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藍色の共鳴――返らない手紙に、僕は返事を書いた 2

第二章:過去の共鳴
染谷研人の住むアパートの部屋は、まるで余計な感情をすべて削ぎ落としたかのように、静かで無機質だった。テレビはなく、床に積まれた文庫本の背表紙だけが、わずかな色彩を放っている。研人は、テーブルの上に置かれたクリーム色の封筒を、まるで触れてはならない聖遺物のように、ただじっと見つめていた。

やがて彼は、吸い寄せられるように封筒に手を伸ばし、指先で丁寧に封を切る。中から現れた便箋に綴られていたのは、彼が「体験」した感覚、そのものだった。 『あなたがどこかで、今も生きていてくれると信じています。あなたを、愛しています』 そんな言葉から始まる手紙は、剥き出しの愛情と祈りで満ちていた。そして、『もう家の周りに、あの怖い人たちが来ることもなくなったから、どうか帰ってきてほしい』という一文。研人は、そこにある種の既視感を覚えた。

彼の脳裏に、遠い日の記憶が蘇る。事業に失敗した父が、一本のロープを残して家から消えた日。借金取りの男たちが、土足で家に上がり込んできた時の、母の震える背中。そして、その母もまた、ある朝、「少しだけ出かけてくる」という書き置き一枚を残し、二度と彼の前に現れることはなかった。愛する者に去られる痛み。世界から一人だけ取り残される、あの絶対的な静寂。彼はそれを知っていた。

何とかして、この人を救いたい。それは、ほとんど本能に近い渇望だった。 彼はパソコンを開き、差出人の名前と住所を検索した。秋山灯(あきやま・あかり)。すぐに、いくつかの古いネットニュースの記事がヒットした。七年前、ITベンチャー企業の若き社長、秋山航(わたる)が、謎の失踪を遂げたという小さな記事。そして、取材に応じる妻として、不鮮明な写真が小さく添えられていた。解像度の粗いその写真では、彼女の表情まではっきりと読み取ることはできない。だが、そこに確かに存在するその気配から、研人は目を離すことができなかった。

運命が、彼に選択を迫ったのは、それから三日後のことだった。 その日、彼はレターパックの配達で、秋山灯の住むマンションの前に立っていた。ドアが開いた瞬間、研人は息を呑んだ。そこに立っていたのは、彼女本人だった。 ネットの写真では窺い知ることのできなかった、静かで理知的な瞳。その奥には、深い翳りが宿っていた。 「…ありがとうございました」 彼女は小さく会釈し、静かにドアを閉めた。残されたのは、彼女が纏っていた石鹸の清らかな香りと、研人の胸に突き刺さった、雷に打たれたような衝撃だけだった。

美しい、と思った。そして同時に、自分の心の中に、どす黒い感情が芽生えるのを感じた。 彼女を救いたいという思いは、本当に善意だけだろうか。この美しくも幸薄そうな女性を手に入れたいという、邪な横恋慕ではないのか。 その夜、研人は決意した。彼は、古い万年筆を取り出した。 これから自分が紡ぐのは、嘘だ。しかし、それは、かつての自分が喉から手が出るほど欲しかった、優しい嘘なのだ。

彼は、インク壺にペン先を浸した。深い藍色のインクが、白い紙の上に、最初の染みを落とす。 それは、彼の人生で最も重く、そして最も誠実な、偽りの第一筆目だった。

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金森努@マーケティング・研修講師/コンサルタント ありがとうございます! これからも頑張ります。