ストリングの進化の歴史
今のアーチャーは「ダクロン」と聞けば、初心者用のワンピースボウに張ってあるストリングを思い出すでしょう。たしかにダクロンは今では初心者用の弓具です。ところが1950年代後半から1975年までは、歴とした競技用の最先端素材でした。
「ダクロン」(Dacron)はアメリカのデュポン(現インビスタ)社が開発した「ポリエステル繊維」で、当時としては伸び率が小さく、吸水性も少なく、けば立ちもなかったので、長い間ストリングの素材として使われてきました。日本ではヤマハが「テトロン」(Tetoron)の名称で商品化していました。
ポリエチレンテレフタラート(英: polyethylene terephthalate)は、ポリエステルの一種である。ポリエチレンテレフタレートとも呼ばれる。
略称は頭字語でPETと綴り、日本語では「ペット」、英語では「ピーイーティー」と読む。ペットボトルの名称はこれに由来する。
アメリカ合衆国では「ダクロン」(デュポンの商標)、日本では「テトロン」(帝人と東レの共同商標)、イギリスでは「テリレン」とも言う。
芳香環を有するとともに分子鎖が直線になりやすいことから、分子鎖が流動性をもつ温度では、芳香環や分子鎖の配向が起こりやすく、結晶部分を作りやすい。
1975年、そこに登場したのが「ケブラーストリング」です。この年のインターラーケン世界選手権でダレル・ペイスがこのストリングを使い、圧倒的な強さと脅威的な世界新記録でデビューを果たしました。「ケブラー」(Kevlar)という名称もアメリカのデュポン社の登録商標であり、NASA 関連の研究成果として生まれた「芳香アラミド繊維」と呼ばれるハイテク素材です。
ケブラーの特徴は、今でも防弾チョッキやアウトドア用品に使われているように、同じ重量のピアノ線(高炭素鋼線)の約5~8倍の強度を持つ、「伸びない」「軽い」「強い」ストリングでした。
実は、ケブラーを世界で最初にストリングに使うことを考えたのは、ヤマハの伊豆田さんでした。アーチェリー競技が52年ぶり復活した1972年ミュンヘンオリンピックを前に、ヤマハは日本代表合宿にこのケブラーストリングを持ち込みました。ところが、結果は「うるさい」「クリッカーが動く」「サイトネジが緩む」という惨憺たる評価しか得られず、残念なことにこの時は陽の目を見なかったのです。
そして3年後、アメリカチームが使ったケブラーはダクロンに代わり、世界標準のストリングとなりました。しかし世界で使われるようになると、ケブラーの欠点が露呈しました。耐久性がなく1000~3000射程度でストリングが突然破断するのです。それだけではなく、伸びないためにそれまでのリムのチップでは細すぎて、折損したのです。(この問題があるために、今でも初心者用の弓にはダクロンが使われます。)
そこでメーカーはすべてのチップ部分を太く補強し、リムをケブラー対応に変更しますが、ストリングが突然切れるという耐久性は改善されませんでした。
ケブラー (Kevlar) とは、芳香族からなるポリアラミド繊維。通常の有機繊維よりもはるかに大きい引張強度と弾力性をもち、耐熱性にも優れた繊維である。1972年米連邦取引委員会(FTC)がつけた名称であり、これにより従来の脂肪族ポリアラミドであるナイロンと区別することになった。デュポン社のケブラーやテイジンのHM-50などがアラミド繊維の代表である。ケブラーは、密度はスチールの5分の1だが、引張強度はガラスやスチールよりも大きく、引張強度を密度で割った比強度はスチールの7倍、ガラスの2倍である。ロープやワイヤーとして、特に海中ケーブル、また織布状にして防弾衣類、アスベスト代替品としてのブレーキ材、タイヤコード、宇宙航空分野でのFRP、プリント基板などの繊維補強材として用いられている。

この問題を解決したのも伊豆田さんです。1984年には実射テストを行い、1985年ヤマハは世界初の「テクミロン」ストリングを発表します。「テクミロン」(Tekmiron)は「三井化学」によって作られた、国産初の「超高分子量ポリエチレン」(UHMW-PE)です。
現在では、三井化学はこの分野から撤退し、「超高分子量ポリエチレン」ストリングは、ほとんどがオランダ DSM社(2021年Avientに事業譲渡)の特許によって作られ、名称は「ダイニーマ」(Dyneema)が使われ、アメリカのHoneywell社では「スペクトラ」(Spectra)がアーチェリーに使用されています。
超高分子量ポリエチレン(ちょうこうぶんしりょうぽりえちれん、Ultra High Molecular Weight Polyethylene-UHPEまたはUHMWPE)は、通常2~30万の分子量を100~700万まで高めたポリエチレン。熱可塑性樹脂に分類される合成樹脂であり、スーパーエンジニアリングプラスチックのひとつとみなされている。
ダイニーマ(Dyneema、コーニンクレッカDSM、東洋紡がライセンス生産)、スペクトラ(Spectra、ハネウェル)などの商品名でも呼ばれる。
特徴
・非常に高い耐衝撃性を持ち、これはポリカーボネート (PC) を上回る。また、この特性は低温から高温までの幅広い温度領域においても低下しない。
・耐摩耗性に優れ、自己潤滑性を持つ。砂を用いた摩擦試験でもフッ素樹脂やポリアセタール (POM) よりも良好。
・耐薬品性を持ち、食品安全衛生樹脂である。
・比重0.92 - 0.94と軽い。
・吸水率が低く、寸法安定性に優れる。
・特殊な成形方法が必要となる。溶融時の流動性は極めて低く射出成形には馴染まない。そのため粉体を圧縮成形し切削する、または中空成形などの手法が用いられる。

比弾性率(g/d): 値が高いほど「伸びにくく」「弾きが強い」ので、矢速が増します。
比強度(g/d): 「太さあたりの強さ」を表し、値が大きいほど切れにくくなります。
比重(g/cc):質量を表し、1.0以下は水に浮く軽さで、軽いほど反発速度が増します。
ケブラーストリングが切れるのは、強度ではなく構造的・化学的な特性に由来します。ケブラーは、分子鎖が強固に並んでいるため「引っ張り強度」は非常に高いのに、ノッキングポイントやループでは常に屈曲が生じ、そこから分子鎖が切断して急速に劣化します。ケブラーは「強い」けれど「しなやかさがない」ため、リムの曲がりと衝撃の繰り返しに耐えられないことが「ケブラーストリングが切れる」「リムが折損する」最大の原因なのです。
それに対して、テクミロンストリングが切れないのは、分子鎖の長さが長く、結びつきが柔軟なことに起因しています。それによって、繊維がわずかに滑ることで、内部で応力集中することなく、力が分散するので破断することがないのです。
現在競技で使われる「超高分子量ポリエチレン」(UHMW-PE)ストリングは、「伸びにくく」「弾きが強く」「軽い」ことによって、安定した大きい反発力と矢速が得られることに加えて、「切れることや伸びることのない」アーチェリーに最も適したストリングの素材と言えるでしょう。
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