小説『架空の坂道』第4章 前編
・8位、木田真理子! …て誰?
架空坂には既に第3期生(実質2期生)も入り、今は70名近い(1期生2名・2期生の残留が26名・新規の3期生38名)大所帯になっていた。
先週はアンダーメンバーによる定期公演が、東京プリンセスホテルの宴会場にてディナーショー形式で行われた。実はこの「定期ディナーショー」が架空坂の主な収入源になっている。ひと公演の観客100名のキャパで行われるプレミア感たっぷりのショーが隔週必ずあるのだからファンはたまらない。

ディナーショーは基本的にアンダーメンバー中心だが、必ずゲスト的に投入されるレギュラーメンバーが居るので、そのシークレット的な扱いのメンバーの当たり外れ(観客にとって推しメンか否か)も楽しみのひとつになっていた。ちなみにブル子は結構な確率で出演するが、ボブ子は殆ど出ない。表向きは「お高くとまってる」キャラだからという事で通しているが、実際は免疫抑制剤が必要な状況なので、不特定多数と密集した場を避けているという事情があった。

そして本日は年に数回の大きなイベント。今回は日比谷の野音で単独公演だ。
「でも毎回ボブ子に負けてるんだよなぁ…」とブル子は人気投票の結果が出る度に嘆いている。
3か月毎に発表される「架空坂ランキング」で、必ず1位はボブ子、2位がブル子なのだ。このランキングは単純にディナーショーや、大きな地方公演・その他のライブチケットを買った客が持つ『投票権』で決まるので、かつてのアイドルグループの「CDに投票権が付いている」形式の様な大人買い組織票等が起きにくくなっている。従って純粋に「人気ランキング」であると言っても過言では無い。
毎回基本的にダントツのトップ2なのは変わらないのだが、必ず僅差でブル子が負けている。ブル子としては公演には可能な限り顔を出し、ファンを取り込んでいるにも関わらずこの状態なのだから、実際にはボブ子の人気は数字以上にダントツなのだろう。悔しさは勿論あるが、どこかソレを納得させる雰囲気が2人の間で成立している。良いライバル関係だった。
「さて、久しぶりに大きい会場… 燃えますワネ」
そう言いながら先程から、歌う事に関係は無いだろうがボブ子はしきりに柔軟運動をしている。

「そもそもオマエ小さい会場だと来ねーじゃネーカ」鏡の前でブル子は、そう軽口を叩きながら笑顔で衣装の再チェックをしている。日比谷野音はある意味『架空坂46』のメインステージだ。2期生が入って46名揃った時のデビュー公演もここ野音だったし、都内で行われる大きなイベントもたいてい日比谷野外音楽堂である。
楽屋裏では、先程のやり取りで一見すると険悪な様に見えるブル子とボブ子だったが。二人の間にはそう言い合える信頼感が成立しているのだ。しかし傍目には単に仲が悪い様に見えるのだろう。遠巻きに他のメンバーが何やら囁きあっている。
しかし、そんな事はお構いなしにスケジュールは進行していった。幕は上がりステージでパフォーマンスが繰り広げられていく。

「ハ~ ご苦労様ですね…」
「木田真理子」と書かれた名札を胸ポケットに付けた彼女は、客席最後尾の壁を隔てた物販スペースからステージを眺めながら、華やかに歌い踊る彼女達をただ眺めていた。
彼女と同じ様に名札を下げたスタッフがブースには数人居る。ブースはアイテム別になっており、真理子が担当しているのは主にCDとポスターである。こういうグッズは終了時にこそ激混みになるが、観客がステージに釘付けになっている間は基本的に暇である。

