第三話 登校拒否の娘をなんとかしたい(心霊鑑定士 加賀美零美 1)
時計代わりにつけているテレビ番組が、午前七時を知らせる。澤田家の食卓には、大手企業に勤める克也と妻の美登里(みどり)が、向かい合って食事をしている。新聞を読みながら食べる克也とテレビをぼーっと眺めながら食べる美登里。二人に会話はない。
突然、克也が「あの子は?」と聞いた。美登里は口をもぐもぐとさせながら「寝ています」と答えた。小さく溜息をついた克也は、それ以上話をしようとはしない。空になった茶碗の上に箸を置くと「行ってきます」と言って立ち上がった。
美登里は慌てて、カウンターに置いていた弁当箱を取り、「行ってらっしゃい」と言って克也に手渡した。銀縁のメガネをくいっと上げた克也は、無表情の顔を妻に向けた。
少し歩いただけで汗ばむ夏の日の午後、零美の鑑定を受けに一人の女性が店を訪れた。彼女は四十代だが、モデルや女優をしていてもおかしくない美女である。奥の部屋にいた和彦は、張り込み刑事がするような視線を送っていた。
「お客様は、ご予約の澤田美登里さんでしょうか?」
「はい、そうです。よろしくお願いいたします」
「電話でおっしゃっていましたが、ご相談は娘さんの事でしたね?」
「はい……。中学三年生になった娘が、不登校で家に引きこもっていまして……」
彼女が頭を下げて少し猫背になったのは、背の高さを気にしてなのか、それとも娘のことで引け目を感じてのことなのか。少し気まずくなった零美は、急いでテーブル席へと案内した。
「ではこちらの紙に、澤田さんご家族皆様のお名前と生年月日、それともし生まれ時刻がわかれば、それも書いていただけますか。あと、生まれた場所もですね」
「はい」
美登里は現在四十二歳で、夫の克也は四十五歳。一人娘の美空(みく)は、中学三年生で十五歳。三人とも、生まれは東京である。高学歴で高収入の克也は、仕事に忙しい。子育てや家庭の事は、全て妻任せ。引きこもりの美空の事にも、一切関わろうとはしない。
美登里は、夫の稼ぎで人並み以上の生活が出来るため、主婦業に専念。しかし、娘の事に関しては誰にも相談出来ず、一人で悩みを抱えていた。
「書きました」と美登里から紙を受け取った零美は、「ありがとうございます。少々お待ちください」と言ってパソコンで三人の命式を出し、それを紙に印刷して彼女の前に置いた。
「まず、美登里さんです。あなたは本来、感受性が豊かで、芸術的センスがあります。でも、感情を表現する事が苦手で、感情を出さないように生きてこられましたね」
その通りだと思った美登里は、下を向いたまま小さく頷いた。自分が自分で嫌になる。右の奥歯を噛み締め、ぎりっと音がしたように思えた。
「ご主人はと言いますと、とても理論的で合理的な考え方が得意です。Time is money(時は金なり)がモットーで、常にメリットとデメリットを計算していると言いますか。運が強い生まれなので、社会的成功も約束されていると思われます」
「そうです。そういう考え方をします。あの人は」
美登里の視線が左上に向けられる。克也のことを思い出して納得しているのだ。
「お互い考え方が違うので、理解できないところもあると思います。でも、お互いの不足な部分を補い合う、素敵な組み合わせだと思います。パートナーとしては理想的です」
「そうですか……」
確かに、自分にはもったいない人かも知れない。理想的な組み合わせなら、まずは良かったと美登里は思った。
「そして、美空さんですが……。彼女は頭の中で、とてもいろいろな事を考えています。例えば、人の話を聞きながら、頭の中では違う事を考えていたりとか。常に頭をフル回転させているんですね。どちらかと言うと、マイナス思考で自虐的な考え方をしがちです。自分に自信が持てないようですね」
「はい……。中学二年生の頃に、友人関係で悩みだしまして。それから学校に行けなくなったというか……。人と会うのが怖くなったようで」
美登里の顔をじっと見つめている零美の目は、美登里の体を通り越して、もっと奥の方を見ているかのようだった。
