小説『架空の坂道』第3章 後編
・架空坂◢⁴⁶ 爆誕!
「やはり自然光は良いですわね。肌が映えますワ」ボブ子、大久保舞は早くも立ち位置を確認してポージングを始めている。

ある日の午後、彼女達は日比谷公園でスマホを片手にオーディション告知用の動画撮影を行なっていた。
「こんな撮り方でいいの? 完全にシロウト撮影じゃん」ブル子、武田瑠衣は少し不満げである。
「その方がリアリティあってウケがいい。あと… 金がかからない」大河は撮影されたスマホのデータをノートPCに取り込みながらつぶやく。
「え? 金は… あるんじゃないの?」ブル子は振り返りボブ子を見た。

ボブ子はその視線には気付かず、楽しそうにセルフィーしながらスマホに手を振っている。
「大久保家はあてにするなよ~ あくまでもソレはそれコレはこれだ」大河はブル子にクギを刺す。「ま、いっか、こうゆーのも楽しいし」手招きするボブ子に向かって手を振り返しながら呟いた。
動画では、ボブ子とブル子がそれぞれ一言ずつ喋る構成。
「初めまして、架空坂(仮)です!」
「メンバー募集中! あなたの夢、ここで待ってます!」
続いて簡単な自己紹介と募集要項を口頭で伝える形だ。要項の部分はフリップを出して指をさしながら喋る。編集で差し替える様な手間は掛けず、そのままスマホをフリップに寄せてクローズアップする極めてアナログなやり方だ。

…撮り直すこと5回。事務所に戻り大河が編集してタイトルだけ入れると即席で仕上げ、その日のうちに『武田瑠衣』公式SNSに投稿された。
数時間後──
「あっ、ちょっとずつ『いいね』ついてますわね」ボブ子がPCの画面を見ながら小声で呟く。「ホントだ。結構コメントあるぞ」ブル子も横から覗き込む。
…『なんかこの二人すごい』『ルイルイと… 誰? 可愛い!』『これは見たい』中には『参加したいです! 企画の詳細教えてください!』というDMも届いていた。
「…こういう反応あると、やっぱ、何か始まってる気がするな」と、ブル子がポツリと呟くのを傍らで聞いていたボブ子が微笑む。「始まってますわ、きっと。まだ小さな波紋でも、いつか大きな波になりますのよ」

それから数日後、この日は予報の通り天候には恵まれた。
「パパ~ この格好寒いって」須野愛は着替えたセーラー服『風』の衣装に文句を言っていた。愛の言う『寒い』には、気温的な意味合いと自分の年齢に不釣り合いであると言う意味合いの両方が込められている。
「アラアラ、わたくしは大好きよ、セーラー服」ボブ子が笑顔で後ろから愛の両肩に抱き着く。
「オマエは毎日セーラーだからな… アタシはブレザーの方がいいなぁ」少しブル子も不満気だ。
ここは山梨県にある大河がよく使う一棟貸のハウススタジオで、その広大な庭先からは富士山が一望出来る。今日はここでプロモーションビデオの撮影とジャケ写を一気に済ませてしまう予定である。
「で、オジサマ。誰をメインでお使いになるのかしら?」
前日のミーティングで、今回のプランでは先ずジャケ写が「ひとりだけで写っている画像を使う」と言う意外な提案が大河からあったのだ。普通に考えればグループなので現状居る3人全員が写るべきである。「なんでだよ?」当然の感想をブル子は率直に口にした。
「あのな… グループである事は周知できるし人数は触れなければボかせる。歌がユニゾンなら今は編集でいくらでも人数を増やせる。だが、写真はイッパツで3人しか居ないってバレちまうだろ」
「バレたら不味いのか?」不思議そうに聞き返すブル子に「ハクの問題ですワね」とすかさずボブ子が答えた。
「そうだ。3人しか居ないって分ってるグループに入りたがるか? って事さ。だが言わなければ勝手に向こうが想像するだろ。あとは…」
「曲さえ出してしまえば勝手に実績が残るって事よね? パパ」
「まあそうだな。あと仕事なんだから『パパ』はやめろって」
そんなやりとりを聞きながらブル子も何となく納得した。
「ジャケットは一人しか写ってないけど曲はグループで歌ってる感じか… 確かにミステリアスでイイかもな。で、話は戻るけど…」
「ああ、ジャンケンだな」事も無げに大河が答える。
「ソコも超アナログなんですけど~」3人は顔を見合わせる。
「まあ、ぶっちゃけ誰がやっても問題無いと思うぞ」と言う大河をボブ子が手を挙げて制した。
「わたくし提案がありますの…」全員がボブ子の顔を見る。
「ここは愛ちゃんで決まりだと思いますのよ」
「ええ~!」愛と大河の声が重なる。
「皆さん、よくお考えになってくださる? 愛ちゃんは今回限りの参加、つまりこの1曲以降はビジュアル面の出演はありませんのよ?」ボブ子は続けた。
「最初で最後と言う意味でもそうですし、何よりワタシ達がメジャーになったら後になって『あの子は誰だったんだ?』というミステリアスさも出てきますワ」
「…なる …ほど」皆まで言わせずにブル子は納得した。
「何より最初で最後の記念ですもの、ぜひ愛ちゃんにやっていただきたいですワ」
「さすがだなボブ子、まあ娘だからって俺も遠慮してたが… 愛は抜群に可愛いからな。お前ら二人も負けないし十分なタレント性がある」大河は自分の娘を臆面もなく賞賛した。
「あはは…」
愛は頬を引きつらせながらも、まんざらでもない表情を浮かべる。

