら、最初に無くなるのは納得だ……酷い話だがな。他のふたつはどうだ……?」
「他のふたつは……ひとつは、手紙の書き出しに書く一文字……普段は見過ごすことが多いその文字が無くなったようです」
マサトさんは再びため息をつく。
「誰かに宛てるときの文字か……なんでそんなピンポイントで叙情的なものが消えたんだろうな。最後のひとつは?」
マサトさんの言葉に、私の中で目まぐるしく計算が起こる。はじき出した結果に、私自身もため息をついた。
「最後のひとつは深刻です。物を示す時に使う言葉、受動態で頻出する一文字です。この文字が無くなったことは、言葉を交わすという営みにおいて、深刻なダメージを受けていると推察ができます」
「深刻なダメージ、か……。たしかに私自身、会話の中で違和感は感じている。その3文字はどうして消えてしまったんだろうな……」
マサトさんは窓の外を見た。曇り空が白い光で空気を照らしている。
「いつか、取り戻すことができるんでしょうか……」
「25、君が私に聞くとはな。アンドロイドの君に分からないことが、私にわかると思うのか?無理なんだよ、君みたいに計算することは。私はこの、先の人々の文字を追うことしかできない」
マサトさんは、机の上の本の表紙を手で優しくなぞった。
「……あなたはそう言うのも分かりますが、私は人間の想像力の方が豊かなはずだと思っていますよ」
「はは、君がそう言うなら、私と君とで、この世から消えてしまった3文字を、再び創造する事も可能かもな」
マサトさんは、少し冗談めかした調子で言ったが、その表情は少し寂しげだった。
机の上の本に落ちた、柔らかな光を見つめる。
「……もしそのことが叶わなくても、私は文字が無くなる最後の時まで、ここであなたを見守りますよ」
私の言葉に、マサトさんは静かに笑うだけだった。
こんにちは、もへです。
この物語には、実際に、五十音の中の、ある特定の3文字が使われていません。
というのも……実は、スマホが故障して、ある特定の3文字だけスワイプができずにめちゃめちゃ打ちにくくなってしまったので……
その3文字を使わずに、掌編小説を書くチャレンジをしてみました笑
失われた3文字、皆様には分かったでしょうか……?
気づいた方は、ぜひコメント欄で回答いただけたら嬉しいです!✨️
そしてもしうっかり使っている箇所があったらそれも教えていただきたいです🤣笑
明日には新しいスマホが届くので、やっとこの不便から解放される……!と期待をしているもへでした笑
2026/3/22 追記
欠けているはずの二文字を、漢字の読みで使ってしまっていることに気づきました🤣
修正しています。申し訳ありませんでした!!!
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