「スパイ防止法」は、社会全体が「歩み寄って」議論することが必要だ
時事通信から取材を受けて、私のコメントが時事ドットコムから記事になりました。
Yahoo News!からもこんなんでました。多くのコメントをいただいておりますね。
記事については、読んでいただければと思う。ここでは、取材全体の私の回答を掲載する。
①スパイ防止法の必要性をどのように考えるか
私が、いわゆるスパイ防止法の導入を主張するのは、基本的に「留学生を受け入れる大学教育」の立場であり、より優秀な人材、勤勉な人材を日本が獲得するために必要だという立場だ。いわゆる「排外主義」とは真逆であることを、まず明らかにしておく。
スパイ防止法が必要なのは、多くの人材を受け入れる際、その人材がスパイであるかどうかを、大学や企業などが判断することはできない。その時間も手段もないということだ。
しかし、少子化で労働力も高度な研究者、専門家も不足する日本で、海外から人材を受け入れないという選択肢はありえない(少子化対策が有効に打たれたとしても、その効果が出るのは早くて20年後。それまで人材を海外に求める以外の選択肢はない)。
その時、大学ができることは、目の前にいる受け入れた人材が何者かがわからないが、その研究指導をするだけだ。その学生が実はスパイかどうかは、公安が判断することだ。
その結果、ある日、目の前の留学生が公安に捕まって消えるということがあっても、私は構わない。むしろ安心して、全力で指導ができる。自分が「民主主義」を説くとき、それを危険人物とみなして本国に情報を送られるということを心配しなくていいからだ。
その考えに至ったのが、②とも関連するが、英国留学時の私の経験だ。英国の大学(私が留学していたのと別の大学ですが)、学生(主に留学生)が集会を企画して、実行しようというその日、英国の警察が集会に来て、留学生を一網打尽に捕まえていった。テロを計画していたとのことだった。英国では、留学生(私も含む)の情報は完全に情報機関・警察が掌握していて、テロなどが起きるのを未然に防ぐ仕組みがあった。
英国は、ある種の「監視国家」といえる。警察・情報機関が、国内外に細かい網の目のような情報網を張り巡らせ、少しでも不穏な動きをする人物を発見すれば、即座に監視し、逮捕できる体制が確立されていた。
私の留学当時、当局の要注意リストには約3000人が掲載され、別の300人を監視下に置いているとされていた。毎月、テロリストの疑いありとして逮捕される人は大変な数に及んでいた。
当時、英ヒースロー空港で駐車場に車を停めてターミナルに入るとき、パスポート提示を求められたことは一度もなかった。ロンドン市内も一見、警戒態勢は緩く、いつでも簡単にテロを起こせそうな感じだった。市民は平穏な日常を過ごす。その裏で、徹底した監視でテロを未然に防ぐ。それが英国流だったと思う。
繰り返しだが、日本では海外の人材を多数受け入れていかざるを得ない。その状況で、企業、大学、日常生活において、市民が何の不安も感じず過ごせることが重要だ。そのためには、公安が外国人の氏素性を掌握し、場合によっては捕まえる。そういう体制の構築が必要という意味で「スパイ防止法」が必要だと考える。
また、日本の「セキュリティクリアランス制度」についていえば、日本の企業、役所、またそのスタッフ、職員について、国家機密に関する情報を扱うに足る組織や人物、身分かを確認し、海外に情報を流す違反をした場合に罰則を設けるというものだ。
しかし、肝心の外国からのスパイ自体を取り締まる部分が存在しない。それは、先進7カ国(G7)の中で日本だけで、まるでスパイ天国だとされている。
諜報活動をする外国人は、基本的には犯罪行為を起こさないよう注意を払っており、法の網にかかりにくいものだ。公安関連組織がスパイかもしれない人物を捕まえるときは、現行法を何とか運用しているのが現実だ。例えば、東京・池袋のパスポートセンターで中国人職員が個人情報を入手して逮捕された事件があったが、窃盗罪が適用されました。
私が勤務するような学校は、最前線の一つかもしれません。学校に映画に出てくるようなスパイがいるわけではない。しかし、留学生が本国にスパイ活動をさせられていると言われており、緊張感があることは否めない。
②諸外国の同様の法案を巡る主な現状
スパイ防止法がないのは日本だけ、と言われることがある。その真偽はよくわかりませんが、近年、新たな脅威に対抗して、スパイ防止法を改正する国が増えているように思う。
例えば英国では、2023 年 に「2023 年国家安全保障法1 (以下「2023 年法」)」を制定した。その背景として、外国からの敵対的な活動(スパイ活動、政治システムへの干渉、妨害 行為、偽情報、サイバー作戦(cyber operations)等)の脅威が増大しているという認識がある。
2023 年法は、上述した脅威を抑止・発見・根絶する手段として、適切な犯罪類型の創設、関係機関の 権限強化などを行うために制定された。具体的には、
①外国勢力のために、無許可であることを知りながら、営業秘密を取得又は開示すること、
②イギリスに関連する活動を行う外国諜報機関を実質的に援助する意図を持って行為すること
③外国勢力の指示によりイギリス国内で政治的影響力を持つ活動などを行うに当たって は登録が必要となる