真理子がこのバイトを始めて約半年が過ぎた。今日の様な大きなステージの時もあれば、アンダーメンバー中心のディナーショー公演の時もある。最初はスキマバイトアプリで応募したが、次からは運営から直接オファーがあった。真理子は基本的に平日に飲食店のバイトがあるので、主に土日祝日、しかも数時間で高時給のこのバイトはありがたい。だから自分のライブや練習と重ならなければ、殆どのオファーを受けている。
そうやって何度もバイトをしていたら、常連のファン達とも顔馴染みになっていて、コチラからも新アイテムの売り込みをしたし、ファン達も勝手に架空坂メンバーの話題を真理子に語る。そんな繰り返しで今ではファンからもすっかり「姐さん」呼ばわりである。そんな真理子は今年で23歳になっていた。
木田真理子がアーティストになる夢を抱いて上京し、もう4年の歳月が流れている。主な食い扶持は上京当初から続けている居酒屋のバイト。そして今はこうやってスキマバイトも増やした。
ある意味環境に恵まれている気はする。生活は安定しているし、ライブ活動も出来てはいる… が…
「何やってんだろうな…」最近そう呟く事が増えてきた。もうタイムリミットが見えてきた様な気がしている日々。
「ああ… 始まった」
ステージ上はライブパートが終わり、いつものお笑い芸人がステージから客席を煽っている。コレからレギュラー10人の発表がカウントダウンで始まる純粋な人気投票… 残酷な瞬間でもある。
「テメ〜ら〜 準備はいいか〜? イクぞ~ 第10位〜!!」

人気は殆ど固定されていて波乱は起きにくい。基本的に上位10名はホボ固定でその中の下位4名くらいの順位が入れ替わり立ち代わり程度。真理子もメンバーの序列を段々覚えてきていた。しかし今回は少し違和感がある。いつも5〜7位に居る中堅メンバーがランクダウンして今回は10位だったのだ。
この時間帯になると徐々に物販にも客が流れてくる「アララ残念…」接客しながらステージをチラチラ眺めて真理子は10位の女性に同情して呟く。遠目だが。しょんぼりしながらステージに登場した10位のメンバーが少し涙ぐんでいる様にも見える。
続く9位の発表を耳にして「あれ?」と真理子は再び呟いた。いつも10位辺りの子がジャンプアップしたのかと思いきや、ここも意外な事に中堅メンバーのランクダウンだった。『今日は波乱が起きるのかな〜』いつものマンネリ展開に起きた僅かな波紋に、真理子は少しワクワクしていた。『まさかのボブ子様、首位陥落〜 とかあるかもね』この時点では呑気にそんな事さえ考えていた。
「レディースエンドジェントルメン! いよいよ第8位の発表だ〜! 驚け… 第8位は〜」

A profile photo of a Japanese man performing on stage at an outdoor live music venue.Person: A chubby, middle-aged Japanese man earing red-rimmed glasses, with narrow eyes and a mustache, and a typical Japanese face. He has little hair and a bald forehead. He is wearing a blue suit with vertical stripes (sky blue shirt).Context: A photo of him from the front. He is shouting loudly, with one hand outstretched and his index finger pointed forward. A live music venue stage, with colorful lighting.まだ下位ランクなのにいつもより引っ張る芸人に、会場は少しイラッとしながら罵声が飛び交っている。真理子は以前から思っていた『コイツ絶対ドMだわ』と。どうも会場を煽って罵声を浴びるのを喜んでいるとしか思えないのだ。逆に客は、司会者であるこのピン芸人を罵倒する事で推しがランクアップしない事へのうっ憤を晴らせている様にも見えるので、もしかすると運営側の意図で彼はそういう役割を担っているのかもしれない。
ステージ上ではドラムロールが鳴り続けている。いいかげん観客が痺れを切らした頃、突然ステージの照明が消えてドラムロールが鳴りやんだ。既に夕刻、ステージの照明が落ちた事で会場は一気に暗くなる。まさかの機材トラブルかと思いきや、スポットライトがステージから客席を駆け抜けて物販スペースを照らす。
「木田~ 真理子~!!!」

司会者は大声で叫んだ後で付け加える。
「…て、ダレ?」
スポットライトを浴びた物販スペースでは、ポカーンと状況を呑み込めない真理子が立ち尽くしていた。

