デジタル環境問題 #5: SNSはもはや「ソーシャルネットワーク」ではない?
11/20 の日経に「インスタ買収、メタが勝訴」という記事が載っていました。
その記事の本題とは外れるのですが、以下の記述があり、気になりました。
TikTokは人工知能(AI)のアルゴリズム(計算手法)によって、利用者の「友達」の投稿ではなく、利用者の「興味」に基づくコンテンツが表示される。もともと、友人とつながるためのサービスだったフェイスブックやインスタグラムも、こうした特徴を取り入れた。
地裁の意見書によると、米国人がフェイスブックで「友達」のコンテンツを閲覧する時間は全体の17%。インスタグラムではわずか7%だ。一方で見知らぬ人が投稿してAIが推奨表示する短編動画に多くの時間が費やされている。今では「友達とつながるサービス」として使っていない人の方が多数派だ。
元の情報を探してみたところ、報道によれば、これは2025年4月のFTC対Metaの独占禁止法裁判で、Meta側が提出した内部データのようです。
ユーザー時間の大半は、アルゴリズムが推薦する見知らぬ人のコンテンツを見ている。
SNSはもはや「ソーシャル (社会的) ネットーワーキング (交流) サービス」ではなくなっているわけです。
むしろSNS=「メディア・プラットフォーム」になっているということですね。
あれ、矛盾してる?
ここで、前回の記事で紹介した調査を思い出しました。
TikTokやInstagramのユーザーの多くが「存在しない方がいい」と思っているのに使い続けている。理由は「取り残される恐怖」(FOMO) でした。
この恐れは、「仲間から」取り残される、という意味だったはずです。
SNSがもはや「メディア・プラットフォーム」なら、何が問題なのでしょうか?
「取り残される恐怖」(FOMO) の意味
前回紹介した論文では、TikTok や Instagram のユーザーが使い続けている理由として最も多かったのが 「取り残される恐怖」/ FOMO (Fear of Missing Out) でした。
ただ、この論文には、具体的に何から取り残されることへの恐怖なのかについては、説明がありません。
何人かの若い知人の様子を聞いていると、こんな状況なのではないかと思われます。
コンテンツがプラットフォーム固有である
(TikTok や Instagram でしか見られない)そのコンテンツが「リアル」な仲間との会話の前提になっている
(会話自体は対面だったり、LINE だったりして、
必ずしも TikTok や Instagram の DM が多いとは限らない)結果として、プラットフォームから離脱すると会話に乗れない
つまり、こういうことでしょうか?
SNS自体は「ソーシャル・ネットワーキング」というよりは「メディア・プラットフォーム」になっている。
同時に、非常に強力な独自コンテンツを生み出し続けることができる。
それによってユーザーにとっての「リアル」な「ソーシャル・ネットワーク」を介して、圧力を生み出している。
これは手強いわけですね・・・
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします!