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吃音の僕が、名前を言えずに「問題児」になった理由

​吃音を持つ僕にとって、自己紹介ほど苦手なものはありません。

​挨拶なら、言い換えができます。

「ありがとうございます」が言いにくければ

どうもありがとうございます
感謝致します
お気遣いありがとうございます
心より感謝申し上げます
大変感謝しております

などなど、言葉を選んで逃げ道を作ることができます。

​でも、自分の名前や学校名、会社名は変えられません。

言い換えができないのです。

​小学6年生のとき、最初の授業で自己紹介がありました。

僕は学校を休みました。

どもってしまって、これ以上みんなに笑われたくなかったからです。

​6年生にもなると、笑われるダメージは相当なものです。

怒りや虚しさ、絶望、そして恥ずかしさが一気に襲ってきます。

​担任の先生からは「次に学校に来たとき、自己紹介をしてから授業を受けてもらいます」と言われました。

僕は「無理です」と答え、そのまま2週間休み続けました。

​「学校に来なさい」と何度も電話がありましたが、僕の意志は変わりませんでした。

最終的に校長先生が担任に「自己紹介はしなくていいから、授業に来てほしい」と言ったことで、ようやく登校することができました。

■​「普通」ができないだけで、問題児にされた

​2週間の遅れを取り戻すのは大変でした。

追い打ちをかけるように、先生からは「自己紹介もできないなんて、社会で生きていけないぞ」と嫌味を言われました。

​そもそも、5年生の時と同じクラスメイト、同じ担任です。

僕には「今さら自己紹介って何?」という思いもありました。

​クラスメイトに笑われたくない一心で、僕は自分を守るために嘘をつくようになりました。

完璧に終わらせた宿題も、発表する場面になると「やってませーん」と誤魔化しました。

​そうして僕は、先生から「問題児」として扱われるようになったのです。

​学芸会の練習でのことです。

初めてのお芝居の動きを確認する練習で、僕が学年で一番最初に動くことになりました。

よくわからず、客席側にお尻を向けて立ってしまったとき、説明もなしにいきなりお尻を叩かれました。

​「客に尻を見せるな!」と怒鳴る先生。

僕が「問題児」だから、容赦がなかったのかもしれません。

​本当は、宿題もノート取りも、授業態度も点数も良かったんです。

ただ「発表ができない」だけ。

周りに吃音への理解がないだけでした。

■​心のバランスを保つための「反抗」

​家にはひきこもりの兄がいました。

3歳上の兄はもう大人に近い体格で、一度暴れだすと誰も止められません。

兄の機嫌を損ねないように振る舞うことが、わが家の絶対的なルールでした。

​家では「いい子」でいなければならない。

学校では「吃音」で居場所がない。

​極限状態だった僕の心は、だんだんと悪い方向へ向かっていきました。

万引きをしたり、禁止されていたゲームセンターに行ったり、門限を破って遠出をしたり。

外で悪いことをすることで、なんとか心のバランスを保とうとしていたのです。

​もし、あのとき少しでも吃音への理解があれば、僕は反抗的な態度なんて取らなかったでしょう。

​「お、お、お、おはよう」

そう言うだけで、なぜ変人扱いされなければならないのか。

​足が不自由な人に「立ちなさい」と言う人はいないはずです。

歩けないことを笑う人もいないはずです。

なのに、なぜ言葉が詰まると、クラスメイトは笑うのか。

先生も笑うのか。

僕にはどうしても理解できませんでした。

​それから僕は、学校も、そして社会というものも、嫌いになっていきました。

どもる。どもりは差別用語になったみたいで吃音と言ってますが吃音って言葉もそんなに広まってないような気がします。吃音者の僕は吃音症と言われる障害になるのかな?しかし、障害者扱いはされないし、国のサポートもありません。
障害者手帳も貰えません。障害者雇用にもなりません。
100人に1人吃音者がいるのにこんなにも理解がない世界。
少しでも、吃音、吃音症、吃音者が広がりますように。

理解ある世界に変わりますように。



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