午前10時。
富士山の裾野に白い雲がゆっくりと流れていた。木々の隙間から差し込む晩秋の光、風は少し冷たい。

「そう、そこもう少し左。富士が左肩からちょっとだけ覗く感じで… はい、ジャンプ!」
大河がモニター越しに指示を出す。
準備が整うと愛は羽織っていた上着を脱ぎ、セーラー服姿で指示に従う。
「……笑顔、硬いぞ」
「いや、寒いんだってば!」
笑いが起こり徐々に愛もリラックスしていく。
その瞬間だった。風がフっと強く吹きスタンドに立てかけてあったレフ板が倒れる。レフが当たる事で眩しそうにしていた愛の表情が一瞬緩む。
『カシャッ…』
大河は反射的に連射した。
「……今の、いいな。もうライティングはどうでもいいか? 表情優先で行こう」呟きながらひたすら連射する。

カメラから無線で次々にPCに転送された画像がモニターに映る。ぎごちなかった愛の顔は徐々に緩んでいき、後半は本来持っている優し気な柔らかさが出ていた。
「……これだ」大河が低く呟いて、選んだ画像に簡易的な補正をかけると、レフが当たらず暗かった画像が、不思議な柔らかさを持ったコントラスの低い明るい画面に変わる。
ブル子がのぞき込む。ボブ子もモニターを覗いて、そして小さく頷いた。「決まりですワね」
その瞬間、風がまた優しく頬を撫ぜた。

夕方、動画の撮影も終えた3人はテラスに腰を下ろして、ナカムラが淹れてくれた温かいココアを飲んでいた。陽は傾きが庭の芝をオレンジ色に染めている。
「最初でさいごか…」
「あらあら、ずっと一緒にフロントメンバーで居てくれてもよろしいんですのよ?」愛の言葉に、ボブ子が微笑んで答える。
「あはは、ムリムリ。アイドルってやっぱり20代前半までだと思うのよね~ わたしが入っても、あっという間に定年よ?」愛は自嘲気味に笑った。
「アイドルの定年か… アタシら、いつまでもこのままじゃいられないんだな」
ブル子が寂しそうに呟く。
「なに年寄りみたいなこと言ってんの~ アナタたちはまだまだこれからでしょ?」愛がブル子の弱音を笑い飛ばす。
3人の笑い声が夕暮れの富士に吸い込まれていった。
「46人ですわネ…」
シングル「架空の坂道」が発売された話題も手伝って、2期生(実質1期生)オーディションには自薦他薦100人を超える応募が殺到した。それを書類審査後に面接で絞り込み、通過人数は50人。そこから事情があり辞退が数人出て、最終的には44人が残った。これにボブ子とブル子が加わり合計46人…
「架空坂46だな」ブル子が何気なく呟いたその一言は、後にそのままグループ名として定着する事になった。
まだ固定のステージは無く、呼ばれたら地方のイベントにも積極的に出かける。1年後には3期生も加入して、架空坂46はすっかり中堅アイドルグループへと足場が固まりつつあった。