「美空さんは、愛情に関してとても敏感です。彼女が子どもの頃、思うような愛情を受け取る事ができなかったようです。それが、自分を愛せない、自信を持てない要因になっています。でも、それを誰にも言わずに、一人で我慢してきました。
それがもう耐えきれなくなって、ペシャンコになってしまったようです。私が感じるに……。美登里さん、あなたは、かなりご自分を押し殺して生きてこられましたね」
「……」
「あなたは、お母さんとの関係で、とても満足していらっしゃらないように感じます」
「……」
「お母さんからの愛情が、十分に受けられなかったのかも知れません」
「うっ、うっ、うう、うう……」
下を向いた美登里の瞳から、大粒の涙がポタポタとこぼれた。
「ごめんなさい。つらいお気持ちにさせてしまいましたね」
「うっ、うっ……」
美登里はバッグからハンカチを取り出し、目に当てた。抑えていた感情が、零美の言葉で溢れ出す。零美は、テーブルの端にあった麦茶を、そっと美登里の前に動かした。美登里は軽く頭を下げ、麦茶を少し口に入れた。
少し落ち着きを取り戻した美登里。ゆっくりと、言葉を選んでいる。零美は焦らずに、彼女が語り出すのを待っている。
「……あの……。実は……。娘があんな風になってしまったのは……。私のせいではないかと思っていました……」
美登里の、絞り出すような小さな声。時折嗚咽しそうになりながら、それでも話そうとする彼女を、零美は優しい目で見守っている。
「私の両親は、二人とも教育に携わる仕事をしていました。とても厳格な人たちで、小さな頃から厳しく育てられました。私は常に、良い子を演じていなければなりませんでした……」
「そうでしたか……」
「自分が親に愛されなかったから、娘にどうやって愛情を注いだら良いのか、わからなくて……」
ハンカチで口を押さえ、声が漏れないように嗚咽する美登里。泣く事さえも許されない家庭環境だったのか。やり場のない怒りと悲しみで、零美の胸は苦しくなる。憤りの思いを鎮めるように、傍にあった麦茶を飲んだ零美は、穏やかにゆっくりと話を始めた。
「美登里さん、【抱っこ法】ってご存知ですか」
「……だっこほう、ですか?」
「以前、カウンセラーをしていらっしゃる方から聞いた事があるんです。【赤ちゃん返り】という言葉がありますよね。それまで自分が一番愛されていたのに、下の子が生まれると、親の関心は弟や妹の方にいきます。すると上の子は、もっと自分を愛してって、我が儘になったり駄々をこねたりします。
親は赤ちゃんで手一杯なのに、上の子にそうされると困ってしまいますよね。これを上手に消化できる子は問題ないのですが、お母さんが大変だと思い、我慢してしまう場合があるのです。
それが、小学校高学年の思春期を迎える頃に、様々な問題となってしまうケースが多いと言います。その問題に対する解決法として【抱っこ法】というのがあるそうなんです。
それはまず、お母さんが椅子に座り、その膝の上に子どもを座らせます。男の子は嫌がるかも知れません。それでも何とか座らせて、その子に今までお母さんに言えなかった事を吐き出させるんです。ちょっとやってみましょうか?」
そう言って零美は、目の前のテーブルを動かした。
第一話 別れたくても別れられない女(心霊鑑定士 加賀美零美 1)
第二話 胸に秘めた水風船(心霊鑑定士 加賀美零美 1)
第三話 登校拒否の娘をなんとかしたい(心霊鑑定士 加賀美零美 1)
第四話 懐かしい母の温もり(心霊鑑定士 加賀美零美 1)
第五話 不倫女の心の痛み(心霊鑑定士 加賀美零美 1)
第六話 彼女が別れを切り出した理由とは(心霊鑑定士 加賀美零美 1)
第七話 相性の悪い相談者(心霊鑑定士 加賀美零美 1)
第八話 血だらけの訪問者(心霊鑑定士 加賀美零美 1)
第九話 水は何色にも染まる(心霊鑑定士 加賀美零美 1)
第十話 次期院長の嫁取り問題(心霊鑑定士 加賀美零美 1)
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