④外国勢力による国家の脅威となる活動への関与を防止又は制限する目的での、主務大臣が命じることのできる「国家の脅威に対する防止及び調査措置(State Threats Prevention and Investigation Measures: ST-PIMs)」を新たに設ける。
を犯罪とする規定を設ける。サイバー攻撃を含む、重要インフラ、電子システム、情報を始めとした資産(asset) に損害を与える行為に対して、新たに妨害行為罪を設けるというものだ。
元々スパイ防止法(公務秘密法)があるので、それをより現代的な課題に合うものに変えているということだ。日本よりも何歩も先をいっている。
③スパイ防止法導入に際して懸念、危惧される点
また、スパイ防止法導入に際して懸念されることは、日本政府の国民からの信頼のなさにある。日本のリベラル陣営が批判しているように、スパイ防止法が恣意的に用いられて、外国のスパイを捕まえる前に、国内の「政敵」を弾圧するのにつかわれるのではないかという懸念だ。日本には、戦前「治安維持法」によって特高警察が多くの国民を捕まえられ、弾圧された不幸な歴史がある。
要するに、スパイ防止法を政治が導入しようとする意図が「誤解される」ということだ。ましてや、まだ石破茂首相やや野田佳彦元首相など、一定の信頼のあるベテラン政治家が慎重に説明して導入するならマシだが、過激な言動を繰り返す参政党や自民党の保守派が訴えることで、多くの国民がむしろ政治家に対する疑念を深める事態になると、法律はますます通りにくくなる。
英国の場合、強力な諜報機関を持つが、それが濫用される事態を防ぐには、メディアと国民の権力監視の力がある。BBCが日本のジャニーズ問題に遠慮なく切り込んだなど、英国のメディアは権力に屈しない。また、国民は小選挙区制の選挙制度で、政権交代を実現する力がある。政府が権力の乱用を行えば、メディアが容赦ない上に、国民が選挙で政権を取り替えてしまう。これが、政府の権力乱用を防ぎ、逆に言えば、「スパイ防止法」のような法律を通すこともできる。
要するに、権力とメディア・国民の間でチェックアンドバランスが効いていることが、こういう法律を通すには重要だ。なにより、政府や政治家の信頼が地に落ちていることが、日本の問題だと思う。
取材への回答は以上です。
最後に1つ言っておきたいことがある。Yahoo News!に多数のコメントを頂いていて、特に私に対する批判はないのだが、どれもこれも、自分の言いたいことばかり言っている。
なんていうかなあ。。。あなた方は「国益」ということを考えたことがあるのかねと思う。
意見が対立しているのはわかるが、一方が「反日」「非国民」、他方が「軍国主義」みたいに、罵声を浴びせあっても、なんにも生まれない。
「排外主義」は、最悪に国益を損なう行為だ。
私はずっと言っている。
「少子高齢化で労働力も優秀な人材も不足する日本で、外国人を受け入れないという選択肢はあり得ない」
と。少子化対策が成功しても、成果が出るのは、短くて20年後。その間、どうするのだというのだ。
優秀な人材も労働者も受け入れないといけないなら、厳格に受け入れる必要があると言っているのだ。そうでないと、この日本という地で、日本人でも外国人でも安全・安心に暮らせない、豊かに楽しく暮らせないではないか。
これが、「歩み寄り」なのだ。
選択的夫婦別姓でも、私は言ったでしょ。選択的夫婦別姓は「多様な姓」という日本の伝統を守るではないか。
何度でも強調する。これが「歩み寄り」なのだ。
同じ日本社会に住む者、どうして敵対して罵声を浴びせ合う必要がある。多様な意見があるのは当然だ。しかし、話し合って、歩み寄れる部分を見つけ合って、よりよきものを作り上げればいいのだ。
最近、政治に興味を持つようになった人に申し上げたい。
政治は「推し活」ではありませんよ。なぜなら、政治家は「推し」のように100%正しいことをするわけではないから。「何が何でも中居君を信じる」みたいなことはありえないんです。
なぜなら、政治とは、「正しい」ことを少し曲げて、世の中を丸く収める生業(なりわい)だからです。
「正しいこと」をやるだけでいいなら、政治家はいらんのです。
正しいことばかりを押し通すと、そこから排除される人が出てきて、世の中が乱れるでしょ。だから、多くの人がまあこれくらいでいいかな、というところに収めるのが、政治家です。つまり、
「政治とは、間違ったことを決めて、社会を安定させることが真髄」
なのです(笑)。
それから、政治とは「推し」でない人と、いかに話し合って、合意できることを探していくかということなのです。
言い換えれば、政治は「敵」を排除したら勝ちではないのです。いや、そもそも意見が違う人は「敵」ではないのです。
仲間内でわいわいやって、そうだそうだと叫んでも、それは政治ではないのです。仲間でない人と、いかに話し合っていくかが政治なのです。
そういうことを、少しご理解いただいたほうがいいと思います。このままでは、せっかく政治に関心を持っても、「政治家を信じていたのに裏切られた!」といって次に移り、「また裏切られた!」と言って次に移り、「また裏切られた!」というのを繰り返すことになると思います。
それでは、なにもいいものは生まれないです。
