広告経済の次 #1: 少なくとも今は理想じゃない ~現在の個人向け情報インフラは広告経済に支配されている~
今の個人向けの情報インフラ (スマホとSNS) には、素晴らしいところはたくさんある。
例えば、誰もが自分自身の作品を発信できるようになり、その中で面白いモノがあれば、アッという間に世界に広がり、それが次の潜在クリエーターたちを刺激する。
スマホさえあれば、家を出てから 電車で移動中に、行き先を調べて決めて予約したり、友達と連絡を取ったり、他の用事もついでに済ませる段取りだってできる。
それはよくわかっている。でも何かがおかしい。。。
広告は要らない。私は見たくない。見たい人いるの? もし面白い広告があれば、きっと知人が教えてくれるから、見に行くよ。プッシュされる広告には毎回イラっとするけど、苦情をぶつける相手もない。
通知もほとんど要らない。というか、要るのと要らないのの設定が面倒。
知りたい情報が探せない。たとえばふるさと納税のこと、仕組みのことを調べようとおもったら、すぐアフィリエイトサイトに誘導される。
要するに、私は広告が嫌いなんだと思う。
はい、もちろん、わかってますよ
・・・それは仕方がない。今の情報インフラは広告ビジネスに依存しているのだから。それが資本主義ってものだ・・・
とおっしゃるのでしょう?
本当にそうでしょうか?
例えば、個人の情報インフラは広告で満ち溢れているが、企業が使う情報インフラはそんなことはない。
なぜかって?
企業は情報インフラの価値を合理的に判断して対価を払いたいので。
企業は従業員が仕事中に広告見て衝動的に購買されたりしたら困るので。
つまり企業と情報インフラ提供者が直接商取引して win-win なのだよね。
そこには広告主が入る余地がない。
では個人が使う情報インフラには、なぜ広告が入ってるのか?
それは、きっと情報インフラにお金を出さないことがデフォルトになってしまったからだろう。
なぜデフォルトになったのか?
それは情報インフラのパイオニアたちが、このプラットフォームの莫大な価値に気づいていたため、シェア獲得を最優先にしたから。
個人は「タダ」に惹かれて、情報インフラは「シェア」を得る。win-win だ。
「広告ビジネス」は情報インフラ提供者にとって、そのユーザ獲得のスピードにブレーキを掛けずに、収益を得る、ほぼ唯一のビジネスモデルだったのだ。
まあ、今までの歴史は必然だった気はする。そこは認めよう。
でも、だからと言って、未来もそうであるとは限らないのでは?
広告ビジネス依存であることの深刻さ、つまり「タダより高いものはない」ということに気づき、適切な代替案が提示されれば、世の中はもう少し「善い」方向に変えることもできるのでは?
そこを掘り下げていきたいと思っています。
2025-06-06 続き書きました。
「タダより怖いモノはない ~広告経済依存の代償~」
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします!