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「今日全然寝てないわ〜」アピールはすべきこと①

双極性障害と共存しつつ、「自分」という「個」をいかに楽しんで生きるか?

そんなことを考えたり考えなかったりしながら、日々なんとなく生きてはいけてる「私」です。

でも、それもこれも、身近な人たちの協力があってこそ。

たとえば先日、「こりゃもう死ぬしかないのでは……」とか思った時だって、なんとかなった。

そんで、その「なんとかなる」ようにしてくれたのも、周り(この場合は、うちの魔の2歳児だった!)のおかげだ。

▼その話はこちらからどうぞ

そんでもって、これは「私」や私の家族にとってはものすごい大騒ぎだったから、ちょっとギクシャクしたんですよね。

今回はそれによってまた起きた出来事……というより、それキッカケで、また「自分」の考え方のクセ?(価値観?)を見つけられたっていうお話。

事の始まり

私自身は、「そらあんな大迷惑かけたらさ……」となんか遠慮がちになるし、夫・のりんこくんは「私」をよーく知っている。よーく知っているからこそ、「今また、何かが起きたらヤバイだろうな」と思っていたのか?

まぁ、お互いに普段のコミニュケーションが取りづらくなってる感?みたいなのがあった。

だから、私はのりんこくんからのフツーすぎるLINEに対して、普段ならしない過剰反応をしてしまった。そんで、ど〜〜しても黙っていられなかった。

問題(ではまったくない)そのLINEの内容がこちら↓

「普通」の日常すぎるLINE

「…………え、これのどこに、どう過剰反応できるの?っていうか逆にできたポイントどこ??」

そう思うのが多分「普通」なんです。いや私だってね、普段なら「OK!分かったよ〜」で済むんですよ。しかも、その時に変な勘繰りなんてしない。

でも、この時はした。

じゃ、どういう理由あって勘ぐった――というか、「勘ぐることができたの笑?」って話なんだけど。

そもそも前日に、のりんこくんから「健康診断いつ行くか迷うなぁ」と聞いてたんですね。そんで「私」は、のりんこくんが受けやすい日程とかその日のコンディションとか、まぁとにかく彼の都合が良いように受けたらいいんじゃない?みたいに言ってたんですよ。

でも、話してたら「今日、というか、夜勤が終わった朝に受けてきてから帰宅。っていうのがいいんだろうな」と思ってたんです。「私」は。

なのに「受けずに帰ってくる」と言う。


話は少し逸れますが、私たち夫婦には2歳の娘がおります。

かわいい。

かわいいけど。誰に似たのかすごくおしゃべりで、ま〜だ2歳なのに、小生意気な口を利いたりもする。世間でよく言われてる「魔の2歳児」さまです。

その娘をお腹に授かってから出産までも、色々あった。本当に。……ありはしたけど、まぁなんとかこれまで、私たちなりの生活をしてきた。

でも(なんでかは人体の不思議ってやつで未だに謎だが)産後1年を過ぎてから、私は急に体調を崩すことが増えた。

いやね、のりんこくんから言わせれば、「あなた毎日どこかしら痛がってるじゃないですか」って話らしいんだけど(笑)

で、症状的には頭痛とかがメイン?なんだけど、最近の一番の悩みは「これ以上動かしたら二度と動けない」と思わせるような、なんかイカれたら確実にヤバそうな神経的な何かが、ピーンッ!てなる腰痛である。

トイレに行って用を済ませたはいいが、立ち上がるのが不安すぎて「むずかしいことよくわかんなぁ〜い!」とか言って、ポケ〜ッとしてたくなるくらいのやつ。つまり、日常生活に影響及ぼしまくり。

「まぁ、なんとなくやり過ごそう……」なんてのは到底無理!(なのに、ある一定期間が過ぎるとウソみたいに治る※で、またやってくる)

で、ちょうど(?)その腰痛がきてて、「動こうにも動けないな……」と思いながら、「腰痛しんどいわ〜〜」的なLINEをしてたんですよね。

でも「私」に他意はまっったくなかった。

マジでほんっとーーに腰は痛かったけど、言うたら「いつものやつですわ」的な、今日あったことの報告的な、なんかそういうやつだった。

X(旧Twitter)とかで身内向けに発信する、マジモンの「つぶやき」だった。


だけど、先日の大騒ぎを経て、ちょっとお互いのコミニュケーションのリズムにズレが生じている。これも確かなことだった。

なので、めっちゃくちゃに勘ぐってしまったのである。

「え、これ私が腰痛いって言ったから?」
「しかも、あんな事件(?)起こした後だしな……」

結果、「私」はこう思った。

「ほんとは、のりんこくんは健康診断受けたいのに……遠慮してるのでは?」

それで、普段なら「はいよ〜」で済むレベルのことというか、むしろ何も考えずに脳直返信する程度のことなのに、ど〜〜してもスルーできなかった。

いや、言うて「いつものやつ」じゃん?のりんこくんだって言ってるじゃん?いやいや、申し訳ない。いいのよ、気にしないで健康診断受けてきてよ。全然ほんと、大丈夫。問題ないから!

そういう気持ちだったけど、でも「これをそのまんま伝えるのもさ……」って思うじゃん。

大丈夫じゃなくても、「大丈夫?」て聞かれたら自動的に「大丈夫!」て返しちゃうみたいな。そういうアレになるよね!?と思って、「受けてきたほうが都合いいなら行っていいよ」と返信した。

その時の正直な気持ちは、「私に対して遠慮してそう言ってるなら、構わず行ってくれ頼むから!」だったけど。

で、それに対するのりんこくんの返信はこれだった↓

質問に対する「普通」の回答と「普通」の返信

ちなみに、「私」のこの「OK」の意味だけど。

「あっ、なぁ〜んだ!私のせいじゃないのね!OK!」ではない。

いや、いつもの感じだったら意味とかない。
ただの「OK(分かった)」でしかない。

でも、この時のは違う。意味ありまくりだったし、しかもめちゃくちゃネガティブ。

「エッそれほんとのやつ?って思って大丈夫?なやつ?だよね?……よね?お、おう……わかった……OK……」っていう意味だった(笑)

で、あまりにも心配というか不安というか、なんかモヤモヤモヤモヤして仕方なかったので、色々考えてしまった。

考えすぎて、のりんこくんに対して思った。

「自分勝手だな!」って話なんですけどね。

いやさ、初めっから「今日は疲れてるから健康診断行かない」ってLINEしてくれればよくない!?って(笑)

でもね、分かってるんです。

社会的には(特に仕事での場面とか)では、質問にごちゃごちゃ説明加えるより前に、「はい」か「いいえ」で結論のみ。

簡潔に伝えることの方が大事って。

そんでもって「のりんこくん」は、特にこの「シンプルな受け答えでやり取りするのが楽だ」ってタイプなことも。

▼「のりんこくん」のエピソード

でも、世の中には、そのシンプルさが苦手なタイプもいる。「私」がそうだから、確実に一人は存在してる(笑)

だけど、必要な情報を簡潔に伝えるって、とても大事なことだ。

たとえば非常時とか、たくさんの説明はいらない。なんてったって非常時なので、説明されたところで聞いてる場合じゃない。聞こうと思っても頭に入ってこないだろうし。

「私」は先日の出来事を経て、「自分のことは自分にしか分からない」というのを痛感した。

いや、以前からそう思ってたはずだった。なのに、当たり前のその事実を、ド忘れしてたことに気づかされただけだ。

でも、「私」は自分のことを、自分以外の「誰か」にも分かってほしいと思う。

そして、同じように自分以外の「誰か」のことも分かりたい。

だけど、違う人間、違う「個」である以上、どう頑張っても無理だ。すべてを完璧に理解する、なんてことは。

だから、勝手に想像する。

「多分、私のことをこう思ってるんだろうな」
「多分、これは本音じゃないだろうな」
「多分、気を使ってくれたんだろうな」

すべて「多分」で、つまりこちらが勝手にしてる想像の話である。

本人から直接言われたわけでもないのに、相手の言葉はもちろん、その時の態度とか雰囲気とかで、勝手に相手の感情を決めつけてしまう(心読みって呼ぶとかなんとか)。

それが行き過ぎると、今度はこうなる。

「私は○○だと思ったからこうしたのに、なんで分かってくれないの?」だ。

でも、こういう「すれ違い」って、特別レアな現象ではないと思う。

「すれ違い」こそ人間関係

むしろ、そういうちょっとしたことの「すれ違い」って、人間関係での醍醐味じゃありません?

だってさ、何も人間関係のトラブルが起きないドラマって面白いですか?

こっちは視聴者だから、誰が何を思ってその言動を選んだのかを知ってる。

だから、「んもー!違うって!なんでそうなっちゃうのよ〜!」とか楽しめるし、「自分だったらどうしたかな?」なんて妄想したり、深く考察したりなんかもできるわけですよね。

でも、ドラマで起こるような「すれ違い」って、現実に起きてたりもする。

「彼氏が話を全然聞いてくれなかった」とか、「旦那が頼んだことを忘れてて、なんにも準備してなかった」とか。

「自分は相手を気遣って言ったのに、なぜか相手に怒られた」とか、「もう……あなたが何を考えるのか、全然分かんないよ!」とか。

ドラマみたいなことは、現実にも起こっている。

だから、友達と喧嘩別れしてそのまま……って経験をしたことがある人もいるだろうし、「そういえば、元カレ(元カノ)と破局したのって、原因自体はそんな大したことじゃなかったなぁ」とか。

つまり、「今考えてみたら、結局ただのすれ違いだったなぁ」みたいなこと、ありませんか?

使った言葉に対する理解とか、受け取り方。もちろん、その時の自分の気持ちとか、相手の雰囲気とか態度とかも、「すれ違い」には重要な要素――というか、実はそれしかなくないか?と。

シンプルなほうがいい。

そういうことや場面はたくさんあるけど、シンプルさを追求しすぎると、本当に伝えたいことは伝えられないかもしれない。

だって、本当のことは「自分」しか知りようがない。

人と人が知り合う。
関わっていく。
だんだんと、分かり合えるようになる。

……その前の大前提が、そもそもこれだから。

相手のことは、「その人自身」にしか分からない。もちろん、「自分」のことは自分自身にしか分からない。

「じゃあどうすればいいのかな?」という「私」なりの答えと、このエピソードの続きは次回また。

それまでに、このnoteを読んでくれた「あなた」も、「自分」なりの答えを考えてみてくれたら嬉しいです。

「自分はこう考えたよ」というのも、気が向いたら教えてほしいな!と思います。

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世の「普通」に抗う表現者>松本ゴッホちゃん(3歳) 私という「個」を応援してくださると嬉しいです。このnoteで行っていきたいあなたの「進化」のお手伝いにて、恩返しできればと思います。