小説『架空の坂道』第5章 後編
・DHはボンちゃん! ~ギター姐さんの日記
「姐さんオハヨーございま~す!」
ボンちゃんが今朝も元気に手を振りながらレッスン場に現れました。ユリコちゃんが退所してしばらくは「もしかするとこの子も辞めちゃうのかしら?」と思えるほど落ち込んでいましたが、今はすっかりいつものボンちゃんに戻っています。
アタシの目から見たボンちゃんは、本当に人懐っこくて可愛い妹という感じ。そして努力する才能は架空坂メンバーの中でナンバーワンなんじゃ… てくらいの真っすぐな頑張り屋さん。
選択科目も、弦楽器なんか触った事も無いのに「ギター姐さんが好きだから」って理由だけでギターを選んでくるストレートな子です。そこは嘘でもボブ子かブル子って言っておけば上の人達に可愛がって貰えるだろうに、オーディションの「エース」宣言もそうですが、自分のインスピレーションに正直と言うか、ウラオモテが無さ過ぎて心配になる事も多いです。
まあ今ではサポーターのみんなも「あの子はああ言うキャラ」だって事で受け入れてくれてますから大丈夫? だと思うんですが…
虎Pはアタシの事をいつも「真理子はジョーカーだから」と言ってます。言われてみれば確かに架空坂にとってアタシはイレギュラーな存在だったんでしょう。そもそもオーディションに参加したわワケでも無いし獲得票も毎回安定しない。何ならスタメン落ちもしたし、架空坂での実績はあまり無いのに単純に年齢が極端に上だからって理由だけでメンバー序列で何となく3番手に居る現状。この集団に於いては完全に異物の自覚があります。
死の4期生を最後尾から勝ち抜いて来た生え抜きの正統派ボンちゃんに、「そんなアタシなんかが関わって悪い影響があるのでは?」と言う引け目が自分の中に少しだけあります。
ボンちゃんには練習生時代からアシスタント扱いでチョイチョイ舞台に上げて、アタシの横でコーラスをして貰ったりしています。
エコひいき? まあ、そんな事を言う人もいますが運営には特に何も言われないし、このままみんなの目を慣れさせてけばボンちゃんにも票が集まるのでは? そう。これはアタシの密かな作戦なのです。

ボンちゃんは教えれば教えただけ上手くなる感じでギターはかなり上達してきました。レッスンの日以外もかなり自主練しているのだと思いますね。間違いなく何年かしたらアタシなんかより上手くなると思います。
でも、その頃にはもうアタシは定年で卒業してるんだろうなぁ…

ボンちゃんがレギュラーステージに立つ様になって(作戦成功!)から毎ステージ、2人で1曲パフォーマンスさせて貰える様になりました。レパートリーもかなり増えて、ボンちゃんも譜面ナシで弾ける曲が10を超えています。
今日のデュエットは「Focusing」でした。こうやってギターを弾くメンバーが居るのは嬉しいですね。アタシからボンちゃん、ボンちゃんから… 誰かにバトンが繋がって貰えたら嬉しいなぁ…
定年25縛り… 普通は長くても23前後でみんなグループを離れていきますが、アタシは参加が遅かったのであまり焦りみたいなモノが無くて、25の誕生日を過ぎても、何となく26目前まで居座ってしまいました。
とは言え、後進に道を譲るのも役目ですからね。いよいよ卒業と言う事になり、これまた前例の無い事ですが卒業ソロソングまでいただけました。ボンちゃんと二人で結構うかれていたのです… が… コレがまた色々な事情が重なってまったくヒットせず💦

曲は間違いなく良いはずなのに売れなかったのは、ひとえにアタシの実力不足。まだまだその時では無かったと言う事でしょう。
セールス不振の罰ゲームで路上ライブしながらCDを手売りして回った時ももボンちゃんは手伝ってくれたり… ああ、でも罰ゲームだと当時は思っていたけど、今にして思えばアレすらも「セカンドチャンス」を狙った周到なプロモーション活動だったんですね。
原点に返って、ああ言う地道な活動も大事なんだなぁ… て、改めて教えてもらった気がします。

それは兎も角、ボンちゃんはいつでもアタシを慕って支えてくれて、そんな可愛い妹分にアタシの架空坂での魂は全て預けてきました。だからアタシの後継者としてサポーターがボンちゃんを応援してくれたら嬉しいなと思っています。

「え~と… 今回の総選挙… 第4位はー!!」
モニターの向こうでは、例によってアノ司会者がブーイングを浴びながら、いつも通りもったいぶって順位の読み上げをしています。

卒業して初めて、自宅からくつろいで『架空坂ランキング』を眺めています。思えば物販だったり、ステージ上で当事者になったりと、こうやって外からモニター越しにのんびりとコレを見た事は無かったのですが、今日は完全な部外者なので安心して気楽に眺めていられます。
と思ったのですが、ナント…
「第4位! 木田真理子~
…て、なんでやねん~!」
「いや、こっちが何でやんですワ」と、思わずモニターに向かって突っ込んでしまいました💦

「いや、まさかの… 卒業生に投票とか、キミらアタマおかしいって👓」
と、司会者はサポーターに失礼な事を言っていますが、案の定ブーイングが大きくなっています。しかしコレ、マジでどう収拾するのでしょうか? まさか卒業してまでこんな事に巻き込まれるなんて…
「え~ 仕方ないですね。とりあえずどうするかギター姐さんに聞いてみまショっと…」そういうと司会者は、スタッフから手渡されたスマホをタップ。スピーカーで直結されているのだろう。呼び出し音が会場に響き渡る。同時に目の前のスマホが着信を告げた。
「マジか~」いや、でもコレは… 出るしかないよね…

「おお、出た出た。どう? 姐さん。見てた?」
「あ、はい…」
「それでどうしまショ? 復帰します?」
それはない。いや、したいけど定年なんだから… 「無理ですよ! そういう決まりじゃないですか~」場がシラケるのも困るだろうから、少し自嘲気味に言ってみた。
「…ですよね~ 定年だもんね~」と、例によって少しイラっとする感じで煽ってきます。まあ慣れっこなので、別に今更どうとも思いませんが。
そんな事より困った… 投票してくれたファンの気持ちも無下にできないし、かと言って今後もこんなイレギュラーな出来事が起きたらイチイチ対応してられない『ホントにアタシってJOKERよねぇ』などと、今更ながら虎Pの言葉がアタマをよぎる。
モニターには、発表のあった5位までの子達が映し出されていた。ホントこんな事になって申し訳ない気持ちでいっぱいです… みんなゴメンね。そんな事を考えていたらモニターにボンちゃんの顔が。そう言えば今回はボンちゃん8位なのよね…
「そうだ!」
興奮してつい大きな声が出てしまいました。会場ではスピーカーからのハウリングに司会者が一瞬顔をしかめていましたが「おお、ついに復帰が決まりましたか?」などと、すぐに軽口を返してきます。
「指名打者! ボンちゃん!」
アタシは再び会場のスピーカーをハウリングさせました。
「指名打者~?」心底驚いた様な声で司会者が聞いてきます。
「それはどういう事?」
「つまり…」
アタシはいま思いついた名案を説明しました。要するに野球のDHです。今回もこれからも、木田真理子に対する投票があった場合は自動的にボンちゃんに加算して欲しい。でも、できればアタシを応援しているサポーターの皆さんは、アタシの後継者であるボンちゃんを今後は支えてあげて欲しい… その様な事を会場に伝えました。
「なる… ほど… て、それ可能なんですかね?」司会者は舞台袖に居る虎Pに尋ねると、そこにはOKのジェスチャーをする虎Pの姿が映っています。
「あ、オッケーだそうです! では、ん? そうなると…」しばらく考え込んでいた司会者に、駆け込んで来たスタッフから用紙が渡された。
「えー ボンちゃんは何と… 今回3位だ~!」

「ええ! マジすか! やった~!」
「…いや、キミ素直に喜び過ぎやがな~ 3位から繰り下がる人がおるんやし、もう少し謙虚に… まあええか。キミってそうゆーヒトやしな👓」
アタシも思わずモニターを眺めながら「やったー!」と言ってしまいましたが、そうですね。確かに3位の吉田さんは繰り下がっちゃうから本当にゴメンなさい🙏

あれ以来、すっかりボンちゃんはナンバースリーで定着してしまいました。4位以下の推しメンサポーターの間では「それはどうなんだ?」としばらく論議になっていたみたいですが、メンバー間にはわだかまり無く受け入れられているみたいです。
そもそも「死の4期生」をただ一人生き残ったと言うのは、裏を返せば一番厳しい世代を勝ち抜いた実力者って事ですからね。そういう努力は仲間の間でちゃんと伝わって認められているんじゃないかなぁ…
今まではみんな冗談半分で聞いていた「次代のエース」も、こうなってくると俄然現実味を帯びて来ました。彼女も今年で18歳、目標だった「高校生の間にセンター取る!」は、近日中に実現するんじゃないかなぁ… なにせトップの2人がそろそろ卒業ですからね。
